第8話 八天錬道・第三 大魔王とお笑い法師
それは、遥か過去の情景…
「おいじじい! 俺様が怖くないのか!!
俺様は大妖怪・
そう言って可愛い声で喚き散らすのは、ちっちゃな人間の子供ほどの猿顔の妖怪である。
それを見て禿頭の坊主は、
「ほほほ…
怖い怖い、大妖怪さまお助け~」
そう言って緊張感のない笑いを上げている。
それに、怒り心頭の妖怪は、
「く!!
馬鹿にしやがって!!
今はこんなでも、いつか俺様は、一族を率いる狒々王になるんだからな!!!」
そう言って地団駄を踏んだ。
「ほほ…なれるとよいのう…
そして、出来ることなら、わしら人間と仲良くしてほしいのう」
その坊主の言葉に、
「何言ってやがる!! 人間は俺たちに傅くんだぜ!!!」
そう言って、胸を張るちっちゃな大魔王。
…それは、後のある魔王…狒々王の、
絶対忘れてはならない…
忘れることのできない情景…
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かの
矢凪潤は、今、蘆屋真名に連れられて、第三の八天錬道の場である、新潟県南西部、城越市にある狒々一族の隠れ里に来ていた。
「真名さん?」
そう言って不審顔を見せるのは矢凪潤である。
「どうした潤」
そんな潤を一瞥して真名が答える。
「今朝から、奈尾さんを見ないんですが。今日、八天錬道の本番ですよね?」
「…ああ、そのことか」
不審そうな潤に、真名は笑いながら答える。
「今回は奈尾はサボりだ」
「え? サボり?
それってどういう?」
真名は苦笑いして答える。
「今回は、難しい…、失敗するかもわからん試練ではない。
成功すると分かっているモノを、見張っていても仕方なかろう?」
「え?」
潤は驚きの声を上げる。
八天錬道が、難しい試練ばかりではないということに。
「もう、うすうす潤も気づいていると思うが…
八天錬道は、それまでの修業の集大成を見せる場だ。
始まった時点で、成功できる技量を持っていなければならんし、そうでなければ推薦はされん。
もし、失敗するようなら、呪術師失格なんだよ。
だから、失敗即呪術封印ということになっている」
「そう…みたいですね」
「今回の八天錬道は、まさしく修行だ…
それも精神の、な…」
「精神?」
「そう、今回習得する『蘆屋八天法』は『
あらかじめかけておけば、精神系の呪いや幻術を無効にする、対精神攻撃の切り札だ。
その習得のための精神修養を、今回は狒々王・笑絃様の指導のもと行ってもらう」
「そうなんですか。
分かりました」
潤は多少拍子抜けした顔でそう答えた。
潤達が、隠れ里の山道を昇って、狒々王の屋敷の前まで来ると、すでに笑絃そのひとが迎えに来ていた。
それを、真名は驚きの顔で見る。
「笑絃様? 待っていらしたのですか?」
「ああ! 待ちきれなくてな姫さん!!」
そう言って、満面の笑顔でサムズアップする。
「なにせ、あの姫様が見初めた男だ!
全力で力を入れて修行してやらんと!!」
その笑絃の言葉に、真名が顔を真っ赤にして答える。
「な?! 見初めて…
それは、ちが…」
「ははは!!!!! 照れるな!!!!!!
いや~、いいねえ!!! 恋する乙女の笑顔ほど素晴らしいものはない!!!!!!」
そう言って、満面の笑顔で笑う笑絃。
真名たちは顔を赤くして立ち尽くすしかなかったのである。
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「ほほほ…
どうした? 剛煉そんな難しい顔をして?」
禿頭の坊主・笑源法師は隣に座って、おにぎりをパクついている剛煉に言った。
「…なあ、じじい」
「何じゃ?」
「なんで、ニンゲンはおろかなんだ?!」
そう言って法師を見つめる。
「ほほ…、ニンゲンは愚かだと?」
「そうだぜ!!! 戦、戦で同じ人間で殺し合って…
子供を飢えさせて…
なんでこんなにおろかなんだ!!!」
法師は剛煉のその言葉に、少し優しげに笑って、
「そうじゃの…本当に愚か者ばかりじゃの人間というのは」
そう答える。
その言葉に、剛煉は怒った顔をして、
「だったら!! なんで、じじいはいつも笑ってるんだ!!!
