第7話 真名が妊娠?! 生まれるということ

西暦2021年も終わりを迎えようとしている12月。姫路市の某喫茶店に二人の怪しい人影があった。

その二人はフード付きの黒ずくめの服装にサングラスをはめて、そのフードを頭まですっぽりとかぶっている。

あまりの怪しさに、喫茶店の店員も彼らに積極的に近づこうとしないほどである。

二人のうちの一人が口を開く。


「本当に…怪しいですわね」


自分たちのことを棚に上げてそういうのは土御門咲夜であった。


「でも…何なんだろうな? あたしたちにすら秘密の隠し事なんて」


そう言って、言葉を返すのは、同じく黒ずくめの美奈津であった。


「最近…師匠が潤とこそこそ街に出かけてるのは知ってたが…。実はただの仕事じゃないのか?」


「まあ普通ならそう思うでしょうね…。でも、わたくしの目は誤魔かせませんわ」


「なぜに?」


咲夜は美奈津の問いに自慢げに話す。


「真名のことは、一日のスケジュールはおろか、下着の色まで調べ上げているわたくしですから」


「うわ~。さくやん、最低だ…。正直ドンビキだよ…」


「さくやん言うな。勘違いしてもらっては困りますわ。わたくしが真名のことを調べているのはライバルゆえにです」


そういう咲夜にジト目を向けて美奈津が言った。


「はいはいそう言うことにしとくよ、さくやん。それで、なんで二人が怪しいと?」


「実は、真名の御父様…道禅様に、二人が街に出かけていることを、それとなく聞いてみたんですの」


「それで?」


「苦笑いしてはぐらかされましたわ」


「むう…それは」


確かに怪しいと美奈津は腕組した。咲夜はさらに続ける。


「怪しいと思ったわたくしは、真名の行動を呪で調べてみたんですの」


「さくやん…。そこまでするか…」


「真名は、情報系呪術の妨害術を使って行動を欺瞞していましたわ」


「え? それって…」


「…そう、行動を誰にも知られないようにしていたんです」


咲夜がそう言うと、美奈津は問いかけた。


「じゃあ、師匠達はいったいどこに行っているんだ?」


「それを今から調べるのです。ほら…」


そういう咲夜の指先、潤と真名が二人で歩道を歩いていくのが見えた。


「あ! 師匠と潤!」


「しっ…静かに…。今から後をつけますわよ」


「あ…ああ」


美奈津は頷くしかなかったのである。


…そして


「…」


「…なあ」


追跡を始めて数分後。呆然と潤達を見つめている咲夜に、美奈津が話しかける。


「今、師匠達が入ろうとしてるの…」


「…」


咲夜は色を失った目で潤達を見つめている。


「あれって、産婦人科の病院じゃないのか?」


「!!!!」


咲夜の目が思いっきり血走る。そして…


「真名!!!!!!!」


「あ!」


咲夜は真名たちの方に向かって走っていった。


「いや…師匠と潤が…まさか」


美奈津はゆっくりとそれを追いかけていった。


「?」


咲夜の叫び声に真名が振り返る。


「おお? 咲夜じゃないか。どうしたのだ?」


「真名…あなた、此処で何をしていらっしゃるの?」


「ん?」


真名は今気づいたかのように病院を見る。


「ああ。今からここで診てもらおうとしているところだが?」


「な!!!」


咲夜はその言葉に唖然とする。声を震わせながら真名に言う。


「あなた…それがどういう意味か分かって…。仰ってるの?」


「何がだ?」


真名は咲夜のその姿に至極気にした様子もなく答える。

それに対し口を開いたのは潤であった。


「あの咲夜さん僕たちは…」


そう言いかけた潤を真名が止めた。


