1. 新人

 午前は晴れていたが、曇り始めてきた。予報では雨ではないはずだが、予報の精度は高くない。雨が降ると視界が悪くなるためやめて欲しいのだが。

 道を進んでいく。見渡すかぎりの緑が広がり、遠くに大きい山が見える。

 都市は平野に作る事が多いが、道は林を突っ切ることも多い。これまでの道は草原、沼、川、時々林。さっき遠くに川が見えたから、このあたりは魔物が多そうである。

 一応道にいる限り弱い魔物は<獣よけ>で弾けるが、強力な魔獣や竜種は襲ってくる危険があるから、気を抜くわけにはいかない。


 商隊は荷車2つで、それを2体のウシトカゲが引いている。

 ウシトカゲはでっぷり太ったトカゲで、口がでかい。体長4~5メートル程度、黄土色の鱗に覆われている。危険ではあるがそこそこ賢く、動物と心を通わせる≪調教師≫にとってテイムしやすい魔物である。タフで足腰が強く、豚を一頭丸呑みさせておけば三日は飯がいらないことから荷車を引くために重宝されている。スピードは人間の早歩き程度だ。

 護衛は全部で7人である。探索者は2組で、俺と相棒のコンビと1組、残りの3人は商人ギルドから連れてきたらしい。セオリー通りに、≪調教師テイマー≫、多少荷車が破損しても修復できる木魔術士がついてきている。加えて、店の用心棒になる予定の≪戦士≫も乗っている。

 フィリップ氏は”外” での襲撃に備えてリスクを分散するために荷物を分けており、前回は生活用品と使用人、少量の商売用具を運び、今回は本格的に荷物を運んでいる。

 俺達は前回も今回も雇われたが、前回いたやつらはクビになったらしい。奴らはB級で一般の騎士程度の戦闘力だったが、一つ下のC級である俺と相棒を気に入ってくれたらしい。しっかり働かせていただきますよ。

 

 昼過ぎ、見晴らしの良いエリアに出たところでウシトカゲを休ませつつ昼食休憩となった。探索者の2組は交代での昼食で、他はまとめて時間を取ることになっている。俺と相棒のルイスの休憩は後半だ。


「お疲れ様です、コピーキャットさん」

「...お疲れ様。どうした、連絡かな?」

 クレアとレオナが話しかけてきた。綺麗な二人組だ。

 すでに出発の際に挨拶は済ませていたが、それからは特に無駄に会話するようなことも無かった。ここで話しかけられるのは予想外で、一瞬挨拶が遅れてしまった。悲しいかな、むさい野郎が多い探索者ギルドで慣れてしまったのかも知れない、俺はテンパってしまったのか。

 探索者の癖で二人を観察する。

 クレアは輝くような長い金髪をポニーテールにまとめ、細身の剣を腰に差していた。瞳はエメラルドのように輝くグリーンで、健康的な雰囲気の美しい少女だ。

 一方レオナは耳を出す青みがかったショートカットでスレンダーな長身、丸盾と細身の剣を装備している。魔術的に意味のある髪は伸ばすことの多い魔術士でショートカットは珍しいため、おそらくレオナは魔術ではなく武術を主体とするスタイルであろうと推測する。

 どちらもギルドでは見たことが無く、この任務で初めて見た顔だ。

「いえ。差し入れのクラッカーです。食べてください」

 クレアはバスケットを持っていた。聞くと、どうやら新人らしく、顔を売るために積極的に交流を図っているらしい。正直かなり嬉しいため、彼女たちの作戦は成功だ。

 感謝の言葉を継げ、有り難く頂く。あ、甘くて美味い。

 クラッカーの差し入れか。探索者になってから初めての経験だ。

 新参者で悪くない装備、歳は二人ともおそらく成人したばかりの13歳くらいで、俺とも歳が近いこと、栄養状態も良さそうであることからおそらく出自は良いに違いない。

 会話の中でも、レオナは一歩引いている様子だ。おそらくクレアに仕える従者か身分が少し低い乳母の子か。

 良家のお嬢様が実戦で修行だろうか。この実力主義の探索者界隈でカモられないかと心配になった。 

 

「もしかしてアントニウスに何か言われたのかな?」

「そうなんです。アントニウスさんとは長いつきあいだとお聞きしました」

「敬語はいいよ。ただの同僚だから」


 アントニウスはベテランのギルド職員であり、お節介なおっさんだ。俺が小さい頃からの知り合いである。ギルドに入りたてのころに世話になった。

 俺は化け猫のフルフェイスマスクを被った”コピーキャット”として、相棒のケータ・アンドウは変幻自在の泥で全身を包む大柄の男”泥人形ルイス”として名前を隠して探索者活動をしている。

 探索者ギルドでは元軽犯罪者や超高貴なお方が所属することがあること、対人で恨みを買いかねないことから偽名 (探索者名) で活動することが許されている。

 ギルドはその個人の素性を知っているが、個人情報はギルドの名の下に秘匿され、適切に処理される。都市の外に出るにはギルド経由で王家の許可証が必要であるから当然である。

 

 俺たちは、まぁ理由は一つじゃないんだが、対人戦闘で名を上げたから恨みを買っているだろうこと、信頼が重要な仕事であるが俺達は若すぎて不利である事などから正体を隠している。別に、正体を隠すことに憧れがあったとか、そういった気持ちはないが、アンドウが譲らなかった。

 正体を知っているのは登録で世話になったアントニウス、権利的に登録者情報をすぐに見ることが出来るカエルムのギルド長と副ギルド長だけだ。


 アントニウスのおっさんに紹介されたんならしょうが無いという思いに加えて、可愛い子と仲良くなりたい下心も満載で、完全に浮き足立ちつつ、困っていたら助けようと心に決めた。

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