第12話  八天錬道・第四 卒業

西暦2022年3月

奈良県某所、異界にある蘆屋土蜘蛛の里


ちょうど、世界魔法結社アカデミーで事件が起こっているころ。矢凪潤は第四の八天錬道に挑もうとしていた。

土蜘蛛の里の一角にある大屋敷。その一室で、潤は正座して蘆屋土蜘蛛王である静葉と隣に座る真名に相対していた。


「では…、試練に入る前に。とりあえず土蜘蛛族に関する説明を受けてもらうか?

静葉…」


真名はそう言って傍らにいる静葉に顔を向ける。静葉は丁寧に会釈してから話し始める。


【潤様は土蜘蛛族のことをどこまでご存知ですか?】


その問いに潤は一瞬考えてから答える。


「とりあえず美奈津さんにいろいろ教えてもらってるんで、基本的なことは知ってますよ?」


『土蜘蛛族』

それは、亜人間デミヒューマンに近い妖怪の一族である。

彼らは生まれつき、霊装怪腕という霊的な干渉能力を持つ副腕を持ち、それゆえに術具を作成することにきわめて長けた山人族である。

日本の術具作成技術は、本来土蜘蛛族のものを基盤としており、それゆえに技術の独占を目指した人類との間に古くから争いが起こっていた、ある意味あらゆる妖怪の中で最も人類と争い続けている民族である。


【そうです…我々土蜘蛛の歴史は人類との争いの歴史。

それゆえに、我々の様な人類と繋がっている土蜘蛛は、明確な裏切者ということになります】


「…そうなんですね」


【さて…我々土蜘蛛族が、亜人間デミヒューマン的種族だということは知っているようなので。本題に入ろうと思います】


静葉は潤を真面目な表情で見つめて話を続ける。


【土蜘蛛とは要するに、人間と妖怪の中間に位置する特殊な存在です。そのため、条件次第でどちらにも傾く素養を持っています。

そのことを、貴方は美奈津さんとの使鬼契約で理解していますね?】


「それは…。薄々ではありますが」


【本来、使鬼になれるのは特別な霊的生命体のみです。普通の人間はその魂を形作る『枠』が固くて使鬼になる素養を持ちません。

それは土蜘蛛とて同じ、人間により近い土蜘蛛族は、使鬼になる素養がとても低いのです。

…では、ここからが問題です。ならばどうして土蜘蛛族が、人間の使鬼たりえるのか?】


「それって…。

土蜘蛛族には…その身を使鬼に変化させる術か何かあるということですか?」


【…正解です。貴方は美奈津との契約の時、特別な術を使った覚えはありませんよね?

