第9話 『赤き血潮の輪の結社』攻略戦

西暦2022年2月10日木曜日 07:30

関西国際空港


「…なあおい」


その時、関西国際空港の国際線で、黒いスーツに身を包んだ一人の男が、日本に足を踏み入れていた。

その男は少し不機嫌そうな顔で、隣にいる剣士セイバーをねめつけている。


「なんですか?」


「まさか、こんな形で再びここに来ることになるとはな…

なあおい」


「…結構楽しみにしてたような感じでしたが?」


その剣士セイバー、アークトゥルス・エルギアスの言葉に、少し顔をしかめて男は答える。


「なあおい。別に俺は楽しみだったわけじゃねえ。

あいつが…俺の魔王めがみが参加しないのに、来る意味なんてなかったさ。なあおい」


「はあ…女神ですか?」


「ふう…つまんねえぜ…なあおい」


「まあそう言わずに…ウルズ」


そう言って、苦笑いを男・世界魔法結社アカデミー特務ウルズに向けて言った。


「ふん…まあいいさ。会う機会はいくらでも…なあおい」


(本当に好きなんだな…その女神さま…)


そんなことをアークは一人考えながら、税関をくぐって今回の目的地へ道を急ぐのだった。


…今、兵庫県佐用郡佐用町大木谷

蘆屋一族最大の拠点『道摩府』に、呪法世界の大物たちが集結しつつあった。



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西暦2022年2月10日木曜日 10:00

道摩府・蘆屋一族本部・八天の間


「今回は、集まってくれてありがとう。

俺が本会議の議長を務める道禅だ。よろしくたのむ」


そう言って、広間の各所に座っている者達に語り掛けるのは、蘆屋一族現頭領・蘆屋道禅であった。

その傍らには、蘆屋真名、蘆屋八大天魔王の一人天翔尼の姿も見える。


…さて、一方


その道禅たちから見て右手側には、土御門永昌が座っていた。

その傍らには、土御門咲夜、そして…土御門動乱で新進派として本庁を占拠したあの服部もいる。


「父上は今回、病気で会議に参加できない状態だ、私で申し訳ないが会議に参加させてもらう」


その永昌の言葉に道禅は、


「ああ、分かった。

父上殿はお大事にな…」


そう言って声をかけた。


「ああ、すまない…」


永昌は道禅に頭を下げて、自身の座っている場所の、道禅たちを挟んで反対側の人々を見た。


「ふん…なあおい。御託はいいぜ…会議をとっとと始めようぜ、なあおい」


そこにいたのは、少し不機嫌そうなウルズとアーク、そしてアークにしなだれかかって話を聞いている様子のないリディアであった。


「まあそうだな…格式ばったことはいいだろう。

腹を割って話し合おうぜ…」


そう言って道禅はにやりと笑った。



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その時、矢凪潤は別の部屋で会議のテレビ中継を見ていた。

その周りには、

妹弟子の美奈津。


合田武志

斉田甲太郎

島津陽弘

松波影郎の四人。


そして、蘆屋一族実行部隊の

徳田、加藤の二人。


そして…


「しかし、私もここにいていいのか?

甲太郎?」


そう言って申し訳なさそうな顔をしているのは、かの妖怪犯罪組織『蒼い風』に所属していた相仁であった。


「もう、俺たちの仲間なんだからいいのさ!

正義の味方は細かいことにこだわらない!!」


そう言って甲太郎は相仁にサムズアップした。


「いや、お前の場合は多少はこだわれよ。

何も考えてないだけだろ」


合田武志はジト目で甲太郎にそう言った。

当の甲太郎は『ジャスティオン』のオープニングテーマを口ずさんで気にするそぶりもない。


「まあいいか。しかし、大変なことになってるな」


そう言って、現在の道摩府の状況を思い出している。


現在、道摩府には一組織千人規模の戦闘部隊が集結していた。

その構成は、陰陽法師、妖怪、陰陽師、西洋魔法使い、対魔剣士、等々異能の超人部隊達である。

一つの小国なら滅ぼせる戦力が集結していることから、これから起こることがどれだけ大きなことか計り知れるというものである。


それら戦闘部隊の所属は大きく分けて三つ。


播磨法師陰陽師衆蘆屋一族。

土御門本庁。

世界魔法結社アカデミー


…である。


これらをもって、今回…


赤き血潮の輪の結社レッドリングを潰す、か…」


そう武志はつぶやいた。


「武志? 赤き血潮の輪の結社レッドリングの事ってまだ詳しく知らないんだけど…」


そう武志に聞いたのは、潤である。

その言葉に、島津陽弘が眼鏡をクイッと上げて答える。


「そうですね…。

赤き血潮の輪の結社レッドリングは人類至上主義・妖怪殲滅主義のテロ組織です。

妖怪が人間社会にかかわるとき、常にその障害として立ちはだかってきた組織で、我ら蘆屋一族の最大の仇敵ともいえる存在です」


「人類至上主義…」


「そうですよ潤君…。

昔から人類は妖怪より上であり、世界は人類のものであり、妖怪は異物だという考え方は多いのですが…

彼らはその究極系ともいえる存在です。

日本だけじゃなく、海外にも…政治に干渉し食い込んでそれを操り、妖怪排斥の数々の法を通してきた。

そのメンバーには有名な政治家もいると聞きます」


「そんなにですか」


その陽弘の言葉に潤は唖然とする。

陽弘は続ける。


「その拠点は日本各地にあり、実働の戦闘部隊も有しています。

無論、その目標は妖怪のみであり、人類には向けられない…。


…なら、人間たちも特に気にしなかったんでしょうが…」


「違うんですか?」


「彼らは、妖怪を排斥するためなら、簡単に人間の命も軽く扱います。

自分の主張こそが絶対正義で、それの障害はすべからく…同じ人間であろうと…敵であるという考え方なんですよ」


その陽弘の言葉に、横から武志が口を挟む。


「だから、今回の討伐作戦なんだな」


その言葉に陽弘は答える。


「ええ。今世界中で、赤き血潮の輪の結社レッドリングが、人類と妖怪を争わせるための工作活動を行っています。

それが年々激しくなっており、先日の真祖吸血鬼事件にまで発展しました。

かの、死怨院乱道復活も彼らの仕業であり、おそらくかの死怨院乱月も…」


赤き血潮の輪の結社レッドリングの手の者ってことですか?」


そう潤が聞くと武志が、


「それはどうだろうな…。かの乱月は乱道復活は目指していたが…。

赤き血潮の輪の結社レッドリングに深くかかわっていたかというと疑問だぜ?」


そう言葉を返した。


「ふむ…そうですね。あくまで私の推測ですから…。

しかし、彼らが協力関係にあったのは事実です。

そして…、どうやら、彼らが近く何かしらの大規模な動きをしそうだということも…」


「そうなんですか?」


「ええ、だからこその討伐作戦ですよ」


そう、潤達が話し合う間にも、道禅たちの会議は進行していた。


『それでは、わが世界魔法結社アカデミーで収集した、赤き血潮の輪の結社レッドリング幹部の情報を公開いたします』


そのアークの言葉に、潤達がテレビモニターに注目する。


赤き血潮の輪の結社レッドリングには、実働の戦闘部隊が存在しており、それらを四人の幹部が指揮しております。

まず…、最も活動的なのは…識別ネーム・奴隷商人のホワイトチームです。

その戦闘部隊は、装飾を白で統一した武装した一般人で構成された部隊です。

その力は…普通の異能を持たない軍隊レベルを越えませんが、最も脅威なのはその奴隷たちです』


「奴隷?」


潤がそう呟くと、それに反応したかのようにモニターのアークが続ける。


『奴隷とは、科学魔法技術でロボトミー化した機械化妖怪の事です。

彼らは意志を剥奪され、奴隷として戦闘に従事するだけのロボットです。

奴隷商人はそれを世界各地で売りさばいて資金を得ています』


「ひでえ…」


そう呟いたのは黙って会議を見つめていた美奈津であった。


「なんでそんなこと…」


「そりゃあ、奴らは妖怪を同じ意志ある存在と認めてないからだろ?」


そう武志に言われた美奈津は顔をしかめてうつむいた。


『…さて、次は、最も今回の戦いの障害になると思われる…

識別ネーム・死神傭兵のブルーチームです。

ブルーチームの主力は、科学魔法技術によって強化された人間…強化人間達です。

その戦闘力は折り紙付きで、過去に我々が戦ったデータから、一人戦闘が得意な妖怪レベルの能力を有しています。

おそらく、彼らの戦闘部隊の主力ですよ』


「そりゃまた…」


武志が呟く。


『死神傭兵自身も戦闘を行ったデータがありますが…。

我ら世界魔法結社アカデミーの特務でも…彼を倒すまでには至っていないということで、いろいろ察していただきたい』


そう言ってアークは苦笑いした。


『…次、もう一つの脅威…

識別ネーム・サムライのブラックチーム』


「直球だなおい」


その言葉に武志が突っ込みを入れる。


『それの構成員は、退魔…対魔剣士たちです。

完全に我々側の人間ですね…。

そして、その指揮官であるサムライは、一応名前がわかっています。

その名は…』


その次の言葉に潤は驚愕した。


『その名は、鹿嶋一刀…。先の事件でも姿を見せていることは、当事者である皆さんの方がわかっているでしょう?』


「あの人が…」


潤は思い出す。辛くも腕を飛ばして退けた鹿嶋一刀。

彼はあの時全く実力を出してはいなかった。


『最後に…最も情報が少ない。

識別ネーム・黒衣の宰相のレッドチーム…

その構成員は、おそらく日本だけじゃない世界各地の魔法使いたち。

もしかしたら、こちらこそが最も我々の脅威になるかもしれない』


そう言ってアークは皆を見回す。


『以上の四人四チームが、今回の敵になります。

最重要拠点である赤き血潮の輪の結社レッドリング本部にはそのすべてが詰めている可能性が高い…。

よく考えて部隊を編成する必要があるでしょう』


それだけ言うとアークは、その場に着席した。


「最重要拠点ってたしか…」


潤のその疑問に影郎が答える。


「三重県南勢…士馬市」


「そうですね…。

誰が行くことになるんでしょう」


武志は答える。


「お前だったりしてな」


「え?」


その武志の何気ない冗談は、そのまま本当のことになる。



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暗い闇の底、ひと組の男女がいた。死怨院乱道とシルヴィアである。

かの、討伐作戦の情報は彼らの耳にも届いていた。


「ククク…これは。なかなか楽しめそうな事態だな」


「そうデスか? あなたを復活させた恩人の組織デしょう?」


「ふふ…、そんなことはどうでもよい。争いが起こることが楽しみなのだよ」


「それは…いい趣味デスね」


「フフフ…」


そのシルヴィアの皮肉を聞き流して、死怨院乱道は笑っている。


「まあイイデス。少し気になるので、ちょっと覗いてきマス」


「まあ、かってにしろ…。

いや、報告は楽しみにしているぞ」


そう言って乱道はにやりと笑った。


…呪法世界で、大きな時代のうねりが起きようとしていた…



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西暦2022年2月10日木曜日 16:00

道摩府の一室


蘆屋一族主催の作戦会議は、五時間にわたって行われ終了した。

その会議によって、作戦決行が2月17日に…日本各地で一斉に、赤き血潮の輪の結社レッドリングの全拠点に対し、同時に行われることが決まったのである。

そのうちの一つ、最重要拠点である赤き血潮の輪の結社レッドリング本部、その攻略メンバーは…


蘆屋真名を司令官として、その副官にアークトゥルス、リディア、潤、美奈津…

部隊の指揮官として徳田や加藤、そして後方支援として土御門咲夜が同行することに決まった。

その兵数は、蘆屋一族、土御門、世界魔法結社アカデミーの全兵員の約三割というもっとも大規模なものであり主力部隊だと言えた。


「残念ながら今回は一緒じゃねえな…」


そう呟いたのは合田武志である。

彼は、別の拠点攻略の指揮官として、他のいつもの三人とともに任命されていた。


「そうですね、赤き血潮の輪の結社レッドリングって、日本各地に拠点があるらしいですし…」


「まあ、一番危険な本部に行く以上頑張れよ?!」


そう言って、武志は潤の肩をたたいて激励した。


「はい!」


もう一つ、会議で分かったことがあった。

それは、今回の作戦、かの蘆屋八大天魔王たちは参加しないということであった。

これほど大規模な攻略作戦を組んでいる以上、相手がすでにその情報を手に入れていて、やけになって日本各地で暴走を起こす可能性も考えられる。

そのための備えとして、蘆屋八大天魔王とその配下は、日本各地を警戒することに決まったのである。

なぜか、世界魔法結社アカデミーの司令官であるウルズが、ぶつぶつ文句を言っていたのが印象的であったが…。


…そして、今回、攻略部隊の主戦力であろう、蘆屋道禅、土御門永昌、ウルズは別拠点攻略に従事することに決まっていた。

これは、すなわち、赤き血潮の輪の結社レッドリング本部にいるであろう、神藤業平と神藤五将を、真名たちが倒さねばならないという意味でもあった。

潤は不安を隠せなかった。なにせ、かの神藤業平は、蘆屋道禅と同等かそれ以上だと言われている人物である…。

かの、剣士セイバーアークトゥルス・エルギアスがいるとはいえ、容易に攻略できないことは予想できた。


「潤…」


会議を終えた真名が、アークを連れ立って潤達のいる一室にやってきた。


「どうも、蘆屋の魔法使いさん。久しぶりですね」


そう言って、ひとのよさそうな笑顔を向けるのはアークトゥルスである。

武志は、それを輝いた目で見つめている。


剣士セイバーアーク!!!

この色紙にサインください!!!!」


そう言って、武志はどこからか色紙とマジックを出して、サインをお願いし始めた。


「ははは…私のでいいんですか?」


その武志のお願いを、嫌な顔せず聞き入れるアーク。


「いいな~!!! 潤!!! アークと肩を並べて戦えるなんて!!! なんてうらやましいんだ!!!!」


そう言って、潤の肩をたたく武志をほおておいて、潤はアークを見つめる。


「何か…不安があるのかな?」


そうアークに心の底を見抜かれてしまう潤。


「ええ、神藤業平を相手に、僕が本当に戦えるのかと…」


「大丈夫だよ…。彼の相手は、司令官の真名か、僕がやるから…。

何より命を大事に、もし危険だったら後方に下がってもいいし…」


「はい…でも」


「ははは、僕の見立てでは、その必要もないと思うがね、君の場合。

そこそこの実力者だろう?」


その言葉に狼狽える潤。


「いえ僕は…まだ見習いで…」


「いや、本当に見習いなら、真名の副官には選ばれないよ。

君は真名にとても信頼されている」


「え…」


そう答えながら真名を見つめる潤。

真名は、


「自信を持て…潤。大丈夫。お前の実力なら、我々の戦いに十分ついてこれるさ」


そう言って笑った。


「はい」


その言葉に、潤は少し胸が熱くなった。


「まあ、とりあえず、需要なのは、かの四人の幹部の居場所だな。

下手をすると、我々が全員を相手にすることになる」


「そうですね」


潤は真名のその言葉に、そう言って顔を引き締める。


「指揮下の陰陽法師たちでは相手にならん可能性もある。ならば、彼らの相手をするのは…」


それは、潤達の役目になるのだ。


「これから、作戦開始までの日にちで、皆で細かい作戦を組むぞ。

いいな?」


その真名の言葉に潤は、


「はい! 真名さん!」


力強く答えるのだった。



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西暦2022年2月17日木曜日 20:00

三重県士馬市の山中


闇夜に紛れて進行する集団があった。


「…」


その最前列の一人が無言で手を上げる。

それに答えるように集団はその場に停止し、息をひそめる。


(作戦開始まで、あと一時間…)


手を上げたその一人は、腕時計を見てそう心の中でつぶやく。


(さて…)


そう真名は夜空の月を眺める。その月は、他の舞台の者も眺めているであろう。



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西暦2022年2月17日木曜日 20:20

高知県高知市の山中。


(さて…、もうすぐだな。なあおい)