こんな愚かで、薄汚い、同じニンゲンどもを見て!!」
そう、法師に怒鳴った。
「ほほほ…」
法師は答えず笑っている。
「俺様を馬鹿にするのか!!!
じじい!!!!」
「そんなことはないぞ?
うれしいから笑っておるのじゃ」
「何がうれしい?!!!!!
こんな世の中で…!!!!!」
「それはな…?」
その後の言葉を聞いて、剛煉は呆けた顔で法師を見つめた。
「剛煉が…
人間のことを憂いてくれておるからじゃよ?
優しい子じゃのう…剛煉?」
そう言って剛煉の頭をなでる法師の笑顔は、いつものようにやさしげな笑顔であった。
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矢凪潤達が狒々王の屋敷に到着して、潤はすぐに修行場へと連れていかれた。
そして、すぐに八天法を習得するための修業に入った。
それは、要するに、他の呪術を習得する修行法と変わりがなく、難しいものではなかった。
しかし、潤は気づいていなかったが、これほどあっさり術が身についていくのも、日ごろの修業の賜物であると同時に、笑絃の教えかたが相手に合わせて的確であったからであった。
この調子なら、一週間ほどで術を習得できそうだった。
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「なあじじい」
「ほほほ…なんじゃ?」
「この間、来たおっさん。また来てたのか?」
「ああ、門次郎のことか?」
そう言って、法師は剛煉に笑顔で語り掛ける。
「なんか、いつもじじいを複雑そうな目で見てるけど…
なんなんだよあいつ…」
「ふむ…そうか…」
法師は珍しく少し笑顔を抑えて答える。
「あやつの家族を…」
「?」
「あやつの家族をわしが殺したんじゃよ」
「!!!」
剛煉は驚愕の表情をする。
「え?!! なんで?!!!」
法師は遠くを見つめるような目で話し始める。
「わしは…昔野盗じゃった。
無論、好きでなったわけではない。
村が貧しく、全員が喰うに困って、旅の者を殺して、モノを奪っておった…」
「じじい…お前」
「あの門次郎はその生き残りじゃ」
その法師の言葉に、剛煉が疑問を投げかける。
「じゃあ…なんであのおっさん。あんたに飯とか色々持ってくるんだよ?
おかしいだろ? じじいを恨んでるんじゃ…」
「そうじゃの…。恨んでおるじゃろうの」
法師はあっさりそう言った。
「決して恨みは消えぬ…。わしが犯した罪と同じようにな」
「だったら!」
その剛煉の言葉に答えた法師の次の言葉は驚愕に値した。
「大丈夫じゃ…
もし、門次郎が望めば、わしはいつでも死ぬつもりじゃからの?」
そう言って法師は笑った。
その言葉に、剛煉は納得がいかなかった。
「だったら!!!! なんで笑ってるんだ!!!!
なんでいつも笑ってるんだよ!!!!
何で死ぬって笑って言えるんだじじい!!!」
その剛煉の言葉に、法師は答える。
「それはな?
笑いが…わしのこの世に残せる唯一の功徳だからじゃよ」
そう言って法師は笑ったのである。
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「笑絃様?」
「なんだ? 潤」
一週間ほど一緒にいる間、潤は笑絃の人となりをある程度理解し、笑絃もまた潤を親しい友人のように扱うようになっていた。
「その服の『笑』って…」
「ああ、これか?
気になるのか?」
そう言って笑絃は満面の笑みを浮かべる。
「よっぽど大切な言葉なんですね?」
「そうさ!
俺様の師匠が残した大事な功徳だ!!
俺様の生きる目的でもある」
「師匠様?」
「ああ、もうはるか昔に死んじまってるがな!
はははは!!!!」
そう言って笑絃は豪快に笑った。
その態度をちょっと訝しんだ潤は、
「なくなってるって…悲しくないんですか?」
そう疑問を投げかける。
その言葉に笑絃は、
「ん? 悲しいぞ?」
あっさり答えた。
「え?」
あまりのことにほおける潤。
「でもな?
悲しい顔をして…嘆いて…
それで、師匠が喜ぶか?」
「…」
笑絃は満面の笑顔で答える。
「だから笑うんだ!!!!
