13. 外 (解決編2)

 手に止まってきた”蜂”の正体。

 それは、知っている人間の魔力を探す能力を持つ、クレアの<光の精霊>だ。

 砂時計の変動から、この情報は<世界の小記録アカシックレコード:簿ミニ>による確実な情報である分かるし、”女王蜂”がクレアなら人探しの能力がある以外に考えようが無い。

 ”蜂”は助けを求めて俺と”ルイス”、そしてあの日のメンバーを探していたんだ。

 そして、<精霊>が具現化するためには魔力が必要で、契約している術者が魔力を送らなければならない。<精霊>の本体はこの世界ではないどこかにいて、この世界”メンシス”に姿を現すには魔力供給が必要とされているからだ。

 クレアはまだ生きている。


「ジェフリーさん!今すぐ捜索隊を組織してください。あとは、騎士団に”商人として都市を出た探索者”が門を通ったか確認してください」

「説明していただいても?」


「この”蜂”はクレアの<光の精霊>です。さっきやっとクレアの魔術だという確証が得られました。それさえ分かれば、盗賊団がどこにいるのか見当がつきます。順に説明します。


 まずは盗賊団の特徴に関してです。トラッシュの情報から、盗賊団のメンバーはストリートの若者を複数人起用しました。また、私たちの目撃証言から、少なくとも土魔術師と≪調教師≫、ストリートの若者がいました。そして彼らは商人ギルドの許可証を持って町の外に出ることが出来ました。この方法が重要なポイントです。

 盗賊団は現在も捕らえられていません。これは何故か?おそらく、外に居続けているからででしょう。その根拠は、クレア達が戻っていないことです。

 襲撃の日、ジェフリーさん達ギルド職員が盗賊団の襲撃事件があったことを、門番や騎士団に速やかに報告しました。時間的には盗賊団が探索者の振りをして帰還するのは難しかった。そうですね?

 でも、外で盗賊行為を行うというのは初めから帰還できないリスクが非常に高いことが容易に想像できる。それをわざわざ実行したということは、外に居続ける方法を持っていたからではないでしょうか。それに、クレア達です。彼女たちの任務は簡単なはずです。クレア達が戻らない理由は、盗賊団に関係があるのではないでしょうか。


 では、外に居続ける方法はあるのか?ということですが、この町の隣では新しく新都市を作っており、多くの建築業者が作業に出ています。正規の建築業者が作業員として雇ったならば、比較的楽に外に出られるでしょう。そして、作業者は新都市に泊まり込みの作業になりますから、何日かフルトゥームに戻らなくても問題ありませんし、自衛のために<火蜥蜴の杖>数本持っていたところで怪しまれません。

 新都市の未成熟な管理状態を利用して潜伏し、いずれフルトゥームに帰還する予定だったのではないでしょうか。

 帰還する際は、犯罪歴の無い商人ギルドの許可証をもつ集団に紛れ込むなり、探索者ギルドの許可証を持つメンバー以外を始末して探索者として帰還するなり、方法はあるでしょう。

 あくまで推測ですが、建築業者ならば実現可能です。

 


 以上を踏まえて、盗賊団の視点で襲撃の日を振り返ってみます。あの日、あるいはその前日から都市の外に潜伏していた盗賊団は、私たちを襲撃しました。

 森からあの襲撃地点は遠いですが、おそらく複数の拠点を作っていたのでしょう。イタチモグラと土魔術師がいますから、作ることは難しくないはずです。

 その拠点を昨日、クレアが見つけた。

 蜂は南西の方向を示していました。ヌービスの森の方向です。あの<蜂>が出発した時点では、盗賊団は襲撃を阻止されたため、ヌービスの森周辺に潜伏していたのではないでしょうか。ヌービスの森は霧が深く、新都市に比較的近いですから。

 

 彼女たちは瞬時に、盗賊団は外で数日間潜伏していることがわかったのでしょう。そして、盗賊団の方も、クレア達に見つかってしまったことに気づいた。

 盗賊の視点で考えれば、外ですから、戻る前に二人始末してしまえば、探索失敗としてロストの手続きがされ、犯罪として発見される危険はかなり少ない。もしクレアたちがフルトゥームに戻ってしまえば、すぐに騎士団に見つかるか、都市に戻れず一生外で生活するしかなくなる。

 クレアが都市への連絡手段を持っている場合も想像したはずです。帰還するわけにもいかず、死に物狂いで探したでしょう。

 クレア達から見て、≪調教師≫がいる盗賊団ですから、先回りされて都市までの道が監視されている恐れがありますし、状況的に、門番も盗賊団に加担しているかもしれない。ですから、都市に戻ることは危険だと考えた。

 それに、救難信号の赤の色弾を打ち上けるわけにもいきません。盗賊団の構成員に探索者がいる可能性が高いため、信号を見られては意味が無くなってしまいます。

 だから、魔力で人を見分けられる”蜂”を使いに出して助けを呼びつつ、外で一晩を明かすしかありませんでした。昨日の夜です。

 以上で、この状況が全て説明出来ます。


 ジェフリーさん。新米で、かつ土魔術が使えない彼女たちが二晩生き残れる可能性はほぼゼロです!

