第二話 "Der Freischütz"

プロローグ

◆◆


 母のことを思い出した。


 俺は固有魔術の発現が早く、固有魔術<世界の小記録簿>のおかげで、小さい頃からいろんな物事を一瞬で理解できた。


 「ローランは賢いね」と、生前、母エリザベスは俺のことをよく褒めてくれた。


 母上は大空のような青いの髪を腰まで伸ばした、美しい人だったと記憶している。不治の病だとかでとても病弱で、俺が物心つく前からずっとベットにいた。血色が悪く肌は青白かったが、優しい声と瞳の持ち主だった。

 三歳くらいの頃は、よく母上の寝床にもぐりこんだ。母上の病は人に伝染するような類いでは無かったし、母も拒否しなかった。俺がもぐりこんだ時は、母上は決まって≪勇者≫の物語を聞かせてくれた。


 歴史上、何人もの≪勇者≫が実在した。彼らの冒険と勇気は語り継がれており、中でも『火炎の勇者と竜の軍勢』や『槍の勇者と巨大竜』が俺のお気に入りだった。

 どんなに強く恐ろしい竜種相手でも怯むことなく挑み、≪勇者≫は必ず勝った。俺は何度も同じ話をせがんで、≪勇者≫の姿を思い浮かべて眠った。


「私も昔は戦場に出て戦ってたのよ」

「そうなの!? こんなに弱いのに!!」

「ふふふ。昔はすごーく強かったのよ」

「えー!? 魔術師? 剣士?」

「ちょっと違うかな。水と風の鎧を着てね。おっきな剣を振り回すのよ。デンスの背に乗ってね」 

「かっけー!!」

「そうでしょー?」

「デンスも戦うの?」

「そうよ。怒ったデンスはちょっと大きくなってね、背中に乗せてくれるのよ」

「すごーい!」

 

 大きな銀のたてがみを持つエレメントウルフの背に乗り、全身鎧を着て戦う母の姿を想像し、自分もそうなりたいと願った。


  いつだったか。母上は言っていた。

「たぶん≪勇者≫は、必ず勝つから伝説になったのよ」

 ≪勇者≫の事を話すその日の母上は、古くからの友人の事を懐かしんでいるようでもあった。

「≪勇者≫が現れてきっと勝ってくれるから、どんなに恐ろしい敵でも、皆の心の希望は消えないの」

 母上はどこか悲しげに見えて、俺も少し悲しくなった。

「ローラン。貴方はきっと立派な魔術師になるわ。みんなに希望を与えられるような、かっこいい魔術師にね」

 きっと、俺が強い魔術師ならこんな顔はしないだろうと思った。


 だから俺は、魔力が扱えるようになった五歳から少しずつ訓練を始めた。父上に頼み込んで家庭教師を雇ってもらった。本当は母上に見てもらえるうちに、早く強くならなくちゃいけなかった。でも、それは叶わなくて、訓練を初めてから半年で母上は天の国に旅立ってしまった。

 それからも俺は訓練した。何かを取り戻したいような、欠けたものを埋めたいような気持ちを糧に、鍛錬に打ち込んだ。


◆◆


 盗賊団の襲撃から二か月が経った、七月。盗賊団襲撃事件、クレア、レオナの捜索に加え、小型とはいえC級二人、D級二人で竜種を討伐した功績がギルドで称えられ、新聞にも載ることになった。『コピーキャットとルイス』はB級に昇格し、クレアとレオナは期待の新人として注目されるようになって、俺たちのパーティ『道化劇団』の名は一定の知名度を得た。


 探索者は信頼の上に成り立っている。有名になればそれだけ旨い仕事にありつける。順調なスタートを切った俺たち『道化劇団』は着々と実績を重ねていった。

 

 『道化劇団』へ護衛任務の指名依頼が増えたため、活動は基本的に衛星都市カエルムを拠点とし、周辺都市を点々と移動しながら行っていた。


 そもそも任務は大きく分けて2種類ある。1つは『対人任務』、もう一つは『討伐任務』だ。対人任務には護衛任務や貴族の子息への技術指南など。一方の討伐任務は、危険な魔物の討伐任務や素材の調達、魔石や薬草等の採集任務等である。


 『対人任務』は衛星都市などの大きな都市で多く募集があり、護衛任務等の報酬が高い傾向にあるが、戦闘が起きなければ経験が積めないというデメリットがある。


 一方で『討伐任務』は周辺小都市で募集が多く、魔物と数多く遭遇する可能性があるため戦闘経験を得やすいが、報酬は対人任務に劣るし危険度は高い。


 俺達は両方をバランスよくとる方針を取っていることにした。その結果、対人任務の依頼が増えたことで金銭的に大分楽になった。今となってはあのフライドラゴンには感謝している。もちろん俺達を食わなかったこともだ。

 

 着実に実力を付けている俺たちは今回、多少難易度の高い任務に挑戦することにしていた。

 次の任務の場所はフルトゥームの北、周辺都市ウェントゥスを中継してさらにその北、ハスタ荒原だ。


 『コピーキャットとルイス』はレオナ、クレアに正体を明かしていない。


◆◆


 俺たちはぞろぞろと歩きながら、クレアの探知を頼りに、ハスタ荒原の下見をしていた。 

 見渡す限りの荒野。

 遠くに見える山々に負けず俺たちが立っているポイントも標高が高く、大地が波打っているようだ。雄大な大地には、ポツポツと大型生物が見えた。


 ハスタ荒原の特徴は、標高差の激しい地形、点在する植物地帯、そしてまばらに存在する槍の様な尖った岩だ。


 探索者達はこれを『槍岩』と呼んでいる。


 槍岩の大きさは小さいもので五センチメートル、大きいものでは五メートル程と様々。表面はつるつるしており、気を抜くと足に刺さり貫通するため底に鉄板を仕込んだ特殊なブーツが必須アイテムになっている。何が要因でこのような地形になるかは未だ解明されていない。


「クレア、見たか?さっきの大型の鳥!」

「見た!狩ることになったら相当手強そう。なんで飛ばないんだろう」

「んー。身体が重すぎて飛べないんじゃないかな」

 以前、都市発展計画を立てる際にハスタ荒原の方向に広げていこうという案があり、調査団が派遣された事があった。その時は大型の竜種が多く発見されたため、計画が見直された。その際の報告では未確認の大型草食獣の群れや、それを捕食する大型の魔獣も確認されたという。


 現在もハスタ荒原の探索依頼、魔獣の生態研究は続いており、俺達が受けた任務もその類なのだろう。

 未開の地の探索、新種の生物との遭遇。俺たち4人は命がけの環境の中で、冒険の興奮に心を躍らせていた。

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