普通の鬼神契約を行っているはずです】


「はい」


【より人間に近い土蜘蛛族は、そのままでは人間に霊的素養が傾き過ぎていて使鬼にはなれない。だから、自分の意志で霊的素養を鬼神へと変化させるのです】


「たしかに…。そういえば、美奈津さんとは一応使鬼契約をしていますが、普段は美奈津さんが望まない限り、使鬼としての能力を扱えないです」


その潤の答えに静葉は大きく頷く。


【土蜘蛛族が使鬼になるには、自分の意志で、特別な術式をもって、正式な手続きを行わなければなりません】


「それって…」


潤はその静葉の言葉にはっとした表情になる。


「僕と美奈津さんの使鬼契約って…」


潤のその言葉に、静葉は一瞬微笑んで頷く。


【そう…貴方たちの契約は、『使鬼の目』の効果を利用した変則的なものなのです。正式なものではないために、不完全にしか機能していない】


その静葉の言葉に潤は考え込む。


「もしかして…。今回の試練って、土蜘蛛族との契約にかかわることですか?」


その潤の言葉に、静葉ははっきりと微笑んだ。


【潤様は聡明ですね? その通りです。

今回の試練、明確な使鬼としての土蜘蛛族がいないと達成できません。

そのために、まず貴方の問題を解決しないといけないのです】


「僕自身の問題?」


【そう、貴方には現在、明確な土蜘蛛族の使鬼がいません。だからまずそれを手に入れる必要があります】


「え? それって美奈津さんじゃダメなんですか?」


静葉は潤のその疑問に大きく頷く。


【美奈津さんは、貴方の使鬼である前に、ひめさま…蘆屋真名の弟子です。その立場では貴方の正式な使鬼にはなれません】


「そう…なんですか?」


【立場的意味だけではありません。人間に近い土蜘蛛族は、呪術師として大成するとその分使鬼としての素養を失います。

美奈津さんがこのままひめさまの弟子を続ければ、彼女は不完全な使鬼にしかなれないのです。

そして…少なくとも、蘆屋八天秘法は扱えない…】


静葉は潤を真っ直ぐ見つめて言う。


【だから…これから貴方には、我々が選んだあなたに合うであろう土蜘蛛たちの中から、自分の正式な使鬼になる娘を選んでいただきます。

八天錬道はそれから行うことになります】


「…はあ。わかりました」


潤は少し複雑そうな顔をしてそう答えた。


【では…すぐに選んで…】


静葉がそこまで言ったとき、不意に部屋の襖が大きな音を上げて開かれる。


「勝手に話を進めるんじゃねぇ!!!」


そう言って現れたのは美奈津であった。


「美奈津…お前」


真名は美奈津を見て驚く。道摩府で自主訓練の真っ最中であるはずの美奈津が現れたからだ。


「話は聞かせてもらったぜ!! あたしと潤の契約が不完全なんて…聞き捨てならねえ話だ!!」


「…美奈津。それは仕方あるまい? お前も土蜘蛛式の契約法を知らずに、変則的に潤と契約しただけなんだから」


真名がそう言って美奈津をなだめる。美奈津はその言葉を聞いていきり立って言った。


「そりゃ…あたしは知らなかったけど! でも! 不完全なら完全にしたいし…!

それに…、それに」


少し頬を赤らめて、うつむきつつ美奈津は呟く。


「あたし以外の土蜘蛛と契約するなんて…なんか…」


その言葉を聞いて、少しジト目になった真名が言う。


「…嫉妬か?」


その言葉に、顔を真っ赤にして叫ぶ美奈津。


「そんなんじゃねえよ!!! 馬鹿言ってんな!!!」


その反応を見て真名は少し苦笑いした。


「でも…もし、今回の八天錬道を美奈津で行うとした場合、お前は私の弟子をやめねばならんぞ?」


「…う」


その真名の言葉に美奈津は絶句する。


「これは…真面目な話だ。冗談ではない。お前はこれから潤の使鬼として専念することになる」


「それは…」


美奈津はうつむいて涙目になる。美奈津にとって、真名の弟子であることは大きなアイデンティティになりつつある。

それを失うとなると…。


「お前がそれを望むのなら…私は何も言わん。私はお前を…」


その後、真名は厳しい表情で美奈津を見て言ったのである。


「破門する…」


それは、美奈津にとって大きな衝撃の言葉であった。

真名は潤へと向き直って言う。


「潤…お前は、これから美奈津と話し合え。

これからどうするのか? どうしたいのか?

二人で考えて決めるんだ」


潤はその真名の厳しい瞳を正面から受け止めて頷いた。

美奈津に大きな決断の時が来たのである。



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土蜘蛛大屋敷の縁側、潤と美奈津はそこでたった二人で座って考え事をしている。

