四 不吉な花

「――え? 誰も花贈ってくれてないんですか?」


 久方ぶりに出社して開口一番、花束の礼を言った私だったが、返ってきた答えに唖然としてしまった。


 誰に聞いても、花束など贈ってないというのだ。いや、それどころかちゃんと私との約束を守り、病院にも誰一人来ていないという。


「じゃあ、あの花はいったい誰が……」


 しかし、確かに花束は届いていた……それも一度や二度ではなく毎日だぞ?


 よほど親しい者でもない限り、そんなことしてくれないだろう。


 会社以外の友人や知人にもそんな気の利いたことするやつはいないと思うんだが……いや、一人だけ心当たりがなくもないが……そんな、まさかな……贈られてきたのは花束だけだったし……。


 なんとも奇妙な話だ。


 どうにも気になったので、私は術後の経過を見せに再び病院へ行った際、お世話になった看護婦さんを捕まえると、どんな人物が花束を持って来たのかを対応した受付事務員に訊いてもらった。


「ああ、長い黒髪の落ち着いた感じの女の方でしたよ。背は中ぐらいでほっそりとした……」


 ずいぶんと抽象的で断定はできないが、受付の人が語るその風貌には、やはり思い浮かぶ人間が一人いる。


「あのう……こんなこと言うの、とっても失礼だとは思うんですが……もしかしたら、それがヒントになるかもしれないんで……」


 脳裏を過ったその人物の顔に私が険しい表情でも浮かべていたのだろうか? 看護婦さんがおそるおそる、とても言いにくそうな様子で話を切り出した。


「同じ看護士の仲間に詳しい者がいまして、いただいたあのお花をみんなで分けてる時にその花言葉を訊いてみたんです。そうしたら……どうも、あまりよくない花言葉もあるようで……」


 看護婦さんはやはり話しにくそうに、そして、なんだかいつになく顔色を暗くしながら、なにやらポケットより取り出したメモ帳を見つつ不穏なことを口にする。


「えっと……贈られてきた順番で言ってくと、スイセンは〝報われぬ恋〟、ウシノシタクサは〝あなたが信じられない〟、アネモネは〝見捨てられた〟・または〝恋の苦しみ〟、キンセイカは〝失望〟・〝悲観〟、クロッカスは〝愛したことを後悔している〟…という感じでして……いえ! もちろんいい意味の花言葉もあるんですよ?」


 なんだ? その恨みがましい、強い情念を感じるような言葉の羅列は……。


「それで、残りの二つなんですが……ガマズミはその……〝無視したら私死にます〟、ゴジアオイは〝私は明日死ぬだろう〟……だそうです」


 私は、絶句した。


 なんだか、その言葉に込められた呪いの力に全身を縛りあげられてしまったかのように、声を発することも、いや瞬き一つすることもできない。


「あ、あの……お伝えするべきかどうか迷ったんですが……どうにもその……花言葉にストーリー性があるっていうか、意味ありげに揃ってるように思えてしまったもので……」


 取り繕う看護婦さんの様子を見るに、きっと私はかなり恐ろしい形相をしていたのだろう。


 私がこれほどの衝撃を受けたのは、なにもこの不穏な花言葉自体のせいばかりではない。


 それよりも、その花言葉から思い至る贈り主が、ある一人の人物しか考えられなかったからだ。

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