第10話

 

「あれは何だったんだろうか……。いや、多分悪魔だろうけどね」

 その存在を認めるわけにはいかない。

 カシウスはその昔、悪魔召喚に手を出したことがあった。できる範囲でやってみたは良いものの、うまくいかなかったという苦い思い出が残っている。

 ただ、あの時は精神的に未熟だったと、梟と呼ばれるようになってからは後悔していた。

「あの程度で死ぬわけがない、よな……」

 彼の中で、悪魔という存在は未知の生物であり、人の手で殺すことはできないものだった。

 それこそ、魔法を使わなければ。

「いや、でも……」

 魔法で止めを刺してしまったことを思い出し、色々と悩んでしまう。

 死んでも良いような、死んで欲しくないような、そんな感覚だ。

 とにかく、と、カシウスは歩き始める。

 磔刑を発動した場所からそれなりに歩いたところ。木々も少しずつ少なくなっていくのを感じる開けた場所。

 問題は起きそうにもない。

「そろそろ街に着くか」

 その街が姿を現し始めた。

 それなりに規模の大きな街で、この街は賑やかで、人が多くいそうだ。

「次の者!」

 関所では兵士らしきものが検問をしている。怪しい物を持っている覚えはないし、特に問題もないはずだ。

 順調に人の列は進んでいき、カシウスの番となる。

「……次の者!身分を証明する物を!」

 少し偉そうな、目つきの悪い、甲冑を着込み、槍を持った男がそう言った。

 カシウスは迷うそぶりもなく冒険証を取り出して、それを見せる。

「カシウス・オウル……。職業は冒険者、か」

 冒険者という言葉に棘を感じたが、カシウスは全く気にしない。

「ふむ、ところで君は?」

 それどころかカシウスは、自分の名前を呼ばれた事で、相手に名前を尋ね返すという行動に出た。

「答える必要などないだろう!」

 兵士はそう怒鳴ってから、カシウスの持ち物を調べるが特に何も怪しいものは出てこない。それがわかると、手に持っていた冒険証をカシウスに突き返して、街の中に押し込んだ。

「忙しいんだ。世間話をしている時間はない!」

 それもその通りだとカシウスも納得した。

 仕方がなしに、兵士に押し込まれる形で入った街をカシウスは見渡す。煉瓦造りの建築物が立ち並ぶ。少しばかりの間、幻想的風景に目を奪われる。

 石畳の床もそれを引き立てる。

 街道を行き交う人間も多く、この世界ではそれなりに発展した街の部類ではないだろうか。

 当たり前のことであるかどうかは不明だが、そこらに糞尿が垂れ流しにされているわけでもない。

「これは異世界で良かったね……」

 カシウスは初めから予想は出来ていたものの、こうして街を見ると分かってくる事もあると感じている。

 もし、この世界が中世ヨーロッパと何ら変わりない世界であれば、まず間違いなくカシウスは今すぐにでもこの街を出ていく。

「さて、救済を始めよう」

 そんなこんなで救済を始めようとした矢先のことではあるが、こんな巨大な街で騒ぎを起こそうものなら大量の兵士が雪崩れ込んでくるだろう。

 カシウスは見境なく少数を救うだけで止まるつもりはない。やはり救うならばその数は多い方が好ましい。

「ふむ、入り込める場所か……」

 それならばギルドはダメだ。

 あそこは確かに人がいるものの、カシウスが求める人数には満たない。

「あれ、か……」

 そう言って少しだけ離れた場所にあるコロッセオのような建物を見た。

「あれは良いな。ふむ。古代人も異世界人もよく考えたね」

 感心した様子でカシウスは呟いた。

「ただ、何かイベントが有れば良いんだけど……」

 それがなければ最大の救済は叶わない。兎にも角にも、まずはあの建造物まで行ってみないことには始まらないだろう。

「うぉおおおおお!!!!」

 歓声。

 盛り上がっている。カシウスには現在、この建造で何が行われているのかは分からないが、イベントが行われているであろうことは推察できた。

「ははっ。凄いね」

 響き渡るその声に、カシウスは驚く。

「ボウズ、この街は初めてか?」

 その背後から掛けられた声にカシウスは振り向く。そこに立っていたのは筋肉のがっしりとついた露店商だった。黒髪の男性で明るい雰囲気を感じる。

「どうして、分かったんだい?」

「アレに驚くようなのは、初めて来たやつくらいだ」

 男はそう言って笑う。

 カシウスは少しだけ考えるような顔を見せるが、確かにそうかもしれないと納得した。

「それで、今日は何があるんだ?」

 カシウスがそう尋ねれば、男は苦笑いをしながら答える。

「今日だけじゃ無い。あんな風に毎日、盛り上がってんだ」

「成る程……。飛び入りは?」

「止めとけ。殺されちまうよ」

「ん?ああ、大丈夫だよ」

 カシウスは問題意識など抱いてはいなかった。そこに恐怖心なんてものはない。

「じゃあね。まあ、また後で会おう」

 その時が最後の時であると、カシウスは確信していた。

「おっと……。その前に名前を教えてくれるかな?」

 カシウスがそう尋ねれば、黒髪の男が仕方がねえなと言うように、後頭部をかきながら、

「ローガンだ」

 名前を名乗った。

「私はカシウス・オウル。覚えておくと良い」

 そう言って、ローガンに背中を向け、カシウスはその場を後にした。

「……死は救済なり」

 そうして、彼は目の前にある巨大な建造物に近づいていく。

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