第13話 浸蝕
第四の八天錬道を終えて一週間ほどたった三月末。
道摩府にある呪術犯罪者収容施設において、収容されている神藤業平と、蘆屋真名の面会が行われていた。
神藤業平は、組織的に多くの人員を扇動して多くの犯罪を犯してきた。そのため、死刑を望む声も多く聞かれた。
しかし、本当に死刑にした場合、その死後業平を神格化して犯罪行為に走る残党もいると考えられ、結局死刑ではなく期限のない隔離という形で生かす決定を下された。
実際、呪術師の世界においては、死んだものを神格化してしまう呪があるゆえに、妥当な判断と言えた。
無論、多くの人が彼の助命を願い、本人ももはや犯罪行為に手を染める気がなかったことも原因ではあるが。
その神藤業平との面会を初めてしばらく後、蘆屋真名は驚愕の表情で業平を見ていた。
「それは…本当の話なのか?」
その真名の言葉に業平は答える。
「ああ…本当だ」
その言葉を聞いて押し黙る真名。その真名をみて少し考えてから話を続ける業平。
「我が組織の前身である『深紅の血盟団』の頃に行われたことだ…。
そして、『深紅の血盟団』が分裂後もその後続の組織に詳細が受け継がれ…、
だからこそあの日…」
その業平の言葉に真名が続ける。
「…潤を迎えに来た」
真名は渋い顔で業平を見る。
「その通りだ…」
業平は真名の言葉にうなずく。
真名はその業平の言葉に押し黙る。
その日、神藤業平は驚愕の事実を語った。
それは、矢凪潤の出生にかかわること…。
その父親である、『
「『深紅の血盟団』ではより先鋭的な妖怪殺戮計画が考えられていた。
その計画の一つが、妖怪に特攻を持つ人間の育成だった。そしてその計画のもとに行われていたのが、
その当時の最新技術であるクローン技術も利用して、妖怪特攻を持つ人間が何人も生み出された。
しかし、その多くは短命…あるいは暴走して処分され…。唯一そこそこの能力と安定した精神を持っていたのが…」
「潤の父親…矢凪司郎…」
「そう…当時は名前もないただの兵器扱いだったが…。
それが、ある日、組織の施設から姿を消した…。
それが、何者かによる手引きなのか? 自分でどうにかしたのか?
それはわからないが…、そのまま姿を消して、再び組織がその所在を確認したときには…」
「すでに死んで墓の下だったと?」
「その通り…。どうやら彼も人としての寿命が短かったらしく。若くして『老衰』で死亡したようだった」
真名は業平の方を見て首をかしげる。
「それで…、その子供である潤に、父親の能力が受け継がれていると分かって…。
なぜすぐにさらって行かなかったんだ?」
「…我らは。前身となる組織の非人道的な実験には賛同していなかった。
妖怪は敵だからいい…、妖怪の仲間である人間も敵だ…。
だが、むやみに非人道的な実験をすることは許せなかった者達が作った別組織が我々だった」
その業平の言葉に、真名が薄めで睨む。
「やってることはそんなに変わらんだろうに」
業平は自嘲気味に笑って。
「そうだな…その通りだ。結局やってることは同じだが、我々には建前となる正義が必要だった。
だから、我らは組織として矢凪司郎の息子を見守ることにした」
「…そうして、あの日が来た」
「そう…。矢凪潤が能力に覚醒するその時が…」
「あのシオン…葛城王寺を送り込んだのは?」
「我々ではない…」
「証拠は?」
その真名の辛辣な言葉に業平は笑って。
「それは信じてもらうしかないな。
我々にとって、少年の正しい成長は自分たちの正義を証明するものだ。
だから、彼が自分で進む道を選ぶまで見守るのが方針だった」
「正義ね…。それで、シオンを送り込んだのは?」
「死怨院呪殺道の関係者であることはおそらく間違いない」
「…だから『シオン』か」
「そう…、だが乱月とその周辺の者ではないことは確かだ。
彼らは十年以上かけた計画である、土御門動乱とその秘宝の奪取作戦に集中していた」
真名は腕を組んで考える。
「ならば、それ以外の?
