第293話
シェリーが手渡した紙には、『簡単クッキーの作り方』と書いてあった。初めから
クッキーなら材料を量って混ぜて焼くだけだ。何かしらの固形物にはなるだろう。
「小麦粉、砂糖、バター、アーモンドプードル、バニラビーンズを昨日の内に炎王に用意してもらったから、そこの紙に書いてある分量を量って」
昨日、リリーナにあれだけ言われたにも関わらず、シェリーは炎王に連絡をとって材料を用意してもらったのだ。
依頼者が責任を持って材料を用意すべきだというのがシェリーの言い分だった。
「量るのは簡単じゃ!」
そう言ってアフィーリアは計量スプーンを握りしめた。しかし、その手をシェリーが掴む。
「これで何を量るつもり?」
「料理長はこれで量ると良いと言ってくれたのじゃ!」
確かに調味料を量るには良いだろうが、今量ろうと小麦粉やバターだ。シェリーは紙とユーフィア印が入った魔道式キッチンスケールを指し示す。
「この紙に書いてある単位を見て、量る道具を変えるの。今回は
と説明しつつシェリーは子供に教えるように教えなければならないのではと思ってきた。しかし、同じ歳であるアフィーリアに流石に手取り足取りと教えるのは問題があるだろう。相手にもプライドというものがある。
「混ぜるのはこの魔道式フードプロセッサーで混ぜるから、後は生地をまとめて伸ばして型をとるだけ。わかった?」
「わかったのじゃ!」
結果から言おう。オーブンから出てきた物体はバブルスライムだろうかと疑ってしまうほど、粘液状の何かだった。加熱をしているはずなのに、粘液状に溶けた物体から気泡が湧き出ていたのだ。
シェリーは側について見ていた。そう、指示を出し、手助けをし、おかしな事をしないように見ていたのだ。
スケールの使い方が分からず粉まみれになった事も、フードプロセッサーの中に入れるときに外に溢れる事も、生地を伸ばすときにボロボロになることも予測した範囲のことだった。これぐらい子供と作っていればあり得ることだと。
だが、オーブンから出てきた物は流石に予想外の物だった。オーブンがおかしいのかと思ったが、一般的に売られているユーフィア印のオーブンだった。おかしな物が出てくるオーブンではない。
ならなんだ?いや、オーブンの前でアフィーリアが『愛情を込めるのじゃ!』と言って手を組んで祈っていた。それぐらいは問題にならないので、放置をしていたが、それぐらいしかおかしなことはしていない。
祈り?シェリーは天板の前で唸っているアフィーリアを視た。
『オーラの指針』
オーラ!何を指し示したのだ!以前視たときにはこのような称号はなかった。この一月ほどの間に何が起こったのか。
オーラ······時の神だ。これは物に時間経過を与える力だ。発酵する物を作るならいいのかもしれないが、現状では何かが大繁殖して腐敗している。
アフィーリアが愛情というものを込めて作るもの全てバブルスライムになってしまうのはシェリーとしては許すことのできない事柄だ。それはもちろんルークの身の安全に直結してしまうからだ。
「ねぇ。オーラ神ってどこにいます?」
シェリーはどこともなく呼びかける。するとシェリーしか聞こえない声が耳に響いてきた。
『オーラ?近くにいるよ。いやー楽しそうだね』
「楽しくないし」
そう言いながらシェリーは辺りを視渡す。しかし、シェリーのおかしな独り言を聞いたカイルが近づいてきて、シェリーに呼びかけた。
「シェリー。何か問題があった?」
と聞いたカイルが周りを見渡し、ある一点で視線を止めて、再びシェリーに視線を向ける。
「えっと····何があったのかな?」
カイルが戸惑っているのを不思議に思ってか、他の4人のツガイもこちらにやって来た。そして、天板の上にある物体を目にした4人はというと。
「クッキーを作るって言っていたよな」
「クッキーってぶくぶくしていたか?」
「新手の魔物でしょうか?」
「アフィーリア、流石にこれも食べれないだろ」
「うるさいのじゃ!妾はシェリーの言ったとおりに作っただけじゃ!妾は悪くないのじゃ!」
アフィーリアは皆から出来上がった物体の評価を貰って、怒り心頭のようだ。そんなアフィーリアを横目にシェリーは部屋の中を見渡す。
そして、奥のテーブルがある方向に歩き出し、突然、誰も座っていない椅子がある空間に腕を突き刺す。
『ひゃっ!』
そのままシェリーは腕を引き、空間からズルリと何かを引きずり出した。白と黒が斑に混じった長い髪が床に広がり、縦に細長い瞳を見開いた女性がシェリーに腕を掴まれ、引きずり出された反動で床によつん這いになっていた。
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