5. コピーキャット
俺が受付を終えた時、クレアが椅子に座って一人でぼんやりしていた。レオナは敵の≪
「クレア、怪我は大丈夫か?新人と言ってただろ、傷薬は足りているかな?」
クレアの怪我は肩口だった。頭や心臓、内臓が傷ついたらマズかったが、今回は当たり所が良かった。
聞くところによると太さ約5センチで先端が鋭い円推型に改造された<
痛みがないはずはない。しかし、クレアは傷口の痛みなど無いように微笑んだ。
「大丈夫です。<エルフの霊薬>があるから、三日もあれば直りますよ」
「そうか。それは良かった。腕が上がらない、とかがあれば今後に支障を来すから、ギルドに相談した方がいい」
「ふふ、ええ、大丈夫です。ありがとうございます」
俺は軽く笑われてしまったらしい。心配しすぎたと思われたのか。初心者と聞いていたから良質な傷薬を持っていなかったら大変だと思ったんだけど。ふーむ。
聞くと先月ギルド加盟にしたらしく、もう何度か任務はこなしているらしい。
後輩というのは初めてで調子が出ないな。
「ごめんなさい。迷惑を掛けましたね。右側と後方は私たちが見るべきでした」
「敬語はいいし、あれは混乱を狙った奇襲だよ。こちらこそ、<
「いえ、そんな」
「見事な魔力の凝縮だと思ったよ、本当に」
よくは見れなかったが、良い魔術だった。
瞬時に<想起>できなかったと言うことは、高度な魔術だということだ。おそらく優秀な魔術士に教わったのだろう、と素直に感心した。
「いえ、...そうですか?ありがとうございます!照れますね」
話していると、レオナも報告が終わったようで近づいてきた。レオナはほとんど傷を追っていないようだった。
「コピーキャット、あなたの噂は本当なのか」
レオナが尋ねてきた。
「噂?」
「聞いたんだ。『コピーキャットは他人の魔術をコピー出来る』と。魔術だけじゃなく、武術も。本当なのか?」
「だめよ、レオナ。魔術の事を聞くのは失礼だよ」
直球の質問だ。レオナに他意や悪意が無いのが感じられた。
本来魔術は膨大な準備と専門的な研究が必要である。専門的な魔術研究が必要であるし、魔術は血脈に依存するから、優秀な魔術士は貴族階級が多い。なぜなら、代々研究してきたデータを家族間で継承しているからだ。魔術文明において。魔術研究力はそのまま一族の軍事力である。
話は逸れたが、そんなわけで固有魔術は一族と個人の価値に大きく影響するため、基本的には隠すものだ。だから俺は事実を微妙に変えて伝えている。それに、『コピー能力のコピーキャット』という名前で売り出せば宣伝にもなる。
というわけで、これは嘘の能力はすぐに教えることにしている。
「一部だけど本当だよ。それが私の固有魔術だ。といっても、魔道具化されている一般的な魔術全般と、簡単な魔術だけだよ」
「すごいな。どの属性も使えるのか?」
「ああ。まぁ、いつも何でも使える訳ではないんだけど」
「一般魔術はなんでもできるんですか?」
「大体はね。」
クレアは驚きで目を丸くしていた。
「クレア、そんなに凄いのか?」
「うん。全属性を実用レベルで使える人なんて初めて見た...」
「そうか。コピーキャットは凄いんだな!」
「ちょっとレオナ!失礼でしょ!ごめんなさいこの子ったら」
「いや、良いよ。面白いからもっと見ていようと思ってたし」
「ええっ!?」
驚くクレアに、レオナは「ははっ!」と軽快に笑った。
俺の魔術は<
知り得る情報、つまり秘匿されていない情報をすべて記録した <
発動条件は不明だが、知らないはずの事を見聞きすると、忘れていた事を思い出すように<想起>する。