乱月以外の死怨院というと舌童?」
「違うな…。彼は死怨院を破門された一匹狼だ。一時期『蒼い風』にいたこともあるが、それも数年の話で彼らと深くかかわってもいない。
そして何より、真っ先に動くであろう組織が残っている」
「やはり…、『深紅の血盟団』のその遺志を受け継いだ組織」
「そうだ…。『深紅の血盟団』は、我らが組織の一部を引き抜いて出て行ってから新たな組織に改編された。
その名を…」
真名は苦い顔で目を瞑って呟く。
「『赤き血の秩序団』…」
それは、日本に巣食うもう一つの人類至上主義組織の名前であった。
『赤き血の秩序団』
それは、平安の時代から残る古い対妖怪弾圧組織である『深紅の血盟団』の組織形態を、最も完全な形で残している秘密結社である。
組織を主に構成するのは、いわゆる異能の力を持たない代わりに、現実社会で力を持つエリートたちであり。その組織形態は、特定のリーダーを持たない、いわゆる『フリーメーソン』等と同じ友愛結社である。その理念は、今まで築き上げてきた人類のみの社会を維持し、妖怪の人間社会への介入を阻止することであり。何より異質な存在が現れ世界が革新することを望まない、いわゆる老害たちの集まりである。
無論、彼らには異能の存在に対抗するための下部組織が存在する。これを、『秩序士団』と呼び、彼らが主に妖怪の集落へのテロ行為を行っていた。
「…しかし、彼らは最近は大きな活動は行っておらず。組織も弱体化の一歩を歩んでいると聞いたが」
「そうだ…。自身の大きな手足だった、土御門家という退魔組織がその影響から離れたから、現在ではほぼ活動を行ってはいない」
「かつて土御門永時様が推し進めた蘆屋一族との同盟は、彼らの影響から少しでも離れるためだったと聞く…それで」
「…それで、彼らは『呪法世界』への介入の手のほとんどを失い。散発的なテロ活動しか出来なくなり…。
そして、そのテロ活動も今はほぼ行われていない…はずだった」
真名は業平のその言葉に不審そうな顔を向ける。
「はずだった? それはどう言う意味だ?」
「少し考えればわかるだろう? もげた手足をそのままにしておく妖怪がいるか?」
「それは…。要するに新たな手足として…」
「そうだ…。彼らは『呪法世界』において、一勢力である『死怨院呪殺道』や『
そして、それを組織化して秩序士団に取り込んだ」
「まさか…潤を迎えに行ったのも?」
「そう…彼らの新組織に加えるためだろう。少なくとも我らの情報網でとらえた範囲の情報だが…。
そうして、今現在、秩序士団は魔法犯罪者たちを取り込んで肥大化しつつある。
行動も過激になり…、おそらく頭の命令を無視して暴走し始めるのもそう遠い話ではあるまい」
「…」
神藤業平は蘆屋真名の目を見て言う。
「どうする? 具現院芳信の望む『人魔大戦』への火種は今だ燻っている。
人間と妖怪…その境界線を守るだけではどうしようもない時代に来ている…。
人類と妖怪には革新が必要なのだ…」
「…神藤業平」
「なんだ?」
「我々は…我々の正しいと思う道を進む。それがどういう道であろうと…」
「…フフフ、そうか。その道がどのような道か。期待して見ておこう」
業平は笑ってそう言った。
真名はその笑顔にただ無言で答えるのであった。
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「…そう、ですか」
真名の説明を、潤は静かに聞いた。
「父は…生まれる前に亡くなっていたんでよく知りませんでしたが。
そんな経緯があったんですね」
「ああ…」
「真実を話してくれてありがとうございます真名さん」
「フム…私も…本当は話すべきか迷ったんだが…。やはりお前のルーツだ、知っておくべきだろうと思ってな」
「はい、少しショックですが。…でも知れてよかった。
父さんは多分…母と出会えてその後の生活は幸せだったと思うから」
潤は父のことを話す母の顔を思い出す。それはどんな時よりも幸せそうな表情だった記憶している。
