二 増えてゆく花
「――藍堂さん、またお花、届いてますよ〜」
その翌日、まだスイセンが生き生きと花を咲かせているというのに、またしても看護婦さんが花束を持ってきてくれる。
彼女の話では、やはり会社の者が受付に来て、その花だけを置いて行ったらしい……なんだろう? 昨日来たやつらとはまた別の同僚達か?
今度の花は昨日と打って変わり、少々小ぶりな濃い青色の花弁で、真ん中の部分だけが白くなっている花である。
「だから、こういうのは逆に迷惑だって言ってあるのに……なんて花だ?」
これはあまり見たことのないもので、花に疎い私にはなんだかわからない。
「さあ? わたしもそんな詳しい訳じゃないので……」
看護婦さんに訊いても、今回はスイセンのように蘊蓄はおろか、名前すら出てこなかった。
同室の患者達にもそこまで花に詳しい者はおらず、一応、訊いてみたがやはりわからない。
が、偶然、他の患者を診に来た女医さんが趣味で
「ああ、それはアンチューサね。和名はウシノシタクサ。葉っぱをポプリなんかに使うのよ。わたしも一度作ったことあるわ」
………と、教えてくれた。
なるほど……確かにこれもなにやら香りが強い。
「それじゃ、スイセンと一緒に生けておきますね」
まあ、匂いは強いが見た目は可愛らしく、見ていて悪い気はしない花である。一応、断りを入れる看護婦さんにその花も生けてもらって、私のベッドの脇は香りともどもさらに華やかになった。
ところが、その翌日も……。
「藍堂さ〜ん。また、お花来てますよ〜。ずいぶんと人気者なんですね〜」
予想外なことに、またしても看護婦さんが受付に届けられた花束を持って来たのだ。
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら彼女が手渡したものは、一昨日、昨日とはまた違って、真っ赤な大輪のインパクトある花である。
「これはわたしにもわかりますよ〜。アネモネですね〜」
アネモネ……私も名前くらいは知っている。そう言われると、確かにこんな花だったような気もする……。
いや、それにしても三日連続で花が届くとは……そんなに私は人気者だっただろうか?
同僚みんなでお金を出し合って贈ってくれたものと思っていたが、そういうわけでもないのか?
もしや、個人々〃で贈ってくれていて、一昨日の最初の一人の話を耳にした他の者が、昨日、今日もそれを真似て贈ってくれたんだとか……。
「もう、ほんと迷惑だし、後のお返しも考えなきゃいけないから、こういうのは困るんだけどなあ……」
会社に電話をしてやろかとも思ったが、逆に薮蛇になりそうな気もするし、そういう他人に気を遣うストレスは
「もう、そんなこと言って。ほんとはすごくうれしいんじゃないんですかあ〜……あ、これも一緒に生けときますね」
最近ではだいぶ親しくなった看護婦さんが悪態を吐くわたしをそう言ってからかいながら、今日のアネモネも窓辺の花瓶の花と一緒にしてくれる。
ま、確かにおっしゃられる通り、三日連続で花をもらって、うれしくないといえば嘘になる。
「まあ、一応、感謝はしてますけどね……」
私は照れ隠しにぶっきらぼうな言い方で呟きながら、白、青に続いて赤も加わり、ますます豪華になった窓辺の景色をしばしの間見やった――。
……だがである。
いや、もう薄々は予想していたことだが、その翌日も花束はわたしのもとへ届いた。
「――またですよ〜藍堂さん」
看護婦さんも、こうなると最早少々呆れ気味に持ってくる。
今度のは、オレンジの小さな花弁がいっぱいあるものだ。
「まあ! それはキンセイカねえ。この花びら、サフランの代用品に使われたりもするらしいわよ」
これまでのように看護婦さんからそれを受け取ると、同室のおばさんがそう教えてくれた。やはり女性は花が好きなのか、そこまで花に詳しくなくとも今度のものは知っていたらしい。
キンセイカ……それも名前くらいは聞いたことあるが、これがそうか……まあ、色的には確かにサフランに似てなくもない。
「またいっそう豪華な花瓶になりましたね〜」
これも看護婦さんがこれまでの花と一緒にしてくれて、ただでさえ鮮やかだった窓辺の景色に、今度はオレンジの色も新たに加わった――。
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