第304話

「豹獣人の兄さんの剣はこれな」


 先に外に出ていたシェリーの横でオルクスがベンから一振りの剣を受け取っていた。

 青い鞘から抜かれた剣身は鈍色にびいろをしており、叩き斬るための太く両刃の剣だった。


「これはですね。剣身には雷狼竜の牙と骨を使いましたが、持って貰えればわかったと思いますが、非常に軽い作りとなっています。名を紫電といいます。鞘には鱗と魔核を用いまして、剣の暴走を抑えています」


 剣の暴走を抑える?ベンはおかしな事をいった。鞘で剣を抑えるとは、それはまるで狂剣。


「剣の暴走ってなんだ?」


 オルクスが気になりベンに尋ねる。それに対しベンは困ったような顔をしてシェリーの顔をチラチラ見ながら答えた。


「えーっと、親方は新しい素材が手に入るとその素材を最大限に活かそうとするようになってしまいまして、雷狼竜の能力をまとっている剣と言っていいようになってしまいました。

 一応、渡すのはやめた方がいいと言ってはみたのですが、大丈夫だと言い返されてしまいました」


 またしても、ファブロは普通の人が扱える代物ではない剣を作りあげてしまったようだ。それも、ベンがチラチラとシェリーのことを見ていることから、毎回ファブロから受け取った刀に対して物足りなさを口にしていたシェリーの所為だと言いたいのだろう。


 剣を渡したベンは試し切りの準備をするので、と言って背を向けて駆けていき、そのベンとすれ違うようにカイルとグレイとスーウェンとリオンがやってきた。


「オルクスの剣はどんなのだ?」


 グレイが興味津々でオルクスが持っている剣に視線を向ける。それに対しオルクスは鈍色にびいろをしている剣身を見ながら


「ん?なんか凄そう」


 と、嬉しそうに答えた。後ろの尻尾もゆらゆらとゆるく動いていることから、本当に嬉しいようだ。あんなベンの説明を聞いたにも関わらず·····

 いや、以前から欲しいと思っていたファブロの剣が手に入ったからだろか。それともシェリーからの贈り物と解釈をしているのだろうか。

 恐らく後者の方の理由の方が高そうだ。


「準備ができました!」


 そう言ってベンが用意した試し切りの対象物は2体の武者の鎧だった。箱の上に腰を落としたように座らせた武者鎧が2体、広い広場の真ん中に鎮座している。

 実用できるのか、それとも飾り物かはわからないが、どう見てもこれは誰かに注文されたであろう鎧ではないのだろうか。


「さあさあ、お二方あれで試し切りをしてください」


 ベンはリオンとオルクスの前まで駆けてきて2体の武者鎧を指さした。やはり、あの鎧を斬れと言うことなのだろう。


「あれは鎧に見えるが?」


 リオンが戸惑うように聞く。本当にアレを斬ってもいいのかという確認の意味を込めてだ。


「ええ、鎧ですね。今回いただいた素材と以前戴いた素材とで、注文されていた鎧を防具担当の者が作り上げた物になるのですが、色々問題がありまして、処分が決まった物になりますので、破壊してもらってかまいません」


 ベンはとてもとても遠い目をしながら答えた。客との間に何かトラブルでもあったのだろうか。

 そういうことならと、リオンが一体の鎧の前に立ち、先程受け取った刀を抜き構えた瞬間、鎧に変化が見られた。

 動いたのだ。人の気配も人の魔力も感じないことから、誰かがあの鎧をまとっているとは考えられない。5人のツガイが一斉にシェリーの方を見る。これと同じ様な物を見た事があると。


 視線を向けられたシェリーはため息を吐く。何でもかんでも自分の所為にしないで欲しいと言わんばかりだ。


「ベンさん。よくこんな呪われたような鎧が出来上がりましたよね」


「はぁー。親方の影響を受けてか、その人も素材の能力を最大限に引き出そうとするようになってな。人に渡せない物が出来上がってしまったんだ」


 今回渡した素材とは雷狼竜の素材だ。それと以前の素材というのはレッドドラゴンのことだろう。確かに竜の鱗も硬ければその皮膚も硬い。防具にするとすればとてもいい素材だろう。

 しかし、常に高魔力をまとっているドラゴンだ。それを最大限にとなれば、もちろん目の前の鎧も魔力をまとっている。最初は魔道具ほどの魔力でしか無かったが、今では本当にドラゴンと対峙しているかのような圧迫感すら感じられるものとなっていた。


「ベンさん。流石にこれは駄目ではないでしょうか?」


「だから、処分が決定した。それもアレ、大気から魔素を取り込んで自分の物にしているらしい」


 大気から魔素を取り込んでいる!シェリーはあの鎧を指さしてベンに尋ねる。


「アレ、一体いただけません?そのままで」


 シェリーは突拍子もない事を言い出した。シェリーがおかしなことを言い出すのはいつものことだが、屋敷の地下道にあの怖ろしい鎧共が居るにも関わらず、目の前の怪しい武者鎧まで欲しいと言い出したのだ。

 これは流石にカイルも止めに入る。


「シェリー、あれは危険だから持って帰るのはやめようか」


「オリバーが喜びそうな物だから、持って帰る」


 なんとシェリーはオリバーへの土産にあの怪しい武者鎧を持って帰ろうとしていたのだった。


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