「…しかしそれより『赤き血の秩序団』の事ですが…」
「ああ。彼らは我らの世界ではなく、表の世界の組織だ。『秩序士団』の動きもほぼ見られなかったゆえに、手を出すことが出来なかった組織だ」
「そうですね。あくまでも一般社会で活動する分には、それを裁くのは一般社会の組織でなければならない」
「だが、今その下位組織である『秩序士団』が我々の世界に牙をむこうとしている。
それはそう遠い未来ではないだろう」
「備えなければなりませんね」
「ああ…」
潤と真名はそう言って頷きあう。
新たな戦いの時が迫っていた。
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そのころ、当の『赤き血の秩序団』では大きな事件が起こっていた。
「やあ…国会議員。…党の『
「…く。貴様何者だ?! こんなことをしてタダで済むと思っているのか?」
その日、本郷議員の邸宅は、警備の者が昏倒させられ、不法侵入者に占拠されていた。
「別に我もこんな強引な手を使うつもりはなかったのだがな。貴様の部下どもがこぞって貴様に合うのを邪魔するから…」
「く…で? なんの用だ?」
「お前…『赤き血の秩序団』の幹部の一人であろう?」
「な!!! なぜそれ…」
そこまで言って口をふさぐ本郷和寿。
それを見てニヤリと笑った侵入者は、
「では…我を貴様の配下に加えてもらおうか?」
そう言って手を出す。
「え? なんだと?」
そのいきなりの提案に一瞬きょとんとなる本郷和寿。しかし、すぐに無表情になって。
「貴様を『秩序士団』に入れろと?」
「そうだ…できれば団長がいいな」
「それは…確約できんが…。貴様のその能力なら…、入れるのもやぶさかではない」
「そうか…。ならばすぐに加えてくれ」
本郷はその侵入者を睨んで言う。
「その前に…。目上である私に対する態度がなっていないな?」
「ほう…それはすまなかった。以後気をつけよう」
そう言って侵入者は歯を見せて笑う。
「ふん…、ならば貴様の名を聞こうか?」
「ああ…我の名か? 我が名は…」
本郷和寿は後にその名を後悔をもって思い出すことになる。
「我が名は、死怨院…。
死怨院乱道だ…」
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西暦2022年4月 深夜
東京都渋谷区の某工事現場
「さて…それで例の物は持って来たんだろうな」
マスクとフードで顔を隠した男は、目の前にいるスーツの男にそう言った。
「大丈夫…心配ないですよ? ブツはここに…」
そう言ってスーツの男は手にしたアタッシュケースを示す。
「よし…中を見せろ」
「わかりました」
フードの男に言われて、スーツの男はアタッシュケースを地面においてそれを空ける。
その中には、透明のビニール袋に入った、白い粉がたくさん入っていた。
スーツの男は袋を一つとって示す。
「一つお使いになって、確かめて見ますか?」
「いや…いい」
「そうですか?」
スーツの男は笑いながら袋を元に戻す。
「では…お金を…」
そうスーツの男が言った時であった。
「そこまでだ!!!!」
突然、男たちに大きな声がかけられる。
「?!!」
「その場にとどまって手を上げろ!! 動くなよ!!!」
そう言って現れたのは、手に拳銃を持った体の大きな男である。
スーツの男が叫ぶ。
「く?!! 警察?!」
「その通りだぜ! よくわかってるな!!」
そう言う大男の手には警察手帳がある。
「ううううがあああ!!!!」
…不意に、フードの男が唸り声を上げ始める。
一瞬にして服が破れ、全身を剛毛が覆い、頭に二本の角が現れる。
「ち…やはり妖怪!!!!」
警察官である大男が舌打ちして叫ぶ。
すると…。
「下がっていてください」
不意に女性の声がした。
「すまん! 頼むぜ!!」
警察官である大男がそういうと、その背後から中学生ぐらいの少女が飛び出してくる。
<金剛拳>
ズドン!!