「こうなったからには。言ってしまった方がいいな潤」


深刻そうな表情になって真名が呟く。


「な、なにを?」


震える声で聞き返す咲夜。そんな咲夜に満面の笑みで真名が言い放った。


「私はな…」


ごくり…

咲夜の喉の音が響く。


「潤の子を身ごもっているのだ!!!!!!!!!」


「!!!!!!!!!!!!!」


次の瞬間、咲夜の拳が一閃した。


「!!!!」


真名は咲夜の拳を寸でのところで回避する。その瞬間に咲夜が「チッ」と舌打ちする。


「貴様!!!! 今、私の腹を狙って殴ってきたろ!!!!!」


「ふふふ…何を言っているんですか? 真名。貴方が回避することは当然わかっておりましたわ」


「いや!!! さっきお前舌打ちしたろ!!!!! 絶対本気だった!!!! 前からそうだとは思っていたが…最悪だな貴様!!!!!!!」


「ふふふ…」


咲夜が拳を握って身構える。それに対峙するように構えをとる真名。


「おい!!!! さっきの本当かよ?!」


「え?」


潤の方では、美奈津が潤に詰め寄っている。


「う~~~~!!! 不潔だぜお前!!!! 師匠に手を出すなんて!!!!!!」


「あ?!!! いや、その!!!!」


「何とか言えよ潤!!!!!」


拳でやり合っている咲夜と真名。詰め寄ってくる美奈津。それらを見回した潤は…


「もう! いいかげんにしてください!!」


とうとうキレて叫んだのだった。



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姫路市某所にある小さな産婦人科医院・釈産婦人科。そこの待合室で潤達は順番を待っていた。


「しかし…、そうならそうと早く言ってくださればよいのに」


「いきなり殴りに来たお前の言うことじゃないな」


「む…」


咲夜はそう言って黙り込む。

そう、実は真名が潤の子供を妊娠したというのは真っ赤な嘘であった。

潤の妹・矢凪真名という名目で、姫路市にある産婦人科に潜入捜査をしていたのである。


「それで…。今回調べるのが…」


「ああ、おそらくもっとも怪しいと思われるこの病院だ」


「しかし…、不妊の呪いですか…」


実は、ここ最近、姫路市の産婦人科にかかった女性が不妊症になる例が増えてきていた。

そのうちの一人が、道摩府とつながりのあるとある夫婦で、医療による治療以外に、呪術による治療を受けていたのだが。


「呪術的に異常が見つかったと?」


「そうだ…。子宮の…卵巣に、母体の影響を最小限にしつつ、卵巣が壊死する呪いがかけられていたのだ」


「母体の影響を抑えているのは、発見を遅らせるためでしょうか?」


「そうかもしれんし…あるいは」


「あるいは?」


…と、不意に女性看護師が真名の名前を呼ぶ。真名は立ち上がって潤達に目配せした。


「何かあればすぐに駆けつけますわ」


そう言って咲夜は、真名の付き添いである潤に呟いた。それに頷く潤。


「それじゃあ行ってきます」


真名と潤は一緒に診察室へと入っていった。

それを見送った美奈津は。


「しかし、この病院の院長ってたしか、『釈 廉太郎(しゃく れんたろう)』だろ?」


「そうですわ。あの不妊治療の権威として有名な」


「それが、不妊を引き起こす呪いを広めているなんて…。まさかな」


「それを今から確かめに行くのですわ」


二人は診察室の方を油断なく見つめていた。



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「なるほど…では、月のものが来るたびに、激しい頭痛や腰痛を感じているわけですか?」