息をひそめるウルズは、手にした魔法のナイフ『ファング』の感触を確かめる。

作戦開始まであと40分である。



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西暦2022年2月17日木曜日 20:30

北海道の広大な平原の真ん中。


術で隠密状態の土御門永昌は時計を見る。


(ふむ…、あと30分か…)


そう、考えたあと、空の向こうの娘・咲夜に思いをはせる。


(大丈夫だとは思うが…。生きて帰れよ…)


そう、心の中でつぶやいた。



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西暦2022年2月17日木曜日 20:40

宮城県の端の山中。


(さて、後20分…)


蘆屋道禅は時計から目を放して、夜空を見上げた。


(神藤業平…。本当は俺が決着をつけたかったんだが…。

俺の娘を…真名にすべてを託すぜ…)


そう心の中でつぶやきながら、夜空に向かってにやりと笑った。



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そして…

西暦2022年2月17日木曜日 20:50


「みな…準備はいいな…」


真名は、皆に聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟く。

それに、その場にいる全員が反応し頷く。


(では…)


闇夜の向こうに、森に隠れるように、赤き血潮の輪の結社レッドリング本部である地下拠点の入り口がある。

それは、完全に偽装されて、普通の人間には認識すらできない。

それを、霊視で見抜きながら、真名は印を結んだ。


赤き血潮の輪の結社レッドリング本部攻略作戦が始まる。


53…54…55…


(…)


皆が息をのむ。


56…57…58…59…


そして、真名の術式が完成した。


「作戦開始…」


赤き血潮の輪の結社レッドリング本部の入り口の結界が解けるとともに、誰かがそう呟いた。


…かつてない、長く困難な一日が始まりを迎えた。



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赤き血潮の輪の結社レッドリング本部の一室。

そこに二人の男がいた。


「…ねえちょっといいっすか?」


「なんだ…?」


スーツをぴっちり着込んだ軽薄そうな顔の男が、軽そうな口調で黒衣の魔法使いらしき男に話かける。


「例の計画どうなってるんすか? 本当に進んでるんすか?」


「心配するな…」


「心配するっすよ…。これがばれたら、神藤にだって…」


「…その軽そうな口は、潰した方がいいか?」


黒衣の男は、スーツの男を興味なさそうに眺める。


「ははは。大丈夫っすよ。僕は、これでも商売に関することは口が堅いんで」


「そうだな…」


「ふふふ…。ああ、早く新しい商売がしたいな。今度はあいつらを…」


そう言って、一人ににやつき始めるスーツの男。


それを見て黒衣の男は、心の底から湧き上がるある思いを、強く感じていた。


(人間とは…)



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その日、赤き血潮の輪の結社レッドリング本部の防衛をまかされているホワイトチームの一人上山かみやまは、大あくびをしながら施設内を見回っていた。


「ああ、なんなんだよ。ここ最近の警備体制は…。

なんか、妙に厳重に、厚くなって、休みも削られてるし…。

こんなところに来る奴らなんて…」


そう言って、頭をかいたその時である。


ドン!!!!


突然、本部玄関の方から、激しい炸裂音が響いてきた。


「?! なんだ?!」


慌てて、玄関へと走る上山、しかし…、

その先は、厚い煙が遮っていた。


「これは!!」


何か、とんでもないことが起こっていることは理解できた。

しかし、まさか本部が強襲されているという所までは思い至らなかった。


「火事? なんで?」


そうして、近くにある、火事を知らせるベルのところまで走り寄った上山だったが、それに触れることはできなかった。


「すまんな…」


そんな声とともに、いつの間にか背後にいた蘆屋真名に、当て身をされたのである。

そのまま昏倒する上山。


「玄関はクリアー…。

奥に進むぞ…」


その言葉を待っていたかのように、煙の中を人影が無数に駆けていく。

そして…


「とまれ!!」


人影の真ん中をかけていく真名が、とある巨大フロアーについた時に、そう皆に呼びかけた。

そこに奴らはいた…


「出迎えが遅れてすまないな…。襲撃者諸君…」


そこにいたのは、全身ブルーの強化スーツを着込み、手にアサルトライフルを構えた数十人もの集団であった。


「ブルーチーム!

さすがに反応が早いか…」


その一部隊は、最前列にシールドを構えた兵を並べ、その壁の隙間から銃口を、真名たち襲撃者に向けていた。

その指揮官らしき、一人の男が静かに言う。


「撃て」


ババババババババババ…


その言葉とともに、一気に銃口が火を噴いた。

真名たちは、それぞれに防御行動をとる。


ババババババババババ…


フロアー全体に硝煙のにおいが充満していく。

それは、普通の軍隊相手なら、一瞬で勝敗を決することのできるほどの銃弾量であったが…


「散!!!!」


真名のその叫びとともに、呪術師、魔法使い、妖怪たちは、それぞれの術で身を守りながら散開し、蒼い武装集団のもとへと駆けていく。


両者が激突した。


「突貫!!!」


そう誰かが叫ぶ。

蒼い武装集団と、真名たちは、人とは思えないスピードで切り結び始めた。


「なんとか堪えろ!!!」


ブルーチームの指揮官がそう叫ぶ。

しかし、そう簡単にはいかなかった。

あまりに襲撃者の数が多すぎたのである。


「く…」


また一人、ブルーチームの兵士が倒れる。

彼らは、真名たちに押され始めていた。


「これほどの…部隊とは…」


指揮官はそう言って唇をかむ。

数分で勝敗は決しつつあった…。


「どけ…」


不意に、指揮官の背後から言葉が飛ぶ。


「?!」


突然、巨大な光球がその言葉の元から飛来した。


ズドン!!!!!!


激しい炸裂音と煙がフロアーを襲う。


「なんだ?!」


真名は叫んだ。

その光球を受けて、攻略部隊の何人かが吹き飛んで昏倒した。


「ククク…沢山…いるじゃねえか…」


その不気味な言葉は、ブルーチーム指揮官の立っている向こうから聞こえてきていた。


「あ…、リーダー…」


「ふん…、なにゴミ虫相手に後れを取ってる…

お前たちを、こんなカスに育てた覚えはないぞ?」


「はい、すみません。アラン様」


そう言って頭を下げた先には、一人の男がいた。


その男の髪は、その見た目の年齢に似合わず白髪であった。

屈強で、大きく盛り上がった筋肉を誇りながら、その男は佇んでいる。


「ゴミ虫どもだけじゃないようだから名乗ってやる…。

俺の名は…、アラン・グラスゴー…。お前らの死神だ…」


そう言って、真名たちの方に向けていた右拳を、ゆっくりと下げた。

その右腕は、不自然に金属色をしている。


(さっきのはこいつか…)


真名は一人考える。

先ほどの光球は、他のブルーチームの銃器のように、純粋な科学技術によるものではないように思えた。


「さて…、お前たちは、体勢を立て直せ。

ゴミ虫どもの相手には、ふさわしいゴミ虫がいる…」


そう言って、片手を上げるアラン。

それに反応するように、フロアーに無数の人影が駆け込んできた。


「!!!!」


その姿に、真名達は一様に驚愕の表情を浮かべた。

それらとは…。


「行け…奴隷ども…」


そこに現れたのは、体の一部が機械化されている獣人らしき妖怪達…

そして、同じく機械化されている、『霊装怪腕』を発動した土蜘蛛たち…


それを見て、真名と一緒にフロアーで戦っていた美奈津が叫ぶ。


「てめえ!!! それは!!!」


その言葉に、アランは深い笑みを浮かべる。


「カカカ…。同じゴミ虫同士殺しあえよ…」


「この!!!!!」


怒り心頭で、美奈津はアランの方に突っ込んでいった。


「美奈津!!!」「美奈津さん!!!」


真名と潤が叫ぶ。

その言葉にも、美奈津は止まらない。

それを、アランの冷笑が受け止める。


「カカカ…何だ?

 ゴミ…、お前らに怒るような神経があるのか?」


「てめえ!!!!」


美奈津の霊装怪腕金剛拳を軽くいなすアラン。


「人間をふりをするなゴミ…目障りだぞ?」


「この…、てめえ!!! 命をなんだと思ってるんだ!!!!」


「カカカ…!!!

命? お前たちゴミに…そんな高尚なものがあるのか?

まさしくゴミそのものの妖怪が…」


「く!!!」


その言葉は、人間を信頼し始めていた美奈津の心に深く突き刺さる。

人間に対する嫌悪感がぶり返してくる。


「それが人間の言うことばか?!!!!」


「カカカ…そうだ!!!

妖怪なんざ、焼却するゴミそのものだ!!!」


その言葉に頭に来た美奈津は…


「ナウマクサンマンダボダナンバヤベイソワカ」


<真言術・風雅烈風ふうがれっぷう


印を結んで呪を発動した。

美奈津はそれまでにない速度で一気に加速する。そして、


金剛拳連打こんごうけんれんだ


ズドドドン!


その拳の連撃が、アランに向けて放たれた。


「カカ…!!!」


それをアランはまともに受けた。


ズドン!!


一気に後方に吹っ飛んで土煙を上げる。


「はあ…はあ…畜生…」


美奈津はそれでやっと頭が冷えてきた。


「あたしは…」


拳を握り、美奈津は涙を流す。


「美奈津さん…」


一人の機械化獣人を倒しながら、潤が心配げに美奈津を見る。


「妖怪にも悪い奴はいる…

人間にも…いい奴はいる…

あたしは…それを知ってる…

だから、てめえみたいなのは…どうしても」


美奈津は拳を握りながらつぶやく。


「なんでだよ?

何で命を…

妖怪にだって命はあるのに…

なんで、こんなことが出来るんだ…」


美奈津は、真名たちに無表情で襲い掛かっていく機械化妖怪達を見つめて言う。


「お前は!!!!

弄んでそんなに楽しいのか!!!!!!!!」


美奈津は、そう苦し気に叫んだ。


「カカカ…」


その言葉を、土煙の向こうのアランの笑い声が遮った。


「命だと?

そんなものが大切なのか?」


「なんだとてめえ!!!」


「妙なことを言うな妖怪…」


そこに、口の端から血を流した、アランが立っていた。


「お前たち妖怪は…

俺の…」


心底、不思議そうな顔で首をかしげるアラン。


「俺の家族を…

妻を…娘を…息子を…

親戚を…

そして、街の仲間を殺したくせに…」


「!!!!」


その言葉に美奈津は驚愕の表情を浮かべる。


「無意味に…殺したくせに…」


アランは、光の灯っていない目で笑う。


「同じように、無意味に死ねよ…なあ?」


それは…心が完全に狂気にとらわれていた、心の完全に壊れた者の笑顔であった。


「あんた…」


その時、美奈津は、アランをまともに見れなくなっていた。

それは…


(あり得たもう一つの…美奈津)


真名は苦し気な表情で美奈津とアランを見る。


「美奈津さん」


潤がそう言って美奈津に駆け寄ると…


「なあ潤…」


「え?」


美奈津がうつむきながら呟く。


「もういいから…ここはあたしに任せて奥に進め…」


「でも…」


そう潤が言葉を濁すと。


「大丈夫、頭は冷えた…そして」


美奈津は決意の表情でアランを見つめる。


「こいつの相手は、あたしの役目だ…」


それは、心の闇を振り切った、決意に満ちた表情であった。


「美奈津さん」「美奈津」


潤と真名が美奈津に一言語り掛ける。そして…


「後は任せた…」


混乱を極めるそのフロアーを、潤達は攻略部隊を一部残して奥へと駆け抜けていった。


「なあ、アランとか言ったか?」


「なんだ? ゴミのくせに、俺にこれ以上なんの用だ?

いい加減死ね…」


そう言って金属色の右拳を美奈津に向ける。

その拳にまばゆい光が灯る。

それは、妖怪を滅ぼす『神罰』の光。


「お前を…止めるぜ」


霊装怪腕の拳を握って、美奈津は『神』に誓ったのである。



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美奈津を振り切って走る潤達は、再び大きなフロアーに到達していた。そこには…


「フフフ…少年。

やっと来たか…」


鹿嶋一刀と、黒い装束の剣士集団が待っていた。


「ふむ…そちらの御仁は。剣士セイバーアークトゥルス。

そちらの相手もしたいが…

今は、この少年の成長を知るのが先決故、許されよ…」


「はあ?

まあいいですけど…」


アークトゥルスは軽い口調でそう答える。

一刀は嬉しそうな顔で潤を見た。


「では、他の者は、我らの邪魔をしないよう、

我が部隊の相手をしてもらうとして…」


すらりと剣を抜いた一刀は宣言した。


「一騎打ちをしようではないか…

少年…いや、

矢凪潤…」



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「…」


打刀を下段に構えた一刀は、じりじりと潤との間合いを詰めていく。

しかし


「潤…」


不意に真名が潤の方に声をかけた。その声にはっと息を吐いて驚く潤。


「そう…でした」


潤は、間合いを詰めてくる一刀を一瞥すると、一気に後方に飛んで、間合いを空けた。


「?」


その行動に一刀が疑問符を投げる。


「どうした? 矢凪潤」


「もうしわけありませんが、今は貴方と遊んでいる暇はないんです」


潤はそう一刀にきっぱりと言い切った。

その言葉に一瞬あっけにとられる一刀。そして、


「ククク…はははははははは!!!!!!

遊び!!!! 遊びと言ったか?!!!!!!」


そう唐突に大声で笑い始めた。


「我との一騎打ちを遊びとな!!!!!!

これは面白い!!!!!!」


そうひとしきり笑うと、


「面白い冗談だ!!!!!」


次の瞬間、一刀がその場からかき消えた。


「潤!!!! 後ろ!!!!」


そう真名が叫ぶ。

その声に何とか反応して、後方に手にした金剛杖を払う。


ガキン!!!


鈍い金属音がして、打刀と金剛杖が交錯した。


「はははは!!!!

やるではないか!!!!

そうでなくてはならん!!!!!」


いつの間にか潤の背後にいた一刀が、笑いながらさらに間合いを詰めてくる。


「く!!!!」


ガキン!


さらに打刀と金剛杖が交錯する。


「はははは!!!!!

わが剣は必殺!!!!!

たとえ相手が金剛の硬度を持つ杖であろうと、一撃で真っ二つになる!!!!

それを、二撃も払ったか!!!!!!!」


…そう、潤はさっきの一瞬で、一刀の太刀筋を読んで、金剛杖が断たれないよう、打刀を『払った』のである。

潤は、なんとか体勢を立て直して、一気に一刀との間合いを取る。


「あなたの相手はしないと…」


「それは許さぬ…」


潤のその言葉に、きっぱり一刀は言った。


「矢凪潤よ…

我とは戦わぬと言ったな…」


「え…ええ」


「ならば…

こういうのはどうだ?」


不意に一刀がある提案をしてきた。


「お前が私の相手をする間、私は他の者を一切関知しない」


「な?」


「我を振り切って、奥に行くなり自由にせよ。

そして、他の者にも…」


それは驚愕の提案。


「我が配下の者達にも、

手を出さぬよう命令しよう」


「まさか?!」


潤は驚きの顔で一刀を見る。

一刀は不気味な笑みを顔に張り付けたまま言った。


「この剣に誓って、今言った通りにする」


「それは…」


それは、とても魅力的な提案だった。しかし、


「本当ですか?」


「剣に誓っても信じぬか?」


潤はその言葉を聞くと、一瞬真名に目配せした。

真名は一瞬潤と視線を合わせると頷き…


「ふ!!!!」


一息を吐いて、一気に奥へと駆けた。

その行動に、一刀配下の剣士たちが反応する。

しかし、


「動くな!!!!!」


一刀が大きな声で命令を下す。

その言葉で、剣士たちはその場に硬直する。


あっさり真名は奥へと消えた。


「…どうだ?」


「本当に…」


潤は金剛杖を構えて一刀に向き直る。


「やる気になったか…」


「仕方ありません…」


「よい…それでよいのだ潤よ」


一刀はそう呟くと、一気に潤に向かって駆けた。

二人の影が激突する。


「…」


その時、アークトゥルスは一刀と潤の剣戟を見守っていた。


「なあ御主人?」


不意にリディアが声をかけてくる。


「なんですか?」


「なんか…あいつら…」


その『あいつら』とは、潤達の事ではない。

一刀の配下の剣士たちだ。


「じりじりこっちに向かってきてないか?」


「そうですね…」


リディアはアークのその言葉に、不審そうな顔をして。


「さっき、あの剣士が、『手を出さぬよう命令する』って…」


「ええ。命令したでしょ?」


「え?」


「命令するとは言っていましたけど…」


実際、その命令を配下の者が聞くかというと…。


「それって、詐欺じゃ…」


「そうですね…、とりあえず。潤君たちの邪魔をしないように、剣士どもの相手をしましょうか、我々は…」


そう言って、アークは双剣を構えた。



-----------------------------



その様な事になっているとは知らず潤は一刀との対決に集中していた。

なにせ相手は、今まで相手にしたことのないほどの剣の達人である。

真名との組手で、ある程度体さばきを理解しているとはいえ、それだけでまともに相手できるほど甘くはない。


ガキン!


