第11話

 シェリーは八階層の地図の作成が終了し、九階層にたどり着いた瞬間、絡み付く様な悪意、憎悪、悲愴を感じた。


「見つけた。」


 シェリーは笑った。宝物でも見つけた子供のように笑った。

 そして、目的の場所までスキップをしながら鼻唄を歌い向かっていく。まるで森の中で散策を楽しんでいるかのようだが、常に向かって来る魔物を笑いながらぶっ飛ばしているので、第三者の目には恐怖しにか映らないだろう。


 目的の場所には人々の怨念と表現してもいい程の禍々しい気配が漂い、漆黒の闇として渦巻いていた。


 そうこれが、町に雨を降らせた原因、ダンジョンを出現させた原因、この世界の人々から発せられた悪心の塊だ。この悪心の塊を昇華させるのがこの世界の聖女の役割だ。


 この悪心が膨大に集まり意思を持った者が魔王と呼ばれるものになる。先代の聖女はその魔王を昇華させたが、各地に散らばる悪心の塊はそのままであったため今代の聖女が各地の昇華を行わなければならなかった。


 シェリーは自分の役目を果たすために漆黒の闇の前に立つ。そして、大きく息を吸う。


「『全ては世界の理の中に戻れ』」


 シェリーの全身が金色に輝く。人々の怒り、悲しみ、恨み、すべてを受け止める。


「『まわれまわれすべては神の身許にすべてのものに安寧の地へ』」


 ピキ

 何かが欠けた音がした。


「『すべてはシャングリラへ』」


 パァァン

 何かが弾けた音がした。

 漆黒の闇があった場所にはキラキラと金色の光が舞っている。

 その中心には漆黒の髪の女性が立っていた。



「これぐらいで壊れてしまうなんて、モロ過ぎない?」


 女の手の中には紐に繋がれた青色の半分に欠けたペンダントがあり、足元には青色の粉々になったペンダントのカケラが散らばっている。


「聖人の正拳の使いすぎなの?でも、これぐらいで壊れてしまうなんて役立たず。」


 そう、ペンダントに愚痴を言っているのは、黒髪のシェリーである。


「はぁ。予備を調整するのは時間がかかるから、もう明日でいっか。さっさと九階層を終わらせてしまおう。」


 翌朝、予備のペンダントを着けなかったことに後悔するとは思わずに、残りの九階層のマップ作成を行うのであった。




 そして、十階層にたどりつき一枚岩で作られた扉の前にシェリーは立っていた。このまま、進むべきか否か。シェリーはここで一晩過ごすことに決めた。5刻間10時間以上一人でダンジョン中をスキャンしてきたので流石に疲れていた。


「とりあえず結界を張っていればここの魔物ぐらいなら侵入はできないから、テントの中で休んでもいいか。」


 そう言って、魔物避けの結界を張り、腰の鞄から絶対入らないだろうという大きさの一人用テントを出した。

 結界の中にテントをセッティングして、中に入って行く。中は外見からでは想像できない程広く、入り口でブーツを脱ぎ奥に進んで行く。廊下の右手にはトイレの引き戸と収納扉、左側には洗面と浴室がある脱衣場の引き戸がある。正面奥のドアの向こうにはキッチン、ダイニング、リビングにベットスペースがワンフロアでおさまっている。まるで少し広目のワンルームマンションのようだ。


 シェリーは荷物とマントをソファーに投げ捨て、踵を返して先程の廊下に戻り浴槽にお湯を溜めだす。


 昨日、雨に濡れたにもかかわらずお湯に浸かれなかったので今日は絶対風呂に入りたかったのだ。

 その間に保管庫の中にある作りおきのご飯を温めなおす。スープとチキンソテーとパンとサラダが今日の夕食である。今いるところがダンジョンの中だと忘れてしまう程の贅沢だ。

 食事と片付けを素早く終わらせて、上機嫌でお風呂に向かう。シェリーは衣服を脱いで洗面台の鏡ににうつる姿を見つめる。

 闇の様な漆黒の髪。淡いピンクの瞳に黒い長い睫が縁取る。小顔の真ん中に小さな鼻にぷっくりとしたピンク色の唇。白く透明感のある肌に頬紅をさしたようなピンクの頬。そしてたわわなメロンの様な胸。

鏡に映るシェリーは全くの別人の相を呈していた。いや、これがシェリーの本来の姿である。悪心の塊を昇華したときにペンダントが壊れたために元の姿に戻ってしまったのだ。その姿をシェリーは忌々しく見つめる。

ため息をひとつ吐き浴槽に向かうのであった。


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