11. 探索者ギルドにて

 二人はギルドが見える位置で隠れ、追手と思しき人物がいないかを探していた。

 次に探すべきはクレアとレオナである。

 彼女らは普段からパーティを組んでいると言っていたので、同じ宿に済んでいると思うが、場所がわからない。

 こういう情報も<世界の小記録簿>で検索できれば良いのだが、知りたいことが知れるわけではないのが厄介な魔術だ。俺の血脈は相当捻くれているに違いない。

 そうなると、ギルドでクレアとレオナの情報を聞き出さなければならないが、探索者ギルドも理由なく個人情報を漏らすこととは考えにくい。

 そもそも、ギルドはブルタニア王家の承認を得て、各都市に視点を持つ大組織だ。王家の仕事を一部請け負っている、いわば大企業である。ギルド、という単位では犯罪を犯すことは考えにくい。

 しかしギルド職員個人が犯罪を犯すか、となると話は別である。

 今回の盗賊団にはまともな魔術師がいた以上、ストリートギャングのみの犯行とは考えにくく、探索者ギルドの職員が一枚噛んでいる可能性が高い。なぜなら、探索者・商人両ギルドは都市の出入りの許可証と入出記録を管理しているからだ。ギルド職員は信用できるのか?

 ”女王蜂”のにとって焦点になるのは、ギャング出身とおぼしきメンバーが許可証をどうやって手に入れたかである。都市を出るには許可証が必要だからだ。ストリートギャングが許可証を持っているわけがない。

 盗賊団のメンバー全員がランクの低い探索者になっていたのなら不自然な人の動きがあったはずで、それを握るつぶせる職員がいた場合危険だ。

 『夜明けの天馬』付近には蜂や追手の姿は見あたらないが、どうするか。


「ジェフリーさん個人に相談した方が良いんじゃない?」

「でも、ジェフリーさんが白とは限らないぜ」

「ジェフリーさんには動機が無いんじゃないの?あの『熱線のジェフリー』が、たいした稼ぎにならなそうな、しょっぱい盗賊業で稼ぐかな?」

「スリルを求めてとか。動機はあまり重要じゃないと思うけど。それに、ジェフリーさんなら職員内での発言力があるだろうし、もし黒だったら俺たちは消し炭にされるかもな」

 ジェフリーは白か、黒か。

 俺たちの勝利目標はメンバー全員が無事であることだ。だからギルド職員の当日の行動を調べ尽くして犯人を見つけ出す必要は無い。信用出来るギルド職員を一人、味方に付ければあとはフルトゥームから逃げるなり何なりできるはずだ。

 ジェフリー一人について確信が持てれば良い。

 ”蜂”が宿の周りにいるのを確認しただけの段階ではジェフリーが敵か味方かの判断は難しかった。

 もしジェフリーが敵の場合、彼はコピーキャットの情報が欲しいはずである。

 彼が受付をしたのだから、宿の場所は知っているし、宿は探索者の名義で借りるため出入りはコピーキャットとルイスだ。だから、宿を襲わないのは明らかにおかしい。

 だが、ただ監視していただけであるとか、盗賊がミスをした場合も考えられるため、この情報では確信が持てない。

 何をしなかったか、から得られる情報は、命を預けるには軽すぎる。確信を持つためには、情報を引き出すしかない。

 どうせ誰も信用出来ないうちはフルトゥームから出るのも危険なんだ。

「突入しよう」


◆◆


「お疲れ様です、ジェフリーさん」

「こんにちは、コピーキャットさん。お元気そうですね」

 コピーキャットの姿の俺は、蜂に見つからないように気を付けつつも、ギルドに正面から堂々と入った。

「ご相談があるのですが」

「なるほど。ご相談というのは?」

「トラッシュとマフィアの事です。......早めの昼食でもいかがですか?」

「......休憩はいつでも取れるわけではないんですけどね。ルイスさんもごいっしょですか?」

「いえ。泥人形ですから、一緒に飯はどうかなと。彼も自覚してるみたいで、遠慮されました」

「そうですか。2階でいいですか?」

 ギルドは西側の大通りに接し、南側を向いている。木魔術士であるギルド長の手作りで木造。

 中に入ると探索者等の客が入れる空間は8畳ほど、カウンターは商人ギルドと同様にカウンターが3つで仕切りで区切られている。フロアにはテーブルとイス、掲示板がある。

 二階は飯屋になっており、そちらはそこそこ広い。食堂は昼時にはまだ早い時間であるため、ほぼ無人だった。

 ちなみに都市間の移動に時間がかかるため、最もギルド食堂が混雑するのは弁当販売が行われる朝である。

 俺たちは見晴らしの悪い窓辺に座った。もしもの場合に備えて、アンドウが狙撃できるように待機しているまずだ。飯に誘っておいて何も頼まないのは不自然だから、情報種集のお供にサンドイッチをチョイスした。


「それで、ご相談というのは?」

 もし仮にジェフリーさんだけが追いかけられる状況でコピーキャットが帰ったら、彼はどうするのか。

 ”女王蜂”は今日ギルドにコピーキャットが現れなかった場合のために”蜂”を放ったのであるから、コピーキャットに緊急の用事があるはずである。

 すなわち、帰り際が勝負だ。もしそこで何も起こらない様なら、ジェフリー個人は信用できることになる。もし仮に”女王蜂”だったとしても、ギルド内なら暴れることはないだろう。