その少女…蘆屋真名は一気に駆けて妖怪との間合いを詰め、拳を一閃する。
「ぐは!!!」
その金剛拳を喰らって呻く妖怪。
「クソ!!!!」
それでも何とか耐えた妖怪は鉤爪を振るって真名を切り裂こうとする。しかし、
「妖縛糸!!」
そう真名が叫ぶと、肩にくっついている静葉が糸を吐いて、妖怪の方へと飛ばす。
糸は確実に妖怪に命中して、それを雁字搦めにする。
「うご?!」
そのまま地面に転がる妖怪。
「…これはまずいですね」
その光景を眺めていたスーツの男が後ずさりして逃げようとする。
「そうはいきませんよ?」
スーツの男の背後から突然声が響く。そこにいたのは矢凪潤であった。
「う…」
「動かないでくださいね? 動いたら痛い目を見てもらうことになります」
そう言ってにこりと笑う潤。もはや状況は決していた。
「ほいじゃ…ブツを確かめさせてもらおうかね?」
警察官である大男がそういう。しかし、
「待ちなさい
不意に、警察官である大男…義明の行動を止める声がかけられる。
「む? なんだよ
「貴方じゃ…乱暴にして、せっかくの証拠を壊してしまうだけです。鑑識が来るのを待ちなさい」
「むうう…仕方ねえな」
義明は、その眼鏡をかけたインテリ風の男・礼二の言葉に従う。
礼二に対して真名が言う。
「ブツの検査なら我々にも出来ますが?」
その言葉に対して礼二は、
「いえ…結構です。正式な手続きをしないと証拠としての意味がありません」
そう言って片手で眼鏡をクイッとあげた。
「嬢ちゃん…。礼二は頭が固いから、諦めた方がいいぜ?」
そういって歯を見せて笑う義明。それに対して礼二が、
「頭が固い? 私は常識の話をしているのですよ?
いい加減な貴方のやり方では…」
そう言って説教を始める。その姿に義明は苦笑いしつつ、
「へいへい…すみませんね」
そう言って頭をかいた。
今、真名たちは、政府の要請を受けて組織犯罪の捜査に協力していた。
本来、このような仕事は土御門家の管轄なのだが、ここ最近土御門が蘆屋一族に委託という形で仕事を回してくることが増えているのだ。
数か月前、
それによって行き場を失った人類至上主義者たちは、こぞって『赤き血の秩序団』やそのその下部組織へと集っていった。
そうして起こった組織の無秩序・突発的な肥大化は、その組織の混乱と暴走を招くことになった。
それを憂慮した政府は、『赤き血の秩序団』とその下部組織への警戒を強め、同組織への捜査を活発化させていた。
「しかし、礼二…。お前検察官なんだから、こんな現場にまでついてこなくてもいいんだぞ?」
そう言って義明が呆れる。
「いえ。大丈夫ですよ。私にも多少の武術の心得があります」
「いや…そんなこと言ってるんじゃないんだが」
礼二の返答に苦笑いする義明。
そのやり取りは、昔からの友人関係のようにも見える。
彼らは、異能対策の部署に所属する検事とその補佐を務めている警視庁の警部補であった。
義明はため息を付いてから真名の方を見る。
「しかし、始めは大丈夫かと思っていたが。なかなかやるな嬢ちゃん」
そういって笑って歯を見せる義明。
「見た目中学生に見えるけど、やっぱ実は結構年齢いってるとかなんかな? 呪術師ってやつは?」
その義明の言葉に礼二が言う。
「義明…失礼ですよ。女性に年齢のことを問うのは」
その礼二の指摘に苦笑いしつつ真名は答える。
