第52話

「いつか、シェリーがこのペンダントを必要としない日がくればいいと思うよ。」


 そんな日が訪れるとすれば、勇者と聖女のようにとじ込もって過ごした場合のみだ。あり得ない。


 シェリーが無言でいると、こんな夜中にこの中庭に駆け込んで来る者の気配がする。そのものは、カイルとグレイの姿を見るなり


「番が番がいなくなった。部屋にも、宿からも、この世界のどこにも存在しない。」


 ツガイの存在は世界中から探せるものなのだろうか。カイルはシェリーが産まれたのがわかったと言っていたので、可能なのか?恐ろしい。


「どこに行った。どこに消えた。どこに隠した。」


 グレイに詰め寄るスーウェン。慌てて駆けつけたのか羽織っている服が裏表逆だ。


「どこに。連れ去った!」


「まてまて、首が絞まる。そこにいる。カイルの側にいる金髪の女性がシェリーだ。」


 スーウェンは『ぐりん』と音が鳴りそうな勢いでシェリーの方に振り向き、凄い勢いで移動をしてきた。思わすシェリーは近くにいたカイルを盾にする。

 スーウェンはカイル越しにシェリーを覗き込み


「色が違う、姿が違う、魔質も違う。どこがご主人様なんですか!」


「エルフ、うるさいです。何刻だと思ってるのですか。」


 だんだん声が大きくなるスーウェンをシェリーがたしなめる。


「瞳はピンクのままだよ。こうやってシェリーが認識阻害をしてしまうから、俺もグレイもシェリーを見失わないようにするのが大変なんだよ。」


「本当にご主人様なのですか 。だったらなぜそこまで魔質が違うのですか。これではわからない。」


 わかってしまったら意味がない。

 はぁ、とため息がでる。折角、宿の人が自慢していた中庭をプラプラしようと思っていたのに、これではできそうもない。カイルの横を通り、スーウェンの横も通り過ぎる。


「シェリー。」


 カイルが呼び止めるが無視をする。が、目の前に壁が


「その姿でどこかに行ってしまったら、見つけられないからダメだ。」


 グレイの壁だった。シェリーはまた、ため息を吐き出す。ツガイとは面倒な生き物だ。


「部屋に戻るだけです。こんな時間に騒いだら迷惑です。」


 グレイの横を通っていく。どうしてツガイというだけで、付き纏うのかサッパリわからない。


「送って行くから、手を繋ごう。」


 とシェリーの手を強引に取る。


「あ、ずるい。」


 駆け寄ってきたカイルにも反対の手を取られる。

 長身の二人に頭一個分低いシェリー。どこぞの確保された宇宙人の感じになっていないだろうか。シェリーの頭が現実逃避を始めた。




 朝日の光を感じ、目を開けた。目の前には誰もいない。目を覚まして、視線も感じなければ、圧迫感もない。なんて素晴らしい朝なんだろう。シェリーは朝のすがすがしさを思う存分感じていた。

 身なりを整え、いつでも出発できるように準備し、ドアを開ける。


「おっふ。」


 ドアを開けたら男三人が廊下で待っていた。これ、絶対邪魔じゃないか。


「シェリーおはよう。」


「シェリーおはよ。」


「ご主人様おはようごさいます。」


 三人はキラキラオーラを振り撒きながら挨拶をしてきた。どこの王子さまだ。あ、そんな身分の者ばかりだった。


「ご主人様、弟のことでご迷惑をおかけいたしまして、申し訳ありませんでした。弟は日が昇る前には家に送り届けましたので、いつでもグリードへ向かえます。」


 それは、あの後エルフの少年をたたき起こして、家に帰したと言っているのか。

 しかし、他の客からの視線が痛い。イケメンの男三人待たせた人物がこんな女?という視線だ。それも山より高いプライドを持つエルフ族に頭を下げさせ、ご主人様呼ばわりさせているなんて、という視線もある。さっさと、グリードに行こう。


「すぐに行きましょう」


 辺境都市の外門を出て少し歩いた人のいないところで立ち止まる。なぜかシェリーの両手は握られており、自由にならない。それなので、街の中の視線も相当痛かった。


「それでは、夏の離宮で良いのですね。」


「そうだ。」


 スーウェンは場所の確認をして、グレイが肯定するのを聞き、シェリーと同じ高さぐらいの杖を取り出す。


「『転移』」


 目の前の光景が一瞬で変化した。木々が立ち並びその奥には青を基調とした建物と、涼やかな泉が存在した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る