潤は、一撃一撃一刀の打刀を払うごとに、後ろへと追い詰められていく。


「フフフ…どうした矢凪潤…。まだそのレベルだったか?

私が本気を出せるほどではなかったか?」


「く…この!!」


ガキン!


さらに一撃、一刀の太刀筋を大きく払うと、次に潤は後方へと飛んで間合いとった。

そして潤は、印を結んで呪を唱える。


「カラリンチョウカラリンソワカ…」


<蘆屋流鬼神使役法・鬼神召喚>


「シロウ、かりん来い!!!」


その瞬間、その言葉に答えるようにシロウとかりんが現れた。


【主!】【お兄ちゃん!!】


「また、一緒に戦ってくれ」


その潤の言葉に二人は強く頷いた。


「クク…そうだ。お前の全力を出せ…。

そうでなければ、私に一撃を加えることも出来んぞ」


一刀は心底うれしそうにケタケタ笑う。

しかし、潤が行ったのはそれだけではなかった。


「ナウマクサマンダバザラダンセンダマカロシャダソワタヤウンタラタカンマン」


「ぬ?」


その、呪文を聞いて一刀が反応する、それは不動明王の中呪…


<蘆屋流真言術・不動炎身法ふどうえんしんほう


その呪文が完成した瞬間、潤達の姿が紅蓮の炎に包まれる。


「行くぞ!!!」


「ぬ?!」


それは一瞬の事であった。

かの一刀ですら認識できぬスピードで、潤達三人が駆けたのである。


「おお!!!」


ガキン!!!

ズドン!!!!!!


次の瞬間、一刀がボロクズのようになって宙を舞う。


(これは…まさか…)


一刀はフロアーの天井まで到達すると、その手にした打刀を天井に突き刺し、衝撃を止めようとする。

打刀は、しばらく天井を切り裂いて、なんとか止まった。


「ははははははは!!!!!

見えなかったぞ!!!!!」


そう一刀はひとしきり笑うと、天井を蹴って、潤に向かって超高速で飛翔した。


「く!!」


それは、天井をぶち抜くほどの健脚による高速飛翔。

本来の潤では反応できない速度。しかし、


「散!!!」


潤のその言葉とともに、潤とシロウとかりん三方向に散開、空中で一刀を迎え撃つ。


ガキン!!!


空中で一筋の光と、三筋の光が交錯する。


「があははははははは!!!!!」


全身に傷を受け血にまみれながら一刀は地面を滑る。

そして、潤達は…


【が…】


シロウがその言葉とともに消滅していた。


(対使鬼剣術…『落葉』か…)


潤はそう考えながら唇をかむ。

しかし、そんな潤にかまわず一刀は潤に向かって駆ける。


「いいぞ!!!

まさか、此処まで成長するとは驚きだぞ矢凪潤!!!!」


一刀の剣が下段から上段へと一閃される。そのスピードはもはや、魔王クラスに強化された潤ですら反応するのがやっとの高速剣。

だから潤は素早い思考で、かりんに命令する。


【火炎輪!!!】


素早くかりんが命令を実行。火炎が一刀に向かって飛ぶ。

それは、一刀への牽制。今の一刀がその程度の術でやられるわけもない。

ただ、一瞬でも隙を作れれば…


「はああ!!!!!!」


一刀の気合一閃、光線が走って、火炎が真っ二つになる。

その隙を潤は見逃さない。


「ぶっ飛べ!!!!!」


潤はかりんの股下を、横凪に金剛杖で一閃する。

そこに、一刀の胴体はある。

それは、潤の全力の一撃、命中すれば肉体強化された人間で胴が真っ二つになるはずである。


その時だった…


ヒュ!!!


突然、太刀筋が頭上から降ってきた。


【お兄ちゃん!!!】


反応できたのはかりんだけだった。潤はかりんに突き飛ばされ吹っ飛ぶ。


「かりん!!!」


次の瞬間見えたのは、かりんが頭から真っ二つになって、消滅する姿だった。


「な?」


一刀は確かに、下から上へと打刀を振り上げていたはずだ。それが、一瞬で上から下に変わった。


「ククク…」


一刀は血走った目で、潤を見つめている。


「ああ…最高だ…

私が本気を出せる相手が見つかるとは…」


まさか、今の一瞬で変化した太刀筋が…。


「あなたの本気?」


その疑問に一刀は答える。


「その通り、我が太刀筋は変幻自在・超高速…。

無限に変化・屈折する光線よ…」


その言葉を、全部言う前に一刀が駆けた。


(右から…)


太刀筋か来ると感じた瞬間…


ズバ!!!


潤の体から血しぶきが飛ぶ。

いつの間にか、一刀の光線は下段から切り上げる太刀筋に変化していた。


「があ!!!!!!」


不動炎身法で感覚を極限まで強化していなければ、おそらくこの一太刀で胴を真っ二つにされていたろう。

なんとか潤は、胸を大きく切られるだけで済んでいた。


それはあまりに凄まじい高速剣術。

すでに『魔王』クラスともやり合えるはずの潤が、完全に圧倒されているのである。


「よく避けた矢凪潤…。

だが…、これまでだ…」


一刀は凶暴な野獣の笑顔で獲物を睨む。


「次は、貴様の急所をいただく…

多少避けてもそれが致命傷になろう…」


「ぐう…」


潤は胸から血をあふれさせながら唇をかむ。

あまりに強い…。

自分も強くなった気でいたが、目の前の一刀は次元が違った。

このままでは…。


潤が死を覚悟した瞬間と、一刀が潤に向かって駆けた瞬間は同時であった。


ガキン!!!!!


「?!!!!!!!!」


その瞬間、一刀は驚愕の表情で目を見開いていた。


「はい…、君も周りが見えていないようだね。鹿嶋一刀とか言ったか?」


…そう言って、一刀の打刀を払ったのは、アークトゥルス・エルギアスであった。


「貴様…」


一騎打ちの邪魔をするのか? …と、一刀が口に出そうとすると。


「君ね? 僕たちは遊びに来たわけじゃないって。始めっから言ってるだろ?

それに…」


アークは、顔で周囲を示す。一刀が周囲を見回すと…


「!!!!!」


そこにはもはや、意識がある者は潤とアーク、リディアと一刀しかいなかった。

潤の仲間たちは先に進み、一刀の配下の剣士たちは、アーク一人に全滅させられていたのである。


「楽しいからって、周り見えなさすぎだろ? 君」


「…」


一刀は無言でアークを睨む。

アークは、トボケ顔でそれを受け流すとリディアに言う。


「潤君のケガの治療をしてくれる? リディア」


「おう…わかった御主人」


リディアは元気にそう言って、潤のもとへと駆けていく。


「さて…」


アークは、一刀と相対して笑顔を向ける。


「今度は…僕と一騎打ちしてくれる?」


そう言って悪戯っぽく笑った。



-----------------------------



真名が、先に進んでしばらくたった時、その道は迷路のような、迷宮のような入り組んだものに変わっていた。

そして、その至る所に罠があり、真名たちに襲い掛かってきていた。

無論それだけではない…


「!!!」


また一人、白い服を着た武装兵が真名たちに襲い掛かってきた。

おそらく、彼らがいわゆる『ホワイトチーム』なのだろう。

彼らは、武装はしているが一般人に過ぎないので、それほど脅威ではないが…


「があああ!!!!」


彼ら、ホワイトチームは、必ず『機械化妖怪』とともに、連携して襲い掛かってきた。

それがとてもうっとおしく、少なからず味方に犠牲を出していた。


『まさか…こんなところまで侵入されるとは…。なかなかやるようですね?』


不意に、天井のスピーカーから声が響く。それは、なんとも軽薄そうな、軽い口調の男の声。


『でも。まあここで死んでいってくださいよ。この僕の…

神取直人かんどりなおとの迷宮と奴隷たちによって…ね?」


そう、その声の主は宣言したのであった。



-----------------------------



その時、潤はリディアに傷の手当てをされながら、悔しさで唇をかみしめていた。

今回の討伐作戦では、ほぼ間違いなく一刀と出会う。

もし、戦わざるおえなくなったら勝てるようにと真名と作戦を練って、新たな術である『不動炎身法』も習得したのである。

それが全く通用しなかった…。


(僕は…まだこの程度なのか…)


そう考えた時、リディアが口を開いた。


「気にするな少年…」


「え?」


「はっきり言いてやるが…。お前は強い。出鱈目に強い。

おそらく今の私では勝てんほどにな…」


そう言って、リディアは潤の肩をたたく。


「ただ…」


リディアはそこまで言うと、アークと一刀の方を見る。


「あいつらが…その出鱈目を超えるほど強いと言うだけだ」


「はあ…」


そう呟いてアークたちの方を見る潤。

それは、全く身もふたもない話だが…。


「いいか潤とやら?

今はその悔しさを胸に、あいつらの戦いを見ておけ。

常識を超えた者同士の戦いを…」


リディアは一発潤の背をたたくと。


「そして、それを咀嚼して自分に取り込むのだ。

そうすれば、お前なら彼らを越えられるかも…」


「リディアさん…」


潤はリディアの言葉を心の中に刻む。

明日強くなるために…。


「…でも、やっぱり…

まあ御主人は絶対越えられんかな?!!

お前では!!」


そのあまりの言葉に、潤は少しずっこけた。



-----------------------------



「ふん…まあいい。剣士セイバーアークトゥルス…

貴様とも死合うつもりであったからな…」


「そうだね…でも、遊ばないよ?」


「それは手加減せぬという意味か?

当然だ…」


一刀は次の獲物を得てギラリと目を血走らせる。

そんな、一刀の目をなんともしまらない笑顔で受け止めるアーク。

その腕は、両手の聖剣きょくとう魔剣ちょくとうを構えもせず、真下に垂らしている。


「手加減せぬと言っておきながら…

構えぬのか? 貴様…」


少し不満そうに一刀が言う。しかし、


「僕の剣に明確な構えはないんでね…」


そう言ってアークは笑った。


「そうか…。そう言うものもあるか。

ならば遠慮はせぬ…」


一刀は中段に打刀を構える。


(相手が相手だ…。直線的な太刀筋では見切られよう…)


そう一刀は思考して…


「フ!!!」


一呼吸の瞬間に加速した。


(見えない!!!)


それを見守っていた潤は驚愕する。

それは先ほどの、不動炎身法の潤ですら感知できなかったスピード。


ヒュ!


一刀の太刀筋こうせんが孤を描いて、アークの右から襲い来る。

…不意に、右手の聖剣きょくとうが、腕ごとかき消える。


(!!!)


次の瞬間、その動きに反応した一刀が、太刀筋こうせんを一気にねじり変化させる。

その動きは、一瞬にして左上からのものに変化してしまった。


(もらった!!!)


その太刀筋こうせんは、正確にアークの左腕を切り飛ばす…


…はずだった。


ガキン!


「な!!!」


それは、信じられない光景だった。

いつの間にか、左手の魔剣ちょくとうが振りぬかれて、打刀が払われたのである。


(く!!!!)


その驚愕の事実にも一刀は怯まなかった。


ヒュ!


払われた太刀筋こうせんを、強引にねじって今度は右下からアークを狙う。

それに反応して、再び右手の聖剣きょくとうがかき消える。


(今度こそもらった!!!)


次の瞬間、いつの間にか一刀の太刀筋こうせんは、アークの脳天めがけて落ちてくる。

それはアークの頭を…


ガキン!


…再び断つことが出来なかった。


再び…今度は聖剣きょくとうによって…一刀の太刀筋こうせんは払われたのである。

不意に一刀がその場を飛びのく。


ズバ!!!


大きな風切り音とともに、一刀の体から血しぶきが飛ぶ。

アークの魔剣ちょくとうが振りぬかれていた。


「まあ…避けるだろうね…」


そう、アークは静かにつぶやく。


「か…かは…」


一刀は切り裂かれた胸をおさえる。そこから血が溢れてくる。


「なんと…何ということだ…」


一刀はあまりのことに目を見開く。


「これほどの剣士が…この世に…」


一刀はしかし、驚きを消して。


「だが、まだだ!!」


一気にアークとの間合いを詰める。

一刀の太刀筋こうせんが、左上から孤を描いてアークへ襲い掛かる。

それが、同じ曲線の太刀筋こうせんによって払われる。

だが、それで一刀の太刀筋こうせんは止まらない。今度は右から一直線に走る。


ガキン!


それを今度は、同じ直線が払いのけた。


次の瞬間…


「ぬお?!」


アークの太刀筋こうせんが曲線を描いて一刀を襲う。

その曲線を一刀の直線が払った。


それからの剣戟はあまりに人間離れしていた。

一刀はその太刀筋を変幻自在に変化させてアークを狙う。

アークは、それを両手の聖剣きょくとう魔剣ちょくとうで払いながら反撃を加える。


「な…なんて…出鱈目な…」


潤はそれだけを呟く。

しかし、その出鱈目さをより理解していたのは…とうの一刀であった。


(バカな…この男…。

曲刀と直刀で明らかに太刀筋が違う…。

まるで、全く違う種類の、二人の達人剣士とやり合っているようにしか感じぬ…)


…そう、アークの扱う剣術は、聖剣きょくとうを扱う腕と、魔剣ちょくとうを扱う腕で、全く違う様相を示していた。

それは、純粋な二刀流剣術とは一線を画す『超人剣術』…


ガキン!!!


その一太刀ごとに、一刀は追い詰められていく。


(まさか…我が『歩法』がここまで…追い込まれるだと…)


そう考える間にも、アークの変幻自在の太刀筋こうせんが一刀を襲う。


「がは!!!!」


…そして、ついにその一撃が、一刀の左肩へと到達した。


「…」


潤は黙ってその光景を見つめる。


「は…はは…」


鹿嶋一刀は全身から血を流しながら、うつろな目をアークに向ける。


「そうか…これが剣士セイバー…」


それだけを呟くと、よろよろと後ろへと退いていく。


「この私が…まさか…」


一刀はそこまで言うと、その場に座り込んだ。


「この私が、久しく感じなかった…

『恐怖』を感じるとは…」


そう言って、一刀は口の血を拭って捨てた。


「これで、おしまいかな?」


アークがそう言って一刀に笑いかける。


「…」


そのアークの笑顔を、一刀は不思議なものを見る目で見つめる。


「ククク…」


不意に一刀が笑い始める。


「ははははははははははははははは!!!!!」


一刀はただ笑う…笑い続ける。


「ははははははははは!!!!!」


その様子にアークは不思議そうな顔をする。


「壊れたかな?」


そうアークが呟いた次の瞬間。


「御免!!!!!」


一刀は、その手にした打刀で、自身の首を切り裂いたのである。


「!!!!」


その行動には、さすがのアークも唖然とする。


「はははは!!!!!

なんとも楽しかったぞ剣士セイバーよ!!!!!!!」


「な? いきなり何を」


アークが困惑気味にそう呟くと。


「本気で戦って、敗北したなら!!!

