第105話

 キッチンに目が痛くなる程のスパイスの香りが漂う中、煤けた金髪姿になった佐々木は朝食の用意をしていた。狭いキッチンスペースにはカイルもおり、邪魔だから出ていくように言っても出ていかないので、カイルにカレーを混ぜる役を与えている。他のグレイ、スーウェン、オルクスはと言うと裏庭に放置してきたので、どうしているかは佐々木は知らない。


「そろそろ出来上がったか?」


 オリバーがキッチンに顔を出してきた。どうやら地下にあるオリバーの研究室まで匂いが充満しているのか、待ちきれなかったようだ。


「もう少しで出来上がります。残った物は保管庫に入れておきますので、適当に食べてください。」


「君の食事は好みなんだが、ここ最近滅多に出てこなくなったのは、彼らのせいかな?もう少しいてくれてもいいと思うのだが。」


 佐々木は首を横に振る。


「いいえ。私はいますよ。」


「おかしな事を言うね。シェリー君がシェリーでシェリーは違うだろ?。」


「ええ。私がシェリーですよ。そして、聖女なのですよ。そして、破壊者でもあるのです。はぁ。まるで魔王ごと世界を壊していいと言わんばかりですよね。ですから、シェリーは全てを抑制しています。しかし、私はシェリーであり、シェリーが私であることには違いありません。」


「破壊者ね。そんな破壊者だというシェリー君は誰のためにそんな可愛らしい朝食を作っているのかな。ルークはここにはいないよ。くくく、シェリーはその様な食事は作ったことないけどなぁ。」


 佐々木は作っていた手を止め、固まってしまった。佐々木の手元には、子供が楽しみながら食事を取れるように工夫された、タコやウサギ、カニの形をしたウインナーやクマやネコの顔をかたどったオニギリにヒヨコのゆで卵などが並んでいた。それは、母親が朝の食事が進まない子供に食べさすための工夫であるが、ルークはもうそのような年齢ではない。


「失敗しました。私が食べます。」


「ササキさん一人じゃ食べ切れないでしょ。」


 先程から黙ってカレーを混ぜていたカイルが笑いながら話しかけてきた。


「ササキさんが真剣に何を作っているのかと見ていたら、こんな可愛らしい物を作って、くくく。」


 佐々木は耳まで真っ赤になってカイルを睨み付ける。


「笑わなくてもいいのではないのですか?朝が苦手なルーちゃんの為に作ってたクセが出てしまっただけです。今から作り直します。」


「そんな時間はないと思うよ。炎国からの使者も来ることだし、みんな喜んで食べると思うよ。ふっ。」


 笑いながら言われても、バカにされている感が出るだけだ。佐々木は作った物を保管庫に仕舞おうと手を出そうとしたが、カイルに阻まれ


「これはあっちに持っていくから、カレーをオリバーさんに出してあげたら?」


 そう言って、可愛らしい朝食を持っていかれてしまった。



「この強烈な匂いはなんだ!」


 そう言いながらダイニングに入ってきたのはグレイである。どうやら、復活したようだ。


「おはようございます。カレーの匂いですので文句はオリバーに言ってください。」


 オリバーはご機嫌で朝からスパイスカレーを食べている。彼からすれば寝る前の夜食感覚なのだが、朝から目が痛くなるような匂いはキツイ。

 しかし、文句を言いながら入ってきたグレイもその後にいるスーウェンとオルクスは入り口で固まってしまった。そこまで匂いが酷いのだろうか?カレーを混ぜていたカイルは普通だったが。


「シェリーが笑っている。」

「な、何が起こったのですか?」

「・・・。」


 佐々木が愛想笑いをしていたのがいけなかったようだ。そんなことで、驚かないでほしい。

 食事の用意が終えて、オリバーの約束のカレーも作り終えたので佐々木はシェリーと変わるために精神の奥に入ろうと目を瞑ったときオリバーが話しかけてきた。


「そうそう、シェリー君。あの侵入者に何を言われたかは知らないが、今はここが君の居場所だということを覚えておくといいよ。」


 佐々木はオリバーに詰め寄り


「ねぇ。わざと?わざとよね。思い出させて、私を苛立たせてどうするの?」


「わざとだと言えばわざとだ。シェリー君のことだから、用が済めばさっさと居なくなりそうだったからね。カイル君以外の君の番達はシェリー君の事を知らないのだろ?」


「問題ありません。シェリーわたしシェリーです。」


「くくく。問題あると思うけどね。」


 シェリーとオリバーのやり取りを見ていた、グレイとスーウェンは目を丸くしている。あのシェリーが苛立ちを顕にしてオリバーに文句を言っている姿が信じられないようだ。


「まぁ、皆も食事にするといい。くくく。シェリー君の朝食は滅多に食べれないよ。くくく。」


 佐々木はオリバーが引き止めたことで逃げ遅れてしまった。また、作った調理を笑われてしまうと両手で顔を隠し、キッチンへ逃げ込んでいった。


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