「いえ…特に気にしませんので大丈夫ですよ」
真名のその答えに義明は悪戯っぽく笑って。
「だってよ礼二! まあ、俺的には嬢ちゃんがいくつであっても守備範囲だがな!! お付き合いしたいぜ!!!」
そう言って真名の肩を抱きに行った。
「…義明。セクハラです」
礼二がジト目で義明を睨む。その目を見て、義明は苦笑いしつつ手を引っ込めた。
「すみません真名さん。失礼なことを。こいつは馬鹿なんでほおっておいてください」
礼二は礼儀正しく真名に頭をさげる。真名はそれに笑顔で返した。
それからしばらく後、現場に鑑識が現れて慌ただしくなる。
捜査はまだ始まったばかりであった。
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それから一週間、真名達は事件の捜査に忙殺された。
確保された証拠物は違法な霊薬であり、それを取引していた男たちの背後を洗うことになったからである。
その背後にいたのは、思った通り『赤き血の秩序団』であった。
「やはり、確保された霊薬は。妖怪にとっての麻薬と同種の物だったようです」
「それで、妖怪達の間に薬物中毒を蔓延させようと?」
「そのようですね…。取引していた相手の妖怪は、いわゆる麻薬の売人です」
その礼二と真名のやり取りに、義明が口を挟む。
「けっ…。妖怪ってのも人間と変わらねえな。
自分の利益を追求して同族に薬物中毒を蔓延させるなんて」
「そうですね」
礼二は義明の言葉にため息を付いた。
「しかし、今回の捜査で、霊薬売買で儲けている『赤き血の秩序団』とその下位組織にメスを入れることが出来そうです」
「そうですか。それなら手伝った甲斐があります」
礼二の言葉に真名が笑って答える。
「ありがとうございました。またご協力を願うことになると思います。その時はよろしくお願いしますね?」
そういって礼二は礼儀正しく頭を下げた。
こうして、約一週間にわたる捜査協力が終わりを告げたのである。
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「いらっしゃい」
人のよさそうなおばちゃんの声が夜の闇に響く。
東京の一角にあるさびれた居酒屋。そこに礼二と義明が入っていく。
「とりあえず。乾杯だな」
「…そうですね」
その居酒屋には、現在礼二と義明、そして女主人であるおばちゃんだけしかいない。
ビールをちびちびやりながら、つまみをいただく義明。
「それにしても…」
義明が笑いながら礼二に話かける。
「気づいていなかったな。あの二人」
「そうですね」
「まあ当然といやあ当然だが…」
礼二がおばちゃんに酒の追加注文をする。
「あいよ。今日はいい霊酒が手に入ったから、それにするかい?」
「そうですか。それは誰の?」
「ああ、どこぞの正義漢ぶった政治家を絞ったやつさ!」
「それはいいですね。それにします」
礼二は笑いながら手を上げる。それを見て義明が、
「ククク…。その姿を見たらあの二人どう思うだろうな?」
そう言って笑う。
「さあどうでしょうね? 私としてはどうでもいいですが。
貴方は…あの娘に妙な気を持っていないでしょうね?」
礼二のその言葉に、義明が爆笑する。
「はははは!!!! それこそどうでもいいな!!!
あの娘は結構いい酒になりそうだってだけだ!!
