第232話
結界を3重に張った中では、カイルと天津のステータスが付与された鎧が剣と拳を交えていた。
元々はただの鎧だ。最初のカイルからの一撃で鎧の左側の腕はぶっ飛んでいた。それから鎧は龍化を使用し鎧自体の硬化を施したが、それ以降の動きに軋みが見られるようになっていた。
「あれ?もしかして龍化すると魔石を使用する量が増えている?」
「その前の『龍の咆哮』でも魔石を使用していたと思いますよ。」
「ふむ。これは面白いデータが取れそうだ。」
「ぬぉっ!」
いつの間にかシェリーの横にオリバーが立っていた。その姿に驚き、陽子は思わずシェリーに飛びつきオリバーからの盾にする。
その間もカイルは動きが鈍った鎧に剣を突き刺し、右側の足を切り飛ばす。鎧は倒れながら先程見せた構えをとる。龍化したままで『龍の咆哮』を使うつもりのようだ。それに気がついたカイルは距離をとり、己の前に氷の盾を作り出した。
鎧の拳が地面につこうかというとき、背中から煙を上げて鎧が崩れていった。魔石の魔力量が足りず、不発に終わり、鎧自体も維持できなくなったようだ。
オリバーはシェリーの3重に施した結界をいとも簡単に消し去り、崩れた鎧だったモノに近づいていく。
「思ったより脆かったね。」
そう言いながらカイルがシェリーの側にやってきたが、他の4人が苦戦していた鎧を簡単に斬って行動不能にしてしまったことは、やはりレベルの差というものなのだろうか。
「流石、竜の兄ちゃん。」
陽子はそう言いながらも、シェリーの背中に隠れオリバーの様子をチラチラ見ている。
「鎧自体にも保護と修復の魔術が掛けられているのに、斬り口を凍りつかせて修復不可能にしたのですか。」
シェリーがカイルにそう言った。確かオルクスが不死身の鎧と表現していた。倒しても倒しても起き上がってくる鎧。
それをカイルは壊れた部分を修復させないように阻害していたのだ。
「まぁ。考えることの無いただの鎧だからね。知性がある者なら違ったのだろうけど。」
やはり、剣と魔術の両方を使いこなせている強みなのだろう。シェリーはもうここには用はないと踵を返して屋敷の方に向って歩き出した。
「ササッち。いいの?言わなくていいの?」
シェリーにつかまりながら、オリバーをチラチラ見て陽子が言ってきたがシェリーはオリバーの姿を一瞥もせず
「良いのでは?」
と淡々と言う。その言葉を聞いた陽子は頬を膨らませながらシェリーに文句をつける。
「ササッち。そういうところ適当過ぎる。後で困るのは陽子さんだよ。くぅー。これがルーク君なら絶対放置しないよね!」
文句を言われながらもシェリーは足を止めることなく陽子に言う。
「陽子さん。そんなにオリバーに警戒心を持たなくてもいいのでは?今頃、嬉々として鎧を調べていますよ。」
「ササッちがそう言うなら、信じるけど。本当にあの人恐いから、何かあったら庇ってよね。」
「はいはい。」
「テキトー。」
そんな二人の会話を後ろから付いて来ていたカイルがいつもより低い声で聞いてきた。
「仲が良いんだね。」
「まぁ。10年程の付き合いですから」
シェリーはそんな事は当たり前だと言うふうに答える。
「もう10年になるの?早いよね。」
いつもおちゃらけた感じの陽子が遠い目をして言葉を放つ。
「この世界を無理にでも受け入れて、生きて行かなければならないものね。ダンジョンという限られた空間だけの世界で、ねぇ佐々木さん。」
「そうですね。」
陽子の言葉にシェリーはいつもと変わらなぬ感じで肯定する。陽子自身も自分の立場というものに何か思うことがあり、シェリー自身も陽子とは違うが思う事があるということなのだろう。
その二人の姿に炎王との関係に似た物を感じたカイルは不快に顔を歪める。
その姿を振り返って目にした陽子はいつもどおりの雰囲気に戻り、へらりと笑った。
「竜の兄ちゃん。私に嫉妬しても仕方がないよ。陽子さんとササッちは心友だからね。」
眠りと覚醒の狭間を微睡んでいたシェリーは圧迫感と朝日の眩しさに目を開けた。眼の前に赤い目が・・・。
今日はグレイか。では、後ろから感じる圧迫感は誰だ。
「起きたいのですが?」
「シェリー。おはよ。」
そう言ってグレイが口づけをしてきた。毎回のことだが、この行動は一体何なのだろう。
何故か背中からの圧迫感が増したような気がする。息苦しぐらいだ。この力加減の無さはカイルだろうか。
「で、後ろは誰ですか?息苦しのですが、少し力を緩めてもらえません?」
シェリーが不快感を訴えると圧迫感は無くなったが、うんともすんとも言わない。目の前のグレイに目線で誰だとシェリーは問う。
「あ、うん。自分の不甲斐なさを知ったらしい。それで反省中だって」
何の話をしているのだ。シェリーは誰がいるのかが知りたいだけなのだ。
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