 大至急、捜索隊の準備と、騎士団に”商人として都市を出た探索者”が門を通ったか確認してください!」


ジェフリーが了解したのを確認して、俺は外に飛び出した。

「ルイス!!!!!」

ルイスはすぐに出てきた。俺達が一階に降りてきた段階で、隠れながら待っていたらしい。

「聞いてたか?行く途中で説明する。外でクレア達を捜索するぞ。大至急"馬"を出してくれないか」

 ルイスは背中に背負っていた箒を取り出した。

 様々な魔術刻印が施され、魔石が取り付けられた”泥人形”専用魔道具。魔力を循環させると、200リットル以上の泥が地面から生まれ、箒を包み込み始める。

 意思を持つように渦を巻く泥はやがてボートを上下逆向きに重ねたような形状になった。本体の頭は両手で握るためのバーに連動して稼働するようになっており、前後についた円盤状のうち、前輪に接続されている。本体の背は人が二人乗りやすいように鞍になっている。

 ルイスの自慢の<泥の黒馬ブラックホース>が姿を現した。

 俺達はルイスを前にして乗り込んだ。

「方角から考えて、おそらくヌービスの森にいる。日暮れまでに戻るぞ」

 両輪がルイスの意思に従って激しく回転し、俺達は全速力で走り出した。


◆◆


 木の根が土から露出したほら穴のような場所で、息をひそめていた。

 長い間、この霧に包まれた森で隠れ続けていた。


 霧が深い森では、太陽がどこにあるかわからない。

 夜が明けてから何時間経ったろう、そろそろ移動したほうがいいだろうか。

 盗賊は近くで私たちを探しているだろうか。

 魔獣は私たちのような弱い生き物を狙っているだろうか。

 巨大な竜種が突然現れないだろうか。


 昨日の夜は、恐怖と緊張で眠れなかった。

 ドラゴンが来るから、外では夜も火を炊いてはいけない。

 身を潜め、夜目の利く獣の気配に注意しろ。

 休まないとまずいとは分かっているから交代で番をしたけど、小さな音におびえて一睡もできなかった。

 あの音はリスだったのかな。

 リスは小さくてふわふわした毛並みが可愛らしいけど、スープにしてもおいしいと聞いた事がある。

 空腹感は昨晩から感じているし、なにより寒い。

 体温が下がっているんだ。

 夜を徹する準備がなかったのは大きな反省点だな。

 温かいスープが飲みたい。


 ガサガサと、背後で音がした。


 大きい。呼び出せるだけの精霊の数を確認しつつ、準備をするここで死ぬわけにはいかない。

 レオナに目配せをして、ひっそりと”蜂”を飛ばす。

 すると、音が止んだ。

 周囲を警戒しているの?

 見つかった?

 魔力が感知できる魔物なの?

 気が狂いそうになる不安を抑え、”蜂”を囮にすることを決意する。

 明後日の方向に飛ばし、そこで光らせ、意識をむけさせよう。野良の精霊がいたずらすることは自然でもあるはず。誤魔化せる。

 二人とも疲れ切っていた。

 戦闘になれば、全力は出せない。

 もし相手が魔力を感知できる知能のある魔物だったら勝てない。きっと殺される。

 震える手が、カチカチとなる歯の音がうるさい。

 音が鳴らないように歯を食いしばった。

 どこかへ行って。

 飛ばした蜂のブーンという羽音が遠ざかる。

 ガサリという音。

 私たちが隠れ住んでいる木が揺れた。

 近い。

 遠くで、でもこの何者かが気づく程度の距離で、今だ、輝いて。

 

「グルルル...」


 くぐもった音がすぐ後ろから聞こえる。

 いやだ、あっちに行って。

 木が揺れた。

 もう一度光らせる。

 バサリという翼の音で、ざわざわと木々が揺れる音。

 翼がある!翼竜!

 まずい、

 太刀打ち出来ない、

 いやだ、死にたくない!

 もう一度、もう一度!

 何度光らせても気配はどこにも行かない!

 バサリ、バサリ、ざわざわざわ。

 

 大きな音がした。飛んで行ってくれた?


 息をついた次の瞬間、正面にいた翼竜と目と合った。


「ぃっ!!!」


 髪を揺らす風は生臭く、目の前の生物が私を補食しようとしていることを本能的に理解した。


「っぅああああああああ!!!」


 レオナが剣を構えて飛び出し、一瞬遅れて私は必至で精霊を呼び出し魔力を込めて<光の弾丸ライトニング>を放とうとした


「クレアアアアアア!!!!」


その時、黒い”何か”が翼竜に突っ込んだ。

轟音と風で目を細めるが、その何かの上には、泥の巨人と小柄な探索者の背中が見えた。


「間に合ってよかった」

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