第303話
「親方!持ってきました!」
奥の方から大男の鬼族のベンが布に包まれた剣を持ってやってきた。しかし、ベンは目の前光景に頭を捻る。
尊敬するドワーフの親方が炎王に向かってペコペコと頭を下げ続けている。珍しい光景だった。
「ベンさん。剣を彼らに渡してもらえますか?」
ファブロが赤べこのように首を振り続けており、役に立たなさそうなので、シェリーが代わりにベンに剣を渡すように指示をする。
その言葉にベンは、はっと我に返り、まずは一振りの剣を包まれた布から取り出し、リオンに手渡す。
「リオン殿下。渡された竜の鱗を元にして作られた刀になります。名を
不知火と名を与えられた剣····いや、刀は青みがかった黒い鞘に収められ、受け取った刀をリオンが抜き、刀身を顕にすると一瞬刀身が無いのかと錯覚を覚えるほど、透明な刃だった。正確には、青みがかった透明な刃だった。
「親方、説明を·····」
と、ベンがファブロに視線を向けるが、そっと視線を外し、説明を始めた。
「え、えーと。不知火の刀身はいただいたヒュドラの鱗を使用しています。殿下を魔力を全力で込めても大丈夫な仕様になっております。鞘にはヒュドラの力を抑え込む為にべヒモスの牙を用いているので、毒素が漏れることはないと思うのですが、長時間鞘から抜いたままにはしないでください」
また、ファブロは怖ろしい刀を作ったようだ。放置すると毒素が漏れてくる刀って駄目じゃないのだろうか。しかし、リオンは別のところが気になったらしく、刀身を抜いたままベンに尋ねる。
「べヒモスとは何だ?」
そう尋ねられたベンも首を傾げ、シェリーを見る。
「自分も素材しか目にしては居ないので」
二人から視線を受けたシェリーは端的に答える。
「”ゾウ”です」
ゾウと言ってわかるのか言えば、カイル以外の4人のツガイとベンの頭の上にハテナが飛んでいる。
「シェリー、それは何かの名前かな?」
カイルが苦笑いを浮かべながら尋ねてくる。どうやら、この世界にゾウは存在していないらしい。時々ある世界の壁を感じてしまった。
カイルはシェリーがおかしな事を言うのは以前から知っていたので、シェリーの中での言葉だろうと解釈をしていた。しかし、ここではシェリーの言葉に理解を示す人物がいるのだ。
「ベヒモスはゾウの姿なのか?
そう、炎王だった。
「ゾウです」
そのやり取りにカイルは内心苛立ちが沸き立つ。カイルの視線を受けた炎王も苦笑いを浮かべ、試し切りするのだろう?と言って建物の外に出ていった。
「シェリーは炎王ともアフィーリアとも仲がいいみたいだけど、出会ってどれぐらい経つのかな?」
カイルは苛立ちを押さえながらシェリーに聞いてみると、シェリーは今更何を言っているのかと言わんばかりの視線をカイルに向け答える。
「10年程ではないのでしょうか?」
適当である。しかし、シェリーがオリバーに言ってツガイに対する対応と、聖女として各地の浄化を始めたのは、ルークに付きっきりではなくなってからなので、それぐらいという感覚で答えている。
そう答えてシェリーも建物の外に向かう。その横ではオルクスがシェリーにベヒモスって強いのかと聞いていた。
「リオン。炎王とは何者だ?」
カイルはシェリーの後ろ姿を見ながら、リオンに質問をする。そのリオンは刀を鞘にしまいながら、ため息を吐いた。
「俺の方が知りたい。····が、スーウェンの方が何か知っているのじゃないのか?異端者とは何かと」
二人の視線を受けたスーウェンは困ったような顔をする。
「そう聞かれましても、世界に変革をもたらそうとする異端者としか教えられていないです。しかし、お二人には千年という間があるのに、その歳月を感じさせない程ですね」
そう、シェリーと炎王の間には千年という年月が開いている。この世界では、エルフ族が世界の王から降ろされた千年であり、モルテ王が狂った千年であり、ギラン共和国、シーラン王国が作られた千年であり、マルス帝国が軍国主義に走った千年でもある。
それ程の歳月があれば、失われていく記憶や物が存在している。現に人族が騎獣という物を乗りこなす事で、浮遊の魔術は失われていると言っていいだろう。
だが、シェリーと炎王の間には共通する話題があるのだ。そこをスーウェンに指摘され、カイルは瞠目する。
しかし、彼らの概念に異界というものは存在しない。だから、思い至らない。なぜ、シェリーが炎王が魂が異質だと言っているか。
それが異界の記憶を持って、この世界に存在しているは思い至らないのだ。
だが、シェリーと炎王は決してその事を他者に話すことはない。二人は知っているのだ。
この世界の在り方を否定したアリスがどの様な運命を辿ったかを。エルフの王として運命を定められた彼女が種族の改変を求めたがゆえに種族から命を狙われ、己の死の未来しか見えなくなってしまった彼女の慟哭を垣間見てしまったからだ。
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