なああおばちゃん!!」
その言葉におばちゃん…
乱道十二月将『
「絞ってほしいならいつでも言ってくれね?」
「ああそうする。いつかあの女の…蘆屋の夜叉姫の酒で一杯といきたいね」
そう言って義明…
乱道十二月将『
「それは…もしかしたらそう遠い未来でもないかもしれませんね?」
礼二…
乱道十二月将『
月明かりの下、普通の人間は近づくことも出来ない居酒屋で、三人の邪悪が笑いあう。
邪悪の手は、日本社会に食い込みつつあったのである。
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西暦2022年4月下旬
道摩府・蘆屋一族本部、その八天の間。
その日、道禅はある人物を出迎えていた。
「どうも…ウルズ。お早いお帰りで」
「おい道禅…そんな冗談言ってる場合じゃないぜ? なあおい」
「ははは…まあそうだね。こっちもそちらに真面目な話があるしな」
ウルズは一息ため息をついて言う。
「そちらの話は、土御門の方から概要は聞いているぜ。
詰まんねえことになっているようだが…なあおい。
こっちの話もそちらの話と関連あることだぜ…」
「だから…あえて直接言いに来たのか?」
「おう…。まあそれだけが理由でもないがな。なあおい」
「ふむ? じゃああんたの話ってのは?」
ウルズは改めて真面目な顔になって話し始める。
「先月、
それは、表には公開されていない、極秘の内容だが…なあおい」
「ほう…。いいぜ。これからの話は誰にも言うなと?」
「そう言うことだ…。
…で、先月の話…。
特務一部隊が本部施設内である人物によって壊滅させられた。
それも…指揮していたのは、勝利のソウェイルだ…」
「…そりゃ。やばいってどころの話じゃねえな」
「無論それだけでもやばい内容だが…。
その壊滅させたある人物と言うのが重要でな? なあおい」
「まさか…。いや、ちょっと待てよ?」
「そのまさかで合ってると思うぜ。なあおい」
「死怨院乱道?」
その道禅の答えに、満足気に笑顔を作るウルズ。
「正解だぜ。なあおい」
「おいおい…まさか」
「信じられねえことに…、最上級導師の一人がその権力を使って、犯罪者を囲ってたって話さ。なあおい」
道禅はジト目でウルズを見る。
「そりゃ表には出せねえよな。
最上級導師が先月一人やめたっていうのは聞いたが。その理由が、それじゃあ…」
「ああ。そしてその後の調査で、死怨院乱道がかの魔龍アールゾヴァリダの一部を手に入れて、何かしてたってことが分かった。なあおい」
「…それは」
道禅はさすがに黙り込む。魔龍アールゾヴァリダは、先の戦いでは未覚醒ゆえになんとか退治できたが、本来なら一国家程度なら簡単に潰せるほどの能力を秘めた存在であったからだ。
道禅は渋い顔でウルズに言う。
「最大級の不祥事だな。下手すると組織が潰れるほどの」
「まあな…」
「いいのか? そんなことを、
ウルズはため息を付き。
「無関係だからだよ。なあおい。
そもそもお前らは、
「まあな。お前らがこっちに無理に干渉しない限り、ぶっちゃけどうでもいい組織だしな」
そう言って道禅は歯を見せて笑う。その言葉に苦笑いしつつウルズは言う。
「そう…だからこそ話した。あんたたちに、かの死怨院乱道を討ってもらうためにな。なあおい」
「自分たちの不祥事を俺らに押し付けようと?」
「そう言うな…なあおい。
かの事件は、
「あきらめて公開すればいいのに」
そう言って道禅は笑う。ウルズはため息を付いて言う。
「俺もそう思うが…。いろいろ政治的な話があるんだとさ。下らねえな、なあおい」
「まあ、難しい話はいいや。で…?」
「ああ、後で詳しく調べたところによると、死怨院乱道が目指す潜伏場所は…」
「日本…だろ?」
「そう言うことだぜ。なあおい」
道禅は顎を撫でながら言う。
「こりゃ…こちらの話と完全につながってるな」
「そっちの話って?」
ウルズが聞くと、道禅は渋い顔で話し始める。
「最近、裏社会勢力の勢力図が大きく変わりつつある」
