6. ダウンストリート

 休日の初日、今日の予定は情報収集と買い出しだ。だがその前に、昨日の時点で集まった情報を整理しよう。

 ギルドでの情報収集によれば、この町のマフィアはペローネファミリー。元々は竜種から身を守るために武装した農家たちだったらしい。武器を手に入れ、流通させ、金と力を手に入れた集団だ。

 ファミリーと言っているが、全員が血のつながった家族というわけではない。貴族の血統主義に対抗して、”契り” を交わすことで家族になるらしい。

 マフィア間、あるいはマフィア対ギルドや騎士の抗争、もちろん竜種による被害、そして貧富の差が激しいことによって、歴史的にこの都市には多くの孤児、貧民がおり、貧民街を形成している。彼らはマフィアらから武器・魔道具を仕入れたりして度々強盗事件を起こしている。

 また、長男ではないためまともな貴族になれず、魔術が少しだけ使えるものの探索者になれるほどでもなく、定職に作く気もさらさらない、そんな残念な貴族出身の奴らも混じって悪さをしているという。

 こりゃあ騎士団もギルドも相当大変だろう。

 市民もただでやられる気はないというわけで、一部市民も自警のために自警団を組織しているためさらに事態をややこしくしているとのこと。そのうち本格的なのは貧民街の若者達のグループだそうだ。どういう奴らはストリートギャングとして組織を作っている。

 どうやら貧民街出身のストリートギャング達を次々とまとめ上げている リーダーが現れたという。名前は”トラッシュ” 。トラッシュは以前ペローネファミリーと揉めたが、ドン・ペローネに気に入られて五体満足で元気に活動中とのことである。恐ろしいことだ。

 

◆◆


「弾痕、崩れた家......。やんちゃだな」

「防弾加工の帽子も買ってくれば良かったかもね」

「あんな帽子、二度と使わないだろ」

「いいんだよ、慎重さのためなら多少無駄遣いしたって」

 盗賊団との戦闘の翌日、午前。俺たちは今、ローランとアンドウとして貧民街に来ていた。

 相棒と言いつつ、ここまで全然セリフのなかったアンドウ君の登場である。泥人形ルイスの中身だ。

 二人とも正体を隠しているけど、アンドウは声を変える魔術が使えないから喋れないのである。”ルイス”は不気味な泥人形だと思われているけど仕方ないね。

 アンドウは150センチより少し大きく、歳は13歳くらい。孤児院で育ったらしく、正確なところは知らないとのこと。髪はくらい茶髪で、緩やかにカーブしている。茶色の瞳、柔和な童顔であり、歳よりも幼く見れる。≪戦士≫らしく鍛えており、脱ぐとかなりムキムキだが着やせしている。

 ちなみに柔らかい語感の方がアンドウだ。コピーキャットは彼の話し方に少し寄せている。

 一方俺は165センチ、灰色のゆるい癖髪、黒い瞳、筋肉はつけすぎない方針だ。今年成人の13歳、アンドウ曰く、どことなく猫っぽい顔つきらしい。

 二人とも丈夫なズボンにブーツ、上半身も簡単なシャツという、ありがちで目立たない服装である。魔道具の指輪はネックレスにしていつでも使用可能な状態で装備している。ちなみに指輪は別に指に装備しなくても魔術が使える。

 二人ともラフに見えるが、瞬時に戦闘に入れる状態だ。


 貧民街はフルトゥーム全体で言えば中心から西南の方向にある。

 フルトゥームは都市を二分している大通りにそって商店街が出来ており、経済はその周辺で盛んである。

 しかし東西等しくとは行かず、大通りを隔てて東側は首都に近く比較的竜種の被害に遭いにくいため人口が密集し、発展している。

 一方の西側は、大通りの住宅街から少し歩くと川や農地などの開けた景色が広がる。淡水魚・山の幸を取り扱う生産者や猟師(猟師もまた探索者の一部である)、二重の壁の間で農業を営む農業・畜産業者などが多い。

 また、西側は貧しい者も集中している。フルトゥーム全体として西側と東側の貧富の差が激しいが、農地や川の漁の権利も持たないものたちが多い地域であり、狭くてたいした漁が出来ないラームス川の南側は貧民が多い事に加え、歴史的にペローネファミリーの発祥の地でもあるためよりいっそう治安が悪い。

 ここに貧民街、通称”ダウンストリート”と呼ばれる場所がある。

 

 ダウンストリートは、他の居住区と同様に元々はレンガ造りの家々が並んでいた。しかしかつての大型竜種による災害の傷が癒えず、多くの建物が崩れたままになっている。

 その後、人々によって木造の建築物が建てられ、生活の向上が図られた。

 だがそれも度重なる暴力的事件により部分的に崩壊し、雨風を凌ぐために半分崩れた屋根に布をかぶせただけのような家も多く見られる。

 ダウンストリートはパッチワークのようにちぐはぐなまま人々が暮らしている、荒れた地域である。

 人々は、貧しい者、住処を負われた者、腕っ節で成り上がろうとするものの、探索者や騎士になり損ねた者など様々である。

 生まれがいいため教育を受け、最小限の魔術が使えるだけの残念貴族もここでは暴力でそこそこの地位を得られる、そんな掃きだめである。

 今日は、ダウンストリートに突如現れ、荒くれ者どもをまとめ上げてすでに一大勢力を築いたという”トラッシュ”の情報と、そしてストリートギャング達にペローネファミリーが手を付けているかの情報を得る事が目的だ。


