第9話

 教会に転がる全ての死骸を見て、カシウスは満足して、教会を後にする。

 その背中を女神の像が見つめている。その目は温度のない瞳だ。何せ、ただの石でしかないのだから。

「私の偽物か……」

 カシウスが考えるように顎を右手で摩りながら呟く。想定をしていなかったのだろう。そもそも、この世界で再び自分の姿を見ることになるとは思ってもいなかった。

「ああ、そうだった」

 ふと、カシウスが振り向けばでっぷりとした腹の男が正気を失ったまま、突っ立っていた。

「ルーカス君。ありがとう、もう良いよ」

 カシウスは顔をルーカスの耳元に近づけて囁いた。

 その瞬間、ピクリと肩が震える。カシウスはそっと顔を離して、それを微笑みを浮かべながら鑑賞する様に、観ている。

 ルーカスの両腕は自身の首へと伸びていき、そしてその首を絞めた。

 ぐぐぐっ。

 そんな音がするほどに強く、絞め付けている。

「あふっ……あっ、あっ、……うぇっ」

 涙を流しながらも、救われたようにルーカスは笑う。

 そして、遂に身体の活動を止めたルーカスはゆっくりと前向きに倒れていこうとする。それをカシウスは抱きとめる。

「おめでとう。君は救われた」

 カシウスの笑みは光のなくなった瞳に映り込む。

「では、私はそろそろ行くよ」

 抱きとめたルーカスの体をしゃがみ込んでゆっくりと地べたに寝転がせ、カシウスは立ち上がる。

「次は街に行こうかな……」

 目的地を決めていないカシウスは地図を広げながら、そうぼやいた。

「……彼も探さないとね」

 偽梟。

 これはカシウスの名誉の為にも。慈愛なきあの男に梟を名乗らせるわけにはいかない。ただ、カシウスは目的もなく歩くのだ。全ては救済のために。

 村から出てしばらく。

 目の前に若い男が現れた。

 頭の先から伸びた角が、人外であることを示している。

 辺りは鬱蒼とした森で、どこにも助けを呼ぶことはできない。いや、そもそもにしてカシウスは助けを呼ぶつもりもなかったのだろうが。

「アンタがカシウスで合ってるかい?」

 角の生えた男はカシウスにそうたずねた。カシウスは表情を崩さずに疑問を返す。

「君は何者かね」

「魔王陛下の部下、アーク……」

 必要最低限のことを告げる。

 アークの身長はカシウスよりも高く、しなやかな筋肉が付いている。金色の目に褐色の肌。プラチナブロンドの髪の間から黒い角が禍々しさを感じさせるように伸びる。

「そうか、アーク君」

「……人間如きがふざけた呼び方をするな」

 アークは少しばかりの苛立ちを感じたようで、ピクリと目蓋を動かす。

「それで、何用かな?」

 カシウスは最も重要な用件を尋ねる。

 魔王とやらとも面識は無い。それでも突然に殺そうとすることはなく理性的に話しかけてきたということは、何かしらの理由があってのことだろう。

「ーー魔王陛下に協力しろ」

 威圧的な態度でアークは答えた。

「具体的に言ってほしいな」

 カシウスは理由が分からない。何故、協力が必要なのか。

 アークは舌打ちをしながら答える。

「この世界を支配するために。魔王陛下は申された。『支配には恐怖が必要である』、と」

 その言葉にカシウスは難しげな顔を浮かべた。

「恐怖、恐怖ねぇーー」

 ただ、すぐに元の笑顔になると、

「だったら、断るよ」

 と、臆面もなく答えた。

 その瞬間にアークが襲いかかる。

「人間風情が!」

 それも分かっていたのかカシウスは処刑魔法を発動させる。

 第六位階、断切。

 迫り来る凶手が魔法によって切り裂かれる。鮮血が迸る。

「成る程、人間のような見た目をしているが人間では無い。そんな君も血は赤いのか」

 ただ、アークが痛みに怯んだ様子も見えず、カシウスは背後に飛び続ける。

「第四位階、磔刑」

 アークの足元から十字架が伸びる。

 それはアークを捕らえるためにいくつも伸び、十何本が乱立したところで漸く捕らえる。

「ぐっ!」

 アークは抜け出そうとするが、腕や足に打たれた杭により、体をうまく動かせない。

「君は心臓に穴が空けば、死ぬのかな」

 最後にそう言って、カシウスはアークに背を向ける。その瞬間に巨大な槍のようなものがアークの心臓をぶち抜いた。

 溢れ出る血が十字架を伝う。

「復活されたら面倒そうだ。私は行かせてもらうよ」

 カシウスはそう言って、その場を後にした。

 森の中に大量の十字架と、その一つに括り付けられた、穴の開いた悪魔が一匹。

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