「はい…妹は、それがかなりきついらしく」


「そうですか…。それはPMSや月経困難症である可能性もありますね」


そう言って、優しげな眼で真名を見るのは、この病院の院長である釈廉太郎であった。


「それでは、少し血液を採って検査してみましょうか?」


そう言って女性看護師の方を向いて促す。

女性看護師はすぐに注射器を持ってやってきた。


「では、少しチクッとしますけど、採血してよろしいですか?」


「お願いします」


潤はそう言って頭を下げた。

廉太郎は真名の腕をゴムで縛って、注射器を手にする。そして…


「先生?」


「?」


不意に真名が廉太郎に話しかける。


「どうしました?」


「この注射器…、呪われてますね」


「…」


その言葉を聞いたとたん、廉太郎は無表情になった。


「…ふう、播磨法師陰陽師衆蘆屋一族の蘆屋の夜叉姫。貴方が来たと聞いたのでまさかとは思いましたが」


「…やはり気づいていたのか」


「ええ…でも。患者は患者…。呪術師であろうと差別は致しませんとも」


そう言って廉太郎は手にした注射器を置いた。


「それで? このような小芝居をしてまで、なぜわたくしに会いに来たのですか?」


「それは、もう知っているはずだろう?」


「いえ? わかりませんね。私は誓って悪に手を染めてはいませんから」


そういう廉太郎の表情は、心底そのことを信じている者の堂々としたものであった。


「それじゃあ。なぜ、その注射器に呪いを込めて、それを広めているんだ」


「ふむ? 私は女性に害は与えていませんよ? 子供を産めなくはしていますが」


その言葉に潤が怒りの表情で問いかける。


「なぜ、そんなひどいことをするんですか」


「なぜ? そんなことは決まっているではありませんか…。これから生まれてくるであろう子供たちのためですよ」


そう言って廉太郎は笑う。その言葉に潤が疑問を投げる。


「何を言ってるんです? 子供を産まれなくすることが、なぜ子供のためだなんて言えるんですか?」


その潤の言葉に、廉太郎は薄く笑いながら答える。


「わかりませんか? 今巷で流れているニュースを見たことはありませんか? 親が計画もなしに子を作り、挙句に子を虐待して殺している…。子供たちは苦しみ、生まれたくなかったと嘆く…」


「まさか…、それで…子供そのものが生まれないようにしようと?」


「そうです。この世は苦しみと不幸に満ちている…、そんな世界にこれから生まれ落ちてしまう子供たちは不幸でしかない…、だから彼らのために傲慢な親どもから子供を作る権利を奪うのですよ」


「そんな! これから生まれてくる子供が不幸になるかどうかなんてわからないじゃないですか!?」


そう答える潤に、廉太郎は目を細めて言葉を返す。


「何を言っているんです? 生老病死がある以上、生まれることは不幸でしかありませんよ? まさかあなたは…」


廉太郎はそう言って、潤を蔑んだ目で見ながら話を続ける。


「あなたには…『この世に生まれたい』という子供の声が聞こえるのですか?」


「?!」


「聞こえるわけがありませんよね? そもそも生まれることそのものが歪みに満ちているのですよ…。これから生まれてくる子供たちから『この世に生まれてこない』選択肢が奪われている」


廉太郎は子供に諭すように話す。


「子供を産むのは親が勝手に決めてしまう。子供は生まれたくなくても、親が無理やり…親の自覚のないままに…。子供から選択肢が奪われている時点で『生まれる』というシステムは初めから歪んでいるのです」


「そ…そんな」


「そのくせ親は…あんたなんか生みたくなかったと言う…。生まれてきた子供には何も責任はないのに、責任があるかのように不幸を押し付け、子供たちは『なぜ生まれてしまったのか…生まれたくなかった』と嘆くしかない…。何という悲劇でしょうね? 子供から選択を奪っておきながら…、親が勝手に生んでおきながら…、傲慢極まりない…」


「…」


潤は黙るしかなかった。確かに、これから生まれてくる子供たちには、生まれてこないという選択肢はない。親が勝手に決めてしまって…そして虐待して殺してしまう例も多くある。

生まれてくるということの先にあるのが『死』だと言うのなら…生まれたくないと思う子供もいるかもしれない。

不意に、潤達の背後から美奈津の声が聞こえてくる。いつのまにか、美奈津と咲夜がそこに立っていた。


「ケッ…何やってるんだ潤! そいつの戯言なんて聞いて…。結局そいつは自分が不幸だから、みんな不幸だと勘違いしてる勘違い野郎でしかないぜ! そんなに不幸なら、自分だけで周りに迷惑かけないように死ねってんだ!」


その美奈津の言葉に、ふと笑みをこぼしながら廉太郎は答える。


「私の事を勝手に決めつけないでくれますか? …そう、私は、他の人達からすれば、そう不幸でない生まれでしたよ? 普通の親に生まれ…特に不自由した記憶もありませんしね?」


「はあ? だったらなんで?」


「私には周りの人々の不幸がよく見えてしまう。この世に生まれてくることの悲劇が見えてしまったのです」


その廉太郎の言葉に、咲夜が割り込んでくる。


「『四苦八苦』ですか? ふ…まさかお釈迦さまにでもなったつもりですの? 不遜ですわね…」


廉太郎は笑いながら…


「そうですね…かのお釈迦様も言っておられましたね? この世は苦に満ちていると…だからこそ、私はこれから生まれてくるかもしれない子供たちのために、その苦を取り除く手助けをしているのです」


そう言った。


「それで…『親が子供を産めないようにする呪い』ですか?」


そう潤が答えると、廉太郎は深く頷いた。


「厚顔不遜な親どもから『子供を産む』悲劇を排除し、権利をはく奪する…それが私の行っていることです。…それをなぜあなた方は止めようとするのです? これから生まれようとする子供たちの悲鳴に耳を傾けることもせず…」


