第13話

 『梟』。

 それはある一種の信仰の対象であった。

 つまりは神と同じ、神体であると言っても良かった。

「何故、梟様の身体が……!」

 村からほど近い森の中、両腕のない黒髪の男が忌々しげに呟いた。

 梟のなり損ないの彼は、自身が梟であると信じて疑わず、何よりも盲目であった。

「あの男……!梟様の名を騙り、剰えこの身体に傷をつけるなんて……!」

 古傷は良い。

 何せ、その全てが梟のものであると愛を抱いているのだから。だが、敬愛すべき梟の体に本来あり得ざる傷ができるのだけは彼は認められなかった。

「殺す……!あの男だけは僕のこの手で!」

 この世界に本物がいるわけがない。

 梟は自分であるのだと、狂信者は信じるのだ。

「その死に愛はあるのですか……?」

 ピトリとついて離れない死がそこにある。

「その体を使って、好き勝手に曰うのはやめて下さいな」

 小刀が首に添えられる。

 色白で小柄な黒髪の美少女がそこにいた。衣服は和物であり、花がいくつかあしらわれている。

 高級品のように思われる。着物の主な色は夜の闇のような黒。

「僕……いや、私に手を上げられるのか?」

 もっと言って仕舞えば、梟の体に手を上げられるのかということである。

「殺せますよ。あなたが本物の梟様でないのであれば」

 その言葉に本気を感じたのか、

 両腕のない梟は蹴りを放ち、距離をとる。

「魔法は使わないのですか?」

「お望みとあればお見せしよう。氷魔法、第五位階アイスランス!」

 魔法は腕を使わずとも放つことのできるものである。ただ、魔法は並行使用の厳しさと人間の行う場合のタイムラグにより、戦闘においては複数人数の場合にのみ、その脅威を見せる。

 その瞬間を女は見逃さない。

「ーーがっ、はっ……!」

 魔法は分解する。

 発動は途中で終わり、梟の腹には小刀が突き刺さる。

 人間が行う魔法は制御までも精密な動作が求められる。少しの刺激で全てが崩れる。そして、女は懐からもう一つ小刀を取り出して顎先に突き刺した。

「梟様であれば、私は手も足も出ずに死んでいましたよ」

 それこそ、言葉に操られて。

「残念ですね。あなたは梟様の名を騙るには小物が過ぎました」

 死んでしまった男を女は冷めた目線で見下して、その場を去ってしまう。

「あぁ、梟様ぁ……会いとうございます」

 恋する乙女のように口漏らす。

「ただ、この世界でも梟様のお身体を拝謁できたことには感謝いたしましょう」

 それでも、中身が別人であるということに反吐が出る、と言いたげな顔を見せる。

 こうして、密かに一人の狂信者により愚かな狂信者は処分される。

 本人の知らぬ間に。

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