その先にあるのは死のみ!!!!!

それが戦場に生きる『剣士の本分』なれば!!!!!!

これにて御免!!!!!」


そう言って、首から血しぶきを上げながら、一刀は事切れたのである。


「なんて…」


潤達は一刀のその行動に呆然としていた。


「何て前時代的な…」


潤達はそう言って呆れるほかなかった。



-----------------------------



…さて

一刀とアークの戦いが決着したそのころ、真名たちはかの『神取直人』のいる部屋に近づきつつあった。

その当の本人たる神取直人は…


「やばい…やばいよ…。

まさか、襲撃者がここまでやるとは…

戦力を二割程度しか削れないなんて…

もしかして…ここに来る?

来ちゃう?」


そう言って、部屋をうろうろして狼狽えている。


「…こうなったら。アレ出す? 出しちゃう?

出しちゃったら、あいつに何言われるかわかったもんじゃないけど…

命あっての物種だよね?」


そう言って、近くにあるコンピュータを操作する。

そのモニターには…。


【グルルルルルルル…】


一体の巨大な影が映し出されていた。


「…こいつなら」


神取直人は満面の笑みを浮かべる。

そのにやけた目が、その影の深紅の瞳を映していた。



-----------------------------



カタカタ…


神取直人は、一人コンピュータのキーボードを打っている。


「…」


そして、


ピー


三度エラーが出る。


「どういうことだ? なんでパスワードを受け付けない?!」


再び、直人はパスワード入力画面を表示して、思いつく限りの文字を打つ。


ピー


しかし、どれも受け付けない。


「なんで? パスワードが変えられている? いったい誰が…」


その時、はっと何か思いついた顔をして、後ろを振り向く直人。

そこに奴がいた…


【…どうした? 何かあったのか?】


「お前か!! パスワードを変えたのは?!」


【…何の話だ?】


「とぼけるな!!! アレは僕とお前の共同制作!!

パスワードを知っているのは、僕とお前だけだ!!!!」


【…フフフ】


そいつは、不気味に笑う。直人はその顔を見て激昂。


パン!!!


懐から銃を取り出して、そいつを撃った。

しかし、弾丸はそいつに命中せずすり抜けてしまう。


「畜生!!!! お前は何がしたいんだ!!!!

こんな時こそアレを使わなくてどうする?!!」


【いや…使うさ…。だが、アレを使役するのはお前ではない】


「く…」


【安心しろ…。別にお前を蔑ろにしたりしない…

お前の取り分はしっかりお前の望むとおりにする…】


その言葉に、多少頭が冷えてくる直人。


「でも…奴らを…襲撃者をどうすればいい?

アレ無しで撃退しろと?」


【大丈夫だ…お前には何より…誰より強い味方がついているだろう?】


そういうと、そいつは片手の指で輪を作る。


「…むう。確かに…、少々焦っていたようだな。

僕には、何より強いカネという味方があった」


【そうだ…、早く準備しろ、奴らが来るぞ…】


「わかった…。だが、ことが終わったら、お前とはじっくり話し合う必要があるな…」


【ああ、分かってる。お前の勝利を信じているぞ】


…と、その言葉を残して、そいつは直人の前から姿を消した。


「フン…相変わらず不気味な奴め…。幻術で姿だけよこすとは…僕を舐めやがって」


直人は苦虫を噛み潰したような表情で、先ほどの幻術が立っていた場所を睨み付ける。


「まあいい。今は襲撃者の迎撃を考えないと…」


直人はそうつぶやくと、足早にその部屋を出ていく。

迎撃に適した場所で、奴らを迎え撃たねばならない。



-----------------------------



同時刻

かの復讐鬼・アラン・グラスゴーと相対するため残った美奈津は、その強化人間の戦闘力の前に攻めあぐねていた。

相手は、肉体を極限に強化しているとはいえ、あくまでも一般人に過ぎない。

本来なら、呪術による高等格闘戦術を習得している美奈津にかなうはずもないのだが…。


ダダダダダ!!!!


アランの左手に構えたアサルトライフルが火を噴く。その弾倉には、対妖怪用の魔力付与弾が込められている。


「く…」


美奈津はそれを避けながら唇をかむ。

それは、実のところ美奈津を狙っているわけではなく、近づけさせないための牽制であった。


(クソ!!! 殴ろうにも近づけねえ!!!)


「かかかかかかかかかかかか!!!!!!!!!!」


アランは、美奈津を牽制しつつ嘲り笑う。

銃弾の嵐の前に、ただ回避するしかない美奈津は、つい叫んでしまう。


「てめえ!!!! あたしとまともにやり合う気はないのか?!!!」


その言葉をアランは正面から受け止め、心底馬鹿にした表情で美奈津を見据えた。


「マトモ?! マトモとは何だ?!

ゴミが、人間様の言葉をしゃべるな!!!!!

ゴミはゴミらしくボロクズになっていればいいんだよ!!!!

かかかかかかか!!!!!」


その絶対零度の視線は美奈津の心を刺し貫く。


(あれは…、昔のあたし…)


かつて、一族を虐殺した人間を憎悪し、ただただ否定の対象としてきた美奈津。

かつての彼女の瞳は、あんなふうに光を映していなかったように思う。


(だから!!!)


美奈津は瞳に力を宿す。

かつての狂っていた自分が目の前にいるなら、それを否定するのは自分の仕事なのだ。

その意思を示すように、美奈津はあえて敵の弾丸の嵐の中に身をさらした。


ダダダダダダダダ!!!!!


弾丸の嵐が美奈津を襲う。しかし、


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!!」


その美奈津の叫びとともに、光の格子が現れ弾丸を切り裂いていく。


「ぬ?!」


不意にアランの笑顔が消える。

美奈津はついにアランの懐に到達、その神速の拳を振りぬいたのである。


ズドン!!!!


美奈津の金剛拳が、アランの霊体を揺さぶる。


「くお!!!!」


アランはそれでも倒れず、懐に手を入れた。


(二撃目!!!!)


そう美奈津が拳を一閃させようとした瞬間、美奈津の目前が真っ白に変化する。

それは、アランが懐から取り出した閃光弾の光であった。


「く!!!!」


視覚を奪われ、よろめく美奈津。その隙をアランは見逃さない。

アランは右拳を美奈津に向けて、光弾を射出する。


ドン!!!!!


美奈津はそれをまともに受けるしかなかった。


「があああああ!!!!!!!」


美奈津の左腕が、その部分だけ宙を舞う。


「ち…急所を外したか…」


アランは少し悔し気に呟く。

その目前には、片腕を失った美奈津がいた。


(クソ…。もし、直前に金剛拳を当ててなかったら。さっきの一撃でやられていた)


美奈津は、血反吐を吐きながら、なんとか立っていた。


「かかかかかか!!!!!!

良い姿だなゴミ!!!!! そのままバラバラに砕いて、焼却して灰に変えてやる!!!!」


アランの嘲り声がフロアーに響く。

美奈津は悔しげに、血の匂いのする息を一つ吐いた。



-----------------------------



その時、真名たちは迷路を越えて、とあるフロアーにたどり着いていた。


「…」


真名達はその部屋の光景に、一様に苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

その部屋は保管所だった。


その暗い部屋には、いくつものカプセルがあり、その中には培養液に沈められた妖怪たちがいた。


「機械化妖怪の保管所か…」


真名がそう呟くと。不意にフロアーの電灯がともる。


「ようこそ襲撃者諸君」


いつの間にか、カプセル郡の影に一人の男が立っていた。

下卑た笑いの張り付いた顔の、スーツ姿の優男。

髪をオールバックに整えているその男こそ、神取直人その人であった。


「貴様が…、いわゆる奴隷商人でいいのか?」


真名は心底冷たい目で直人を睨んで、それだけ口にする。


「まあ…確かにそう呼ばれてはいますね…。

でも…」


直人はいやらしくニヤリと笑って言葉を続ける。


「彼らは…奴隷ではありません。

私の作った『兵器』です。

だから武器商人が正しいと言えますね」


そう言って胸を張る直人。


「…どっちでも同じだ外道」


真名は嫌悪感を隠さずそう言った。


「外道ですか…。

良い響きですね? ビジネスマンは少なからず外道であるモノですよ?

カネで人の心すら売買するのですから」


直人はそういうと、近くのコンソールに手を伸ばす。


「では…私のカネの力を見せて差し上げましょう!!

ビジネスマンとして!!!!!」


その瞬間、真名たちの周りのカプセルが次々にはじけた。


「さあ行きなさい。我がカネズル達よ!!!」


その言葉に反応するかのように、はじけ壊れたカプセルから機械化妖怪たちが這いだしてくる。


「いまさらこんなもの!!!」


真名はそう叫んで、一体の機械化妖怪に向かって駆ける。拳一閃。


ズドン!!


真名の金剛拳が、機械化妖怪に命中した。


「?!」


次の瞬間、真名は妙な違和感を感じた。


「ぼおおおおおおおお!!!!!!」


突如、機械化妖怪が吠える。そして…


「な?!」


真名の一撃を受けた機械化妖怪は、その肉体の表皮がずるりと剥けて、原形をとどめない肉の塊となって真名に襲い掛かったのである。


「ははははは!!!!! どうですか?!

私の『兵器』は?

今回はちょっと特別製の高価な薬品を使って超強化しているんで。

そう簡単に勝てると思わないでくださいね!」


そして、そのフロアーは阿鼻叫喚のるつぼと化した。

もはや、元の種族すら分からないその肉塊たちは、真名たちの攻撃に怯むこともなく、ただ覆いかぶさり押しつぶいしていく。


「ち…厄介な!!」


肉塊からなんとか逃れた真名がそうひとりごちる。


「はははは!!!!!!

さすがですね!!!!!

私の『兵器』達はとっても優秀だ!!!!!

みなさん、とっととくたばりなさい!!!!!」


直人は、その状況を傍で眺めながら、楽しげに手をたたいている。


「ははは!!!!

やはりカネは偉大だ!!!!!

カネさえあれば、兵器はつくり放題!!!!!

どんな奴が相手も私は負けない!!!!!」


直人は完全に調子に乗っていた。だから、彼らが近づいてきていたことに気づかなかった。


<蘆屋流真言術・天魔焼却てんましょうきゃく


ドン!!!!!!


凄まじい爆炎がフロアーを包む。


「ひえ?!!!!」


その爆風に吹き飛んで転がる直人。

フロアー全体を炎が覆い、敵味方関係なく包み込む。


「なんだ?! 何が?!」


直人が目をぱちくりさせて、腰を抜かしている間に、炎は肉塊と化した機械化妖怪達を灰に変えていった。


「どうやら間に合ったようですね?」


不意にフロアーの入口の方から声がする。そこにいたのは、


「ちょっと遅れました、真名さん」


傷が癒えて真名を全速で追って来た潤であった。


「バカな? 味方まで巻き込んで炎術を使ったのですか?」


そのあまりの行動に、さすがの直人も顔を青くしていた。


「大丈夫ですよ? この炎術は、目標となるモノ以外燃やしませんから」


潤はそう説明する。


…そう、その言葉通りであった。

真名たちは、地面に転がりつつも、やけど一つせず生きていた。


「助かったぞ潤」


真名はそう言って、立ち上がって拳を握る。

そして、


「え?」


神取直人は、その一言を残して、ほおけた顔のまま宙を舞った。


ズドン!!!


直人は空中できりもみ回転してから地面へと落ちる。


「あ…が?」


その時、直人の頬は赤く腫れていた。もちろん、真名が拳で殴りとばしたからである。


「なかなか、面白いものを見せてもらった。

そのお礼だ…」


真名は絶対零度の視線で、直人を睨み付ける。

直人はその視線を受けて、やっと自分の状況を理解した。


「ははははは…まさか我が兵器が…全滅?」


その事実をやっと理解した直人は、次の瞬間、


「すみませんでした!!!!!!」


その場に土下座した。


「…」


真名たちの冷たい視線が直人に突き刺さる。しかし、直人はそれに構わず額を地面に擦り付けながら土下座をする。


「ど…どうか命だけは…命だけはお救いくださいませ!!!!!!!」


「あれだけのことをして…。

今までしてきて、それで許されると?」


真名のその言葉に、さらに直人は額を地面にこすりつける。


「いや!!!! 今までの事は!!!!

全て神藤業平の命令で!!!!!!

私はいやいやだったのであります!!!!!!!」


…でも、その場の誰もその言葉を信じることはなかった。

当然だ、先ほどの超絶キマった感じの直人を見ていれば、いやいやだったなどだれが信じる。


「どうかお慈悲を!!!!!」


それでも、直人は土下座をやめない。

その姿に、皆が呆れ始めた時…


「そ…そうだ!!!!

これから奥に進む皆さんに、有益な情報を差し上げます!!!!!」


直人そう言って顔を上げる。


「情報だと?」


あきれ顔の真名が直人を睨むと。直人は…


「ええ! この奥には神藤業平だけではなく。その右腕のフリーデル…そして『あいつ』がいます!」


そう言って揉み手をし始める。


「あいつというのは…神藤のブレイン…。組織の作戦の裏に常にいる存在で…。

組織の影の支配者ともいえる男です!」


真名はその存在に覚えがあった。


「黒衣の宰相?」


「ええ! そいつですよ!!!」


真名の問いに、嬉しそうに直人が答える。


「黒衣の宰相は実は…じんまたいせんの…」


…と、直人がそこまで喋った時だった。


「ぴゃ?!」


不意に直人が奇声を上げた。


「どうした? 『じんまたいせんの』?」


真名がそう聞き返しても、直人は奇声をやめなかった。


「ぴゃぴゃ!!」


そう叫びながら直人がその場を転げまわる。

そして…


ボン!!!!


次の瞬間、直人の頭部がはじけ飛んだのである。


「…」


真名は苦い顔をして直人の死体を見る。


「どうやら。何者かに『呪い』をかけられていたようだな…」


情報をペラペラしゃべろうとする直人を、何者かが始末したのだろう。真名はそう結論付けた。


「先ほどの、この男の言葉…まさか…」


真名は、先ほどの直人の言葉から、一つの言葉を導き出す。

その言葉とは…


人魔大戦じんまたいせん…」


真名は、その予測に不吉な予感を感じ取っていた。



-----------------------------



「かかかかかか!!!!!」


その時、美奈津とアランの戦いは一方的なものになっていた。

アランは、激しく嘲笑しながらアサルトライフルを打ちまくる。

美奈津は失った片腕を押さえながら、なんとかそれを回避していく。


「かかか!!!

そら!!! いい加減あきらめろ!!!!!

貴様らゴミは、ゴミクズになるのが相応しいのだ!!!!」


「く!!! は!!!」


苦しげに血の息を吐く美奈津は、反撃することもままならず、ただ逃げることしかできない。


「そうだ!!!!!!

もっと苦しめ!!!!!!! もっと嘆くがいい!!!!!!

俺の家族を…仲間を殺した報いを受けろ!!!!!!!!!」


アランは嘲笑いながらそう叫ぶ。

美奈津は虐殺者ではないのだが、アランにとってはどうでもいい…みな同じ存在なのだ。


「無意味に死ね!!!!!!!

苦しんで死ね!!!!!!!!

俺が今まで始末してきた、ゴミどものように!!!!!!

自分の生を後悔しながら死ねええええええええ!!!!!!!!!!」


アランは狂ったように叫ぶ…、実際アランは狂っているのだが…。


「畜生…」


美奈津はただそれしか言うことが出来ない。

アランの嘲笑が…叫びが…、美奈津の心から抵抗の意志を削っていく。


(こいつは…ここまで…)


美奈津は、アランの叫びが…光のない狂った目が…どうしてそうなったのか、心臓を抉られるほど理解できた。

かつては、自分自身がそうだったから…。

…いや、実際自分はあそこまで狂っていたろうか?

