第122話
シェリーはグレイに対し、付いてこずに外で待つかと聞く。この屋敷に入ってからずっと耳を押さえていることから相当辛いのだろう。
「え?何で?」
スーウェンの様に用事を言われたわけではなく、あからさまに外に行くようにシェリーから言われたのだ。
「地下に行くとその声もっと酷くなりますよ。これで耐えられないようでしたら、乗っ取られても面倒ですし。」
「乗っ取る・・・。」
「悪心と私は呼んでいますが、この世界の人々から発せられた負の心の塊です。それが、世界に及ぼす影響は甚大なものです。悪心に操られる人もいますし、悪心がダンジョンを生み出すこともあります。聞こえているのでしょ?『なぜ、死ななければならないのか。』『痛い、苦しい、助けて』『許さない、あの人族』と。地下に行けばそれが渦を巻いて存在するでしょう。」
シェリーは直接的には言ってはいないが、これに耐えられないようなら、付いて来るなと言っている。聖女であるシェリーに足手まといはいらないと言っているのだ。
グレイは手を頭から外し
「大丈夫だ。」
とは言っているが、その赤い目は涙目だった。
「声なんて聞こえるのか?」
一階に向かいながらオルクスがグレイに聞いている。
「ああ、なんと言うか。いろんな声が俺の周りに付き纏って恨みを言い続けられているみたいな感じだ。」
「ふーん。俺には全然聞こえないけどな。」
「羨ましい。」
ラースの女神の血がそういう者達の声や姿を拾ってしまうのだろう。
「グレイさん。ドルロール遺跡のダンジョンに行けば耐性が付きますよ。代々のラースの大公はそこで耐性を付けているそうです。でないとラースの女神の血の影響で公務に支障をきたすとオーウィルディア様から聞きました。」
「え?初耳だけど?」
グレイは直系のはずなのにナディアの魔眼を持っていないことで、かなりの情報制限を受けているようだ。
「それじゃ、次はスーウェンを連れてドルロール遺跡のダンジョンだな。」
とオルクスが言っているが、愚者の常闇のダンジョンを行かずにドルロール遺跡の方に行くつもりなのだろうか。
一階にたどり着き、降りてきた階段の裏側にシェリーは立つ。そこはだた階段下の木の床があるだけだったが、シェリーが『解除』と唱えれば、地下へ行くための階段が出てきた。どうやら、魔術で見えない様にしていたらしい。その階段の先は暗闇がポッカリと口を開けていた。
シェリーは躊躇わずに光魔法で辺りを照らしながら進んでいく。ただ、四人の階段を降りる音が響いているが、ときよりその音に混じって「ズルリ」という音が聞こえる。何かを引きずるような音だ。
グレイはその音にとっくに気づいているようで、地下へ降りて行くときから、二本の剣を抜いている。
光魔法で照らす行く先に何か動くものが視界に捉えられた。どう見ても生きてはいない人だ。悪心により体を動かされている死体。アンデットと呼ばれるものだ。
「なぁ、動く死体ってどうすればいいんだ?」
グレイが困惑しながら聞いてくる。
「斬ってみるか。」
オルクスが言うが斬っても死体だから意味がない。
「燃やせばいいと思うよ。」
カイルが答えるが、アンデットの対処法としては間違っていないが、室内では些か問題があるのではないだろうか。
そして、シェリーはそのまま進み続けアンデットを殴る。
「きりがないので、動けなくして進みます。」
と言いながら、アンデットの足の関節を踏み抜いて壊している。傍からみれば、酷い聖女だ。普通はそこで浄化を行うところではないだろうか。
シェリーは淡々とアンデットを殴り、蹴りアンデットたちの動きを遮るのみで進んで行く。それに習うが如く、他の三人も手足を斬るのみで進んで行った。
そして、一番下にたどり着いたそこは広い一室になっており中央に何かが見える。シェリーは光魔法を室内が見渡せる様に部屋の天井に這わし大きくする。
「うっ。」
グレイが視線を反らす。辺り一面に血が飛び散っている。床にも壁にも天井にも、その周りには死体が重なり合うように存在していた。
そして、中央は一段高くなっており、そこには悪心の塊が黒い闇を伴って渦巻いているのだった。
「なんだ?この死体はまるで血を絞り取るように殺したのか?」
オルクスがそう言う様に死体は不可解な傷がある。心臓のところにポッカリと穴が空いているのだ。
シェリーはその死体達を無視をして中央の一段高くなったところに向かう。そこには、人々の怨念塊が禍々しい気配を放ちながら漆黒の闇として渦巻いていた。
シェリーは自分の役目を果たすために漆黒の闇の前に立つ。そして、大きく息を吸い、魔力を練り始め密度を高めて行く。シェリーの全身が金色に輝き、魔力が大きくうねり始めた。
「『全ては世界の理の中に戻れ、まわれまわれ、すべては神の身許に、すべてのものは安寧の地へ、すべてはシャングリラへ』」
すべてが、金色の光に満たされ、室内に暖かな風が吹き抜ける。光が収まれば、そこにはキラキラと金色の光の粒が上に向かい昇って行くのを見上げているシェリーが立っていた。
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