1. 探索

◆◆


 彼が亡くなったとき、私は『銃』を受け継いだ。

 最初は戸惑いもあったが、何度か命を救われた。

 だから、私はそれをお守り代わりにいつも身につけている。


◆◆


 荒原への出発前、周辺環境や標的のハスタデビルに関しての情報収集や作戦会議は済ませておいた。


「今日の目標はハスタデビルの成体を1匹捕獲すること。ハスタデビルはオオカミみたいに群れを形成する中型の肉食獣で、噛みつく力が強力な上に、噛みつかれたら傷から病気になるケースが多いから気を付けて。加えて危険なのは、<力魔術>で遠隔で衝撃を当てて鳥を捕獲することも出来るらしいから、これも注意して」


 クレアがすぐに質問した。最近、分析力が高いことが分かってきた。

「群れられて遠距離魔術を連射されると厄介だね。飛距離はルイスよりも長いの?」


  ルイスは全身を黒い泥で覆った長身の怪人だが、その正体は俺の幼馴染のケータ・アンドウである。クレア、レオナに正体がバレないように言葉が話せない設定で接しているが、今は俺たちだけだから自由に話が出来る。ちなみに俺はコピーキャットとして正体を隠すために声色を魔術で変えていた。


 ルイスは肩をすくめた。分からないという意味だ。俺が補足する必要があるかな。

「ルイスが<泥遊び>で自在に泥を操れるのは歩幅で約二十歩くらいだけど、遠いほど威力が弱くなる。十歩分以内の位置で槍を持ったり石を投げたらさらに遠くに延ばせるだろうけど、大勢に囲まれると不利だ」

「そうか。そうであれば何か策を考えた方がいいな」

 腕を組んで思案顔のレオナに、

「ああ。だから、作戦を三つ考えてみた。」

と言うと

「おぉ!話が早いな!」

 レオナの方はあまり考えるのが得意ではないらしい。第一印象は取っ付きにくい感じだったが、結構ノリがいい。


「作戦一、罠を設置して一匹だけ負傷させる。負傷した1匹が置き去りにされたところを捕獲する。作戦二、 <泥>で大規模な底なし沼を作って、そこにおびき寄せて一網打尽にし、その中から一匹捕獲する。作戦三、<泥の黒馬>で高速接近して1匹だけ速やかに捕獲し、離脱する。どれがいいと思う?」

「なるほど。うーん、作戦1だけど、はぐれハスタデビルの目撃例があるのは知ってるけど、都合よく置き去りにしてくれるかな?」

「引っかかった後も群れが残ってたら、<蜂>の光か俺の遠隔攻撃を囮にして移動させるんだ」

「囮が危険になるんじゃないか?」

「そうね。作戦一はイマイチかなぁ。じゃあ...」「それは...」「こんなのはどうだ?...」

 そんなこんなで詳細を詰めて、決行するのは作戦二に決まった。


◆◆


 作戦の前に、先に周辺の地形の探索は済ませることにした。危険な地域を広い範囲で探索し、ハスタデビルを捕らえるためには中継拠点が必要だ。地面が隆起して出来たのであろう、小さな崖のような地点を中継拠点として利用し、そこを中心に、生物の生息状況を確認して回った。


 拠点から三十分ほど西に歩いたところで、小さな川を発した。それは生物、魔物のオアシスになっているようだ。このような小さな川は正確には川では無く、水があふれ出て一時的に川のようになる。


 点在する水場を渡り歩いて大型草食獣トオナキウシの群れが移動している。これが、今回のターゲット、ハスタデビルの昼飯だ。

 トオナキウシは黒い毛、頭部に二本の角を持つ。高さ一から二メートル、全長四メートル前後の巨体で、そのくせ長距離を馬並みの速度で走ることができる。名前の通り、襲われると人間のおっさんがオギャーと泣くような特殊な鳴き声を発し、仲間を呼ぶのが特徴だ。


 ルイスはトオナキウシの声を聞くと爆笑してしまう。声が出るとクレア達に正体が荒れてしまう危険があるため、出発前に厳重注意をしておいた。

「頑張るけど、面白いものは面白いんだよ」とのこと。不安だ。


 トオナキウシは、フライドラゴンのような翼竜にもよく襲われる。獲物が大きいため、フライドラゴンは巣に持ち帰らずその場で食べる。そこを狙ってハスタデビルは獲物を奪い、食事にしている。時にはフライドラゴンを殺す事もあるくらい、大きい群れのハスタデビルは非常に危険である。

 

