五 恨みの花

 じつをいうと、私はつい先頃までストーカー被害を受けていた。


 相手は須藤華という、合コンで知り合った後に一度だけデートをした相手だ。


 そのデートで性格が合いそうにないと感じたので私的には付き合うのをやめにしたのであるが、彼女の方はもうとっくに付き合っているものと思い込み、異様なほどにしつこくつきまとうようになった。


 真夜中でもかまわず電話をかけてくるし、一日中、5分置きくらいにSNSでDMを送りつけてくるし、仕事を終えて家に帰れば、玄関先で待っているなんてこともザラにあった。


 ずっとどこかで監視でもしているのか? また別の合コンで知り合った女の子と二人で食事に行ったら、そこをいつの間にか隠し撮りして送りつけてくると、恋人でもないのに浮気だと騒ぎ立てたこともある。


 いや、もちろん彼女が勘違いをしていることは、はっきりとした言葉で伝えた。


 だが、自分に都合の悪い話はまるで聞こえていないかのように彼女は無視をし続け、それどころか挙句の果てには結婚話を持ち出してきて、勝手に式場や教会まで決め出したのだ。


 こうなるとさすがにもう放ってはおけず、私は警察にストーカー被害の届けを出すと、裁判で彼女には私への接近禁止命令などが出された。


 だが、それでも彼女は性懲りもなく私の前に現れると、そもそもそんなもの初めから存在すらしない関係改善を求め、幾度か警察を呼ぶ騒ぎにもなった。


 私の胃に穴が開いたのも、そんな彼女へのストレスが原因だ。


 もちろん、電話、メール、SNSはすべてブロックしたし、やむなく夜逃げをするかのように引っ越しまですると、ようやく私は彼女から解放された。


 だが、その解放で気が緩んだためか、今度は血を吐いて病院送りになったというわけである。


 そういえば、興味がなかったのですっかり忘れていたが……否、私の無意識が意図的に忘却させていたのかもしれないが、確か彼女は花屋で働いていたような……。


 もしも、彼女がなんらかの方法で私の入院したことを知り、この病院まで突き止めたのだとしたら……。


 念のため、会社にもそんな理由で病室の番号までは伝えていなかったし、病院の受付にも、もし誰かに訊かれたとしても絶対に教えるなと釘を刺しておいた。


 私の病室を訊いたり、花束に手紙など添えたりすれば、私は即、受け取らぬよう病院に言って、警察にも連絡したことだろう。


 電話やメールなどはブロックしてあるし、もし彼女が何か私にメッセージを伝えようとするとしたら、花言葉を使うしかないんじゃないだろうか?


 私はスマホを取り出すと前に撮ったあの花瓶の写真を画面に写し、看護婦さんに借りたメモ帳と見比べながら、もう一度、その花言葉を確認する……。


 最初のスイセンから順に読み取ってゆくと……報われぬ恋……あなたが信じられない……見捨てられた……失望……愛したことを後悔している……無視したら私死にます……私は明日死ぬだろう……。


 ……なんだか、嫌な予感がする。


「い、いえ! 教えてくださってありがとうございました。ちょっと用を思い出したんで私はこれで!」


 偶然とは思えないほど順序だってそこに並ぶ、あたかも手紙の文面ようになった不吉な花言葉の羅列に、言い様のない不安に駆り立てられると私は慌ただしく病院を後にした――。




 それから、私はこの件を警察に相談し、急を有することだと脅して須藤華の現在の様子を調べてもらった。


 すると、驚くべきことに……いや、半信半疑ながらも予想していた通りに、彼女はもうこの世にはいなかった。


 彼女は自殺をしていたのだ……あの、最後のゴジアオイの届いた翌日、その花言葉通りに……。


                         (お見舞いの花 了)

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お見舞いの花 平中なごん @HiranakaNagon

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