第231話

「ササッち、普通は結界を張れないから。」


 幾人もの人をダンジョンに迎え入れた陽子がそう言うのだ。結界をわざわざ張って休む者はいないのだろう。


 その間も金属が交える音が響いている。やはり、人の形をしているが人の動きをしていない鎧に苦戦しているようだ。常識が邪魔をする。

 人ならこう動く。こう来れば次はこういう行動に移るだろう。


 しかし、目の前の物は人ではなくステータスが付与された空の鎧なのだ。


「やっぱ狼くん倒れちゃったか。」


 シェリーの目の前に傷だらけのグレイが置かれた。シェリーはため息を吐きながら、『無駄』と言いグレイの治癒を行う。


「ただ戦っているだけ、本当に無駄。相手を見極めようとしていない。魔剣グラーシアを持っていたときの癖があの鎧にも出ていると言うのに、そこを突こうともしない。」


 シェリーはオルクスとプラエフェクト将軍のステータスが付与された鎧の戦うさまを見て言葉を漏らす。


「やっぱり魔剣グラーシアいるよね。誰か作ってくれないかなぁ。」


 陽子は全く違う感想を言う。戦う者の視点ではなく戦う者を迎え入れる側の視点なのだろう。


「ああ、あの変な動きは魔剣を発動しようとしていたのか。」


 カイルはシェリーの言いたいことを理解できたのか、納得したように言った。魔剣を発動するには魔力を込めるため、どうしても動きが止まってしまう瞬間が出てきてしまうのだ。しかし、鎧が手にしている剣は一般的な普通の剣だ。技もスキルも発動することは無い。


 そして、オルクスも満身創痍でシェリーの前に運ばれてきた。残りはリオンのみだがやはり押されているようだ。


「鬼くん頑張っているけどねぇ。やっぱ龍人のステータスには敵わないか。」


 陽子が残念そうに言う。只々、不満気にリオンと鎧の姿を眺めていたシェリーが突然慌てたように動き


「『3重結界!』」


 と、リオンと鎧を中心に結界を張った。鎧が拳を振るった瞬間、爆発の様な衝撃が鎧を中心に走った。

 その衝撃はシェリーの張った結界を軋ませ、内側の結界は脆く消滅し、2枚目の結界にヒビが入ったところで、衝撃が止んだ。


「ササッち。鬼くんも護ってあげようよ。これは流石にヤバくない?」


「それは仕方がないことではありませんか?」


「仕方がなくないから!ああ、黒焦げになってるよ。生きているかなぁ。」


 鎧に連れて来られたリオンの体はあちらこちらが炭化しており、皮膚が黒くなっていた。息は何とかしているが、肺の方もやられているのだろう。うまく呼吸が出来ていない。


「『聖女の慈愛』」


 シェリーが言葉を放つと共に黒ずんだ皮膚は元通りに戻り、呼吸も落ち着いたようだ。


「陽子さん、彼らにこの鎧と戦わせる意味はあったのですか?特に天津さんのステータスの鎧なんて対処出来ないの分かりきっていることですよね。」


 そう、リオンが戦っていたのは龍人アマツのステータスを持つ鎧だった。シェリーから責められる様に言われた陽子は腕を組んではっきりと


「ないよ。」


 と言った。


「だってさぁ。ダンジョン内でのことは全部私に筒抜けなんだけど、私のダンジョンより先に他のダンジョンに行こうとしているでしょ?ムカつくよね。」


 ただの私怨だった。その言葉を聞いたシェリーはため息を吐く。


「はぁ。最後の天津さんの技。陽子さんも覚えていますよね。『龍の咆哮』と言いながら龍化した拳で殴って地下道まで破壊した技。今回は龍化していなかったのでこれだけですみましたが、管理できないなら鎧達は使わないでいただきたいです。」


「覚えているけど、文句は偏屈大魔導師様に言ってほしいな。でも、いい薬になったと思うよ。中身がないただの鎧に負けるなんて、屈辱的じゃない?」


 屈辱的。本当にただの鎧ならそう思うかもしれないが、Sランクのステータスを持つ鎧だ。普通に受け入れられる物事ではない。


「屈辱的か。俺も鎧と戦ってみてもいいかな。」


 シェリーの横で黙っていたカイルがそのような事を言ってきた。その言葉を聞いた陽子は鎧とカイルの間に入り、両手を前に突き出してカイルを制す。


「ダメダメ!壊れると後が恐いから駄目!」


「別にいいのでは?後で陽子さんが壊れちゃったテヘペロってオリバーに申告すればいいですよね。」


 必死にカイルを鎧に近づけさせないようにしている陽子にシェリーはポソリと言った。その言葉に陽子は震え上がり、両腕を抱きしめる。


「ヒーっ。そんな事を言えば今度は何を頼まれるか。前なんて、ダンジョンで薬草を育てて欲しいと言われた種類が全部毒草だったし、最近なんて希少な鉱石を10キログラkg用意しろって無茶振りしてくるし、無理だって!」


 陽子はダンジョンポイントと言うものと引き換えにオリバーから色々頼み事をされているようだ。


「陽子さん。私、思うのですが、管理できないものが、沢山あっても困りますよね。一つぐらい壊れても、いいのではないのでしょうか。特に凶悪な技を使う天津さんの鎧はなくてもいいのでは?」


「さ、ササッち。一緒に謝ってくれる?」


 オリバーに対して一定の距離を取っておきたい陽子はシェリーを巻き込んでみることにしたようだ。


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