自分には、それでも自分を教え導いてくれる者たちがいた…。

自分の闇に染まった心は間違っているのだと、答えてくれる者たちがいた。

あの時、自分が否定した…、真名以前の師匠達さえ、今思えば自分のことを想って導いてくれたのだ。

だから、狂わず生きている自分がいる。


あるいは、アランはそういった存在がいなかったのかもしれない。

だから狂うしかなかったのだろうか?


「くは!!!!」


美奈津は、また大きく血を吐く。

足が…自由にならない。


「かかかかかかか!!!!!!!

死ね死ね死ね死ね死ね!!!!!!!」


その嘲笑が意志と足を鈍らせる。

そして…、ついにその時は来た。


「あ…が…」


美奈津は足をもつれさせてその場に倒れてしまう。

もう限界だった。


(蔵木…、師匠…、潤…)


血を吐きながら突っ伏し、凶弾の到達を待つ美奈津。


(ごめん…、あたしは…もう…)


その一瞬で、美奈津の心にあらゆる情景が浮かんでくる。


一族の集落が襲われ蔵木に庇われたこと…。

その蔵木の死と、我乱の嘲笑。

ほかの一族に保護されて、育てられたこと。

師匠に反発し、脱走を繰り返していたこと。

そして、真名師匠との出会いと、潤との出会い。


その瞬間にも凶弾は群れを成して美奈津に襲い掛かってくる。

美奈津は目を閉じた。


「美奈津!!!!!!!!」


不意に美奈津の耳の叫び声が響く。

その声に美奈津が目を開くと…。


「貴様ら!!!!!

邪魔をするか?!!!!!!」


アランが叫ぶ。その視線の先には…


「みんな…」


美奈津を庇って、防御術式を展開して銃弾に立ち向かう者達がいる。それは…


「人間が!!!!!!

ゴミを庇うのか?!!!!!!!」


美奈津を庇って立ち向かっているのは、蘆屋一族の陰陽法師、土御門の陰陽師…そして、仲間の妖怪達。


「遅れてすまん」


それまで、アラン配下の強化人間達と戦っていた仲間が、美奈津を助けるために集まっていた。

みな一様に傷を受け血を流している。

その中の一人の陰陽法師が、アランに向かって叫ぶ。


「うるせえよ!!!!!!!

さっきからゴミゴミって!!!!!!!

俺たちの仲間をこれ以上馬鹿にするな!!!!!!!!!!」


その言葉にアランが叫ぶ。


「ゴミが仲間だと?!!!!!

正気か? 人殺しのゴミどもを庇うか!!!!!!!」


その言葉に、また別の人間が反論する。


「てめえの事情なんか知るか糞が!!!!!!!!!

美奈津は、俺たちの仲間だ!!!!!!!

それを殺そうとするなら、てめえは敵だ!!!!!!!」


「…そうだ!!!!!!

お前にどんな過去があろうが知るか!!!!!!!!

この、妖怪殺しの虐殺魔が!!!!!!!」


美奈津の仲間たちは、口々にアランに向かって叫ぶ。


「…みんな」


美奈津がそう言って皆を見回すと。


「美奈津…」


それに声をかけたのは、同じ部隊の徳田と加藤だった。


「大丈夫か美奈津…」


「徳田さん…」


「遅れてすまなかった。もうちょっと早ければ、お前にここまでの傷を与えることもなかったんだが」


「加藤さん…」


美奈津の目から不意に涙が流れる。

それに驚く徳田と加藤。


「大丈夫か?」


「傷が痛むのか?」


その二人の言葉に、美奈津は涙をぬぐって。


「いや違います。痛みなんて…吹っ飛びました。

うれしいんですよ…」


その瞬間、美奈津の顔が笑顔になる。


「こんなにみんなが…人間があたしを仲間と言ってくれるのが」


美奈津は片腕でなんとか立ち上がろうとする。

それを徳田と加藤が支えて…


「徳田さん加藤さん」


美奈津が両足でしっかり立ち上がる。


「みんな…」


自分を庇って凶弾に身をさらしている仲間たちに声をかける。


「もう大丈夫だ」


その瞳には強い力が宿っている。


「美奈津?」


皆が、仲間がそれでも心配そうに美奈津を見る。

美奈津は顔を上げて、決意に満ちた表情をアランに向けると、力の限り叫んだ。


「アラン!!!!!!!!!

てめえが過去にどんな苦しみを、どんな悲しみを!!!!!!!!!

…どんな憎しみを宿して生きてきたか、あたしですら理解は不可能かもしれない!!!!!!!!!

だがな!!!!!!!!

てめえが、今、無意味に妖怪を虐殺するなら、てめえは!!!!!!!!!

今のお前は、ただの虐殺魔だ!!!!!!!!!

もうあたしは、あんたの過去を顧みない!!!!!!!!

てめえは、あたしの!!!!!!!!

…あたしの仲間の敵だ!!!!!!!!!」


そう叫ぶ美奈津の全身に光が宿った。

それは、潤から送られてくる霊力の輝き。


(そうだ!!!! あたしは一人じゃない!!!!

潤との絆…確かに感じている!!!!!)


ならば…


「あたしはもう負けない!!!!!!」


次の瞬間、美奈津は変身した。


「な?!!!!」


アランは驚愕の表情で美奈津を見る。


美奈津は、その失った腕が元通りに戻っていた。

全身の傷が消えて、輝く白銀の鎧を身に着けていた。

それは、潤の使鬼としての姿であった。


「みんな!!!!! 下がれ!!!!!

こいつはあたしがぶっちめる!!!!!!!!」


美奈津はそう叫んで、一気にアランに向かって加速した。


「く!!!!!」


アランは苦しげな表情で、アサルトライフルの引き金を引く。


「きかねえええええええええ!!!!!」


魔を穿つはずの銃弾はすべて美奈津の体にはじかれる。

美奈津は一気にアランの懐に飛び込んで、その想いの全てを拳に込めて放った。


ズドン!!!!!


アランの体が一瞬浮かぶ。そして、


「はあああああああああ!!!!!!!」


美奈津は気合の声を上げる。そして、足を踏みしめ、空にいる敵に向かって拳を放つ。


「金剛拳!!!!」


次の瞬間、美奈津の体から霊力の帯が噴き出す。それは、2対の霊装怪腕。


「サンゲサンゲ…六根清浄!!」


2対の霊装怪腕と、1対の腕が、超高速で敵に連続で突き刺さる。



「サンゲサンゲ…六根清浄!! サンゲサンゲ…六根清浄!! サンゲサンゲ…六根清浄!!」


ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドン!!!!!!!!!


さらに、超高速の連撃がアランに突き刺さっていく。


「サンゲサンゲ…六根清浄!! サンゲサンゲ…六根清浄!! サンゲサンゲ…六根清浄!!」


ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドン!!!!!!!!!


20発…40発…


「サンゲサンゲ…六根清浄!! サンゲサンゲ…六根清浄!! サンゲサンゲ…六根清浄!!」


ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドン!!!!!!!!!


60発…


「サンゲサンゲ…六根清浄!! サンゲサンゲ…六根清浄!! サンゲサンゲ…六根清浄!!」


ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドン!!!!!!!!!


80発…


「サンゲサンゲ…六根清浄!! サンゲサンゲ…六根清浄!! サンゲサンゲ…六根清浄!!」


ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドン!!!!!!!!!


そして、100発…


「ががっがあががっががががががががががががががっががががががが!!!!!!!!!!!」


アランは、空中でズタボロになり、木の葉のように舞い続ける。


そして、


「サンゲサンゲ…六根清浄!!」


ズドドドドドドドン!!!!


さらに7つの連撃を与えた美奈津は、そのまま大地を強く踏みしめる。


「聖 根 注 入 ! ! ! ! !」


おおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!


美奈津は、その身に残ったすべての霊力を拳に送り込んだ。そして、


<蘆屋流体術奥義・金剛拳阿修羅連打こんごうけんあしゅられんだ


ズドン!!!!!!!!!!!


108回目の最後の一撃をアランに見舞ったのである。


「ぐげははあっはははははあはあはあああああ!!!!!!!」


アランは血反吐を吐いて宙に舞った。


「はあはあ…」


美奈津は大きな息を吐いて呼吸を落ち着かせる。

次の瞬間、激しい衝撃音とともにアランが地上に落ちる。


「終わった…のか?」


仲間のうちの誰かがそう呟く。


「アラン…」


美奈津がそう呟いた時、


「ぐ…は…」


アランがそう息を吐いた。


「げ!!! まだ?!」


つい、仲間の一人がそう叫ぶ。


「か…カレン…」


アランはそう呟いて身を起こす。


「俺は…お前たちの敵をとる…」


アランは足を踏みしめその右腕を持ち上げる。


「少なくとも貴様は…」


アランの右腕に光が宿る。しかし、それは先ほどとは明らかに違う深紅の輝き。


「俺とともに滅びろ…」


そうアランはつぶやいた。


(自爆か!!!!!!!)


そのアランの言葉で美奈津はすべてを察した。そして、


「…!!!!!!」


一瞬、逡巡したあと一気にアランに向けて駆けたのである。


<金剛剣!>


グサ!!!!!


「ガハ!!!!!!」


美奈津の光の刃が、アランの腹に突き刺さり、その向こう側に貫通する。


「ごめん…」


その美奈津の言葉とともに、アランは力を失いその場に倒れた。


「…」


その光景を、美奈津の仲間たちは静かに見守る。

仲間たちは理解していた。その時の美奈津の表情が、苦し気である理由を…。


「ごめん…」


美奈津はつぶやく。その頬を涙が伝った。


「か…」


アランはかろうじて意識を保っていた。しかし、


「カレン…どこだ?

ミランダ母さんが呼んで…いるぞ?」


「…」


美奈津は泣きながらそのアランを見つめる。

そして…、


「お父さん…私はここだよ」


そう呟いた。


「おお…カレン…どこにいっていたんだ? 心配したじゃないか」


「ごめんねお父さん」


「ああ…カレン。よかった、私はさっき嫌な夢を見たんだ…」


「どんな夢?」


「お前や家族や、街の仲間がみんな…みんないなくなる夢さ…でも」


「私たちはここだよ。ここにいるよ」


「そうだね…よかった、本当に…」


「…」


「ああ、私は…しあ…わ…せ…だ」


そのままアランは事切れたのである。


「美奈津…」


徳田と加藤が、美奈津のもとへと来て声をかける。


「なあ…こいつは虐殺魔だけど…」


美奈津は皆に向かって振り返って言う。


「死ぬ間際くらい幸せでもいいよな?」


その言葉に、仲間たちは答えなかった。

おそらく、本当の答えなんてないだろうからだ。


「美奈津…」


徳田が美奈津の肩に手を置く。

それに、美奈津は笑顔で返した。


「みんな…ありがとう。

奥に進もう…」


その美奈津の感謝の言葉には、助けられたこと以外にも、何か想いか込められていたように皆は感じた。



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西暦2022年2月18日 0:00

本部攻略部隊・後方支援仮拠点


その時、土御門咲夜は忙しく走り回っていた。


「そこのあなた! そちらの薬をその怪我人に注射!

そちらの患者は手術の準備!!!!」


咲夜は後方支援部隊の隊長を務め、部隊の隊員たちに的確な指示を飛ばしている。


今、仮拠点は前線から帰ってきた負傷者の治療で大忙しだった。

さすがの攻略部隊でも、完全に犠牲者ゼロとはいかない。たとえどんな綺麗な奇襲でも負傷者というのは出るモノだ。ましてや、今回の目標はかの赤き血潮の輪の結社レッドリング本部である。絶え間なく負傷者が運び込まれてくる。

そんな、ある意味『戦場』にあって、喜べる情報も入ってきていた。赤き血潮の輪の結社レッドリングの四幹部のうち三人を倒したという話であった。

それは、後方支援部隊の皆に元気を与えた。


「真名…。おそらく無事でしょうけど…。これからが本番ですわね…」


忙しく走りまわりながら、そう咲夜はつぶやく。


「…でも。何か嫌な予感がぬぐえませんわね」


現在、攻略部隊は、敵本部の七割を制圧している、このままなら普通に完全制圧可能だろうと、普通は考える。しかし、


「…作戦の前に行った、未来探査で黒い染みの様な予測不可能領域が現れたのは、何か切り札的なものを赤き血潮の輪の結社レッドリングが隠しているからでしょう」


月の出た夜空を見上げて咲夜は祈る。


「私以外の者に殺されないでくださいね? 真名…」



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赤き血潮の輪の結社レッドリング本部の最奥にあるフロアー。そこに複数の人影があった。


「…そうか、一刀が…」


その場に負傷した兵士たちが駆け込んできて、悪い情報を口々に報告していく。


「…一刀さんだけでなく、アランも、直人さえも逝ったようね」


そう呟くのは、元死怨院乱月の弟子であった天童明である。


「糞!!! こんなことって!!!!」


そう言って悔しがるのは、神藤業平の弟子、大井直治であった。


「…どうやら。ここもおしまいみたいだね?」


そう言ってへらへら笑っているのはフリーデル・ビアホフである。

その、笑いが気に入らなかったのか、直治がフリーデルに噛みつく。


「てめえ! おっさん!! 仲間が死んでんのにその笑いは…!!!!」


「…別に、笑おうが悲しもうが事実は変わらんでしょ?」


「それは!!! …そうだけど…」


それでも不快な表情でフリーデルを睨む直治。

それをある人物の声が抑える。


「直治…、仲間割れはやめておけ」


「師匠…」


それは、神藤業平本人だった。


「…妖怪に家族を殺され…。

復讐を誓って生み出したこの組織…。

私の予想を超えて大きくなった赤き血潮の輪の結社レッドリング…。

それも終わりか…」


業平は過去を思い出す。

現在組織を構成している多くの者たちの過去に比べれば、何の変哲もない捻りもない『きっかけ』。

妖怪への復讐心だけでここまでこれたのは、ある意味相当の強運だったのだろう。

それが終わろうとしている。


「まあ…。目標はほぼ達成してはいるが」


同じ意志をもってついてきてくれた部下には、申し訳ないことをしたとため息をつく。

おそらくこうなる運命であろうことは、神藤業平はよくわかっていた。

妖怪も人間もその心の奥はそう変わらない…。

そんなことは、ここ数十年の戦いで理解していた。

でも、自分を旗印についてきた者達の意志を無視することはできなかったのだ。

…だからこそのこの結末。

果たしてこの道しか、残されてはいなかったのか?