何でも即座に理解できると言ってもいい優秀な魔術だが、欠点は発動のタイミングを制御出来ない事、そしてなんでも分かると言うわけではなく、分かったことだけが知っていることになると言うことだ。
この気まぐれな特性のせいで、魔力残量の管理が大変だ。だから俺は自分の体内の魔力がどの程度減ったかを示す砂時計<流れる自我の砂時計>を常に身につけている。ちなみに高級品である。
<
この魔術によって様々な魔術の知識を得ることが出来るが、魔術は分かれば使えるというような単純なものではない。俺は長い試行錯誤の末、現在の状態に至った。必要な物は、魔術回路が施してある指輪だ。
コピーキャットの多種多様な魔術は、一般的な魔術の基本的な魔術回路がすべて掘ってある指輪に、属性の変換媒介である魔石取り付け、魔石介した魔力を通すことで実現出来る。
例えば指輪には<
この精密な魔力操作は何年も掛けた。
また、初見の魔術も、魔術回路で再現出来る場合は発動可能だ。
ただし残念ながら、<想起>してから時間が経つと詳細を忘れてしまうため発動できなくなる。
だから俺は有用な魔術は実践の後でメモすることにしている。
もっと俺の記憶力があれば覚えられたレア魔術が沢山あったのに...とは思うが、忘れてしまうのはしょうがない。<
「二人の≪役職≫は?」
「私は≪術士≫で、レオナは≪武術士≫ですよ」
人には役割があると言われている。”天にまします大精霊様”達が子孫たる人類に直接的に手をさしのべることはほぼ無いが、道しるべとしてそれぞれに≪
その個人の能力ならどんな方向に進むのが最も向いているかを教えてくれるという訳だ。
役職で一般的なのは≪戦士≫、≪術士≫、≪武具士≫、≪
≪戦士≫は体が強く、≪術士≫は魔術や霊術に適性が強い。
魔術は世界の根源たる魔力を使う術で霊術とは姓名の根源たる霊力を使う術だが、霊術が使えるのは極限られる。
≪武術士≫は道具や体を美味く扱うことに長けていて、剣士もこれに入る。
≪
他にも分類外の分野に特性が強い場合や天から期待されるほど強力な場合には別な≪
歴史的には≪勇者≫、≪聖剣使い≫、≪陰陽師≫などがいたとされている。大精霊様は柔軟な方のようである。
ちなみに俺は≪占い師≫、アンドウは≪戦士≫だ。
「まぁ、何か困ったことがあれば頼ってくれ。」
「ああ。ありがとう」
「ありがとうございます!」
「そうか。...あと、この都市は物騒だからあまり暗い路地とかには行かない方がいいよ」
「ふふ。分かりました!」
そして俺は頼れる先輩っぽく立ち去ったのである。
またちょっと笑われたけど。
◆◆
今後の日程は、三日ほど滞在したのち、もう一度フィリップ氏らをカエルムに輸送する予定だ。その間にフィリップ氏は商売の準備をするらしい。それまでフルトゥームの地でのんびり出来る。
三日間休んでもいいが、何をしようか。
アンドウとの話し合いの結果、明日つまり初日は休みにして装備の補充と情報収集、明後日は探索に出ることになった。
俺の魔術<世界の小記録簿>は魔術の仕組みも<想起>する。人間の魔術も、魔物の魔術もだ。少しでも多くの魔術に触れてバリエーションを獲得するしたい。
アンドウは、魔術の鍛錬と言うより竜種との戦闘経験が欲しいとのこと。
協議の結果、明日は小型竜種に出かける事になった。
フルトゥームの周辺の森のうち、川の近くにはクロウラプトルと呼ばれる黒い小型の地竜種がいるらしい。体長2メートル前後、長い尾で上半身とのバランスを取り、二足歩行で走る魔物だ。
奴らは3から6体の群れを形成するため、油断出来ない。そこで罠を仕掛けることにした。その仕掛けの買い出しと準備も必要だ。
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