第8話

「僕は……いや、私は梟様の意思である」

 黒髪の華奢な体の男性、二つ付いた飲み込まれるような漆黒の目がその場に集められた村人達を睥睨する。

「このお身体こそ、梟様であり、私こそがその梟様の身体である。故に、私は梟様の崇高なる意思を君たちに説く」

 ボロボロのシャツを纏った彼の低めの声が教会に響き渡る。彼の後ろには、この教会の御神体であろう、慈愛の女神の像が黙して立つ。

 それは今から始まる惨劇をただ、その冷たい石像は、観ている。

「梟様はこう申されている。救済せよと」

 慈愛はなく、慈悲もなし。

 ギロチンをその男は持たない。

「な、何が目的だ!」

 教会に集められた髭の整えられた、身綺麗な男が叫ぶ。紳士然とした姿ではあるものの、取り乱した姿はそこらの野蛮な男と何ら変わらない。

「そうよ!私達を解放して!」

 その次にふくよかな女性が叫ぶ。

 全ての村人がこの教会に集められている。どうしてそんなことが起きたのか。未熟な梟を騙る、そんな男が全員を拉致したのだ。

「困るなぁ。私は折角、君たちを解放してあげようというのに。君たちは梟様のご寵愛を望まないのか?」

「何なのよ!梟って!」

 何故、あんな鳥如きにこの男は敬称をつけるのか、理解ができないだろう。

「ーー様を付けろ、醜女」

 その瞬間に冷徹な目が女を蔑むように見下した。

「ぁあ、貴女には理解できないのか!梟様の尊さを」

 ザリと、頬についた傷を男は撫でる。

「この身体についた傷は正しく、正しく!梟様の身体ぁ!」

 愛に狂った女優の演技のように、狂気を叫ぶ。ビリビリと教会が震えた。異常がその場を支配した。

「このアザが!この切り傷が!この火傷が!麗しき、梟様ぁ!」

 頬を赤らめる、その男は誰が観ても狂っている。ただ、それに誰も軽蔑を示すことはできずに、恐怖にのみ顔が染まる。

「このっ!」

 いまだに理解しようともしない女に腹を立ててか、黒髪の男はその女にゆっくりと歩みを進める。

 パチン!

 そして、頬を叩いた。

「醜女があっ!」

 何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……。

 叩き続ける。

 赤く腫れ上がったその頬はあまりにも痛々しい。

「もういいーー、全員……」

 男が顔を上げ、周りのものを見ようとした瞬間に教会の大きな扉が開かれた。

「どうも、皆さん。私はカシウス・オウル。貴方達を救済に来た」

 その優しい声音に人々は安心すると共に、全てをカシウスに握られた。

「誰ですか、貴方は?」

 カシウスは笑みを深めて、ただ一人に向ける。

「懐かしい姿ですねぇ。その背中の傷は痛みますか?」

「っ!」

 男は黒い髪の下で目を見開いた。

「貴方は……」

「ではこう言っておきましょうか。私は『梟』と呼ばれていた」

「ふく、ろう……?」

 男には理解できない。

 自分の姿こそが梟であって、目の前に立つ白髪の青目の男は梟ではない。

「紛い物め!」

 男は魔法を唱えようとするが、それより先にカシウスの処刑魔法が発動して左腕を切断した。

 第六位階、断切。

「良いですか?身体は関係ありません。大事なのは中身です。故にーー」

 私が梟なのです。

 カシウスはそう告げて、男の右腕をも切断した。

「では、皆さん、救われましょう」

 全員の首が自らの両手によって絞められる。涙を流しながら、彼らは笑う。

「さて、貴方は特別ですよ」

 第七位階。

 絞首。

 忽然と現れた縄が男の首を括った。

 ダラリとだらしなく首が折れるかと思いきや、絞首は消え失せる。

「ああ、矢張り。私の元の体では絞首は効きませんか」

 成る程、と感心した様子。

 その隙をついて男はステンドグラスを破って、外に駆け出した。

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