第361話

 そわそわして、落ち着きがないシェリーはオリバーに珈琲を入れた後、再び玄関ホールでルークの帰りを待っていた。

 オリバーは呆れるように地下の自室に戻って行き、カイルは何かを考え込んでいるかのように壁にもたれたまま、動かない。


 そして、玄関扉のノブがガチャリと音を立て、両開きの玄関扉が外から開いた。その音にシェリーのドキドキする心臓の音が大きくなる。


 扉が大きく開き、外からの光と共にキラキラと光る金髪が見えたことで、シェリーは両手を大きく開いてルークを抱きしめようと、玄関扉まで駆けて行き、ハタっと立ち止まる。


「姉さん。ただいま」


 容姿はオリバーに似ているが、少し日焼けをして、体つきも夏の頃と比べ大きくしっかりとしている弟を目の前にして、シェリーは広げていた手を戻し


「お帰り。お腹空いてる?ルーちゃんの大好きな物を沢山作っているよ」


 そう言って、シェリーは久方ぶりに家に戻ってきた弟を出迎えたのだ。そのシェリーの姿にルークは首を傾げる。

 姉らしくないと。


「姉さん」


 そう言ってルーク両手広げる。いつもなら、シェリーがギルドの依頼から戻って来たときにはルークが困ってしまうほどギュウギュウに抱きついてくる姉が今日はあまりにも普通な対応にルークの方が困惑していた。


 そのルークの態度にシェリーは目を泳がし、手をそわそわさせている。どうしたのだろうと、ルークはシェリーのそわそわしている手を取った。しかし、その手はシェリーによって弾かれてしまう。


「あっ」


 思わずルークの手を弾いてしまったシェリーはどうしようとオロオロしだし、ポロポロと目から涙がこぼれていた。

 その姿に壁にもたれ、考え事をしていたカイルが慌ててシェリーとルークの元に向かう。

 ルークもいつもの姉ではないことにオロオロしだした。


「姉さん、どうかしたの?」

「シェリー、何かあったのか?」


 二人がシェリーの様子を伺うも、泣き止む様子がない。


「ごめん。ルーク」


 ただ、シェリーはルークに謝った。しかし、その言葉でルークは気が付いた。

 ルークはシェリーの震えている手を両手で包んで持ち上げた。


「シェリー姉さん。大丈夫だよ。ほら、僕は強くなったよ」


 シェリーに向かって大丈夫と言ってニコリとルークは笑う。


「だから、手を触っても大丈夫。シェリー姉さんにギュって抱きしめて欲しいな」


 ルークにそう言われシェリーはそっと抱きしめる。


 この二人のやり取りを側で見ていたカイルは、これは先程オリバーが言っていた普通から逸脱した力を持つシェリーだから、ルークに対してこういう行動になってしまったのかという考えを持ってしまったが、そうではない。

 破壊者の称号を持つシェリーが佐々木とシェリーの人格に分けることになったきっかけが関係する。

 そう、シェリーが大きくなるにつれ、破壊者として力を制御できず、ルークの腕を折ってしまった事が起因しているのだ。

 シェリーはルークの事を『ルーちゃん』と呼んでいるが、佐々木は『ルーク』と呼んでいたのだ。


 玄関でルークにお帰りと言って抱きしめようとしたシェリーは今の自分は全てを抑制したシェリーでは無いと思い出し、自分の弟の腕を折ってしまったというトラウマを思い出してしまったのだ。


 だから、ルークを抱きしめて出迎えたいという思いと、今の自分ではルークを傷つけてしまうかもしれないというジレンマが生まれてしまった。そして、思わずルークの手を弾いてしまった自分自身に怒りを向け、ルークを傷つけてしまったとシェリー自身が混乱してしまった。


「姉さんの作ったご飯が食べたいな」


 ルークはそう言ってヘラリと笑った。

 大好きな弟にご飯が食べたいと言われ舞い上がったシェリーは用意をするから、着替えてダイニングに来てと言葉を残してキッチンに向かって行った。



_____________


玄関ホールにて



「カイルさん、お久しぶりです」


 ルークはカイルに向かって挨拶をする。ただ、先程のシェリーに向けていた心からの笑顔ではなく、冷たく見える笑顔だった。


「久しぶりだな」


「一つというか、聞きたいことがいくつかあるのですが」


「今か?」


 カイルはシェリーが去っていったキッチンの方を見る。きっとシェリーは作っていた料理を温め、ルークの為にウキウキと配膳しているだろう。


「そうですね。取り敢えず2つにします」


 答えるルークも廊下の奥にあるキッチンに繋がる扉の方に視線を向けている。


「なぜ、ここにカイルさんがいるのですか?」


 最もな質問だった。ここはシェリーとルークとオリバーが暮らす為に結界が張られている空間だ。他人が入れるわけはないのだ。


「ルークはシェリーの番の事を聞いているか?」


「いいえ。え?まさか?」


 ルークはカイルの言葉で自分の姉の番がカイルだと言うことに気が付いた。だが、シェリーからもオリバーからもシェリーの番が5人いるとは聞いていないようだ。だから、カイルは複数の番がいることには触れず、頷くことに留める。


「もう一つはなんだ?」


 カイルはさっさと質問を切り上げようと次の質問を尋ねる。


「あ、ええっと。カイルさんは姉さんが二人いることを知っていますか?あ、姉さんは一人なんですけど····質問がおかしいな。なんて言えばいいのか」


 ルークは質問の言葉選びに困っているようだ。しかし、言いたいことはわかる。シェリーの中に2人の人格がいることに気がついているかと問いたいのだろう。

 その言葉にカイルは頷き答える。


「知っている」


「え?あ、それでですね。いつもの姉さんじゃない感じなんですが、何か知っていますか?」


 やはり、ルークもオリバー同様に気がついたらしい。


「ああ、シェリーから白き高貴な御方がシェリーを元の状態に戻したと説明された」


「元の状態?だからか。うん!わかった。カイルさんありがとうございます」


 ルークはカイルの言葉を聞いて、納得してカイルにお礼を言った後、持って帰ってきた荷物を抱えて、二階へ駆け上がって行った。


「貴方は出迎えなくて良かったのですか?」


 カイルは廊下の影に隠れていた四つ目の黒猫に話しかける。しかし、黒猫はルークを追いかけるように廊下を進んで行くが、階段を上らずに地下に降りて行った。


『にゃー』


 と鳴き声を残して。


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