第3話

 カシウスはオウルである。

 オウルはカシウスである。

 根も葉も完全に見えていた話。それが民衆に広まるのにそう時間は掛からない。カシウスを殺そうとするものも多数いた。

 彼らの末路は救済に満ちていた。

 対極的にカシウスを信奉した者がいた。

 彼らの末路は救済に満ちていた。

 カシウス・オウル。

 今から語られるのは、彼が山奥の村に辿り着いたところからの事だ。

 

 


「どちら様でしょうか?」

 小さな集落のような場所だった。

 カシウスが見渡せば木でできた小さな家、それなりの大きさの家、彼の知識と比べれば古くも見える家が何軒か立ち並ぶ。

 そんな数ある家の中からではなく、偶然その場に立っていたであろう髪の薄い老人が、不思議そうな顔をして無遠慮に、そして無神経に近づいた。

「冒険者のカシウス。貴方は?」

 人の好さそうな笑みで、カシウスは尋ねられたことに受け答えする。

「私は、この村の農家だ」

「へー、ほー、農家か……。まあ、実家には居たね。とは言っても、私にはもう既に関係のないことなんだがね」

「実家?」

「ああ、私は冒険者でね。家を離れたんだ」

「既に一人暮らしを始めてるのかい。そんなに小さいのに大丈夫なのかい?」

 老人はカシウスの頭の天辺をちらりと見てから、すぐに視線をそのすぐ下にある目に向けた。

「ん?ああ、気にしないでくれ。私は一人ではないからね」

「そうなのかね?」

「ああ、もうじき一人増えるさ」

 カシウスは蠱惑的に笑う。

 それを見た老人はいたく恐怖を覚え、その場から逃げ出そうとするも、足が固まったかのように動かない。

「私の声を聞きなさい」

 おぞましい声ではない。どこまでも優しい声だった。だというのに老人の脳内はナニカで染まってしまう。

 聞かなければならない。これを聞かなくては。そのために自分はここにいる。

 そんな無茶苦茶な意思に理性が塗りつぶされていく。

「私はカシウス・オウル。梟と呼ばれていた」

 それは声に秘められた魔力か。

「あ、ああ」

 老人は狂ったのか、空気が口から漏れるかのようにしか返すことができなかった。

「死は救済である。復唱しなさい」

 カシウスは老人の頭を両手で包み込み、鼻先が触れるほどに顔を近づけながら、そう告げる。

「死は、救済……」

「君は自由に羽ばたく意思を持つ」

「私は自由……」

「私が見守っていよう」

 そう言ってカシウスは老人から顔を離していきながら、「飛び立つといい」と静かに子供に言い聞かせるように告げた。

 老人の目に生気は宿らない。

 自身の首に両手を持っていき、老人はギリギリと首を絞める。

 老人は笑顔を浮かべる。泣き笑いという表情が最も近いだろう。

 そして、老人は息をすることもできずにその生に幕を下ろした。

「おめでとう、君は救われた」

 そう言って慈悲深き聖職者の如く、微笑みを浮かべたのだ。

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