神藤業平はそう考える。


「直治…」


業平は再び弟子を呼ぶ。


「お前は、明を連れてここを去れ」


「な?!!!」


それは師匠の信じられない言葉。


「なんで?! 俺たちも戦って…」


「死ぬな…」


「!!!」


業平は優し気な瞳で直治を見つめる。


「お前たちは。我々の部下とはいえ、凶悪妖怪の退治以外の仕事はしてきていない。

彼らに捕まってもそうそうひどいことにはなるまい」


「でも!!!!!」


「直治…。私やフリーデルは血を浴びすぎた…。

ここで消えるのは運命だ…。

だがお前たちには未来がある…」


「師匠…」


直治は今にも泣きそうな目で業平を見る。

その直治にフリーデルが言う。


「なあ小僧…。業平の気持ちを察してやれ…。

愛弟子たちが死ぬのを見るのは…あまりにつらいんだよ」


「…」


その言葉に、直治も明も黙り込む。その二人に業平が頭を下げる。


「今までついてきてくれてありがとう…。

そして、お前たちは自分の望むように自由に生きてくれ。

…俺のようには…決してなるな」


その言葉を聞いて、もはや二人は反論できなかった。

明が口を開く。


「直治…行きましょう?」


「明…」


直治はそう答えると、後ろ髪を引かれる想いでその場を去っていった。

その姿を神藤業平はいつまでも見つめていた。


「なあ、フリーデル…」


「なんだ相棒?」


「俺は…不幸をまき散らしただけか?」


「…そうだな」


「心の中にある憎悪を俺は消せなかった…消したくなかった。

だから全力で走ってきた…」


「…そうだな」


「でも、所詮俺のしたことは、俺の家族を殺した妖怪と同じではなかったか」


「…そうだな」


その答えに、業平は静かに笑う。


「そう答えるであろうお前だから…いままで相棒としてやってこれたんだな」


「これからも相棒だろ?」


「そうか…そうだな。

ならば…」


そこまで業平が呟いた時。


「最後の仕上げをしようではないですか」


そう答えるモノがあった。

それは、いつの間にか業平たちの傍らに立っていた黒衣の男。


「…来たか」


「ええ来ましたとも…。とりあえずは、私は傍で見物させてもらいます。

彼らが…自分から引き金を引くのを…」


「…」


フリーデルはその黒衣の男を、無表情で見つめる。


「フフフ…大丈夫。私の言う通りにすれば、すべては完了する。

貴方の憎悪は解放されるのです」


「…そうだな。人間は目覚める…」


業平は決意の表情でつぶやく。


「今まで見えていなかった世界が見えるようになる。

混乱は起こるだろう…人も多く死ぬ…でも。

だからこそ、その先で『異物』は消えて皆同じになる」


神藤業平は黒衣の男を一瞬見てから言う。


「真の世界に…誕生のための痛みを…。

本当の赤き血潮の輪を…完成させるために…」


その言葉を、黒衣の男は満足げに眺めていた。



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西暦2022年2月18日 00:30

赤き血潮の輪の結社レッドリング本部


真名たちはついに、神藤業平の待つ最奥フロアーに到達した。

その途中の罠や妨害で多くの仲間が脱落し、あるいは敵本部内の戦況を安定させるために各所に残り、今真名とともにいるのは矢凪潤、アーク、リディアを含めて、初期戦力の二割に満たなかった。


「神藤…業平…」


真名が、フロアーの中央部で、一人佇む男にそう声をかける。

その男は、親しい友人を迎えるかのように笑った。


「ようこそ…襲撃者たち…。

蘆屋一族…土御門…そして、世界魔法結社アカデミー…総出でご苦労だったね?」


「神藤業平…。もうほとんどの仲間が捕縛されている…、だからお前もお大人しく縛につけ」


真名がそういうと、業平は笑顔を深くして…、


「そういう訳にはいかないな…。

私も組織の長としての矜持がある…」


そう答えた。真名は、


「戦わなければだめなのか?

…そうしなければ人間の誇りは守れないのか?」


そう業平に語り掛ける。


「そうだね…。

私はどこまでいっても人間だ…。

妖怪の被害を受け…、そして苦しんでいる当事者として…、同じ仲間の長として、妖怪どもを許すわけにはいかないのだよ」


「人間も…妖怪も…変わらぬだろうに…」


「…そうかもしれない。

でも、そう知識で語ることはできても、同じ領域で生活していない『異物』のことは理解できない。

そこに争いが起こるのは当然の帰結だ…」


「止めることは…」


「できないな…蘆屋の夜叉姫…」


もはや問答無用、そういう雰囲気で神藤業平は懐に手を入れる。

そうして出したのは一丁の拳銃。


(ただの拳銃ではない…)


…そう、その拳銃からは明らかに、呪の波動が感じられた。


「この拳銃は、自動装填式符弾投射機。

私の格納呪内の符を弾丸に変化させて、自動的に装填してくれる特別製の最新武器だ」


「ほぼ無限に、超高速の符弾を打ち出せるのか!」


「その通りだ…そして…」


その業平の言葉に答えるよう、五つの影が姿を現す。


「神藤五将!!!」


やはりというか、当然彼ら神藤五将は、業平の傍に控えていた。


【主よ…最後の…戦いですかな?】


賢翁火亀がそう呟く。

業平は…


「その通りのようだ…最後まで付き合わせてすまないね」


そう言って笑った。

それに対し、


【いえ…主殿の命なれば…この爺の命など…】


そう言って頭を下げる五体の使鬼達。


「では…始めた方がいいですか?」


そう言って銃口を真名に向ける業平。

その時、


「対戦相手を勝手に決められると困るんですがね?」


そう言ってアークが真名の前に立った。


「まさか…いまさら真名さんと一対一で戦えるとでも?」


今フロアーにいるのは業平一人と神藤五将。

相手は、残り二割とはいえ、まだ数十人もの戦力を残している。


「多勢に無勢か…」


「そうですよ。

もう戦っても意味がないんです」


「意味は…ある…」


「それはいったい?」


次の瞬間、業平がにやりと不気味に笑う。


バン!


不意に炸裂音がフロアーに響いた。


「な!!!!」


「主?!!!!!!!」


アークとリディアが叫ぶのは同時だった。


いつの間にか、部屋の隅にいたフリーデルが、血の弾丸を撃ってアークの周囲に陣を展開したのだ。


「これは!!!!」


「無敵の剣士というのも考え物だね?」


業平は笑う。


「無敵ゆえに…強すぎるゆえに…受け身が多くなる。

敵の攻撃を受けてもケガ一つ受けないがゆえに、無防備になってしまう」


その血の弾丸の陣は…。


「捕縛陣か!!!!」


真名がそう叫ぶ。


「まさか…仲間の誰も気づかないほどの隠蔽術?

それで隠れて…この展開を狙ったのか?」


アークは苦し気にそう呟く。

真名たちは、当然このフロアーに入るときにも警戒して、何重もの探査術で調査してから入っていた。

どこに罠があるかもわからないからである。しかし、


「こいつらは!!!!」


潤達は、周囲の状況の変化に驚いていた。

自分たちが、十数人のも深紅の服の兵士たちに囲まれていたからである。


「これは!!! レッドチーム?!」


そう、それは赤き血潮の輪の結社レッドリングの、最も謎の多い呪術師・魔法使いで構成された戦闘チーム。


「なんで? こんなこと、探査術が効かなかったなんて」


【当然だ…】


不意に神藤五将の皇帝土龍が口を開く。


【俺の『儚い皇帝』による、この世で一度きりの大魔法だからな】


「そうか…それで」


…そう。皇帝土龍の『儚い皇帝』は、一種類一度きりだけ奇跡を起こせる超魔法のようなモノなのだ。


「だが!!! 僕を甘く見過ぎだよ!!!」


アークは全身に力を籠める。

血の弾丸の陣が軋みを上げ始める。


「ほう、さすが剣士セイバー。この特別製の対魔王縛陣を砕こうとするか?!」


フリーデルがなぜか嬉しそうにそう言って笑う。


「…たしかに。君の力なら、数分で砕けるだろうね? でも…理解しているかい?」


「なに?」


業平のその問いに、疑問符を投げるアーク。

次の瞬間。


【取り合えずこれで。俺の『儚い皇帝』は打ち止めだぜ】


そう言って、皇帝土龍が目を深紅に輝かせる。

その光を浴びて、アークは岩になったかのようにピクリとも動かなくなる。


「御主人!!!」


慌ててリディアがアークに縋り付く。


【無駄だぜ…俺の能力で、その剣士セイバーの時間の流れを切り離した。

俺がどうにかならんかぎり、この大魔法は消えない】


「糞!!!」


リディアはそう叫んで皇帝土龍を睨む。


「さて、これでとりあえずの邪魔は消えた」


そう業平が呟く。

その言葉に呼応するように、周りのレッドチームもそれぞれの武器を構える。


「…どうしようもないか」


真名がそう呟く。

その言葉に合わせて、潤達も武器を構える。


「始めようか…」


業平のその言葉が、戦闘開始の合図となった。



-----------------------------



その時、黒衣の宰相は、フロアーの片隅で自分独自の隠蔽術で隠れていた。


(始まった…、また…)


黒衣の宰相の目は、業平を真名を見て、そして…、


(また始まった…)


何か懐かしいものを見るかのように目を細める。


(こちらも準備をしようか…)


神藤業平の先ほどの言葉を思い出す。


『今まで見えていなかった世界が見えるようになる。

混乱は起こるだろう…人も多く死ぬ…でも。

だからこそ、その先で『異物』は消えて皆同じになる』


『真の世界に…誕生のための痛みを…。

本当の赤き血潮の輪を…完成させるために…』


黒衣の宰相は薄く笑う。


(業平…甘いな…

それで世界が正しくなると思い込んで…。

結局、貴様は理想主義者…。

現実はそうはならない…)


黒衣の宰相は過去を思う。


(さて始めようか…真の私の計画…)


…と、その時、何処かより、何か巨大な化け物の吠え声が聞こえてくる。


(最終戦争…人魔大戦を…)



-----------------------------



「業平!!!」


真名は叫んで駆ける。それに相対する神藤業平。


「真名さん!!!」


潤はフリーデルを牽制しながら叫ぶ。


「相棒の邪魔はさせねーよ!!!」


フリーデルは、潤とその使鬼たちを相手に、たったリボルバー銃一本で対している。


(く…。ここは真名さんを信じるしかない…。せめて僕たちは、真名さんの方に他の奴らが行かないよう援護しないと)


戦場には、神藤業平に相対している蘆屋真名と、フリーデル・ビアホフと相対している矢凪潤、そしてそれ以外の者に対しているリディアたちの三つの戦いが起こっていた。

神藤業平は叫ぶ。


「俺にはもはや帰るべきところはない!!!

この場で貴様らと決着をつける!!!!

…命の全てを貴様にぶつけようじゃないか!!!!!

蘆屋道禅の娘!!!!

蘆屋の夜叉姫・蘆屋真名!!!!!!!」


戦場に最後の時が近づいていた。



-----------------------------



「静葉!!! 百鬼丸!!!!」


真名は叫んで自身の使鬼を呼ぶ。


「百鬼丸は神藤五将を頼む!!!

静葉はその援護!!!」


【了解ひめさま!!】【了解ですわ!!!】


二体の使鬼はそう叫んで真名の前に出る。それに神藤五将が向かう。


【ほほ!!! たった二体で我らに勝てるか!!!】


【マッサツ!!!! マッサツ!!!】


【ぐるるる…】【ぴろろろろ…】


【俺もいるのを忘れるな!!!】


賢翁火亀が全身に炎を纏い、輝槍金人が白銀の槍を構え、光鏡水虎が水の渦を生み出し、乱天木凰が雷を放ち、皇帝土龍が石弾を飛ばす。

その戦力差はあまりに大きいように見えた。


【ふふふ!!!!! 甘く見過ぎでしてよ!!!!!】


そう笑いながら、百鬼丸が一気に加速する。


斬!!!!!!


その打刀の一閃で、輝槍金人が一撃で消滅する。


【なに?!!!!!】


その斬撃は、かの剣士セイバーすら超える神の領域の斬撃。


【今回は全力でいきますわ!!!!!

この、蘆屋八大天魔王の力とくと御覧なさいな!!!!】


その動きはまさしく『剣神』のもの。

その剣神の前に、五体の使鬼は圧倒されていた。


【く!!!! 戻れ輝槍金人!!! 属性相性を考えて相対するのだ!!!!】


賢翁火亀がそう叫ぶ。その言葉に反応して光鏡水虎が前に出る。


【火属性の貴様には水属性じゃ!!!】


【がああ!!!!】


光鏡水虎は牙をむいて水流を吐き出す。しかし、


【土龍壁!!!!!】


その水流を静葉の呪術が防いだ。


【貴様!!!!】


賢翁火亀はその光景に牙をむいて怒り声を上げる。


【火属性の鬼神に…、土属性の援護をつけたか!!!!】


それは、火に勝てる水を、土で制圧して戦闘を有利に運ぶ組み合わせ。


【さて!!!!! 真名姫様の邪魔をしないよう、どこまでも私の相手をしてくださいね? 神藤五将!!!!!】


その言葉に、神藤五将たちは一様に苦い顔をした。


その、光景を横目で見ながら、神藤業平は蘆屋真名と符術を打ち合う。


「ふ…、神藤五将を無力化されたか…。これでは援護は期待できないな」


「ふ…その通りだ業平!!! 一対一で相対してもらうぞ業平!!!」


超高速で飛来する符弾を、何とかかわしながら真名は言う。


「フン…だが。符術の性能では、俺の有利のようだな?」


その通りであった、拳銃型符弾投射機による高速射出符術と、人間の手による高速投擲術では、拳銃型投射機の方に分がある。

神藤業平が真名の符を何の苦も無く避けるのに対して、真名は体術と身体強化術、風呪を駆使して何とか避けている状態なのだ。

そのような格差がある状態では、真名の側がすぐにバテてしまうだろう。


「だが…」


神藤業平は警戒する。真名の本命はそこにはないことがわかっているからだ。


「行くぞ!!!!」


そう真名が叫んで加速する。真名は飛翔するかのように、弾丸の雨を潜り抜けて業平のもとへと到達する。


<金剛拳!!>


ズドン!!!


拳一閃、業平が吹っ飛んでいく。


「ぐお!!!!!!!」


苦しげに呻いて、業平はなんとか空中で体勢を立て直す。地面に脚をついてブレーキをかける。

そこに真名の拳がカッとんできた。


「おおお!!!!!!」


<金剛拳連打!!!>


無数の拳の雨が業平に殺到する。業平はなんとか反応した。


「バンウンタラクキリクアク!」


<五芒星障壁>


五芒星の輝きが、殺到する拳をはじく。

しかし、


「それだけで止められるか!!!」


真名の叫びとともに、五芒星の輝きが砕け散る。

一瞬で打撃目標を『五芒星障壁の術式』へと変えた真名が、術式を打ち砕いてしまったのである。


「やるな!!!!」


業平は、さらに殺到する真名の拳を見てにやりと笑った。


ズドドドドン!!!!


拳の威力が業平の身を揺らす。業平はたまらず地面に転がった。


「ガハ!!!!」


その口から血反吐が飛ぶ。


「戦いをやめないなら!!!!

このまま、貴様の意識を刈る!!!!!」


そう真名は叫んで、神藤の意識を奪いに来る。

神藤五将は今動けない。もはやこれまでか?


「くはは!!!!!」


業平は笑い声をあげる。

次の瞬間、業平の倒れている床に水たまりが出来て、その中に業平が消えてしまう。


「これは?! 使鬼の力?!」


「そうだ!!!!」


いつの間にか、業平は真名の背後にいた。


「使鬼の力は、術者の力…。

俺は今も使鬼とともにある」


その手には七つの星の描かれた剣が握られていた。


「く!!!!」


真名は、背後の業平に拳を飛ばそうとする。しかし、その行動は達人相手にあまりに遅すぎた。


ザシュ!!


次の瞬間、真名の右腕が飛ぶ。


「ああ!!!!!!!!」


真名は七星剣でその腕を切り飛ばされていた。


「ナウマクサマンダバザラダンセンダマカロシャダソワタヤウンタラタカンマン」


腕を飛ばされて呻く真名の耳にその呪文が届く。それは、よく知る不動明王の中呪…


不動炎身法ふどうえんしんほう


その瞬間、業平の全身が炎に包まれた。


「く!!!!! それは!!!!!」


それは、弟子である潤も扱える上級身体強化術。

真名が叫ぶより早く、手にした七星剣が一閃された。


「が!!!!」


その一撃で真名の首が飛ぶ。

それはあまりにあっけない終わり…


「ふん…その程度では死ぬまい?! 蘆屋真名!!!」


…ではなかった。


<蘆屋流八天法・霊相転臨れいそうてんりん


一瞬にして霊力の奔流と化した真名の肉体が、元の完全な姿に再構成される。


<金剛拳連打!!!>


「はは!!!! だろうな!!!! 蘆屋真名!!!!」


その再生された真名の拳が業平へと殺到する。

業平は、その拳の流星群を次々にかわしていく。


<蘆屋流八天法・かさね>


<蘆屋流八天法・重活心じゅうかっしん


<蘆屋流八天法・金剛錬身こんごうれんしん


<蘆屋流八天法・明見識法めいけんしきほう


真名は、さらに呪物を消費して、切り札である高等呪術『蘆屋八天法』を展開していく。

真名の動きが一瞬にして神藤業平を超えた。


<金剛拳阿修羅連打!!!!!>


まさしく鬼神のごとき108もの閃光が宙を走る。

神藤業平は、その流星群を、自身の戦闘経験だけで、なんとかかわしていく。

しかし、すべては避けられない。


「ガハ!!!!」


業平はしこたま血を吐く。それでも、なんとか避けきった業平は高速で七星剣を一閃する。


「効かん!!!」


だが真名の体には傷一つかない。


「物理攻撃無効か?! だがこの剣は…」


「そうだな…その剣は呪力を宿している…普通の防御術では防げまい…しかし」


「さっき展開した呪か…」


その通りだった。蘆屋流八天法・金剛錬身こんごうれんしんは、一撃だけ身に受けるあらゆるダメージを無効化するのだ。


「…だが、そうなることは予想していたさ」


業平がそう言ってニヤリと笑う。


「なに?!」


次の瞬間、真名の五感が一瞬でブラックアウトした。


「これは!!!!!」


「そうだ…。我が使鬼。輝槍金人の力だ…。

ダメージは無効化出来ても、副次的な呪いは無効化出来なかったようだな」


「く!!」


真名はよろけてその場に倒れる。

今真名は、何も見えず、何も聞こえなかった。

当然、業平のさっきの言葉も…。


(くそ!!! 一度に維持しておける霊相転臨れいそうてんりんは一回のみ…。このまま次の攻撃を受けたら…)


それは真名の本当の死を意味した。


「さて…これで終わりだ蘆屋真名…。

中々に面白かったぞ…」


そういって嘲笑う業平の声は、真名には届かなかった。

業平の七星剣が頭上に振り上げられ、そのまま真名の脳天に振り下ろされていく。

そのまま、真名は死ぬのか?


