14. 槍 (解決編3)

 ”コピーキャット”と”泥人形ルイス”は、<泥の黒馬>でヌービスの森を爆走していた。

 巨木に埋め尽くされ、地面には光はあまり届かない暗い森だ。この森は年中霧が発生しており、またじめじめとしていて滑りやすい。

 だが、<泥の黒馬>は空中を浮かせられる泥の魔力消費を抑えるために開発した大型二輪であり、その気になれば空も走れるから問題はない。

 高速で走行しながら目を凝らし飛び去っていく木々の中に、クレアとレオナの姿を探す。

 すると、森に入ってすぐに、目の端でチカっと光ったような気がした。捕らえた光は見間違いではなく、<光の精霊>の放つフラッシュだった。

 ルイスが方向を変え、光の見えた方向に向かう。

 大きく揺れる<馬>だが気を逸らすことなく前を見据えていた目は、霧の中でかすかに、しかし大きな影を知覚した。


(魔力を感じる......見えてきた。間違いなく竜種だ。クソ、運が無いな。ジェフリーさんが言っていたはぐれフライドラゴンか。)

 フライドラゴンは翼を広げると10メートル程度になる翼を持つ小型竜種である。

 左右に大きく離れたぎょろりとした目、太い牙がびっしりと並んだ頑丈な顎と細くしなやかな尾を持ち、蜥蜴のような体を赤みがかった黒い鱗が覆っている。手足は細いが力強く、基本は4本足で移動するが、二歩足で歩行することも可能だ。

 クロウラプトルも小型であるが、同じ小型竜種といっても特に小さい種であり、フライドラゴンとは格が違う。単体でも非常に強力な捕食者で、竜種の中でも個体数が多い種だ。

 また、フライドラゴンは社会性と呼べるものを持っており、本来群れを形成していて、大きな群れは30体を超える。

 稀に単独でいる個体が目撃されており、そういった個体は"はぐれ"と呼ばれている。群れのボスを決める戦いで負けたか何かして追い出された個体だ。

 万全な四人なら十分倒せるはずの敵だが、今万全な戦力は二人。加えて、ルイスは魔力を大分使ってしまっている。短期戦で決着をつけなければ危険、状況はかなり不利だ。

 フライドラゴンは今にも獲物に襲い掛かろうとしていた。

「あれは不味いよ!全速力で突っ込む!!」


 追加で注ぎ込んだ魔力に呼応して後輪の回転音が増し、馬が嘶くように、高音が響いた。

 正面の倒れた巨木を踏み台にして高く跳ねた二人は

「クレアアアアアア!!!!」

 フライドラゴンに正面からぶつかり、弾き飛ばした。

 衝撃の瞬間、<泥の黒馬>からジャンプしたコピーキャットは風魔術<空の逆巻きガストウィンド>を発動。左手の小指の指輪が緑色に輝き、暴風が巻き起こる。

 それを跳躍の補助として空中で姿勢制御し、コピーキャットは大きくフライドラゴンにと飛びかかった。

 ルイスは”黒馬”と一緒に衝突したのち、体勢が崩れたフライドラゴンの翼を覆うように”黒馬”の泥を展開し拘束、フライドラゴンが飛ぶことを許さない。

 コピーキャットが飛び掛かり、腰に指した短刀でフライドラゴンの左目を抉った。


「グルゥアアア!!」


 暴れるフライドラゴンに、首をつかんでいたコピーキャットは振り落とされた。

 ルイスが右腕を槍のように、あるいは杭のように変形させ、魔術で強化した膂力で突きを放つが、フライドラゴンは辛うじて躱した。

 ドラゴンは体をジタバタとさせ、翼が使えないにもかかわらず大きく跳んだ。

 コピーキャットの瞳の奥が光り、固有の魔術の記憶が脳を巡った。

 (これは......。竜種の巨体で空を飛べる理由は、竜種だけが知る特殊な魔術だったのか。)

 だが、今生かせるような知識ではなかった。

 牙で襲い掛かるフライドラゴンに<火の玉ファイアボール>で牽制するローラン、泥で拘束し、また突きを繰り出すルイス。

 (攻めきれない!何か手は......)