俺は師匠の功徳を受け継いで、今日も笑ってるんだぜってな!!!!!」
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その日、法師が住む社は大雨にぬれていた。
しかし、社はそんな状況にもかかわらず、人でごった返していた。
「じじい…」
「ほ…ほほ…」
その時、法師は床に伏せっていた。
老いによる死が近づき、
もう助からない…それは、此処にいる誰しもが理解していた。
「法師様!!!」
近くの村の者がそう叫ぶ。
「…」
門次郎も悲しげな顔で法師を見つめている。
「じじい…」
そう剛煉が言うと。
「なんと…どういう、ことじゃろうの?
こんなに、人が、集まってくるとは…」
「じじい…もう喋るな…」
そう言って剛錬が悲し気な目を向ける。
「何じゃ…剛煉。その顔は…
大魔王にな、る男が、そんな顔を、見せるとは…」
「じじい…」
剛煉はうつむいて涙をこらえる。
「剛煉…皆の者も…
笑ってくれ…」
その言葉に、涙をこらえる人々。
「そう…笑ってくれ…
愚か者が…一人この世から消える、のじゃぞ?」
「違う!!!!」
その言葉に返事を消す人々。
「笑源様!! あなたの笑顔で…どれだけの人が救われていたか…
あなたの行いで、どれだけの人が救われていたか!!」
その言葉に法師は力なく笑って、
「そうか…
良かった…わしの…笑顔が…行動が…
僅かでも人を救って、おったか…
これほどうれしいことはない…」
そう言った。
「じじい…」
「なあ…剛煉?」
「なんだじじい?」
「とんとお前の笑顔を見たことがない…。
一度でいいんじゃ…見せてはくれんか?」
その言葉に剛煉は…
「…」
力ない笑顔を向けた。
「ホホホ…
これは面白い…
なんともしまらぬ笑顔よのお…
最後に…楽しく…愉快なものを…見れ…た」
そのまま、法師は永遠に目覚めぬ眠りについた。
「じじい…。
せっかく笑ってやったのに…その…
その言いぐさはねえだろう…」
剛煉は涙をあふれさせながら笑う。
「畜生!!!!!
じじい!!!!!
うううううううう!!!!!!!!!!」
その場にいた者たちは一様に涙を流し、そして、笑っていたのであった。
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「ご苦労だったな」
笑絃が屋敷の前に迎えに出てきていた。
無事、潤は『重活心』の習得に成功したのである。
今日はちょうど、屋敷に来てから一週間後であった。
「ありがとうございました」
「ははは!!!
良いってことよ!!!! 潤!!!!」
そう言って豪快に笑う笑絃。
「なあ潤!!!」
「はい?」
「笑顔を忘れるなよ?!」
その言葉、修行中に何度聞いたかわからない。
そして…
「はい!!」
潤は元気に笑ったのである。
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剛煉は今、笑絃の墓の前に佇んでいた。
「なあ…じじい。
これから、どう笑えばいいんだよ。
じじいがいなくなって、俺は…」
そう言ってうなだれていると、その背後に一人の人物が立った。
「それでも、笑えばいいんじゃないかな?」
そう言ったのは門次郎だった。
「あんた…」
「…」
その時、少し暗いものを吐き出したかった剛煉は言ってしまった。
「よかったな…
家族の敵が死んでよ」
「…」
その剛煉の言葉に。門次郎は
「そうだね…」
そう答える。
「…」
「でも…」
門次郎は剛煉の隣にしゃがむとこう言った。
「決して、亡くなっていい人ではなかった。
法師様は、多くの人を助けていたんだ…」
「あんた…」
剛煉は門次郎の顔を見つめる。
「法師様…私は、あの時、貴方を殺さなくて…
本当によかったと思っています」
そう言って、少し悲し気な笑顔を墓に向けた。
その、笑顔の影に、剛煉は笑源法師の影を見たような気がした。
「…君は、これからどうするんだい?」
そう門次郎は剛煉に言う。それに対し剛煉は…
「もちろん!!!
俺様は大魔王になるのさ!!!!
偉大な狒々王にな!!!!」
そう言って門次郎に拳を突き出す。
「そうかい…。
だったら、人間と仲良くできるといいがな…」
「…」
その言葉にかつての法師の姿を見た剛煉は…
「そうだな!!!!
俺が大魔王になった暁には…」
剛煉は満面の笑みを、
大雨が抜けて晴れた太陽に下に輝かせながら宣言した。
「大魔王・笑絃!!!!
…とでも名乗るとするぜ!!!!!!!」
…それは、後の大魔王とその師匠のお話…
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