【ふああ…】


不意に、業平の背後に何者かが立った。


「!!!」


業平は慌ててその場を飛びのく。そこに、何者かの鉤爪が一閃された。


「貴様!!!!!」


そこにいたのは、ボサボサ髪で目を隠した、口の大きく裂けた一人の男。


「蘆屋八大天魔王・大口?!!!」


それは、まさしく真名の切り札。


「来るか?!!!!」


業平は慌てて構えをとる。大口の次の攻撃を待った。


【…今日の仕事終わり】


しかし、大口はそう呟いて姿を消す。予想外のことに業平は唖然とした。


「これは? なんだ? どういう…」


そう業平が考えていた時、不意にゾクリとした悪寒が業平を襲う。


「まさか?!!!」


業平は、さっきの大口が何をしに来たのかやっと悟った。それは、


「さらなる大呪法を行使するための…

時間稼ぎか!!!!!!!」


そう叫んで真名の方を見た。そこに…凶悪なモノがいた。


「そうだ…。奴との契約で、奴は一日に一回、一瞬しか使役できない。

だから、アレは牽制…、私がこの術を行使する時間を稼ぐための…」


真名の体から巨大で凶悪な妖気が溢れる。


<蘆屋流八天秘法奥義・天羅荒神てんらこうじん


次の瞬間、そこにまさしく一体『夜叉女』が立っていた。

その黄金の瞳がまばゆく輝く。その大妖怪は一気に加速した。

業平は、呪力の全てを身に込めて加速する。

不動炎身法の神藤業平と、天羅荒神の蘆屋真名が、閃光となって激突した。


ガガガガガガガガガガ!!!!!!


二人は空中で幾度も幾十も幾百も激突しては離れる。

それはもはや、人の戦いではなかった。

流星と流星の無限ともいえる激突。

その中で、両者は確かに傷を受けていった。

そして…、


「ガハ!!!!!!!」


ついに神藤業平は、その場に膝をついた。


「…くは、まさか…ここまでとは」


「はあ…はあ…。終わりだ神藤業平」


両者は一様に疲弊していたが、業平の傷はより深く動きを削いでいた。


「蘆屋道禅の娘がここまでやるとは…。

まさしく、俺の終わりにふさわしい戦いだったな…」


そういって、血にまみれた笑顔を真名に向ける。

しかし、真名は業平を睨んで言う。


「なにが終わりだ…まだだ。まだ終わらん」


「戦いがか?」


その言葉に、真名はため息をついて。


「お前の生が…だ」


「俺を生かすというのか?」


「私は…非殺生の禁を身に課している。だから貴様は殺さん。無論それだけが理由ではない」


その真名の答えに業平は大きく笑う。


「バカが!!!! 私が私の行為を反省などするか!!!!!

生かせば私は、このまま同じことをつづけるぞ!!!!!」


「…」


その言葉に、真名は沈黙で答える。


「ははは!!!! 私を止めたくば殺すんだな!!!!

もはや私に帰るべき場所などないと言ったろう?!!!

貴様ら妖怪が奪ったのだ!!!!」


その言葉に、真名は一瞬目を瞑る。そして、


「貴様の帰るべき場所なら残っているさ」


「なんだと?」


その言葉は業平にとって驚きの言葉であった。


「何を言っている?!!! 私の家族はお前ら妖怪に…!!!!」


「…頼まれたんだよ。土下座されて…な」


「なに?」


真名は、業平に静かに告げる。


「大井直治…そして、天童明…」


「!!!!!」


「我々の前に出てくればどうなるかもわからなかった…。

それなのにあいつらは、自分から投降してきて言ったのだ。

お前を…助命してくれと…。自分が代わりに罰を受けるからと…」


業平は呆然と真名を見る。


「お前の帰るべき場所は…あったんだよ。確かにお前の傍に…」


「…直治」


真名の言葉に、業平は目を瞑って沈黙する。そして、


「愚かな弟子だ…」


そう業平はつぶやいた。


「…でも、優しい子だ」


真名はそう答える。


「結局お前はあいつらを、自分と同じ存在には育てることが出来なかった。

いや、ある意味お前の本心を理解した者たちなのだろう」


【…主よ】


不意に、神藤五将たちが、業平の元に戻ってきた。


【もうこれで…】


そういう、賢翁火亀を見つめた業平は、大きく深いため息をついた。


「…どうやら。完全に私の負けのようだな」


神藤はついにその場に座り込んだ。


「これでは…計画もままならん」


神藤のその言葉に、真名が疑問符を投げかける。


「計画? どういうことだ?」


「…私は。この戦いで死ぬつもりだった。

それで、計画は完成する」


神藤業平は語る。


「これは蠱毒…。それを応用した大呪法…。

争いを呼ぶ死怨院乱道の一部を触媒に行われた儀式呪術。

それが、私が戦いの中で死んだ瞬間に発動するはずだった」


「なに?!」


真名は驚愕する。それでは、この討伐作戦も…。


「そう…。我々があえて呼び込んだものだ。戦略の範囲内だった。

だが…最後の最後で失敗するとは」


真名は無言で業平を見る。

このまま、もし彼を殺していたら…。

ある意味、彼の弟子たちに救われたようなものであった。

…と、不意に真名は背後を振り返る。


その先に、その男が立っていた。


「いえいえ…私の計画は続いていますよ?

神藤業平…」


そこにいたのは黒衣の男。


「貴様は…」


真名の問いに答えたのは神藤業平であった。


「どういうことだ?

具現院芳信ぐげんいんほうしん


黒衣の男は…、具現院芳信は嘲笑う。


…戦いの喧騒の中、一人の邪悪がその真の計画を告白する。



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「ククク…」


戦いの喧騒の中、黒衣の男・具現院芳信は笑う。

それに、疑問をぶつける神藤業平。


「まさか…。お前、私を裏切っていたか」


「そうですね。貴方は薄々感づいていたようですが…。

それでも、計画は実行されると思っていたんでしょう?」


「…そうだな。お前のことは知らないことが多いから、完全には信用していなかった。

ただ、計画はまさしく私の思い描いたモノを実現したから…」


「利用していた…つもりだったんでしょう?」


「…ああそうだ」


神藤業平が呆然とした顔で、芳信を見る。


「神藤業平…。貴方の計画は…」


そう言って具現院芳信は語り始める。


「貴方の計画は、要するに再び人類に革新を引き起こすことでした。

…そう、人類は昔から異なる民族がつながろうとするとき争いが起こっている。

貴方は、大呪法で、人間の世界と、妖怪の世界の境界線を破壊しようとした。

そうすることで、争いをおこし…。

…その先に、新たな世界を…。

人類と妖怪がともに住む世界を生み出そうとした」


「な?!」


その芳信の言葉に真名が驚愕する。


「…そう、妖怪は現在、人類史には存在しない、明らかな『異物』とされています。

ほんのわずかな…限定的なつながりしかないので、お互いに理解できない『異物』と断じ、その付き合いも限定的であるわけです。

人類は『お化け』を…目に見えない妖怪を恐れる。そして、妖怪も住む世界の違う人間を恐れる。

それが、人間と妖怪の間に、目に見えない大きな壁を作り、その向こうに引き篭もらせている」


「だから…」


真名のその問いに芳信は答える。


「そう…恐れて引き篭もっている両者の壁を壊すのが神藤業平の計画」


「そんなことをすれば!!」


真名の叫びに、芳信が付け加える。


「今までにない争いが起こるでしょうね?

…でも、神藤業平は、その先に…、

異なる民族がつながる前に起こる争いのように…、

人間と妖怪がつながる…新世界が生まれるであろうと予測した」


その芳信の言葉に神藤業平が答える。


「異物同士の間では…、諍いは致命的なものになりかねない。

でも、ほんのわずかでも、同じ世界に生きて育てば…。

多少なりとも情はうつるものだ…」


「そうか…。だから、お前は、諍いを小さくするために…あえて人間と妖怪を…」


「人間は…未知のものをひどく恐れる。消したいと願う…。

それはきっと妖怪達も同じはずだ…」


「その、未知さえなくせば。

人々は…お互いを恐れなくなり…致命的な争いも少なくなる…そう考えたのか?」


「…」


神藤業平は沈黙で真名に答える。

それこそが彼の計画。彼は、決して人類至上主義・妖怪殲滅主義ではなかったのだ。


「計画のために…彼らを。赤き血潮の輪の結社レッドリングを…」


「その通り…。ある意味利用していた」


真名の言葉に、答えを返す業平。それに芳信が付け加える。


「でも…本当に利用していたのは私ですよ」


「…どういうことだ?

人間と妖怪の境界線を剥がせば争いは起こる…しかし」


業平のその言葉に、芳信は嘲笑で返す。


「甘いですね? その先に平和があると思い込んで…。

最高に愚かですよ?」


「なんだと?」


「私は、あなたの思い通りに争いを引き起こします。

しかし、その先に見えているのは…」


芳信は嘲笑を深くして宣言する。


「異なる知的生命がお互いの滅びを望み、滅びるまで争う…。

最終戦争…殲滅戦争…。

この世の滅び…『人魔大戦じんまたいせん』です」


その嘲笑はあまりに邪悪すぎた。


「人魔大戦だと?」


「そうです。この後、人間と妖怪には、お互い滅びるまで戦争をしてもらいます」


「何を馬鹿な!!!!」


神藤業平は、苦し気になんとか立ち上がる。そして、具現院芳信に食って掛かる。


「貴様!!! 何をするつもりだ!!!」


「何をって…貴方の計画をそのまま実行するのですよ?」


「そんなことで…」


「そうですね。もしかしたら、人間も妖怪も致命的な滅びの前に、万が一でもそれを回避するよう動くかもしれない」


「…だったら!!!」


「『だから』です…。私は、私独自の計画を、貴方の計画に付加しました」


「なんだと?」


芳信の言葉に業平が疑問符を投げる。すぐに芳信は答えた。


「我が計画の最後の欠片ピース…それこそがこれですよ?」


次の瞬間、フロアー全体が地震で揺れたのである。



-----------------------------



西暦2022年2月18日 01:10


その瞬間、後方支援仮拠点に地震が襲っていた。

無論それだけではなく…、


「なんですか? この…神気?」


真名たちがいる赤き血潮の輪の結社レッドリング本部の中枢から、何か得体の知れない力が這いだしてくる。

それは、かの蘆屋八大天魔王筆頭・毒水悪左衛門…九頭竜権現を超えるほどの神性が宿す神気。


「真名!!!」


咲夜はそう叫んで天を仰ぐ。

明らかに異常事態が襲いつつあった。



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フロアーの中央、そこにあまりに巨大な穴が開いている。そこから、それまで感じたことがないほどの神気が溢れてくる。


「な!!!!!!!」


その時、争いの喧騒は消えていた。

その場にいる皆が、敵味方なくその大穴を見ている。


「はははははは!!!!!

どうですか? 感じるでしょう?

我らの新たな神の鼓動を!!!!」


「新たな…神だと?!!!」


神藤のその叫びに、芳信は笑い声を上げる。


「はははは!!!! そのとおりです!!!!!

我らが、これから使えるべき新たなる神!!!!!!

新たなる争いの神!!!!!!!!!」


「争いの神?」


その場にいる誰かがそう呟く。その言葉に答えるように具現院芳信は神の名を答えたのである。


「人 造 邪 神 ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! !

魔 龍 ア ー ル ゾ ヴ ァ リ ダ ! ! ! ! ! ! ! ! ! !」


次の瞬間、神藤業平を大穴から出現した鉤爪が捉えた。


「があ!!!!!!!!!」


神藤業平は大きく血を吐き呻く。

一瞬にして全身の骨を砕かれる。


「具現院芳信!!!!!!!」


最後の力で、その男の名を叫ぶ。そして、


ぐちゅ…


鈍く潰れる音がどこからか響いてきた。


「神藤!!!!!」


真名がそう叫ぶ。

その言葉に答えるように、巨大な鉤爪は手を開く。

神藤業平が落ちてきた。


「クソ!!!!」


真名はそう叫んで、神藤を掻っ攫う。

その行動には、鉤爪は興味を示さなかったようだ。


「神藤!!!」


再び真名が叫ぶ。すると…


「うく…」


確かに神藤は動いた。


「何? 生きているだと? 確かに潰したはずだが?」


そう、具現院芳信は呟く。

その時、


「真名さん!!!!」


慌てた風で潤が叫んでいる。その潤の方を見た真名は、その潤の足元に倒れる血まみれの男の姿を確認した。


「フリーデル…」


意識のある神藤がそう呟く。


「頼む…蘆屋の夜叉姫…フリーデルの傍に…」


その言葉を聞いて、真名は神藤を抱えたまま潤のもとへと走った。


「フリーデル…」


神藤はその血まみれの男に声をかける。


「目を開けろフリーデル…」


血まみれの男・フリーデル・ビアホフは動かない。


「お前、言ったろうが? これからも相棒だと…」


「…そ…う…」


不意にフリーデルが口を開く。


「生…きて…」


「フリーデル…お前が俺の傷を…命を肩代わりしたんだな?」


「…相…棒…」


「バカなことを…。もしかしてお前は、そうやって俺の計画も失敗させるつもりだったのか?」


「…い…や」


「そうだな…計画は俺とお前で考えたことだ…。

それをお前が失敗させるわけはない。

でも最後まで、お前は俺とともにあるつもりだったのか」


「…」


「フリーデル…」


もはやフリーデルはその言葉に答えなかった。すでに…


「フリーデル…」


その神藤のつぶやきだけがフロアーに響く。


「ククク…ははははははは!!!!!!!!」


不意に、その静けさを破壊する嘲笑が起こる。

それは無論…


「具現院芳信!!!!!」


真名はその場に神藤をおいて、芳信に向き直って叫ぶ。


「貴様!!!!!」


「いや!!!!! なんとも懐かしい茶番ですね!!!!!!

何度見ても馬鹿らしい!!!!!!」


「馬鹿らしいだと!!!!!!」


「そうですよ?!!!!!!

本当に笑える喜劇だ!!!!!!

何度同じ喜劇を繰り返すのか、愚かな知的生命!!!!!!!」


その嘲笑に真名の怒りは頂点に達した。


「貴様!!!!!!

具現院芳信!!!!!!!

貴様だけは許さん!!!!!!!」


その言葉に、具現院芳信は今までを超える嘲笑で返す。


「ははははは!!!!!!

許さなくて結構!!!!!!!

さあ始めてください!!!!!!!!

