第119話
オルクスの剣がルークに届くかと思われた瞬間、シェリーが後ろからオルクスの後頭部を蹴飛ばした。そして、そのままオルクスの首根っこを持ち、観客席に引き返していく。
闘技場は静まり返っていた。豹獣人が最終学年を軽く受け流す様に相手にしたかと思ったら、参加者を募り、その参加者も撫でるように相手にし、ただ唯一剣を抜いたのは先日闘技場を壊した問題児のカークスのみ。そして、カークスもやられると思われたとき、いつの間にか一緒にいた平凡な女性が後ろに現れ、誰も敵わなかった豹獣人を一撃で昏倒させたのだ。
観客席に戻ってきたシェリーはオルクスを観客席の地べたに投捨て
「ルーちゃんに怪我をさせる事は私が許しませんよ。」
いや。オルクスを確実に仕留められる佐々木がオルクスに一撃をくらわしたようだ。
「はぁ。やっぱり、話になりませんでしたね。まともに相手に出来たのがわたしのルーちゃんのみ。」
「シェリーさん。それは無理だと言うものですよ。ギランの傭兵団長を相手に出来る学生なんていませんよ。」
シェリーはオルクスに聖女の慈愛を掛けながら蹴り起こす。
「うぉ。何が起こったんだ?」
「オルクスさん。今相手をした者達が騎士となり、軍人の幹部候補として訓練してきたものですが、どうでしたか?」
「あ゛?あんなもの傭兵団に入りたいと言ってきたら追い返すレベルだ。寝言は寝て言えとな。唯一、良かったのがルークシルディアのみだが、どちらかというと魔術師としてのセンスのほうがあるな。」
「だそうですよ。」
オルクスの言葉にアンディウムは闘技場内を見渡す。確かに、この中で実戦投入できる者がいるとすれば、ルークのみだろう。しかし、騎士として軍人として直ぐに使えるとは思っていないので、見習い期間が存在するのだ。
「過信ですよ。20年前この国は多くの英雄を生み出した。自分たちもここにいればその英雄と同じになれると。」
シェリーはアンディウムにこの学園の有り様を見せつけたのだ。
「何を言っているのですか。あの、戦いでどれだけの多くの者を失ったと思っているのですか。前国王陛下も剣豪と言われた第1師団長も多くの騎士や軍兵を失ったのですよ。」
「しかし、他国より断然多くの者達が生き残り帰ってきましたよね。ある国では、何万という兵を投入したのにも関わらず、生き残ったのが3人という国もあったぐらいです。今、ここにいる学生は英雄の話を聞き、この国の凄さを誇張して聞いて来たはずです。そして、この国に生まれ育った自分たちも英雄のようになれるという過信。ねぇ。学園長さん授業ではこのような事を言っているのではないのですか?『この国は討伐戦で多くの英雄たちを生み出してきた唯一の国である』と。『シーラン王国に生まれた事を誇りに思うように』と。」
「え、ええ。」
「多くの英雄たちを生み出された背景に尊い犠牲があったことを教えていますか?」
「あ、いいえ。」
「綺麗事ではなく、現実を教えて上げて下さい。レベルが100を超えた者達でなければ生き残れなかったのだと。」
「な。なぜ、そのことを!」
「徐々に魔物の活動は活発化していっています。このままでは、また多くの者達を失うことになりますよ。」
シェリーはそれだけ言うと帰ります。と言って闘技場を後にした。
それから2日経ち、アイラを連れ出して隣国に向かう日となった。
モルテ国の王都まで騎獣で4日だが、アイラ嬢を騎獣に乗せるわけにもいかないので、騎獣に魔道馬車を引かせる事になる。そのため、片道の所要日数は6日かかる事になるのだ。あのアイラと6日も一緒となると苦痛でしかない。
今回の同行員として第4師団長のブライが責任者として立ち合い、外交員として
烏鳥人の女性はイリアと名乗り、狐獣人の男性はノートルと名乗った。二人とも正式な名前ではないようでシェリーの目には二人の詳細な情報は得られなかった。
イリアはシェリーに近付き耳元で
「先日の写真も大好評でした。私も思わず1枚買ってしまいました。」
と言ってきて、親指を立て背中の黒い翼がピョコピョコ動いている。どうやら、広報のサリーのお仲間なのだろう。詳しくは知らないが裏で写真の売買が行われているらしいのだ。
「今回とても不安だったのですが、番と認識させなくする魔道具を用意していただきましてありがとうございます。もう、いきなり襲われて殺される覚悟でしたから」
そう礼を言うのはノートルである。金髪碧眼の狐獣人の容姿から王族の血を引いていることがみてわかる。要人を送って行くのに王族を同行させたという事が必要なのだろう。礼を言ってくる辺り、あのイーリスクロムと比べたら常識人に思えた。
「それでアイラという少女はいつ来るのですか。」
約束の時間は過ぎており、軍本部から西第一層門に来るだけの筈なのに
その時第一層門が開き、
イリアとノートルを確認すると二人は頭を抱えていた。
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