しばらく沈黙が続いた時、潤が口を開いた。


「やっぱり…美奈津さんは呪術師としての道を進むべきだよ」


その言葉に美奈津はうつむいて悲しげな顔になる。


「それは…契約をやめるってことか?」


「…」


潤は黙って美奈津の問いに答える。


「そうだよ…静葉さまの言う通りだ。あたしはこのままだと不完全な使鬼でしかない。

このまま師匠の元で修行を続ければ…今扱えている使鬼としての能力も失うだろう。

それじゃあ…潤と契約している意味なんてない」


「…そうだね。だから君は君の道を進むべきだ。

どっち付かずで両方を手に入れることはできない。

…だったら、君の幸福を尊重したい」


潤のその言葉に、美奈津は目をつむって考える。

本当なら、両方手に入れたい。それが彼女の意思だ。でも種族的な問題でそれはできないこと。

ならば…、


「私は…」


美奈津は思い出す。

潤と出会ってそれをうっとおしく思っていたこと。

命がけの戦いの中で、潤を守ろうと戦ったこと。

そして、潤との契約と、ともに戦った日々。


師匠である蘆屋真名と初めて出会って、それに反発していた時期のこと。

そして、その後、真名の心を知って、本当の弟子となって修行した日々のこと。


全ては美奈津にとって大切なものであった。


だから美奈津は…


「あたし…」


美奈津は涙を流して呟くしかなかったのである。


「あたしにはどっちかなんて選べねえよ…」


潤は美奈津の頭をなでる。


「別に、僕との契約が切れても、会えなくなるわけじゃない。

だから、やっぱり真名さんの弟子でいることの方が最善だと思うよ?」


「潤…」


美奈津はやっと顔を上げる。そして潤を見つめて言った。


「なあ潤…。

あたしは、潤の使鬼になって、分かったことがあるんだ。

…それは、人間の心というものがとても多彩で…、そして、あたしたちと変わらないってこと」


「美奈津さん」


「あたしはこの契約で、多くのことを知った。

それって結局、あたしにとって潤は…」


美奈津は少し微笑んで続ける。


「師匠と同じってことなんだと思う…」


「僕が美奈津さんの?」


「そう…。そして、分かった。

潤がいろいろ想いを抱えて押しつぶされやすいってことも」


「…」


「だからあたしは…」


美奈津は考える、決して選べない二者択一、それを選ぶ為に。


「あたしは…潤の使鬼でいたい! 潤を支えたいんだ!!」


「美奈津さん…」


「あたしは…」


美奈津は意を決してその次の言葉を紡ぐ。


「あたしは潤が大好きだから!!」


その言葉の真意を潤は理解したろうか?

ただ潤は黙って美奈津を見つめる。


「あたしは…、師匠の弟子をやめる!」


こうして美奈津はとうとう選択したのである。


「わかった…。美奈津さんが…、美奈津が決めたのならもう何も言わないよ」


「潤…私は…」


美奈津はうつむいて涙を流す。


「師匠の弟子でいたかった…。これからもずっと…」


美奈津のその姿に、潤は優し気に微笑んで頭をなでる。

夕焼け空の下、美奈津の泣き声だけが響いていた。



-----------------------------



「そうか…」


翌日、真名は美奈津の決断をだまって聞いた。そして、一言だけ


「勝手にしろ」


そう言って皆の前から去って、用意された部屋に引き篭もってしまった。

それは、冷たい言い方にも見えるが…。


【美奈津…、ひめさまは…】


「わかっています。あたしのわがままを、それでも理解してくれようとしてくれているんですね?」


【…美奈津。いい? 決断したからには、もう後戻りはできない。貴方は正式な潤様の使鬼になるのよ?】


「はい!!」


美奈津は力強く答える。


【では…、土蜘蛛族の正式な契約法を今から習得して、再契約してもらいます。

八天錬道はそれからです】


その静葉の言葉に、潤と美奈津は大きく頷いた。



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その時、真名は一人で部屋にこもっていた。


「姫様? 不機嫌っすか?」


不意に部屋の端に奈尾が現れる。


「何がだ?」


真名は奈尾に心底不機嫌そうな声音で返す。


「美奈津さん…弟子をやめるそうっすね?」


「みたいだな」


その真名の答えに、奈尾は嬉しそうな顔をして言う。


「やっぱり不機嫌そうっすね?」


「そんなことはない」


「そんなことあるっすよ? とても不機嫌そうっす」


真名は無表情で奈尾を見る。その顔に少しビクリとする奈尾。


「お前が来るまでは不機嫌じゃなかったさ」


「あたしのせいっすか?!」


真名はついに笑う。


「ククク…」


「何がおかしいすか?」


その不気味な笑いに引いて見る奈尾。それに対し真名は言ったのである。


「あいつには…。美奈津には言ってやらねばならぬことがある」


「それはなんっすか?」


「貴様には秘密だ」


「うげ、そりゃひどいっす」


真名はその場に寝転んで昔を思い出す。


(美奈津には結構手を焼かされた…)


