12. 確信 (解決編1)

 トラッシュ一行三人がギルド内に詰め込み、入口の両脇に立っていたガードも入っているためギルドが手狭に感じた。

 俺とジェフリーが階段から降りてきたとき、一触即発の空気が漂っていた。

「私に用ですか?トラッシュ」

 ヒリついた空気に気づかないかの様に、普段の真面目な態度で話しかけるジェフリー。

「ジェフリー。お前に聞きたいことがある」

 話しかけられたトラッシュは、情報通りに180センチはあろうという長身、褐色の肌に銀髪、鋭い眼光の女性だった。

 もう一人長身の男がいるから、てっきりそっちが”トラッシュ”かと思った。

 彼女はキリッとした太めの眉、がっちりして筋肉質ではあるが、狼のような鋭さを持つ美形だった。腰のベルトに<火蜥蜴の杖>を挟んでいる。服装は薄着であり、武器の類は他に持っていなそうだ。

 勘違いした人物はおそらく”お調子者のトリガー”だろう。男性としてはさほど珍しくない180センチ程度の長身、ドレッドヘアに日焼けした肌、ブルーの瞳。こちらはインナーに一枚羽織っており、ポケットに手を突っ込んでいる。

 もう一人、140センチ程度の少年がついている。彼が”スマイル”だろうが、顔は笑っていない。タレ目にブラウンの瞳、黒の縮れ毛、褐色の肌、10歳前後。同様に服の中に何を持っていてもおかしくはない。

 ジェフリーに対して威嚇するようにトリガーが一歩前に出て、ガードが止めようとするのをジェフリーが目で制止した。

「トリガー、下手な真似はするなよ」

「こういうのは舐められたら終わりだぜ?トラッシュよぉ」

「てめぇなんざ怖くねぇだろ」

 そりゃないぜ、とでも言うような顔でトラッシュを見るトリガー。

「聞きたいこと、というのは?」

「商人として都市を出た探索者がいるはずだ。誰だ?教えろ」

「ギルドは個人情報を守る義務があります。該当人物に違法性があり、必要があるとされた場合のみ適切に情報を開示しなければなりません」

「教えねぇっつんだな?」

「情報開示するに足る理由が無いのなら。理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「「そいつが盗賊だ」っていうんだな?」


 トラッシュにかぶせて声を発した俺に視線が集まった。

「なんだてめぇ、そのお面は?」

 トリガーが突っかかってくる。

「かっこいいだろ、トリガー。トラッシュ、それは商人ギルドで探索者かストリートの知り合いの顔を見たやつがいたってことかな?」

「ああ?ああ、ジェムってやつが、建築屋のなかに混じってるのを見たんだと」

「昨日、盗賊の身元を確認したのは何時くらいかわかるかな?暗くなる前か後かでもいい。後で全部説明する」

「......。結構暗くなってたぜ。まぁ、19時前くらいだったと思う」

「ごめん、ちょっと失礼するよ。すぐに説明するから」

「おい、お面!?何なんだお前は!?」

 トリガーが突っかかってくるが、無視して前を通り過ぎ、ギルドを出た。

 そして、風魔法<空の逆巻きガストウィンド>を緩く使って風を起こし、俺の魔力を空気に流した。

 数分後、 目の前に”蜂”が飛んできた。

 ”蜂”は赤くチカチカと輝き、俺はそれを見て右手を差し出した。

 すると、”蜂”は俺の手に止まり、よちよちと南西の方へ歩き始めた。


◆◆


 情報を再び整理する。

 盗賊団は<火蜥蜴の杖>を複数所持した複数人、土魔術士、盗賊三人、≪調教師≫で構成され、イタチモグラ4匹を連れていた。このうち、捕縛した盗賊3人は”ダウンストリート”のギャングだったことが確定した。

 ここからイタチモグラを4頭飼育出来る広い土地をもつ人間と、まともな魔術士、そして”ダウンストリート”のギャングの混合部隊であったということが推測される。

 一方で、マフィアのような大規模な組織が主犯と考えるには、獲得できる金額が少なすぎ、不自然だ。

 そのため、盗賊団には許可証を持っているはずのないストリートギャング複数人に許可証を与えられる個人がいる可能性が高い。

 付け加えると、もっともリスクが高い突入部隊にストリートギャングを選んだ手口から、強盗団は盗賊ABCを初めから使い捨てる予定だったのではないだろうか、と推測される。

 実際、盗賊ABCは有益な情報を持っていなかった。


 ここまでは前提条件であり、”女王蜂”に迫る十分な情報は無い。そこで、まずはジェフリーが敵か味方かをはっきりさせるため、行動に出る必要があった。

 当初の予定では今日俺がジェフリーに会ったのは、俺がギルドを出てからどう動くかを確認するためだった。”蜂”が宿の周りにいた段階ではジェフリーが敵か味方かの判断は難しかったからだ。だが、結局予定は崩れた。

 

 さらに事件があった日の事をよく思い出してみる必要がある。盗賊を捕らえた後、俺たちはギルドのジェフリーの元へ連れて行った。当然その日一階にいたギルド職員は全員、盗賊による強盗事件があったことに気づいたはずだ。その後、彼は近くの駐屯地へ強盗ABCを連行し、その場にいたトラッシュらとともに盗賊の身元を確認した。

 そしてこの段階で、ギルド、騎士団、門番の、都市を出る事に関係するすべての組織に連絡が行き届くことになる。この一連の流れは目撃証言などいくらでも取れると思われるため、誰も嘘を付くことはないだろう。

 盗賊団にとっては、連絡が行き届いてしまえば盗賊団の実行部隊がフルトゥームに無事帰還して元の生活に戻るのは今後永久に困難となる。門の警戒が厳しくなる前に門を潜ってしまえば、直前に帰還した人間全員が疑われるだろうが、都市に戻れないよりマシである、そう考えるはずだ。


