第349話

「ときにそこにいる者はどうするのだ?」


 ミゲルロディアは唐突に話を変えて、扉のところにいる者を指し示した。


「ああ、彼ですか?用がなくなったので、世界の記憶に還しますが?」


 シェリーはナオフミ対策にプラエフェクト将軍を喚び出しただけなので、必要が無ければ元に還すのみだ。

 そのシェリーの言葉に不満の声が上がる。


「え?戦えないのか?」


 シェリーの隣りにいるオルクスからだった。


「戦いませんよ。何を言っているのですか?プラエフェクト将軍は超越者の域に達しているのです。戦えばこの辺りが灰燼化するではないですか」


「え?でも、剣を抜いて勇者と戦っていたよな」


「勇者を牽制するには超越者ぐらいしかできません。だから、私が制御して力を抑えていただけです。もう、還しますから!」


 シェリーが駄目だと言っても、オルクスは戦いたいとダダを捏ねている。その言葉にミゲルロディアは納得した表情をした。


「そうか、超越者か。こういう者がこの国に一人でも居てくれれば助かると思ったのだが、流石に超越者となると扱いが難しいな」


 シェリーはミゲルロディアの言葉に目を見開く。


「あ。わかっていただけます?流石にここまでの者になると難しいのです」


「ふむ。しかし制御の訓練に良い相手ではあるな」


 この会話はおかしいと周りの者達が気づき始めた。ミゲルロディアがプラエフェクト将軍に興味を持ったのは超越者という者を制御しつつ操るとい事を言っているのだ。これはラースの魔眼を持つ者の特有の考え方だ。


「一度、悪魔の奴らを操れないか試したことがあったのだが、うまくいかなくてな。力が強いと、どうも制御が曖昧になって周りの被害が大きくなってしまったことがあったのだ」


 シェリーは少し考えて隣のオルクスを見る。


「オルクスさんプラエフェクト将軍と戦いたいですか?」


「え!戦っていいのか!」


 オルクスは目を輝かせて、前のめりでシェリーに聞いてきた。


「ええ、その代わり腕一本か二本なくなるかもしれませんが」


「もちろん怪我をしてもシェリーが治してくれるだろう?」


「オルクスだけなんてずるい!俺も戦いたい」


 シェリーの後ろに立っていたグレイも戦いたいと言ってきた。その言葉にシェリーはミゲルロディアを見る。


「閣下どうされますか?」


 グレイが戦いたいと言ったにも関わらず、シェリーはミゲルロディアに問いかけた。

 問われたミゲルロディアは『ふむ』といい


「構わんよ。何なら全員でも構わない」


 まるで、ミゲルロディアが相手にするような言い方だ。

 その言葉にシェリーは頷き、後ろを振り向き他の3人に尋ねる。


「どうされますか」


 と。

 シェリーとミゲルロディアの言葉にオーウィルディアは信じられないと言わんばかりに己の兄を見た。

 そう、あのやり取りだけで、シェリーとミゲルロディアは超越者に対する訓練を今から行う事を決定したのだ。何一つ同意も指示もなかったにも関わらず。




「本気なの?わたしは反対なんだけど」


 オーウィルディアは不服そうな顔をして、シェリーの横に立っている。壁に囲まれた広い空間の中央には4人の人物が立っている。そして、その集団から少し離れたところに黒髪の青年が立っていた。


「ここは凄い空間ですね。どのような術式が組まれているのか予想がつきません」


 戦うことよりもこの室内が気になると言って、見回っていたスーウェンが戻って来た。いや、自国の英雄の前に立つということに戸惑ってしまったのだろう。シャーレン精霊王国では、初代聖女の番として、大陸全土にまで領土を広げ、ほとんどの国を属領にすることに一番尽力した人物だ。その英雄の前に指南を受ける。違う、訓練という名の戦闘行為。スーウェンは伝説の英雄の前に立つことを避けたのだ。


「魔眼を使うラースのための訓練場だからねぇ。普通の訓練場じゃないわよ」


 オーウィルディアは少し横にずれ、シェリーとの間を開ける。


「空間自体に歪みを与えて、行動の制限をしているから、ここで戦うのは大変よー」


 そう言っているオーウィルディアの横にスーウェンが入ってきた。スーウェンは首を傾げて、『歪み?』と呟きが隣にいるシェリーの耳に届く。

 オーウィルディアの言葉と自分が感じているものが異っているためだろう。


「これなら参戦してもよかったかな?」


 シェリーの隣りにいるカイルからそんな呟きが聞こえてきた。


「中央に行くに連れ、重さが加わってくるのは面白いね。これはどういう仕組なのかな」


 オーウィルディアが歪みと表現したものをカイルは重さと表現した。そう、室内の中央に行くに連れ、重力が増しているのだ。

 この様な場がなぜ必要か。


「これはねぇ。魔女が作ったと言われているわ。何でも浮遊の魔術の訓練をしていたらしいわ。その後は今の様に魔眼の訓練の場に使われるようになったのよ。負荷の掛かった相手人形をどれだけ意のままに動かす事ができるかという訓練ね」


「魔女?ですか?まさか大魔女エリザベート」


 オーウィルディアの説明にスーウェンはこの空間を作り出した人物に驚く。所々で名を聞く人物だ。女神ナディアの愛し子として生まれたが、女神を憎みグローリア国の祖とまで言われている赤き魔女。


 大魔女と言われた者の残された遺産が目の前にあるのだ。4千年経っても変わらぬ姿で。それは、彼女の洗練された魔術その物と言ってよかった。


「しかし、浮遊の魔術でどうして重さを増す様にしたのでしょう。普通は軽くするのではないのですか?」


 スーウェンの疑問は最もだ。自分の体重を軽くして、魔術の安定をさせるのが普通ではないのだろうか。

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