第286話
「それで、新しい素材とはなんじゃ?」
ファブロは目をキラキラさせながらシェリーを見てきた。シェリーは亜空間収納の鞄に手を入れ、とある物を引きずり出す。
顔面は狼のようだが、背中は固そうな鱗で覆われ、腹と手足は鋼のような毛で覆われている魔物だ。全長は3
それから、もう一つ今回ヒュドラを倒した時にドロップした一枚の鱗だ。大きさはシェリーの背丈ほどもあるが、ガラスのように透明感のあるヒュドラの鱗だ。
「おお!これは面白いのぅ」
ファブロは色んな方向から素材の観察を始めた。
「これで、この二人の剣と刀を作って欲しいです」
シェリーはオルクスとリオンを指して言った。
「え?」
「シェリー!」
まさか散々塩対応されていたシェリーから自分たちの為に素材となるものを提供してもらえるとは思ってみなかった。
「リオン殿下と豹獣人の兄ちゃんのか。ふむ。急ぎかのぅ」
「急ぎで」
「10日ぐらいでどうじゃ」
それぐらいなら一旦家に戻っても良さそうだとシェリーは思い、首を縦に降った。
「ずるい」
「羨ましいですよね」
これでここでの用は終わったと思い、帰ろうとしていたシェリーに、カイルとスーウェンから文句が降ってきた。グレイが手にしている剣は元々シェリーが持っていた素材だった。それに加えオルクスとリオンの剣を作る素材もシェリーが持っていたものだった。言わば番であるシェリーからの贈り物と言い換えてもいいようなものである。
「シェリー。俺も何か欲しいな」
「私も欲しいですね」
シェリーは面倒くさいという視線を二人に向ける。
カイルの大剣は早々作れるものではない。そもそも竜人の力に耐えきれる素材はこの大陸にはないのではないのだろうか。それにスーウェンは剣を使えないので、ここで剣を作る意味はない。
「面倒なので無しです」
シェリーは二人の意見をぶった切る。
「じゃ、何か考えておいてほしいな」
諦めが悪かった。ここで自分たちの何かを作るのは無理だとわかった上での事なんだろうが、諦めて欲しい。
シェリーは足を細い路地に向かって進める。ここの唯一の出入り口にだ。シェリーの後ろには若干機嫌の悪いカイルとスーウェン、新しい剣を腰に差してニヤニヤしているグレイ、あの素材がどの様になるか楽しみだと浮かれているオルクスとリオン、そんな5人に本当に面倒だとシェリーはため息を吐く。
そんなモヤモヤ感を漂わせたシェリーは気づくのが遅れてしまった。民家の隙間から出てきたシェリーは人にぶつかり、思わずよろめくが、ぶつかってしまった人に支えられた。
「悪い急いで···佐々木さん?」
「炎王でしたか」
シェリーにぶつかって来たのは急いでいたらしい炎王だった。
「良かった。まだ居てくれた。お礼を言いたかったんだ。あの聖水のおかげで助かった。本当にありがとう」
この前渡した聖水が役に立ったらしい。
役に立った事はいいのだが、シェリーはこの状況に内心驚いていた。炎王がシェリーを抱きしめている。珍しいことだ。
いつも一歩引いて対応しているあの炎王がシェリーに対して、このような行動に出るなんて、よっぽどの事だったのだろう。
しかし、直ぐにシェリーは後ろに引っ張られ、カイルの腕の中に収まった。
「初代様、シェリーに近づかないでいただけますか?」
炎王とシェリーの間にはいつの間にかリオンが立っていた。
「あっ。悪い」
「本当に悪いと思ってますか?番がわからないからと言って何をしても許されると思っているのではないのですか?」
リオンは己の祖に対して厳しい言葉の投げかける。そのリオンの言葉に炎王は苦笑いを浮かべた。
「リリーナみたいに言わないで欲しいな。佐々木さん、もう暗くなり始めているし、今日は奥宮の方で泊まらないか?」
「奥宮····元に戻ったのですか?あの外交官の人の感じからは相当の被害だった様ですが」
シェリーの言葉にリオンがビクリと肩を揺らす。壊した張本人がいる前でシェリーは堂々と口にしたのだ。
「職人が頑張ってくれたからな」
そう言って炎王は魔力を広げ、シェリーたちを膨大な魔力で覆う。シェリーが今日は家に帰ると言葉にする前に炎王が言葉を発した。
「『転移!』」
一瞬にして町の中からとても美しい中庭に転移してしまった。
「炎王。私は家に帰るつもりなのですが?」
「佐々木さん、前も言ったけどルークくんが学園に入ったから急いで戻る必要は無くなったはずだよな」
「私も色々忙しいのですよ。神々からのちょっかいも、うざいし」
「なんだ?今度は何を言われたんだ?」
シェリーのうんざりとした顔をニヤニヤとした顔で眺めている炎王の前に、リオンはシェリーを隠すように立つ。
「初代様!」
「リオン。もう少し寛大な心を持ったほうがいいぞ」
炎王は呆れた視線をリオンに向けるのだった。
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