 ここで、仮にジェフリーと門番が盗賊の仲間だと仮定する。

 彼らはなんとかして情報連絡を引き延ばし、盗賊団の帰りを待つ必要があったはずだ。

 しかし、そのような時間を作ることは出来なかった。

 先ほどのジェフリーの証言が本当ならば、後でコピーキャットが確認を取ったときにすぐさま盗賊団の一員だと分かるからである。

 証言で嘘を付く以外で盗賊が都市に戻れるようにする方法考えたときに思いつくのは、盗賊団が何らかの高速な移動手段で俺たちよりも早くフルトゥームに到着し、何食わぬ顔で帰還する方法である。

 だが、これは実質不可能である。

 ”道”には定期的に騎士団の調査が入るから、大規模な準備は出来ない。

 今回盗賊団がしようした、土魔術による塹壕とイタチモグラのトンネルが限界である。

 また、イタチモグラの俊足で帰還するにしても、イタチモグラは1メートル程度の魔物であり人間を背負って長距離走れるような魔物ではない。

 他の足の速い<使い魔>をどこかに隠していたとしても、一度それを回収するためにどこかのアジトに寄ってから都市に帰らなければならず、俺たちに全く気づかれずに帰還するのは実質不可能である。

 以上から、『ジェフリーの証言が本当ならば、ジェフリーは味方』といえる。


 さらに、ジェフリーがすぐにバレる嘘を付く場合、コピーキャットに情報の裏を取らせる気が無いと考えられる。

 だから、今日コピーキャットがギルドから出てからも追っ手がなく、日をまたぐ程度の時間まで無事ならばジェフリーが味方であると言える。

 

 ではジェフリーは味方の場合と敵の場合、どんな事態が考えられるのか?

 ジェフリーと”蜂”の両方について考えられる場合は計4つだ。

 まず第一に、ジェフリーが敵、”蜂”も敵の場合、クレア・レオナとは違い昨日はギルドに姿を現さなかったから素性の分からないコピーキャットとルイスを”蜂”に見つけ出させようとしていた訳だから、コピーキャットが姿を現した時点で”蜂”は用済みになる。ギルドを出たコピーキャットを襲えばいい。

 次にジェフリーは敵、”蜂”は味方の場合も、ジェフリーにとっては同じで、ギルドを出たコピーキャットを襲えばいい。”蜂”は他のメンバーの情報を持っているかも知れないため確保したいだろう。

 第三に、ジェフリーが味方、”蜂”が敵の場合、敵はジェフリーが盗賊団のメンバーではないと知っているから、何らかの妨害工作を仕掛けてこなければおかしい。従って、俺が問題無くジェフリーと会話を始めた時点でこの場合はほぼあり得ない。

 最後に、ジェフリーが味方、”蜂”も味方の場合。この場合、”女王蜂”はギルドを信用しておらず、かつコピーキャットとルイスへの連絡手段が”蜂”しかない事を意味する。この場合の”女王蜂”はどのような人物であると考えられるのか。シーラとフィリップは実際に会っているし、フィリップは昨日ジョンとトレイシーと一緒だったと言っていたため、”外”に行ってない。また、都市内部にいるならば俺たちが商人ギルドでやったように適当な事を言ってコピーキャットの名前を聞き出せば良く、”蜂”を使う必要が無い。残る可能性は、現在行方不明のクレア、レオナのどちらかしかない。すなわち、『”蜂”は外からやってきて、”女王蜂”はクレアかレオナである』ということになる。


 ここまでの結論として、ジェフリーに関しては、『姿を晒したコピーキャットが今日無事ならばジェフリーは白、”女王蜂”はクレア・レオナ』、『コピーキャットが無事ではない場合は”女王蜂”は無視でき、ジェフリーは黒である』ということになる。

 だが、俺が囮になってジェフリーを検証する必要が無くなった。トラッシュがギルドで『商人として都市を出た探索者は誰だ?』と聞いてきたからである。

 彼らはトラッシュは昨日、ストリートギャング三人が外で盗賊行為を働いたことを初めて知り、そしてその方法を調べていたんだ。


 そもそも、許可証は探索者ギルドの試験を突破する程度に優秀な人間か、商人ギルドの調査によって信頼できると判断された人間にしか許可証は発行されない。

 なぜなら、外は危険であり、王家には市民を守る義務があるからだ。

 ダウンストリートの人間にとって、探索者の試験は簡単ではない。火器が使えるだけでは竜種の餌にしかならないからだ。

 しかし、一度探索者になれれば学が無くとも腕っぷしで成り上がれる、という煌びやかなイメージに惹かれて探索者に憧れるストリートギャングは多い。

 つまり、ストリートの連中にとって許可証は喉から手が出るほど欲しい夢への切符なのだ。

 そして今日、尻尾をつかんで乗り込んできた。

 建築屋として都市を出た探索者の目撃証言と言った。トラッシュが盗賊団のメンバーなら、そんな嘘をつく理由がない。

 だから、今日ギルド乗り込んできた三人は強盗団とは関係ないと考えるのが妥当だ。

 そして、彼女の証言から、ジェフリーの証言が本当であることが分かった。

 俺たちがフルトゥームについたのが18時04分だから、ギルドで報告してジェフリーが駐屯地に行くまで、18時30分~19時過ぎくらい。明るいうちだったというなら、ジェフリーの証言に嘘はない。

 俺達が帰還してからこの時間までに怪しい人物がいれば捕まっているかジェフリーに知らされているだろう、だから盗賊団はこの日帰還していない。

 以上までで、俺はやっと、ジェフリーは味方であり”女王蜂”はレオナ・クレアであると確信した。

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