お見舞いの花

平中なごん

一 届いた花

 私は入院した……。


 胃に穴が開き、血を吐いたのだ。


 おそらくは人間関係でちょっとあったので、そのためのストレスが原因だろう。


 そんなわけなんで、私が入院したことはごくごく親しい人間と勤めている会社にしか知らせていないし、お見舞いにも来ないように言ってある。離れて暮らす両親にすら、心配かけるだろうから秘密にしているほどだ。


 だから、ここで言葉を交わすのは担当医と看護婦さんくらいのものであり、他人に気を使うような煩わしいこともなく、手術で穴を塞いだ胃はさすがにまだ痛むものの、精神衛生上はこれまでに味わったことのないくらい、極めて良好な天国の如き環境である。


 それに、胃の痛みと闘う私の心を癒してくれるような、なんとも素敵な出来事があった。


「――藍堂あいどうさん、会社の方からお見舞いのお花が届いてますよ」


 術後の傷もようやく落ち着いてきたその日の昼近く、看護婦さんがそう言って花束を持って来て、病院のものだから使ってもいいという花瓶にそれを生けてくれた。


 そのラッパのような大きく立派な白い花弁……草花には疎い野郎の私でも、これくらいならば知っている。紛れもなくスイセンだ。


「会社のやつら、あれほど見舞いはいいって言ったのに……」


 先程述べたような理由で、会社の人間には見舞いに来るなと強く言ってあるし、この部屋の番号も伝えてはいない。


 だが、それでも気を使って、花だけ受付に渡してくれたようだ。


「まったく。こういうことはむしろ迷惑だ……それにだいぶ臭いキツイし。確か、スイセンって見舞いには不向きとか聞いたような……」


 さほど広くはない病室内には瞬く間にその花の香りが広まってゆく……私は窓辺に生けられたその白い花を見つめながら、言葉とは裏腹に顔を綻ばせた。


「確かスイセンって名前、〝水仙〟――水の仙人からきてて、長寿とかそういう意味があったんじゃないですかね。きっとそれでこの花を選ばれたんですよ」


 内心、少なからずうれしさを覚えながらも同室の入院患者達を気にしていた私に、すかさず看護婦さんがそんなフォローを入れてくれた。


 なるほど……花言葉はどうか知らないが、そんな名前の謂れがあったのか……会社の連中にしてはなんとも粋な計らいだ。


 看護婦さんの話に、私はますます彼らの気遣いをありがたく思いながら、窓辺に咲く大きな白い花を病床の上から眺めた――。

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