「まずは一昨日の盗賊団の件ですが、あの後どうなりましたか?」

「騎士団や門番への周知は済ませてありますが、まだ逮捕出来ていないようです」

「そうですか。疑わしい人物は?」

「見つかっていないようです」

 どうせだから得られる限りの情報を聞いておこう。

「トラッシュのことは、ご存じですよね」

「ええ。”ダウンストリート”の自称自警団のリーダーですね。どうされました?喧嘩でもふっかけられましたか?」

 ジェフリーは元々の真面目な雰囲気のまま淡々と、しかしどこか朗らかに話している。少なくとも俺にはそう感じられた。

「まぁ、そんなところです。背が低いと馬鹿にされましたよ」

「そうですか。このところ静かだったのですが。ご無事で何よりです」

 トラッシュとジェフリーは少なからず関係があるのかも知れない。

「あなたも”喧嘩”したことがあるんですか?」

「喧嘩。いえ、ありません。大人と子供でするのは喧嘩とは言いませんよ。まぁそうですね。”ダウンストリート”と探索者がもめたとき、その探索者の仲間がギルド職員の私に泣きついてきたんですよ。それで、仲裁に入ったときに暴力的な解決をしたことは何度もあります」

「もう長い付き合いなんですか?」

 ジェフリーが左手で口元を押さえた。動作の間も視線は正面の俺から一切外さなかった。

「長いということはありませんが、初めて会ったのは2年前くらいですかね。”トラッシュ”が”ダウンストリート”に現れたのがそのくらいですから、見ようによっては長いかと」

 仮にトラッシュとジェフリーが手を組んでいてもおかしくない。

 だが、つくメリットのある嘘とも思えない。

「じゃあ”トラッシュ”が揉めるとよく駆り出されるんですね」

「そういうことです。私の仕事が増えて仕方がありませんよ」

「お疲れ様です。最近も来たんですか?......2、3日の間です」

「最近は、昨日会いましたよ」

「どんな用事ですか?」

「......おとといの盗賊達3人ですが、コピーキャットさんが騎士流と自己流が混ざってたと仰ってたでしょう。ということはストリートで生活している可能性が高いので、トラッシュに身元を確認したんですよ」

「なるほど。私も同意見です。ダウンストリートの出身というのは合ってましたか?」

「ええ、そうでした。どうしたんですか?一向に話が見えませんが。事件に関しては私もギルド職員として情報を秘匿する義務があります。職員の裁量に任せられている範囲でしか答えられませんよ」

「盗賊を引き渡した後すぐにトラッシュに会ったんですか?」

 すぐに呼び出せたということは、予想外にトラッシュとジェフリーの関係は深いのだろうか。

「ええ。引き渡していただいた後、すぐに騎士団の第二駐屯地に行ったんですが、ちょうどトラッシュたちが騎士と話していたんですよ」

 フルトゥーム第二駐屯地はここから一番近い騎士団の拠点だ。

 トラッシュが騎士と揉めていたのか。

 一歩踏み込むべきと判断し、嘘を付いた。

「......実は、クレア達がトラッシュと揉めたらしく、まずは敵を知るべきかと思ってきたんですよ」

「クレアさんですか?それは、どういう事でしょうか?クレアさんとレオナさんのパーティは、昨日から帰還されていないはずです。本日も戻らなければロストの手続きをする予定ですが」

 あの二人が戻って来てない?

「それは確かですか!?」

「ええ、昨日の朝、ベリア山のへ前の草原へ向かいました。受付をしたのは私ですから」

 都市の外で夜を越すのは自殺行為だ、ベテランだってかなりリスクが高いから、”外”で新人が一晩生き延びられる可能はほとんど無い。

 だから探索者は、日が沈む前にできる限り戻ってくるはずだ。それなのに戻ってきていない。昨日から。

 竜種にやられたのか?それとも襲われたのか?

 戻れない理由は、あの二人が既に死んでいるから?


『まぁ、何か困ったことがあれば頼ってくれ』

『ああ。ありがとう』

『ふふ。ありがとうございます!』


 知り合ったばかりで、親しい仲じゃない。

 でも、一昨日の誠実なレオナの瞳が、可笑しそうに笑うクレアの鈴のような声がフラッシュバックした。

 クソ、冷静になれ。

 ”蜂”が姿を見せたのは今朝からだ。昨日は俺が情報種集で町中を歩き回っていたから、”女王蜂”が活動していたならどこかで”蜂”を見ているはずだ。

 クレアとレオナは実名で活動している。見つけるのは比較的簡単だったはずだ。昨日の時点で盗賊団に殺され、ロストとして処理されていた?

 俺たちは昨日コピーキャットとルイスは探索者として外に出なかったから今日始末しようとしている?......。

「コピーキャットさん、それはどういう......」

「クレア以外の誰かと組んでいましたか!?それは≪調教師≫ですか!?」

「いえ、二人だけでしたが......」

 すると、食堂に職員が駆け込んできた。

「トラッシュと取り巻きが来ました!ジェフリーを呼べと言っています」

「急用です。失礼します。よろしいでしょうか」

「俺も行きます」

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