「それってジャパニーズマフィア…『ヤクザ』とかの話だよな? なあおい」
「そう…それも含んだ…犯罪組織全体の勢力図が…だ。
そしてその中心で蠢いているのが…、『赤き血の秩序団』の下部組織である『秩序士団』だ」
「そこまでは聞いたぜ。
その『秩序士団』とやらがこっち側の世界の勢力で。かの
「その通り。そして、最近その組織に新たなリーダーが出来た。
そいつは、十二体の強力無比な式神を操る男だと言う」
「!! それってまさか…」
「こちらが調べたところによると…。
死怨院乱道で間違いない」
ウルズは苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「その十二体の式神は…『十二月将』だな? なあおい」
「その通り…。
その十二の式神の全容はまだ調査中だが、その十二の式神の中に…。
かの魔龍アールゾヴァリダに似た式神も含まれている…らしい」
「…」
その道禅の言葉にウルズは押し黙る。道禅はその様子を見てため息を付く。
「魔龍の一部は、
とりあえず、それらは持ち出された形跡がないから、
大当たりだったようだな…」
「まあ、具現院芳信が二体目以上の魔龍を生み出していない限りは、間違いなくうちの組織から持ち出されたもので作った式神だろうな。なあおい」
道禅は睨むような目でウルズを見据えて言う。
「…もしかしたら。死怨院乱道は、人間側の裏社会を掌握しようとしているのかもしれん。
もしそうなら…」
「ろくなことにはならんぞ? なあおい」
ウルズも道禅を見つめながらそう言った。
-----------------------------
暗い闇の底。一人の邪悪が佇んでいる。
その周りには一人の女と、形のおぼろげな影が十二体立っている。
「ククク…。それぞれ、人間社会にうまく食い込んだようだな」
そう言って笑ったのは死怨院乱道である。
「ここから始まるのデスね? 日本という国の崩壊が…」
そう言って薄く笑うのはティナ・ダウディングである。
その笑顔を見て、おぼろげな影の一人が言う。
「いいねえ、その笑顔。一枚撮りたいぜ…」
そう言って笑ったのは『
彼はマスコミを内部から操るために、某新聞社に記者として入り込んでいた。
「下らないこと言ってないで…私をとりなさいよ!」
そう言って叫ぶのは、ゴスロリファッションの娘『
彼女はネット世界の扇動のために、新鋭ネットアイドルとして動画配信を行っている。
「ふん…下らねえ」
そう言って詰まんなそうにしているのは、警視庁の警部補・義明…『
「…」
それに同意するようにうなずいているのは当然、検察官・礼二…『
「まあまあ…お酒でも一杯どうかね?」
そう言って微笑むのは、居酒屋のおかみ…『
「いや…いいから…」
それを丁寧に断っているのは、今警察を騒がせている連続盗難事件の犯人・女怪盗…『
「俺は…一杯もらおうか」
そう言って笑うのは、自衛隊幹部として入り込んでいる自衛官…『
「皆…私語は慎むように」
そう言って顎を撫でながら皆を見回すのは某有名大学教授である『
その妻としてふるまっている『
「ふふ…あと一か月…。一か月後に本格的な活動を開始するぞ」
そう言って乱道は笑う。
「
その乱道の言葉に、新鋭人気アーティスト・『
「一か月後の大ライブの準備は万全だぜ!!」
同じく、某新興宗教団体の教祖である『
「お任せください乱道様。大ミサの準備は万全であります」
二人の言葉に乱道は満足そうに頷くと、
「では…皆。手筈はわかっているな?」
そう言った。その言葉に徴明が答える。
「へいへい…例の件をきっかけに…あとは作戦通りっすね」
「そうだ…デモ…そして暴動…。首都機能を潰して、東京を封鎖する…。
日本人の扇動は各分野の者が全力で当たれ」
乱道の言葉に皆は静かに頷く。
後の書において『血の五月』と書かれる大事件の幕が上がろうとしていた。
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