第302話
鬼族の女性はシェリーの顔をまじまじと見るが、以前の面影は全くと言っていいほど無い。唯一在るとすれば、目の色ぐらいだ。
それでも金髪のシェリーに思い至ったのは恐らく、シェリーぐらいしかあのような変な注文の仕方はしないのだ。誰が香辛料を端から端まで欲しいと言うだろうか。
「確かに5俵までとは言いましたが、こちらも一年で5俵までと思っていましたので、取り置き分はもうないのです」
無い。そう聞いたシェリーは愕然とした表情をした。米が以前買った5俵で終わりだったと。
「あ、あの···もう少しすれば新米も出てくるのですが、今在庫にある分は普通のお客様のために置いておきたい····ので·····」
段々とシェリーの表情が悪くなってくる。新米が店に出るまで待てと?
「あ、佐々木さん」
段々と機嫌が悪くなってきているシェリーに炎王は声を掛ける。
「ダンジョン産の米ならフィーディス商会を通して···っ」
シェリーはその言葉に勢いよく炎王に向かって振り向く。
「ダンジョン産?」
カツカツとシェリーは炎王に近づいていく。
「あ、ああ。天津がユールクスに作るように頼んだらしい。ダンジョン産の米はギランの外には出さない取り決めだが、佐々木さんにならユールクスもこころよく出してくれるだろう」
炎王は何気ないように言っているが、ダンジョン産ということは普通の条件でない生育をしていると言うことだ。ギラン以外には出さないと言っていることから、何かしらの付与がされている可能性が高い。
それも天津が絡んでいるときた。
陽子のダンジョンで作っている薬草も効果倍増の効力等があったりする。
シェリーは少し考えるが、定期的にお米が手に入るのなら何かしらの付与がされていても欲しい物だ。
「では、そのようにお願いします。今回のアフィーリアの加護に対する報酬はお米の取引で構いません」
そして、シェリーはみりんと料理酒と香辛料を大量買いして、店を出ていった。毎回、突然やってきては大量に買っていくシェリーに対して店番の鬼族の女性は『また、お越しくださいませ』と言ったあとに、『前もってご連絡をいただけるとありがたいです』と付け加えるのを忘れなかった。
しかし、シェリーも炎国に用事があるついでに寄っているだけなので『お約束はできません』と返すのだった。
大通りから細い路地に入り、幾度か曲がった先にある人がすれ違えるかどうかという細い路地に入って行く。相変わらずなぜこんなところに鍛冶場を置いたのかわからないぐらい入り組んだところにファブロの工房がある。
シェリーは路地を抜けた先にある広場を横切り、工房の入り口から呼びかける。
「ファブロさん、約束の10日ですが、できてますか?」
しかし、建物の中はうるさくシェリーの声など届かない。仕方がなくシェリーは魔力を込めて声を放つ。
「『ファブロさん、出てこないなら建物壊します』」
酷い脅し文句だ。
すると、奥の方からガシャン!ガラガラ···と、なにかが崩れる音が聞こえ、奥からバタバタと足音が聞こえてきた。
建物の奥から黒を纏い背が低く筋肉質なドワーフ族が斧を携えて現れた。
「わしの工房を壊すなんて言うやつは出ていけ!」
そう言ってドワーフ族のファブロが思いっきり手に持っていた斧を投げつける。
しかし、シェリーは一歩横に動くことで避け、何もなかったかのように淡々と用件を言う。
「ファブロさん。お約束の10日ですが、剣はできましたか?」
斧を訪問相手に投げつけるほど怒りを顕にした人物に対する態度ではないだろう。
「ん?嬢ちゃんだったか」
しかし、ファブロはシェリーと認識をした瞬間何事もなかったかのように普通の態度で話しだした。
熱しやすく冷めやすいファブロの性格を一言で言い表すとしたら、この言葉が一番しっくり来るだろう。
「おうおう、できとるぞ。ベン!二本の刀を持って来い!」
そう言いながら、ファブロは外に出ようとする。
「ファブロも相変わらずだな」
斧の刃を手のひらで受け止めた炎王がファブロに話し掛けた。斧の刃を手のひらで?確かに炎王の手は斧の刃を片手て掴んでいる。このような武器では龍人の皮膚は傷つけることはできないと言うことか。
「これは初代様!いらっしゃるとは知らずにご無礼を」
まさか己が投げた斧が炎王に向かって行ったとわかり、冷や汗をかき始めているファブロ。
そんなファブロに気にするなと言わんばかりに手を振り、斧を返す炎王。
「何か御用でしょうか?お呼び立てがあれば直ぐにお伺いいたしましたが」
斧を受け取りながら冷や汗が止まらないファブロに対して炎王は首を横に振る。
「いや、今日の俺は佐々木さんの移動手段に扱き使われる為に付いてきているんだ」
「炎王。それは人聞きが悪いです。エルトへの転移とダンジョンマスターへの顔つなぎです」
そう、炎王は剣を受け取ったあとに直ぐにエルトに向かえるようにシェリーに付いてくるように言われたのだ。
隠居しているとはいえ、炎国の為に裏で動いている炎王を足に使おうとしているシェリーは炎王を扱き使っている···のか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます