第11話

「やあ、観衆の皆さん。こうして人前に出るのは緊張するね」

 突如として飛び入り参加をした少年は闘技場の全ての視線を独り占めした。

 盛り上がっていたはずの大歓声も鳴りを潜め、疑心の表情が会場を染めていく。

「さて、自己紹介をしようか。一度しか言わないからよく聞くんだ。ーー私はカシウス・オウル」

 会場の真ん中までゆっくりと歩いていくと、その場に立っていた剣奴の少年の胸に右手を触れる。

 カシウスの背後からは巨大な虎が牙を剥き、迫りくるが、その牙は届くことなく、首が切断された。

 虎は頭を失い、地面に崩れ落ちる。

 それを見向きもせずに、剣奴の少年に話しかけた。

「君の名前を聞こうか」

 剣奴の少年はその声に慈愛を感じて、スルスルと言葉を吐く。

 久しく感じていない愛に流されたのだろうか。

「グレイ……」

「そうか、グレイ君」

 突然にカシウスはグレイを抱きしめて、灰色の頭髪を優しく撫でる。

「ーー頑張ったね」

 天使のような微笑みだった。

 どこまでも優しいその態度に、最初は強張っていたグレイの体も解れていく。

「少し、休んでてね」

 そう囁くと、グレイはウトウトと眠たげに目を細め、やがて眠ってしまった。

「さあ、観衆の皆様!私は梟。貴方達に救済を与えるものです!」

 ただ、彼らには納得がいかないのだろう。虎と少年の殺し合いを見て、喜び野次を飛ばしていたと言うのに、水を差されたのは。

 ブーブー!

 と、観衆一同が喚き立てる。

「わあっ!!」

 カシウスが異常なまでの大声を出した。その瞬間に闘技場の観客席はさあっと静かになる。

「ふふっ。どうかね」

 その瞬間に梟に全てを掴まれていた。

「わかりやすい方法ではあるが、これも一つの方法だよ」

 三百六十度、カシウスはグルリと見渡して確認する。

「さあ、存分に殺し合うと良い」

 慈愛というべきなのだろうか。

 それは彼らの好むもので最後を迎えさせる。そんな愛を押し付けていたのかもしれない。

「おめでとう。今日、君たちは救われる」

 こうして、闘技場内で大量殺人が始まった。

 涙を流しながら、彼らは人の首を絞め、殴りつけ、蹴り飛ばし、至る箇所に傷を作りながら殺し合う。

「目を覚ましなさい……」

 眠るグレイの耳元で彼がそう囁けば薄らと少しずつ目蓋を開いていく。赤い目が覗く。

「グレイ。もう、良いんだよ。君は救われてもいい。自由に飛ぶんだ」

 その言葉がグレイの脳を犯して行き、自らの武器である大剣で救われたような表情をしながら、その首を切り裂いた。

「おめでとう、グレイ……。君に祝福がありますように」

 彼は最後に落ちた首を優しく撫でて、地獄を後にした。

「ボウズ!」

 闘技場を後にすると、ローガンが心配そうに呼びかける。

「ローガン君」

「大丈夫なのか!?」

 そう言って、ローガンはカシウスの全身を見るが、怪我一つないことに安心した。

「そうだ、ローガン君」

「何だ?」

 カシウスはローガンの首に右手を触れた。

「ーー私は梟。君と話がしたいんだ」

「あ……、ああ、あああ」

 口が開いたまま、動かなくなる。

「君は救ってあげたいと思っていた。君ほどの優しい人間が救わずにいられるのは、私には耐えられないよ」

「うぁ、あぅああ……」

 そうして、ローガンは近場にあった小さなナイフを手に取って、それを深々と自身の胸に突き刺した。

「先に救われていてくれ。私にはまだ救わねばならない人々がいるんだ」

 それがローガンに対しての、手向けの言葉だった。

 どこまでも優しく、慈愛に満ちている。憎むことのできないような声色だった。

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