第292話

 翌日、シェリーは水屋と呼ばれるところに来ていた。大幅に(リオンの所為で)増改築が必要になったため、ついでとばかりにアフィーリアは自分専用の台所を作るように頼んだらしい。


 そこにはシェリーにとっては見慣れた調理器具が置いてある。殆どが炎王が用意した道具で、この世界では電気がないため、冷蔵庫やオーブンなどの大型の魔道具はユーフィア印が入った物が置いてあった。


「それで何を作るのじゃ?」


 腰に手を当ててシェリーに聞いているアフィーリアだが、教えを請う態度ではない。そのアフィーリアの前にシェリーが立っており、その奥のテーブルの席にシェリーの5人のツガイが座って何かを話し込んでいる。


「何を?料理を作る前に分量をきちんと量ることを覚えて」


「そんな物は愛情があれば大丈夫じゃ!」


「は?昨日の作っていたものを、もし私のルーちゃんに食べさせようとするなら、アフィーリアを海の底に沈めるから!」


「昨日の料理の出来は一等の出来じゃった」


「このヘドロのような物体は料理とは言わない!」


 シェリーは亜空間収納の鞄からお椀に盛られたグツグツと泡立った茶色い液体を取り出した。

 これは分量云々の問題ではなく素材から確認しなければならない案件だ。


「何故じゃ!ちゃんとお味噌汁が出来上がっておるではないか!」


 そのアフィーリアの言葉にシェリーは再び鞄に手を入れ、何かしらの肉の塊を取り出した。

 1キログラkgぐらいあるだろうという肉の塊だ。それにボコボコと泡が出ている怪しい茶色い液体を掛ける。

 恐らく魔物の肉の塊であろう物が煙を上げながら溶け出している。そう、溶けているのだ。


「アフィーリア、これ食べられると思う?」


 お味噌汁と言い切った物体が肉の塊と溶かしている姿を見せつけられたアフィーリアは青い顔をして横に首を振った。


「流石にこれは味噌汁とは言えないな」


 シェリーの後ろからリオンが覗き込んで、肉塊だった成れの果てを目にした。肉塊は溶けて液体化していた。

 そうリオンに指摘されたアフィーリアは腰に当てていた手をリオンに向けて指をさす。


「そもそも何故父上がここにおるのじゃ!シェリーと遊んでおるのに邪魔をされるつもりかえ?」


「アフィーリア。これは遊びじゃない」


 直ぐにシェリーがアフィーリアの言葉を訂正する。


「アフィーリア。昨日、初代様に聞くことがあって少し離れていた間、何をしていた?藤の宮にいる間、シェリーにべったりくっついていたんじゃないのか?」


 そう、別の建物に案内されていたとき、その場にいたのはシェリーと右手を手を繋いでいたカイルとシェリーの左腕に絡んでいたアフィーリアだけだった。

 その後、客室に通されてもアフィーリアはシェリーから離れることはなかった。もちろん祝福の影響だった。


「妾とシェリーは友達じゃ!仲良しじゃ!父上は邪魔じゃ!」


 シェリーと同じ年齢のはずだが、言葉の端々に幼さが垣間見えてしまう。長命の種族ゆえなのだろうか。


「アフィーリア。邪魔はしておらん。シェリーに合格を貰えないとアフィーリアの番のところに行けないことを忘れるな。ここと大陸じゃ色々異なる。外の国は初代様の守護はないぞ」


「なんじゃ?父上は困ったのか?」


 不思議そうに首を傾げるアフィーリアの言葉にリオンは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 この1月ほどで炎王の偉大さと己の不甲斐なさを痛感したのだった。


「この国は初代様の存在が大きすぎるということだ」


「何を当たり前な事を言っておられるのじゃ?」


 当たり前。その当たり前なことを口にするほどリオンにとってあまりにもこの一月が己の常識から外れていたのだった。

 いや、シェリーとその周りが異常すぎただけだ。家の一部をダンジョン化しているところに誰が住もうと思うだろうか。そのダンジョンのマスターが家の中を気ままに出入りをし、凶悪と言っていい空の鎧を自由にできるのだ。それもそれ空の鎧を作った人物が地下に住んでいるときた。

 はっきり言って常識がないのはシェリーの方なのだろう。


 しかし、アフィーリアの番はそのシェリーの弟だ。常識がどこまで通じるのかわからない。


「よくわからぬが、父上は黙ってあちらにおれば良いのじゃ」


 自分の父親が何を言いたいのかわからないのでアフィーリアは考えることを諦め、リオンに元いたテーブルの方に戻るように手を指し示した。


「それで何を作るのじゃ?」


 振り出しに戻ってしまった。シェリーはため息を吐き、一枚の紙をアフィーリアに手渡した。






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