 小川にはトオナキウシの痕跡があった。奴らを狙ってフライドラゴンが現れる可能性があり危険だが、同時にハスタデビルがいる可能性も高まった。


 危険地帯に長いは無用。さらに周辺の探索を進めた。


 小動物がいるような比較的穏やかなエリアに出た。

 このあたりは多少安全だろう。

「ねぇ、レオナ。レオナの魔術って<意味魔術>の付与エンチャントだろ」

「ん。そうだぞ、コピーキャット。コピー能力自慢の君なら珍しくもあるまい」

「いや、そんなことはなくて、むしろ逆の要件なんだ。<付与>の魔術を教えてくれないか?」

「魔術に得意不得意があるのか?そうか。変わった固有魔術だとは思っていたが。」

 クレアも興味深そうに聞いていた。


 俺の固有魔術<世界の小記録簿>は、知り得る情報にアクセスし、見た魔術の詳細を既に知っている魔術に出来る魔術だ。欠点は<想起>するだけであり、記憶力は素のままで魔術的補助が無いこと、発動条件が不明なこと。だから俺は常にメモ帳と残存魔力測定のための<砂時計>を持ち歩いている。

 俺は知識量から、≪役割≫は特殊な≪占い師≫になっている。


 固有魔術に限らず、何ができるかを知られてしまえば魔術師としての価値は大きく落ちる。『手が読めてしまった魔術師など恐れるに足らず』とは先生の談。だから、自分の魔術はあまり人には話さない方がいい。だが聞きたいことがある以上、ある程度自分から腹を割っていくべきだろうと思った。


「うん、まぁ、苦手って程でもないんだけど、専門にしている人にはどうしても負けるから。僕の魔術は使える魔術数を増やすのには向いてるんだけど、『なんでも出来るけど何にも出来ない』って状態になりやすいんだ」

「ほぉ。そうか。うん、良い志だと思うぞ!私の魔術は特別なものじゃないし、問題ない。私の武器は剣術だからな」


 戦闘術は大きくわけて魔術、武術、霊術がある。魔術は世界の構成要素である魔素を扱う術で、特に≪術師≫、≪魔術師≫と相性がいい。

 武術は肉体を使う技術で、≪武具士≫に特に適性がある。≪武具士≫は道具を使用する際に技術面に補正が掛かるためのだ。レオナはこの≪武具士≫で、優秀な剣士だ。

 霊術は魔術や霊術とはまた違ったもので、ソウル意思ウィル、自我といった生命に由来するものを利用して身体強化などを施す術だが、研究が進んでおらず使い手は限られている。


「ありがとう、助かるよ! あと、レオナの剣術、結構しっかりした流派のやつじゃないかなーって思ってたんだけど。厳砕流じゃない?」

「ああ。正解だよ。まさか、そっちはコピー済みだなんていうんじゃないだろうな?」

「いや、昔やったことがあるだけだよ。それに、武術は体に染みこませないと強くはなれないだろ。別な流派だけど、師匠が言ってた」

「ほう。どんな武術か。聞いてもいいか?」

「会神道っていう体術だよ。聞いたことないかもしれないけど」

「んー、そうだな。残念ながら」

「私聞いたことあるかも。対人の武術で、相手と一体になるってやつじゃなかった?」

「多分合ってる。よく知ってたね、クレア。門下生が少ないのに」

「結構詳しいんだよ。私が習ったのは厳砕流だけど」

「『私は魔術の方が好きなのー!』、なんて言ってなかったか?」

「レオナ!小さいころの話でしょ!」


 それからも数日間、周辺地域を調査し、一度都市に帰還して休憩、その後ハスタデビルの捜索を開始した。安全に探索を進めてこそ真の探索者なのだ。


◆◆


 クレアが<精霊術>で召喚した<蜂の精霊>で周辺を探りつつ、俺達は四人で進んだ。


 彼女は≪術師≫で、≪術師≫は魔術の使用に補正がかかる。専門は≪精霊術≫だ。


 <精霊>とは、魔術で作られた疑似生命だ。人間が作った精霊は<人工精霊>、自然発生した精霊は<自然精霊>と分類され、<精霊>を扱う術は<精霊術>と呼ばれる。

 <精霊術>は精霊を一定の形をもって<召喚>し、契約を結ぶ事で能力を発揮する魔術である。<召喚>と<契約>を済ませた<精霊>は、<隣界>と呼ばれる別な場所に待機させておくことができる。

 魔術としての特徴は、<精霊>に適正のある人間しか使えず、<召喚>の際には比較的大きな準備や魔術を必要とするが、世に姿を表す<顕現>にはさほど大きな魔力がかからないことなどが挙げられる。


「皆、警戒して」

 しばらくして、クレアが目標を発見したようだ。

「わかった。クレア、案内よろしく」

「こっち」

 方向と距離を確認しながら、風下を選んで慎重に進んだ。小川にほど近い植物地帯で、大きな槍岩の下の日陰で休んでいる様子だ。荒野はなだらかではなく大きくうねっているため、身を低くして陰に入って近づいた俺達には気づいていないようだ。

「数は七匹。ちょうどいいね」

「そうだな。あれにしよう」

「罠もここでよさそうだね」

 今俺達がいる、少しへこんだエリアは罠を仕掛けるのにちょうど良かった。

「じゃあみんな、作戦通りによろしく」

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