  ストリートの落書きだらけのみちの裏路地、雷に打たれたような二つに裂かれた低い木の下に乞食がいた。

 黄色く濁った片目、枯れ木のような肌、薄汚れた垢まみれのボロボロの布を纏った爺だ。いつも空の酒瓶をもっているが、すぐに飯を食わないとすぐに死んでしまうようなこの枯れた乞食は、れっきとした情報屋である。

 俺はフルトゥームにはあまり来ないから情報ルートが少ないんだが、生きていたようでラッキーだった。アンドウに周囲の警戒をして貰って、一人で話しかけた。

「おい、メシをくれるのかよ?」

「飯のを買うんだ。最近はるか?」

「見ねぇ顔だ。だれの紹介だよ」

「ジェフリーさん」

「証拠は?」

 合言葉を混ぜつつ、取引を開始。

 証拠としてX印に穴を空けた王国コインを見せるとジジイはそれを指先でつまみ観察する。印ごしに目が合った。

 前回来たときは”コピーキャット”だったからか、警戒されている。

「......金はあるな?何を知りたい?」

 トントン、とジジイが指の先で瓶の口を叩いた。

 金貨を1枚当てると、口の径からは入るはずがないのにコインは吸い込まれるように消えた。

「”トラッシュ”はどんなやつだ?」

「ほう。あーあのガキも人気者だなぁ。デカくて強い。緑がかった白髪に浅黒い肌さ。何系かは知らねぇが、ドワーフではないな。ただ、とんでもなく馬力がある。この辺のストリートギャング相手にゃ敵知らずだぜ、10人相手に圧勝だよ」

「魔術か?」

「いや、改造した<火蜥蜴の杖>を持っているが、そんだけだぜ。20センチ位の小型のだよ。<火の玉ファイアボール>の腕は良いが、身体強化はない」

 <火蜥蜴の杖>は<火の玉ファイアボール>を再現する魔道具で、誰でも使えるように作られている、ポピュラーな銃器だ。

 身体能力強化の魔術なしで十人力となると、相当レアだ。要注意かもしれない。

「霊術か、何らかの加護か」

「おう、そんなとこだろうな」

「勢力は?」

「そりゃ、このダウンストリートでは一番だ。1チームで50人を超えてる」

「正確な数は分かるか?」

「いんや」

「名前は?」

「”Flock of flags”。街の平和を謳っているぜ。自警団なんだそうだ」

 ”旗の群れ”?何かの意志表示か?

「統制は?」

「たいしたことねぇな。トラッシュだって、別にダウンストリートの王様になるつもりはなさそうだぁ。最近は”トラッシュ”のチームだからってだけで粋がる連中が増えてきていて大変らしいぜ」

「力で押さえつけてるのか?人柄は?」

「近しい連中には結構慕われてるようだぜ」

「名前は?」

「≪製造士クリエイター≫でチビのスマイル、お調子者のトリガー、ジジイのドクター」

「ドクター?医者か?」

「昔は町医者だったらしい」


「......ペローネファミリーは?」

「......」

 ジジイはまた酒瓶の口を指で叩いて見せた。「金が足りない」と言っているのだ。もう一枚銀貨を当ててやった。

 ぼったくられては困る。目で情報屋の全身をぼんやりと捉えたまま、体内で魔力を循環させた。

 首から提げた指輪に魔力を循環はさせないし、体の表にも漏らさない。ただのブラフだ。本当に手を出したら二度とフルトゥームの情報屋は全員使えなくなる。

「......」

 ダメらしい。この程度じゃビビらないか。

 仕方ない、もう一枚吸い込ませる。くそ、高くついた。

「ペローネファミリーの、何だね?」

「マフィアは ”群れ”をどうするつもりだ?」

「どうもする気は無いらしいぜ。半年前、ファミリーの下っ端が”トラッシュ”ともめたらしい。そん時はペローネファミリーに軽く貸しを作ってな、ドン・ペローネは”トラッシュ”を放っておくことにしたらしい。そのうち飼う気かもしれねぇが、まだだ」

「......ペローネが武器を流してるってのは」

「ペローネファミリーは武器、魔道具を取り扱ってデカくなった。フルトゥーム以外のマフィアとも取り引きしている」

「......以上だ。俺が来たのは他言無用だ」

「おい、もう良いのかぃ?」

 ニヤニヤと粘り着くような笑顔の情報屋に、銀貨をもう一枚手渡しして俺は立ち去った。

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