廉太郎は心底蔑んだ目で潤達を睨み付ける。潤はその目に狼狽えるしかなかった。


…と、その時。


「言いたいことはそれだけか?」


それまで黙っていた真名が口を開いたのである。


「なに?」


廉太郎がいぶかし気に真名を見る。真名はククク…と笑いながら言った。


「まさしく…人間らしいな…。とても人間らしい考え方だ…。そして…」


「そして?」


「…とても愚かだよ釈廉太郎…」


廉太郎は無表情になって、真名に聞き返す。


「なにが愚かだと言うのですか? 私の言ったことは歴然とした事実でしょうに」


「まあそうだな…その通りだ…。でも、その考え方には一つ欠けていることがある」


「欠けているもの? それはいったい何だと言うのです?」


真名はにやりと笑って言った。


「そう考えるのは人間だけだ…」


「?!」


「生命体とはすべからく、未来に遺伝子と魂を継承させるための借りの器だ。生命が生まれ…次代を産んで遺伝子を受け継がせ…死んでいく…。その流れ、祖先から子孫への流れそのものが大きな生命体だともいえる」


そして…


「それが生命にとっての基本であり、生むことはいわば生理現象の一つに過ぎない。そのことに勝手に意味を付加して、幸だ不幸だと言うのはまさしく人間らしい考え方ではある」


「…それがいけないというのですか?」


「いや? そうは思わんさ…、人間らしくはあるからな」


「だったらなんだと言うのですか? 子供たちが虐待されて死ぬのも、生理現象だと言うのですか?!」


真名はあきれ顔で答える。


「理論の飛躍をするなよ? 子供が不幸になっているなら救ってやればいいだけのことだろう? そのための脳味噌だろう? そのための政府じゃないのか?」


真名は続ける。


「子供たちが虐待されて死ぬことがあるのは事実だ…私だって許せない…。だがそれは、その時に救うべきことであって、子供が生まれることそのものを排除するという暴論の理由にはならない」


