第350話
「あら?わたしは空間に歪みを与えているって言ったわよ」
スーウェンの最もな疑問にオーウィルディアは何を言っているのかと呆れるように答えた。いや、答えではなく自分は最初から答えを言っていたと。
「この部屋の全体の重力は1。部屋全体の1さえ合っていれば自由に重力を変えられるということですね。だから、私がいる部屋の端の重力は軽い」
「流石、シェリーちゃん。あたりよー。中央に負荷をかけると端っこは負荷が少ないの。良く気がついたわね。この部屋に入ってから徐々に変化させるから、普通は気が付かないのよー」
オーウィルディアは答えを正確に言ったシェリーを褒めるが、シェリーには物事を視る事のできる真理の目を持っているのだ。それぐらいは視ることでわかってしまう。
「ということは、今ここは負荷が少なく動きやすくなっているということか」
カイルは関心したように土が盛られた床を見るが、膨大な術式が刻まれているのは、その下の石畳の床であって、土はただの土だ。
そう、スーウェンがこの部屋の空間に施された術式が何なのか気になり見回っていたが、何もわからずに戻って来たのは、肝心な術式は目に見える所になかったからだ。
「そういうこと、逆に中央付近は負荷が増しているから、操る対象も動きが阻害されるけれど、対戦相手も動きが悪くなってしまうのよ。彼らはどれだけ戦えるかしら?」
そう言ってオーウィルディアは中央に立っている3人を見る。3人は真新しい武器を持ち構えているが、対戦相手となる大柄なエルフ族の男性は魔剣は腰に下げたまま、腕を組んで無防備と言っていい姿だった。
その後ろにいるミゲルロディアは何やら首を傾げている。そして、シェリーの方に向かって歩いて····いや、離れていた所にいたはずのミゲルロディアが瞬時にシェリーの前に現れた。転移の陣が発現しなかったので、ただ単に己の足で移動したのだろう。流石、魔人と言ったところか。
「シェリーミディア、アレはなんだ?スキルで作った者と言っていなかったか?」
ミゲルロディアがシェリーにプラエフェクト将軍の事を聞いてきた。
「言いました」
「なら、なぜアレに意思がある」
意思。恐らくミゲルロディアはシェリーがスキルで世界の記憶から引っ張り出したと言ったので、ただの姿かたちがその者の人形だと思ったのかもしれない。
「私が強くなるために世界の記憶から引っ張り出して、ここに存在している過去の英雄です」
「·····あの者に許可は取っているのか?」
ミゲルロディアはシェリーの言葉の意味を考え、別の事を尋ねた。許可を取っているのかと。何の許可か。それはもちろん、生きた人を本人の意思と関係なく操るのだ。何も説明もなく人の意思を無視して操るというのは非人道的である。
「許可ですか。一応、私が強く成るためにご指南をお願いしたいと説明をしています。その時にこの目の事も見ればわかると思いますが、説明をしてあります。目を使うこともありますと」
「それは、君と彼との契約だな。私ではない。少し本人と話してくる」
そう言ってミゲルロディアは背を向けたと思えば、プラエフェクト将軍の前に出現し、何かを話し始めた。
「シェリーちゃんも変わっているけど、この状況を普通に受け入れている兄上も兄上よね」
オーウィルディアから変わっていると言われたシェリーは横目でオーウィルディアを見る。
「だって、普通はありえないじゃない?猛将プラエフェクト将軍が目の前にいるって。彼一人で大陸の殆どを制圧してしまった人物よ。私なんて彼が顕れてから手の震えが止まらないのよ。彼から発せられる殺気。恐ろしいわ」
オーウィルディアは小刻みに震えている右手を見て言った。プラエフェクト将軍はシェリーに操られナオフミに攻撃している間も扉の横で控えている間も、そして今も周りの者達に対して殺気を放ち続けているのだ。
だから、グレイもオルクスもリオンも武器を抜き構えている。
「それは、唯一屈服しなかったラースの中枢に喚ばれたのですから、機嫌は悪いでしょうね」
シェリーは淡々と答える。エルフ神聖国に唯一膝を折らなかった赤き女神を崇めるラース公国。そのラースの目を持つものが4人も居る場に喚ばれたのだ。プラエフェクト将軍の機嫌も悪くなるだろう。
「わかっているならプラエフェクト将軍なんて喚ばないで!いくらナオフミが嫌いだからって、周りの者達の命の危険が及ぶ者を連れて来るのは駄目よ」
オーウィルディアのその言葉にシェリーは舌打ちをする。ナオフミに苦手意識を持つのは前世からの引きずっている事柄だ。あのナオフミを黙らせられるのであれば、猛将プラエフェクト将軍だろうが、暴君レイアルティス王だろうが、使える者なら使うというのが、シェリーのあり方だった。
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