第12話
微睡みの眠りの中、やさしく髪を撫でられる。シェリーの記憶の中ではそのような行為をされたことは一度もない。母親は夢見る少女だった。母親の番は研究バカだった。だから、シェリーは子供として親に甘える事はなかった。あるとすればシェリーがシェリーになる前の記憶でしかない。
ではこの優しい夢はなんだろう。シェリーはボンヤリと目を覚ますと目の前には金色の目が見つめていた。
「おはよう。かわいい俺の番。」
シェリーは一気に覚醒した。シェリーのベットに入り込み髪を撫でていたのは、一昨日、宿を出て行ってから王都へ向かって行ったと思われていたカイルだった。
シェリーはカイルをベットから蹴り落とし、脱衣場へ駆け入り鍵を掛ける。
「ここを開けてくれないかな。」
シェリーは混乱していた。シェリーに施してあった認識阻害がすべて解除されたとしても、王都へ向かって行ったと思われるカイルにダンジョンの中、それも十階層にある、結界の中の空間拡張されたテントの中のシェリーにたどり着けること事態あり得ないと思った。だが、シェリーは竜人族の番に対する妄執というべき生態を知らなかったのだ。
時は少し戻り、カイルは昨晩からシェリーの言っていた根本的原因を探すため 、ダンジョンの一階層を調査し、その周辺や町の周辺まで調査したが、特に問題がなかったため、昼過ぎに宿に戻ってみた。しかし、朝一番に部屋を引き払ったようで、探してみたもののシェリーと合流できなかった。そして、飛狼を召喚し、王都へ一旦戻り聖女の情報を集めようと考えていたがカイルは先程からザワザワを胸の内が騒いでいた。
この感覚には覚えがあった。
18年前まだカイルがカイザールとしてセイルーン竜王国にいた頃、突如として胸のざわめきを覚えた。己の番が産まれたと直ぐに認識したが、3日後に何かベールに包まれているような阻害感を感じ、10日後には番の存在を何も感知ができなくなってしまった。まるでどこかに隠されてしまったかのように。
慌てて国を出て最後に番を感知した大陸の東側に行ってみたが、もう何もわからなくなっていた。
それから、あちこち旅をしていたら、勇者の番狂いで東側は壊滅状態となり、もしかしたら己の番はもういないのではないかという気持ちとまだ諦められない気持ちとで13年ふらふら冒険者をしながら旅をしていたが、5年前からシーラン王国の王都に留まって、そのまま冒険者なんて者をしている。
何となくこの国を離れがたいと思い今までいたが、このざわめきは近くに番がいる感じがする。また、この感覚が無くならない内に早く番を探さなければと焦っていた。
たどり着いた先は、昨晩確認のために来たダンジョンのあるところだった。しかし、肝心のダンジョンが見当たらない。足元を確認すると、昨晩出入りした己の足跡とあと二人分の足跡がありそれが途中で途切れていた。どうやら出入口に認識阻害をかけているようだ。
そのまま進みダンジョンの中に入る。昨晩確認しに来た時と同じで、低級の魔物しかいない。
己の番はこの先にいるのだろう。向かって来る魔物は片手で凪ぎ払い全力で階層を攻略する。早くたどり着かないとまた番が隠されてしまう。
十階層にたどり着いたとき、もうすぐ番に会えることに喜びを感じる。大きな岩の扉の端に小さなテントが見える。急いで近寄るが手前で何かに弾かれた。邪魔だ。叩き壊すとそれは簡単に消え去りテントまで阻むモノはなくなった。
しゃがみこみテントの入り口をめくるとブーツが置いてあり、その先には一段上がった木材で作られた床が見える。奥には木製の扉、このテントは空間拡張されたもののようだ。息を吸い込むと番の匂いを空間いっぱいに感じる。
中に入り奥にあるドアをあける。見渡すと薄暗い部屋の端にキングサイズのベットがあり、その真ん中に小さな黒髪の人物が寝ているのがわかる。焦る気持ちから早足で駆け寄り頭まで被っている布団をめくり顔を見る。ああ、やっと見つけた。もう、絶対に見失わない。
どれぐらい経ったかわからないが、そろそろ目覚めないだろうか。番が眠っているベットに潜り込みズーと寝顔を見ているが全てがいとおしい。
艶やかに指からこぼれ落ちる黒い髪。撫でるのがクセになりそうだ。小さくぷっくりと寝息が聞こえる唇はむしゃぶりたくなる。長い黒い睫を開ければどのような美しい瞳が見られるのだろう。
瞼が震え、目があった。美しいピンクの瞳が己を見ていることに歓喜にうち震える。
「おはよう。俺のかわいい番。」
そう言った瞬間、番の目が大きく見開いたかと思ったら、腹に衝撃を感じ、気がつけばベットから落ちていた。走り去る足音に続き、ドアの開閉音と鍵がカチャリと掛かる音が聞こえた。
カイルはあわてて番の後を追い。
「ここを開けてくれないかな。」
そう言ってみたが、開けてくれる様子ははない。あまりにも時間がたったのでドアを壊して入ろうかと思っていたら、番の気配が消えた。
先ほどまで感じていた番が何も感じられなくなったのだ。これはもう壊そうと手を伸ばした時、目前のドアが開き、そこから出て来たのは不機嫌に顔を歪めたシェリーだった。
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