第291話
シェリーは虚ろげな視線を炎王に向け、アフィーリアはシェリーにキラキラした視線を向けていた。
「わ、妾とシェリーが友達・・・友だち、ともだち」
「アフィーリア、しつこい」
「妾の初めての友達」
「アフィーリア!友達なら仕事の邪魔はしないと思うけど?散々、仕事の話をしている時に邪魔をしてきたのは誰?」
「シェリーは初代様との話が終われば直ぐに帰ってしまうじゃろ?その前に捕まえておかねばならぬ」
確かにシェリーは用が終わればさっさと帰っていた。もしシェリーに話があるなら、待ち構えているのが、ある意味正しい対応なのかもしれない。
「炎王。基本的な料理本を出してください」
シェリーは炎王の近くに寄り、そう言って右手を差し出した。アフィーリアに教えるための本を要求したのだ。
そんな、シェリーとアフィーリアを交互に炎王は見て、困ったような表情をする。
「『佐々木さん。俺が出せるのは日本語の本だ』」
突然、炎王はこの国、いやこの世界で使われていない言葉で話しだした。
「『それがどうしました?公式文書が日本語で書かれているということは、アフィーリアも日本語を読めますよね』」
同じく日本語で返すシェリーが、この国の入国時に記入した文字は日本語だった。これは嫌がらせでもなんでもなく、この国の公式文書や機密文書は全て日本語が使われているからだった。
「『いや、確かに使ってはいるが、政治で使用するものだけで、料理に使うような単語は覚えさせていない』」
「『ちっ。使えない。じゃ、翻訳してください』」
「『前も言ったけど、これでも一国の統治者で』「炎様!」」
二人の会話を低い、とても低い声が遮った。炎王の膝の上から降りて、シェリーと炎王の間に立ち、見下しているリリーナから発せられた声だった。
そのリリーナは炎王の胸ぐらをつかみ、赤い瞳が揺らめかせながら、炎王を睨んでいる。
「さっきからなんですか!お二人でしかわからない言葉を話されて!わたくしもお話に混ぜて欲しいのに何を言っているのか全然わからないではないですか!」
そう言いながらリリーナは炎王を揺すっている。これは突然、日本語で話しだした炎王が悪い。ただ、己の能力の事を皆の前で言うのは引けたので、態々日本語で話し掛けたのだろう。
「あ、いや。リリーナ落ち着け」
「落ち着けですって!落ち着けるはずがありません!わたくしは炎様の番ですのに!わたくしの方が炎様と長く一緒にいますのに!そのような言葉一度も聞いたことありません·····うっ。」
リリーナはグルンっと勢いよくシェリーの方を見て、シェリーの腕に爪を立てながら掴み握る。シェリーを見る目には涙が溜まっていた。
「聖女か何だか知りませんが、今後一切炎様に近づかないでくださいませ!もう、この国には来ないでくださいませ!わたくしの、わたくしの炎様に····う···ふぅぅぅ·····」
リリーナはシェリーを責め立て泣いてしまった。そのリリーナに腕を痛いほど掴まれ、番に近づくなと責め立てられたシェリーはというと、無表情だった。
リリーナに同情するでも怒るでもなく、ただ無表情でリリーナを見ていた。ただ、何もない空間を見ているかのような目を向けている。
そんなシェリーを目にしたカイルは慌てて、シェリーとリリーナを引き離す。番に対して忌避的なシェリーだ。炎王の番であるリリーナに何かをするとは思われないが、自分の親である勇者ナオフミや聖女ビアンカを見る目と同じだった。
ここ最近見ることの無かった目だった。
「炎王。失礼します」
そう言ってカイルはシェリーを部屋から連れ出すが、部屋を出る間際にシェリーの声が漏れ聞こえた。
『ああ、だから感情に支配されてしまうツガイなんてものは嫌い。虫酸が走る』
それを聞いた、いや言葉を理解できた炎王はブルリと震えた。
シェリーは別の棟に連れて行かれていた。シェリーの横にはカイルが手を掴んでおり、その反対側にはアフィーリアがシェリーと腕を組んでいた。他のシェリーのツガイの姿はなぜか見られない。
「王后様は怖いのじゃ。シェリーあまり怒らせないで欲しいのじゃ」
黒髪の二人の少女が並んで歩いている。傍から見ると本当に仲のいい友達に見えなくもないが、如何せんシェリーの顔が何の表情も浮かんでいない。
リリーナの態度に対して虫酸が走ると口にしたにも関わらず、感情が浮かんでいない。
「怒らせたつもりはないけど?いつもどおり殆どが取引のことだったり、国ごとのことだったりしたのに、何故、ムキになって怒るのか私には理解できない」
「それは二人しかわからない言葉を話すからじゃ」
「アフィーリアがいるときも話していたけど?」
アフィーリアはシェリーが炎国に来たと知れば、炎王と大事な話をしていようが、お構いなしに突撃してきたのだ。だから、他に知られてはいけない話をする時はこの世界で使われていない言葉を使っていた。
「初代様と王后様は番だからなのじゃ。シェリーはそんなこともわからぬのか?」
「そんなこと、知っている。嫌になる程知っている」
シェリーは吐き捨てるように言い放った。
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