…だから


(言ってやらねばな…)


真名はそう言って微笑むのだった。



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それから数日間、土蜘蛛鬼神契約法の修業が行われた。

それは、元々二人が『使鬼の目』で変則的な契約をしていたがゆえに困難を極めた。

歪んで繋がってしまった契約を矯正するのが難航したからである。

…そして、修行を始めて5日が経とうとしていた頃、


【始めなさい…】


「はい! 行くよ美奈津!」


「うん!」


その時、潤と美奈津の掌が触れた瞬間、美奈津の全身がまばゆく輝いた。そして、


【…成功…ですね?】


美奈津は一匹の大きな蜘蛛になって、潤の肩にくっついていた。


【それが…我ら土蜘蛛族の、使鬼としての正式な姿です。

我ら土蜘蛛族はその姿に、様々な霊的機能を圧縮・格納して扱いやすくしているのです】


【なるほど…。一見ただの蜘蛛にしか見えないけど。あたしら土蜘蛛族の持つ異能を単純化・最適化してるのか。すげー】


美奈津はそう言って感心する。


【でも、これだとあたしは直接戦えねーな。どうすんだこれ?】


その美奈津の疑問に静葉が微笑んで答える。


【そのための蘆屋八天法ですよ?】


「え? それって」


潤が静葉の言葉に疑問符を投げる。それに答える静葉。


【真名様がどうしてあれほどの体術をお持ちかわかりますか?】


【まさか!】


【これから習得する蘆屋八天法の名は『武身変(ぶしんへん)』と言います。

それは、術によって鬼神契約をさらに一段階深くして、その身体機能を直結して戦闘用の肉体に自身を変じる秘術です】


「それって…」


潤のその言葉に大きく静葉は頷いて。


【ひめさまが普段使いこなしておられる体術の基盤となる秘術です。

でも、私と真名様の場合、元となる体術センスのバランスが悪くて…】


【すると…あたしと潤は?】


【そうですね。貴方たち二人は、元々優れた体術センスをお持ちなので、秘術を使えば身体強化術を使わずとも、最低でも天狗法レベルの戦闘は可能となります。無論、そのうえで強化術を扱えば…】


【その数十倍にもなる?】


【ええその通りです。少なくとも今のひめさまと互角か、少し超えるくらいにはなるでしょう】


「!!!!」


潤はそのことを聞いて驚愕した。いまだ真名との体術の組手で明確に勝ったことはない。あの『不動炎身法』を使ってもなお、真名の方が上である。


【すげーぜ!! ならさっそくやろうぜ試練!!】


【ええ…そうですね。そうなんですが】


静葉は少し言葉を詰まらせる。まだ何か問題があるのだろうか? そのことを潤が聞こうとした時、


【おそらくもうあなたたちなら試練を乗り越えてしまっています】


「え?」


潤は静葉の言葉に疑問符を飛ばす。


【本当は、潤様には新たな土蜘蛛族と契約していただいて、そこから精神共鳴の試練を受けてもらうつもりだったのですが。あなた方の場合順番が逆になってしまっています】


「それってようするに」


【精神共鳴の試練は独自の術式か、ないし潤様の場合は『使鬼の目』を利用して行われます。

潤様達の場合、すでに『使鬼の目』による契約が終わっていますから、ほぼ100%の確率で試練に成功するでしょう。

試練を乗り越えるポイントは、精神共鳴のコツを自然につかむことが出来るかどうか? それを二人同時に行えるかどうかです】


「それを僕たちはすでに身に着けていると?」


【その通りです】


静葉のその言葉に潤は美奈津と顔を見合わせる。


【では試しに、武身変を使ってみましょうか?】


「は…はあ」


まだ少し不安げに答える潤。

その言葉を聞いてから静葉は懐から水晶玉を取り出す。


【こちらを手にしてください。

これは試練用の魔水晶。これはお二人の精神共鳴に合わせて輝きを発します。

これを大きく輝かせて、そのまま10分間維持してみてください】


「精神共鳴…」


【魔水晶を輝かせる方法を自分で見つけてください。それこそが試練の内容になります。

今まで学んだことをよく思い出して行ってみてください】


「ふむ…」


潤と美奈津はお互いに魔水晶に意識を集中する。でも魔水晶は無反応である。


(そう言えば『使鬼の目』も利用するって…)


