第360話
シェリーはドキドキしながら玄関の扉の前に立っている。朝早くから起きて、家の中の謎の徘徊物を駆逐して、ルークの好きな料理を作って、ルークが帰って来るのを今か今かと待っているのだ。
「シェリー。ルークは昼前に戻ると連絡があっただろう?まだ、戻って来ぬよ」
呆れたような声がシェリーの背中に掛けられた。
「うるさい。オリバー」
「今は何刻だと思っているんだ?
「うるさい」
どうやら、シェリーは
「暇なら珈琲でも入れてくれたまえ」
恐らく地下から上がって来る度に玄関ホールで待っているシェリーが目障りだったのだろう。オリバーはシェリーに用事を言いつけた。
「暇じゃないし」
そう言いながらもシェリーは廊下を歩いてキッチンに向かって行く。そんなシェリーを困ったものだとオリバーは苦笑いを浮かべ、壁の方に視線を向ける。
「君まで付き合わなくてよいのではないのかね?」
廊下の壁を背もたれに立っているカイルに声をかける。カイルにシェリーの行動に付き合わなくてもとオリバーが口にしたということは、カイルも
「シェリーのルークへの愛情が重いのはわかりきっていることですからね」
そう答えるカイルも苦笑いを浮かべている。仕方がないと。
「ああ、ヨーコが言ってきたのだが、あの者達を鍛える物を作って欲しいと、できれば将軍級がいいと言われた。彼らにそこまで求めるのは酷と言うものではないのかね?」
酷。レベル100前後の彼らにレベル200を越えたプラエフェクト将軍級のモノと戦えるようにするのは、現段階では難しいとオリバーは言っているのだ。
「なら、シェリーはどうなんだ?以前シェリーのレベルは124と言っていた。そのシェリーが本気を出していないとはいえ、プラエフェクト将軍に致命的な一撃を与えた。それを酷という言い方をするのか?」
シェリーが出来ることを彼らに求めて何が悪いとカイルは言う。確かにシェリーがプラエフェクト将軍に致命的な一撃を与えたのは事実だ。事実は事実なのだが。
「君はシェリーの事を勘違いしているね。シェリーこそ普通ではないのだよ。レベル120で超越者を制することができる時点でおかしいのだよ」
オリバーはシェリーの方が普通という枠組みから逸脱していると言った。考えればわかることだ。レベル120でレベル200とまともに剣を交えることが出来るかと問われれば、超越者と言われる者の剣を受けただけで、木っ端微塵となる未来しかないだろう。
「シェリーはいくつの神から祝福をもらっていると思っているのだね?聖女という者はこの世界に存在する全ての神から祝福を受けているのだ。武神アルマからも剣神レピダからも祝福を受けているのだよ。」
それこそ普通ではないであろう?とオリバーは言った。
「祝福···」
「そう祝福だ。これは人の身に大きな影響を受けるものだ。子供でもSクラスの魔物を倒せるぐらいの影響を与える。だから、シェリーと彼らを一緒にしてはいけない。だから、シェリーは君たちにああしろこうしろとは言わないであろう?」
シェリーは基本的にツガイに対して、否定はしているが強制的にどうこうしようとはしてはおらず、彼らの行動に対しても理解できないと言いつつシェリー自身が手をだすことはなかった。無関心といえばいいのか、基本的には彼らの行動にも考え方にも何も興味を示さず。自分のやるべきことに対して邪魔さえしなければ、後は好きにすればいいという感じだ。
「とある魔女がいたそうだ」
オリバーは突然、魔女の話をしだした。
「その魔女は俺と同じで、王族だが魔力が高いため生かされた存在だった。だが、必要なしと処分されるところに、大魔女の弟子がその王族の子を引き取ったのだ。王族としても子供としても必要されなかった彼女がどこに生きる意味を見出したかわかるか?」
オリバーはニヤリと笑って言った。グローリア国の王族の風習の話だ。銀髪で紅い目を持つ者しか王族として認めないという悪しき風習。
「神の祝福を得て、大魔女に成ることに生きる意味を見出したのだ。王族に対して復讐する意味だったのか、それともただ単に大魔女エリザベートに憧れていたのかはわからないが、神の祝福というモノに生きる意味を見出した。俺は復讐心だと思うが、きっとその魔女は壊れていたのだろうな。神というモノに縋り付き力を得ようとしたのだよ。それほど、神の力は強大なのだよ」
「貴方も神の祝福を受けているのか?」
「受けてはいた。だが、死して世界との繋がりが切れた時に全てを失った。しかし、代わりに新たな祝福を受けた。『異界の聖女の守護者』これが今の唯一の祝福であり、最高神からの強大な祝福だ」
オリバーはカイルに対して癇に障る言い方をした。今までは複数の祝福を持っていたが、シェリーの隷属となったときに全てを失い。あの白き神からの祝福のみがオリバーに施されていると。シェリーのための祝福が。
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