「…だが、それがなくとも子供にとって、生まれることは不幸でしょう? 生老病死がある以上…」


「そんなことは、他の生命にだってある当たり前のことだ。いまさら嘆いてどうする? 老いた先で大事なのは、どれだけ満足に死ねるかだろう?」


その真名の言葉に、横から咲夜が答える。


「そうですわね。かのお釈迦さまも『四苦八苦』があるからとて、生まれるべきではないとは仰っていないですわ」


廉太郎はその言葉に、唇をかんで反論する。


「何が…満足に死ねるか…だ! そんなこと死んだら何もなくなるだろうに!」


真名はそれに答える。


「だから、子供を作るんだろう? 次代を育てるんだろう? そうやって人間は現代まで生きてきたんだろう? そのためにある生理機能だ…」


「く…」


廉太郎は言葉を詰まらせる。真名は言う。


「お前にはこれから生まれてくる子供たちの『生まれたい』という言葉が聞こえないのか?」


その言葉に、廉太郎は蔑んだ表情で言う。


「何をいっている? そんな言葉なんぞ…」


「そう…聞こえないよな? 当然だ…、そもそも『生まれたくない』という言葉も聞こえないだろうし」


「!!」


「お前は言ったな? 『これから生まれてくる子供たち』には『生まれてこない』ことを選択する権利がない…それは生まれるというシステムの歪みだと…。

当たり前だ…、そもそもお前の言う『これから生まれてくる子供たち』なんてものはいないよ。まだ『生まれていない』んだから当然だ…。

そもそも『選択』とはこの世に生まれた者だけが出来ること、生まれたものだけが行使できる『特権』なんだよ。

だから、それは生というシステムの歪みなんかではない。至極当たり前の話なんだ」


「当たり前だと…。彼らの嘆きが?」


「だから…そんな嘆きなど本当は聞こえないんだろう? それはお前の『感傷』に過ぎないよ。あるいはただの『幻聴』かな?」


そう言って真名は笑った。


「お前が、どんな破滅的な考えを持とうが、周りに迷惑をかけないなら勝手にすればいい。だが、子供を産まれなくするのはやりすぎだ」


「く…、子供たちの不幸を見ようとしないクズが…。ほざきおって…」


「ふん…、なあ潤…お前は生まれてよかったと思うか?」


「え?」


真名が潤に聞く。潤はしばらく考えた後答える。


「昔は…生まれてこなかった方がよかったと考えたこともありますが。今は違います…、真名さん達に会えましたし…」


その答えに美奈津が賛同する。


「そうだな…。いろいろ苦しいことはあったけど。今は満足だぜ…。そして、これからも満足できるように生きていくさ!」


「そうですわね。人間苦しいことがあっても、満足に生きることはできますわ」


そう咲夜が言ったあとに、真名は優しげに皆を見回す。


「…と、このようにここに満足して生きている皆がいるから。これから生まれてくる子供たちも満足して生きられるだろうと思える」


廉太郎はそんな真名に反論する。


「そんなことわからんだろうに」


「そうだな…だからこそ、親には『親になるため』の教育が必要だろう。必要なのは教育であって、生むことを排除することではないよ」


真名が笑ってそう言うと、廉太郎は心底蔑んだ目で真名たちを睨み付けた。


「真の正義の分からぬ愚か者どもが…。何というクズどもだ…」


真名はその言葉を正面から受けとめる。


「命を産むことがクズの行為だと言うのなら、私はクズでいいよ…。そもそも私は『悪の陰陽法師・蘆屋道満』の子孫だ。その子孫は子孫らしく、この世を蝕んでいくさ…」


真名はそう言ってにやりと笑った。


「さて…、これ以上貴様の好きにさせるわけにはいかん。観念しろ」


「ふ…クズどもが…私を捕まえることなど!」


そう言うが早いか、廉太郎は印を結んで呪を唱える。


「ナウマクサマンダボダナンバク」


釈迦牟尼甘露秘法しゃかむにかんろひほう


「!! その呪は!」


真名が驚いて叫んだ瞬間、凄まじい霊力が廉太郎の身から吹き上がる。それは、かの蘆屋八大魔王にすら及ぶほどで…。


「我!!! 悟りを得たり!!!!!」


廉太郎の霊力が病院全体を包んでいく。その瞬間、病院内の一般人は皆一様に気を失った。


「く!」


不意に女性看護師がメスを手に襲いかかってきた。


「精神操作か!!」


真名はそう叫ぶと看護師に当て身を放って気絶させた。


「この程度でわたくしたちを止められるとでも?!」


咲夜が廉太郎にそう言い放つと、廉太郎は笑いながら答えた。


「いや? 思ってはいないぞ? 呪を展開する時間稼ぎをしただけだ」


「?!」


潤達は一斉に廉太郎を見る、その両腕が天に向かって差し出され、その掌にはすさまじい霊力が収束されつつあった。


「このまま消し飛ばしてくれよう。正しさの分からぬ悪どもが」


廉太郎は、潤達をあざ笑いながら、その掌を潤達の方に向けた。霊力が凄まじい破壊力に変換されていく。


「こんなところで。そんな呪を放つなど!!!!」


それが放たれたら、おそらくこの病院を中心とした一帯は死に絶えるであろう。

その時…。


「潤!! 今だ!!!」


「はい真名さん!!!」


潤は一人、印を結んで呪を完成させていた。


<蘆屋流真言術・不動炎身法ふどうえんしんほう


次の瞬間、潤の拳が一閃されて、廉太郎の光弾に激突する。


ズドン!!!


凄まじい轟音とともに、廉太郎の光弾が消し飛んだ。


「バカな!!!!!」


そのあまりの事態に唖然とする廉太郎。その隙を潤は見逃さなかった。


「終わりです!!」


ズン!!


潤の拳が一閃、それが廉太郎の腹を捉えて吹き飛ばす。


「があ!!!!」


ふっとばされた廉太郎はそのまま床に突っ伏して動かなくなる。廉太郎の意識は完全に途切れていた。

それに連動するように、看護師たちも糸の切れた操り人形のごとくその場に倒れる。

その場に静けさが戻った。


「ふう…犯人確保だな」


そう言って真名は潤に笑いかける。


「あの真名さん?」


そんな真名に、少し唖然とした咲夜が話しかけてくる。


「その潤さんの使った呪は…」


「ああ…。新しく覚えた『不動炎身法』だよ」


不動炎身法…それは、天狗法の上位互換ともいうべき術である。

その使用者に魔王クラスの戦闘能力を与える、高難易度の身体強化真言術。

潤はいつの間にかそれを習得していたのだ。


「すげーぜ! 潤! やるじゃねーか!!」


美奈津が笑いながら潤の肩をたたく。


「まあ、実戦では今回が初めてですが…」


そう言って潤は頭をかく。それを見て咲夜は…。


(ふむ…。これは、ある意味わたくしのライバルになりつつあるのかもしれませんわね)


そう考えつつため息をつくのだった。

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