第51話

 シェリーはギラン共和国の国境の辺境都市まで来ていた。シェリーの正論が通ったのだ。

 カイルとグレイは金貸業者を廻るコースではあったが、番としての姿をとるシェリーと帝都のデートで浮かれていたこと。

 スーウェンは弟の身の安全を優先することで頭がいっぱいになっていたこと。

 三人が三人とも本来の目的から逸脱した行動をしてしまったことで、番であるシェリーから拒絶されてしまった。


 今は9刻半7時になったばかりなので、まだ人の往来がたくさんある。今日はさっさと宿をとり、明日の朝に公都グリードへ転移することになった。

 エルフの少年はスーウェンが転移で送り届けるらしい。その辺りは好きにしてもらえればいい。


 カイルとグレイが反対するなか一人部屋を確保することができ、ベットの上に倒れこむシェリー。


 ツガイという生き物は本当に面倒だ。なぜ、こんなことになるのかさっぱりもって理解できない。

 今回の啓示はいつもの人の悪心の塊への対処ではなく、ツガイというものをわたしの楔として宛がう啓示だったに違いない。あの三人からさっさと姿を隠そうか、しかし、魔人のことがある。魔人を対処して消えようか。面倒臭い。煩わしい。


 ふと意識が浮上した。どうやら、寝てしまったらしい。何回か部屋のドアをノックされ、名前を呼ばれた気がしたけれど気のせいだろう。

 時間は何刻かと魔時計を確認する。2刻半3時か。中途半端に目が覚めてしまった。確かここの中庭も造りが凝っていたと思いだし、散歩をするのもいいかもしれない。身なりを整え、青いペンダントを着ける。

 ガタッ。

 部屋の外で音がした。嫌な予感がする。




 カイルは浮かれてしまっていたのは自覚していた。シェリーが番だとわかってから、これだけ長い間、番であるシェリーを感じていたことは無かったのだ。


 シェリーが番である者を避けていることはわかっている。だが、番であるシェリーが側にいることが、こんなにも己を陶酔させるものだとは知らなかった。


 しかし、これが悪かったのだろう。シェリーを怒らせてしまった。シェリーが時間に細かいことはメイルーンのギルドでは有名だった。普通、貴族のような位が高い者しか持っていない魔時計を個人でもつぐらいに。


 確かに日数的にはギリギリだが、転移を使えば問題は解決するものだったはず。しかし、国境の検問で全ての出入りを一括管理しているとは思わなかった。普通、そこまでする意味がないのだ。マルス帝国の軍部の力があり、人族主義がなせることなんだろう。


 そう人族主義、これがギルバートとグレイからの情報が足りなかった原因だ。エルフの族のギルバートに金狼族のグレイ。もしこれがミゲルロディア・ラース大公閣下からなら違った答えを貰えたのかもしれないが、今回は己の情報不足と番に対する盲愛が起こしたことだ。


 シェリーが宿の一人部屋に入って4半刻30分。夕食を誘いに部屋のドアをノックするが返事がない。名前を呼んでみても返事がない。番の気配はするので部屋に居ることはわかる。

 ドアに背を預けていると隣のドアが開いた。うかがうような目をしたグレイと目が合う。隣に来て同じ様に壁に背を預け、何も話さない。ただ、無言で二人が廊下に立っている。


 どれぐらいたっただろう。部屋の中で物音がする。どうやら起きたみたいだ。

 声を掛けようか迷っていたら、番の気配が消えた。グレイも感じたようで勢いよく壁から離れ、ドアを凝視する。ドアが開き見慣れたシェリーが顔を出すが、無言で立ち去って行く。つらい。存在を拒絶されるのは辛すぎる。どうしたら許してもらえる?どうしたら、その目に己を映してもらえる?


 ただ、シェリーの後を二人で付いていく。言葉もなく、ただ付いていくと、この宿の中庭に出た。シェリーは振り返り


「いつまでついてくる気ですか。」


 と、虫けらを見る目で二人を見る。その目に映してくれた。それだけで、胸が熱くなる。存在ごと拒絶されるよりいい。

 シェリーの側に行き手を取る。放されそうになるが、離さない。


「シェリーごめんね。シェリーと一緒にいるのが楽しかったから。黒髪のシェリーと一緒に外で歩けることが嬉しかったから、いつも黒髪を隠すシェリーが堂々と町を歩いている姿がキレイだったから、もう少し見ていたかったんだ。」


 シェリーは目を閉じてため息を吐く。

 シェリーの黒髪を気にしている行動は、勇者の事だけじゃないことは分かっていた。今回のことにも関係がある魔人のことだ。


 魔人に成ったものは、どのような色を持とうとも、どのような種族であろうとも、黒を纏う。

 人族に黒を持つものがいないこと、大陸の6分の1を破壊した勇者が黒を持つこと、魔人と成ったものが黒を纏うこと、これが人々が黒に対する目だ。

 種族的に黒を纏う者たちは確かにいる。しかし、種族を表す特徴が見てわかるので人々には恐怖心を掻き立てることはない。


 幼い頃に人々から受けた悪意の数々はシェリーの心にたくさんの傷をつけたのだろう。


「いつか、シェリーがこのペンダントを必要としない日がくればいいと思うよ。」



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

補足

 カイルとグレイはシェリーにごみ虫を見るような目で見られても、シェリーの目が腐りきった魚の目をしていても気にせずに接しているのはハートが強いわけではなく、基本無関心のシェリーに気を向けてもらえるならな、なんでも嬉しいのです。

 愛だね。

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