【そうだな…やってみっか?】


二人は同時に『使鬼の目』を起動する。そして、その意識の強弱をお互いに重ねていく。


「!!」


不意に魔水晶がまばゆく輝き始める。それを維持するのも特に問題はなかった。

二人は、自身の神経が重なって溶け合うのを感じた、肉体の動きがわかりお互いの体を動かすことも出来る。


「【これが…武身変…】」


潤(美奈津)は、こぶしを握ってみた。

もはやそれは、同じヒトの拳としか感じなかった。


「霊装怪腕!」


潤(美奈津)が土蜘蛛族の秘儀である霊装怪腕を起動する。それは確かに起動した。

これなら金剛拳も当然扱えるであろう。


【どうですか?

言った通り出来たでしょう?】


静葉は嬉しそうに潤に笑いかける。


「はい! これなら!」


もはや自分は、かの鹿嶋一刀と再々戦しても負けないであろうことを自覚した。


【潤! やったな!!】


美奈津は潤の肩にのって嬉しそうに足を動かしている。


「うん!」


それに微笑みかける潤。

こうして第四の試練は幕を閉じたのである。



-----------------------------



土蜘蛛族の里を出て数十分後、帰りの車の中、真名は黙ったまま潤達の隣に座っていた。


【あの…師匠】


今だ蜘蛛のままの美奈津がおずおずと真名にはなしかける。


「…」


しかし、真名は黙ったまま美奈津の方を見ようともしない。


【師匠】


美奈津は少し声を大きくしてみた。真名はそれでも無反応だ。


【師匠!!!】


いい加減この状況を打開しようと美奈津は大きな声を出す。やっと真名は美奈津の方を見た。


【師匠…ごめん】


「…」


真名は無表情である。その想いは推し量れない。


【ごめん…】


美奈津は消え入りそうな声でそう言う。

真名はそれに対し、少しため息をついて言った。


「なぜ謝る?」


【それは…】


「お前が自分で決めたことだろう?」


美奈津は弱弱しく言う。


【…でも師匠怒っている】


その美奈津の言葉に真名は…。


「そう見えるか?」


そう言って首をかしげる。それに対して美奈津は


【うん】


…とはっきりと言った。


「ふむ…そうか」


真名はやっと微笑んで美奈津を見た。


「私も人の子だ…、弟子が突然弟子をやめると言えば…、少しでもショックを受けるさ…。でも怒ってはいないよ」


【え? そうなのか?】


「お前は結局、お前の進むべき道に収まっただけだ。ならば私はそれを喜んで送り出そう」


真名はそう言って美奈津の方に掌を出す。美奈津はその掌に乗って真名を見つめる。


「お前は…私の弟子…だった」


【はい】


「だから…。

お前の新しい道の始まりに、祝福の言葉を送ろう」


真名はにっこり笑って言葉を続ける。


「おめでとう美奈津…。

お前は私の弟子を卒業した…」


…それは決して『破門』ではなく…


「そして…これからも潤のことを頼むぞ」


そう言って元弟子の卒業を祝ったのである。


【師匠…】


美奈津は涙を流して真名を見る。


「ふふ…違うぞ。もう私は師匠ではない」


【…わかってる。でも、あたしにとっては貴方が…】


真名はその美奈津の言葉に頷く。

その二人の姿を、潤は優しげな笑顔で見つめていた。


それは西暦2022年3月も後半に入ったころ、日本最大の災厄が襲う年の初めのことであった。

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