 ローランの背後で、クレアの周辺が輝き出した。

 輝くのは6匹の<光の精霊>である”蜂”たち。精霊は自然界の魔力を取り込むことが出来る。

 クレアの周辺は一瞬眩い光を放ったかと思えば、直径1メートルはあろうかという高純度の光弾が発射され、フライドラゴンの腹部を焼いた。

 衝撃で吹っ飛んだフライドラゴンと、急激な魔力消費で膝をついたクレア。

 その横から、練り上げられた魔力をまとった剣を手に突撃するレオナが叫んだ。

「ルイス!!力を貸してくれ」

 瞬間、コピーキャットとルイスは役割を交代した。

 <空の逆巻きガストウィンド>で自在に空中機動しながら翻弄し、<火の玉ファイアボール>を連射するコピーキャットにフライドラゴンは目を奪われる。

 ルイスはレオナに駆け寄り、に全魔力を集中した。

 <泥の黒馬>を形成していた膨大な魔力を蓄えた泥はレオナの手、肩、脇を硬め、剣を固定し、残りのすべてはレオナを加速するために翼のように配置する。

 フライドラゴンの腹、ただ一点に定めたレオナの剣は、の事象を顕現させる<意味魔術>が付与エンチャントされている。


 空間を埋め尽くす暗い褐色の輝きと、高密度に引き延ばされた鋭い銀の輝きが交わり、剣士レオナと泥人形ルイスはこの瞬間、一本の槍となり突き刺さった。


「「ああああああああ!!!!!!!!!」」

「ガァアアアアアアア!!!!!!!!!!」


 輝きが晴れたとき、剣は腹を貫通して大穴をあけ、フライドラゴンは絶命していた。

 高揚した頭から、高ぶった血が引いていく感覚。

 四人の息を切らす音だけが聞こえた。

 アンドウは両手を突き出す魔力操作の動作のままで固まっており、レオナは突き刺さった剣から手を離して座り込んでいた。

 ローランはゆっくりと息を吐き、初めてクレアの方を振り返った。


「間に合ってよかった」


◆◆


「ごめん、僕が<蜂>から逃げるんじゃなくて捕まえるとかして、ローランにすぐに<蜂>を見せればもっとあっさり解決したんだよね」

「いや。あれが常時リンク型の<使い魔>で追手がいたんなら死んでたかもしれない。あの時点じゃ分からなかった。しかたねーよ、クレアには申し訳ないけどな」

「お見舞いのフルーツを持っていこう。”泥人形”の通訳をお願いしていい?」

「わかったよ、相棒」

「あー。クレアちゃんと話せるの、”コピーキャット”だけなんだよなー。しゃべれる設定に変えよっかなー」

「不便だな。なぁ、フルーツはフィリップさんに貰えないかな」

「え、セコいね」

 クレアとレオナは大きな怪我はないものの衰弱していたため、大事を取ってギルドと提携した病院に入院していた。検査して栄養補給、休養を取ることが目的なので、すぐに退院できるという。

 ちなみに、治療の魔術は、骨折などは物理魔術、病は薬学や木魔術、その他なんだかわからない症例は神様や精霊様にお願いするタイプという感じだ。

 俺は病院というのはうさん臭くて嫌いだ。

 『人命救助の経験が豊富な賢い人がいるというのはいいことだと思うぞ、前線にさえ出てきてくれば。』なんてことを言って、アンドウにめちゃくちゃ怒られたことがある。

「体調はどうかな?」

「コピーキャットさん」

 レオナとクレアが上体を起こそうとした。

 二人は小さな部屋のベットで寝ていた。おそらくここは本来病室ではないのだろう.個室みたいなものだ。

「無理はしなくていい」

「いや、大丈夫だ。腹が減っていただけだよ。傷はほとんどないんだ」

「そうですよ」

 二人はそう言って笑った。

 レオナも冗談なんて言うんだな。

「フルーツだ。私とルイスから」

「感謝する」「ありがとうございます。ルイスさんにもお伝えください」

「いや伝えるまでもないよ。ほら」

 俺が窓を開けると、ルイスが窓の外から泥の”手”をひらひらさせた。

 ルイスは泥だらけだから、病院に入ると怒られてしまうのだ。

 クレアは手を振り返し、レオナはぺこりと一礼した。

 そして二人は真剣な顔になり、俺とルイスに交互に目を向けた。

「コピーキャット殿、ルイス殿。改めて、感謝申し上げる。ありがとうございました」

「フライドラゴンに襲われた時、お二人が来てくださらなければ間違いなく私達は死んでいました。本当にありがとうございました」

「いや。間に合って何よりだった。ルイスが『自分が<蜂>から逃げてしまったために発見が遅れてしまった。申し訳ない。』と伝えてくれと」

「いえ、そんな。生きていただけで。本当に危ないところでした。お二人が命の恩人であることに変わりはありません」

 かしこまって礼を言われてしまったが、こういう感謝される空気は苦手だ。ルイスは大丈夫だ、というようなマークを作っていた。簡単なマークなら作れるんだな、などと関係ないことを考えてしまった。

「しかし、土魔術なしによく一晩生き延びたね。優秀だ」

「二度とごめんだけどね」

「コピーキャットさaんに褒めてもらえたって、友人に自慢できるわ」

「自慢?」

「アントニウスさんです」

「彼から聞いていたんだ。”コピーキャット”は『クソ生意気だが見どころがあるガキだ』って」

 あのおっさんめ。

「聞いてもいいですか?もしかしてコピーキャットさんって、結構若いですか?」

「......ああ、そうだな」

 ルイスが俺を見てくる。この程度ならバレても良いだろ?

「私の名前を読んだ時の声が,普段より高かったですから。声を変え忘れていたのかなって。まだ若い方っぽい声質だと思ったので」

「そうか。失敗したな」

「ほう。認めるのか」

「ああ。だからまぁ、私相手には、あまり畏まらなくていい。......ああ、この話し方も無理に硬くして言っているように聞こえるだろうな。恥ずかしくなってきたよ」

 ルイスが顔のマークを空中に作り、笑顔で舌を出してきた。無言なのにうるさい奴だ。

 そんな俺達のやり取りを見て、クレアはクスクスと笑う。それを見て、生きていてくれて良かったと思った。


「クレア、レオナ。君たちは優秀だ。俺達とパーティを組んでくれないか?」


 驚いた顔の二人は目を見合わせ、「こちらこそ、ぜひ」と快諾してくれた。

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