命を懸けた殲滅戦争を!!!!!!!!!」


邪悪の嘲笑が響く中、この日最後の戦いが始まろうとしていた。



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その男が、いつ生を受けたのか…

それはその男自身も知らなかった…


男は好奇心の塊だった。

幼き頃から多くの未知を探求し、多くの知識を学び…

そして多くの物を生み出した…


男は次第に老いていく…

それゆえにある強い思いを抱く…


「未来が見たい!!!!!」


これから人類はどう発展していくのか?

どのような発明が行われるのか?

未知の世界はどのように開かれていくのか?


渇望…

その渇望と、飽くなき研究によって男は、その身を不老不死と化すことに成功する…


男は夢見た!

希望の未来を!

新発見が彩る未知の世界を!


…そして生き続けた男は

その長い…あまりに長い生のうちに、ある疑問を持つようになる。


男が見た世界は、男が夢見たものとは大きく違っていた…


男は、未来になれば人々は多くのモノに満足して、争いをやめて平和な世になると思っていた…

しかし、それはいつまでたっても来ない…


それどころか、世界に新しい発見があるたびに、それは兵器に転用されて…

多くの人々が死に至る…

どんどん死者が増えていく…


ある日を境に、男の心には苛立ちが宿ってきた…

ヒトの争いを見るたびにそれはどんどん大きくなり…

最後にはヒトの世界への絶望となった…


そして…


ある日、男は一つの想いに至る…


生命とは…


野生の生命の中にも、同族を殺し、弱者をイジメ殺すモノは少なからずいるものだ…

だがそれは、野生の本能を超えることは、結局あり得ない…


だがヒトは違う…

ヒトは、相手が苦しむであろうことを知識で理解したうえで、

自分の望み通りに他者を動かすために苦しめる…


ヒトは、他者が『死ぬのが怖い』と理解するからこそ、

それを相手に与えて相手をいたぶる…


ヒトは、相手の苦しみを理解するからこそ、

相手を苦しめて自分の喜びを得ようとする…


結局、知識とは…


ヒトの得た…

知的生命の持つ知識とは…


…知識こそが世界最凶の『悪』なのではないのか?


それを生まれながらに持ち…

それを生活の基盤にしている知的生命こそ…


この世に存在してはならない『異物』…

突然変異の『異常生命ミュータント』なのではないのか?


男はその想いに至って、それまでの希望をすべて失った…

腹立たしい『異常生命ミュータント』どもの蠢きを見たがるような異常者ではなかった…


男は次第に、『異常生命ミュータント』どもの絶望を望むようになった…

自分をこれほど苛立たせているカスどもの絶滅を望むようになった…


だから、男はあえて『異常生命ミュータント』どもの蠢くそこに降りた…

そして、そのカスどもを絶滅に導く手助けをした…


異常生命ミュータント』どもは、男の考えた通りに動いた…

お互いを傷つけあい、殺し合った…

それが、彼の考えを補強した…


『知的生命は滅びるべき異常である』


人間も妖怪もそれは変わらない…

すべからく滅びるべきである…


そうして、何度目かの文明の滅びをその目前で見た男は、最終戦争を計画する…


人魔大戦じんまたいせん


そして『人造邪神・魔龍アールゾヴァリダ』

愚かな知的生命の滅びを加速するための人魔大戦において、憎悪を加速させるための存在。


そして計画は実行された…


だがこのとき、その男は…『具現院芳信ぐけんいんほうしん』は理解していなかった…

そう考えて、知的生命の滅びを望む自分自身こそ…

どうしようもなく『知的生命』なのだということを…



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西暦2022年2月18日 01:30

三重県士馬市市街地


突如として士馬市一帯を、震度5強の地震が襲った。

突発的に、そして極地的に発生したこの地震は、被害こそ少なかったが、

後の地震研究者の間でも議論の対象になり、ネットでは『地震兵器が使われた』という噂が長く語られることになる。



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同時刻

後方支援仮拠点


「退避!!! 退避を急ぎなさい!!!

このままだと、此処一帯は大きく陥没しますわ!!!!」


現在、仮拠点は阿鼻叫喚の騒ぎになっていた。

地震と共に目前の赤き血潮の輪の結社レッドリング本部施設が崩れ始め、さらに地面か陥没を始めたのである。


「急ぎなさい!!!! 怪我人を最優先に!!!!」


攻略部隊の構成委員は、呪術師や魔法使いたち、少々天変地異が起きようがそこそこ魔法で対応できる。

しかし、此処にいる、医療関係者などの後方支援隊員は一般人とそう変わらないものが多い。

何よりケガをして動けないならなおさら…


「く!!!! いったい何が起きていますの?!!

真名!!!!」


咲夜は崩れ去っていく敵本部を一瞥する。


「…真名!!!! 申し訳ないですけど、此処は先に撤収させていただきますわ!!!」


咲夜は後ろ髪をひかれる想いで、その場を撤収した。

真名たちはきっと大丈夫だと…そう心に言い聞かせて。



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同時刻

赤き血潮の輪の結社レッドリング本部最奥フロアー


フロアー全体が軋みを上げ、壁か天井が地面か崩れていく。


「みんな!!!! 防御術で身を守れ!!!!!!」


真名がそう叫び、その声に反応するように、敵味方関係なく身を護るための防御呪を展開する。

その混乱した状況にあって、たった一人笑い声をあげる者がいた。


「はははははははは!!!!!!!!!

吠えろ!!!!!! 猛れ!!!!!!!

アールゾヴァリダ!!!!!!!!」


オオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!


凄まじい咆哮がその場にこだまする。

それに反応するように、施設全体が大きく陥没していく。


「御主人!!!!!」


リディアは防御呪を展開して、その段になっても全く動かないアークを守っている。

そして、潤達もお互いに防御呪をかけあって、施設の崩壊の瞬間を待った。そして…


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!!!


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!!!


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!!!


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!!!


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!!!


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!!!


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!!!


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!!!


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!!!


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!!!


赤き血潮の輪の結社レッドリング本部施設は完全に崩壊、消滅したのである。



-----------------------------



…それから、どれだけ時間が経ったろうか。

地震が収まり、崩壊がひと段落した赤き血潮の輪の結社レッドリング本部跡地。

そこは完全に陥没して一つのクレーターと化していた。


「…収まったか」


その時、真名はクレーター中心部付近で防御呪を展開しつつ、目前の敵を睨み付けていた。


「ははははははははは!!!!!!!!」


そのクレーターの中心部に、大きなビル一つはあろうかという、漆黒の鱗の東洋龍が浮かんでいる。

そしてその頭部には、具現院芳信が立ち、ひとしきり笑い声を上げている。


「く…」


神藤業平は、神藤五将が展開した防御呪に守られ、フリーデルの遺体とともにいた。

そして、潤や仲間たち、そして…


「おい!!!! 潤!!!! これはいったい?!!!!」


そう叫んで潤達の方に駆けてくるのは美奈津であった。


「美奈津さん…」


潤は彼女の無事を確認して安堵する。


「…具現院さま…」


潤達の近くには困惑顔の赤き血潮の輪の結社レッドリングメンバーもたくさんいた。

しかし、彼らにはもう戦う気力はないようであった。


「はははははは!!!!!

どうだ?!!! 我が人造邪神の力は!!!!!!!

言っておくがまだこの程度ではないぞ?!!!!」


そういって具現院芳信は嘲笑する。それを睨み付ける真名。


「具現院、貴様!!!!!」


「ははは!!!!

いいぞその目!!!!!

いつものカスどもの腐った目!!!!!!!

その目を見たかったのだ!!!!!」


不意に神藤が具現院芳信に質問する。


「これからどうするつもりだ…芳信」


「どうするも。計画を続けますよ?

あなた方『異常生命ミュータント』どもを根絶やしにするために」


異常生命ミュータント…だと?」


その神藤の言葉に、嘲笑を深くしてまくしたて始める芳信。


「そうだよカスども!!!!!

貴様らは異常生命ミュータントだ!!!!!

その芯から腐りきった存在なのだ!!!!」


「貴様!!! なぜそこまで?!」


その真名の問いに、嬉しそうに叫ぶ芳信。


「なぜ?

俺をイラつかせるだけの腐った生命が、自分自身のこともわからんか?!!!!

自分たちが生命として狂っているのだと、なぜ気づかない?!」


「生命として狂っているだと?」


「その通りだ!!!

お前たちは、他の生命と違って『知識』で他人を傷つける行為を理解してるくせに、わざとそれをして他人を傷つけ殺す。

それが狂っている以外のなんだ?!」


「そんな者だけではない!!!!」


「いやいや、面白いことをほざくな蘆屋真名!!!!!

作り話の物語とかでもよくあるよな?

人類を滅ぼそうとする者…その戦いのなかで人間どもは語る…。

『この世はそんな人間ばかりではない…、いつか平和な世は来る…』



…ねーよバカが!!!!!!!!

…糞みたいな甘い夢を見るなカスども!!!!!!

この長きに大きな戦争のない現代にすら、犯罪は起こる、人殺しはいる、他人を傷つけて手をたたいて喜ぶカスばかりなのが貴様らだ!!!!!

この俺は!!!!! それを延々見せられてきたんだ!!!!!!!!

なあ? 俺が、お前たちの世界から戦いを失くす方法を教えてやろうか?

…それはな? 貴様らの脳味噌をいじって自由意思を失くすことだ!!!!!

それでも、それを行う直前に、それを良しとしない者達との戦いは起こるかもしれん。

それが貴様ら…

『知識』があるゆえに、性根が腐りきった『異常生命ミュータント』!!!!

『知的生命』という滅びるべき存在なのだ!!!!」


具現院芳信は、毒を吐くようにまくしたてる。

それを赤き血潮の輪の結社レッドリングの部下たちは、呆然と眺めていた。


「言いたいことはそれだけか…」


いい加減切れかけている真名がそう呟く。


「それは、結局貴様も同じということじゃないか…」


「なに?」


「何より貴様こそが、そっくりそのまま狂った『異常生命ミュータント』だろうが!」


その言葉聞いてやっと芳信は怒りの表情を浮かべる。


「この私が同じだと?」


「そうだ! 貴様はただ、貴様が気に入らないから他人を傷つけて、喜んでいるただの人間だ!!」


「…く!!!! 俺は違う!!!!」


「俺は違う? …何だ?

それならなんだっていうんだ?」


「俺は貴様らのせいで…」


「他人のせいにするのか?」


芳信は言葉を詰まらせる。真名は言う。


「人間をはじめとする知的生命はな…、集団で生きているがゆえに争いも起こる。間違いも、食い違いも起こる。

それゆえに、コミュニケーションを行ってお互いを知り、よりよく生きられる妥協点を見つけていく。

『知識』とは、そうしてヒトが生きていくために必要な材料の保管庫だ。

それはヒトの扱い一つで薬にも毒にもなる。

確かに、過去には多くの争いが起こり、多くの人が死んだ。

これからもそれを繰り返していくのかもしれない。

だが…だからこそ、致命的なことにならぬよう『知識』を扱うのだ。

ヒトは、傷を受けたことを時間が経つと忘れてしまう。

でも、過去の教訓が『知識』としてあれば、新たに傷を受けるものは少なくなる…

そうやって発展してきたのが我々知的生命なのだ。


…だから、貴様は狂ってる。


結局、お前はただ『イラついた』から世界を滅ぼそうとしているただの小悪党だ!!!

コミュニケーションでどうにか出来るモノを、怖がってただ壊そうとするだけの引き篭もりだ!!!」


「引き篭もり…だと…」


「結局、貴様は神藤業平の足元にも及ばん!!! 大悪党になれない、ただの小物だ!!!!」


「が!!!!!」


次の瞬間、具現院芳信が手を上げる。それに呼応するようにアールゾヴァリダが深紅の目を開く。


オオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!


巨大な咆哮が周囲に響く。その咆哮を聞いて…


「がああ!!!!!!」


その場にいた多くの人々が、地面に転がり狂った。


「はははははははは!!!!!!!

聞いたか?!!!! アールゾヴァリダの魔の咆哮を!!!!!!

それを聞いたものは、精神を狂わされるか、押しつぶされるかだ!!!!!!

無論、それだけではないぞ!!!!

この魔の咆哮は、知的生命に飽くなき憎悪と殺害衝動を与えることも出来る!!!!!

まさしく、争いを引き起こす神なのだ!!!!!!」


…と、その時、


「言いたいことは…」


「え?」


「それだけか? …と言ってる!!」


いきなり真名が芳信の目前に立って、拳で殴り飛ばしたのである。


「げば!!!!!!」


芳信は吹っ飛んで、頭から地面に埋まる。


「ガハが…、バカな…なぜ?」


それだけを呟く芳信。


「フン…悪いが、精神攻撃は今の私には効かん」


それは…蘆屋流八天法・重活心じゅうかっしんの力。


「…潤」


「はい!!!」


同じ術が扱える潤も、咆哮が効いていない。

そして…


「ふう…すみません。油断してしまって…。

復帰しました」


剣士セイバーアークトゥルスもまた、普段と同じ様子で立っていた。


「き…貴様ら…」


具現院芳信は、あまりのことに驚愕する。

その芳信を、冷たい目で見降ろしつつ真名は告げたのである。


「さて…具現院芳信…。そして、虚ろな生命…魔龍アールゾヴァリダ…。


… お 前 た ち は こ こ で 潰 す」



-----------------------------



「く!! 愚かな知的生命が!!!

神たる存在に盾突くか!!!!」


具現院芳信は、頬を腫らして、慌てた様子で真名たちを見る。


具現院芳信とアールゾヴァリダに相対するは、

新たな力である『重活心』で、アールゾヴァリダの咆哮を防いだ矢凪潤。

アールゾヴァリダの頭部に乗って芳信を見下ろしている蘆屋真名。

復活したばかりで、いまいちどういう状況かつかめていない剣士セイバーアークトゥルス・エルギアス。

…そして、その配下の使鬼達。


「助かったぞ神藤業平…」


リディアがそう業平に告げる。


「いや…。もともと私が皇帝土龍に命じて、

君の旦那を封じたんだが…」


「それは、まあいいさ…。

おそらく自分でもそうする…」


そう答えたのはアーク本人である。


「さて…」


アークは改めて目前の魔龍を見る。


「俺はヴァンパイアハンターだが…。

今日だけはドラゴンスレイヤーになるかな」


そういって、緊張感薄い微笑を浮かべた。


「き、貴様ら…、目の前の存在がどれほどのものか理解していないようだな?!

いいだろう!!! アールゾヴァリダ!!!!!! そいつらを八つ裂きにしろ!!!!」


具現院芳信は憎々しげな表情で、そう魔龍に命令する。

魔龍はその声に反応し、頭に乗っている蘆屋真名を振り落とそうとした。


「足場が暴れるな!!!!!!」


蘆屋真名は魔龍に一喝して、拳を一閃する。


<金剛拳>


ズドン!!


金剛拳に『天羅荒神』の超霊力を上乗せした、流星のごとき超打撃が魔龍の頭部に直撃する。


オオオオオオオオオオオオオ!!!!!!


魔龍はたまらず地面へと墜落した。


「な?!!」


あまりのことに唖然とする芳信。

その光景を、締まりのない笑顔で見ているアーク。


「あたたたた…。アレは痛い。さすがに脳天に直であれを喰らったら神格でもやばいよね…」


「ははは…もうあの娘一人でいいんじゃないかな? 御主人」


リディアもアークと一緒に乾いた笑いで魔龍を見る。


「く…、バカな!!! 我が魔龍が…あんな小娘の拳一つで!!!」


その疑問に答えたのは神藤業平である。


「裏で部下を操るだけで、直接戦ったことのない君にはわからないか?

彼女の扱う『天羅荒神』は、彼女の先祖である『道摩法師』…『蘆屋道満』そのひとが、『神格』を複数操る宿敵『安倍晴明』と互角にやり合うために編み出したとされる、対神格用戦闘術だ。

普通の『神格』よりは強化されているとはいえ、一柱だけでは相手としては力不足だよ。

…まあ、だからこそ。それだけ強力だからこそ。

『天羅荒神』はかなりの制約があるハズで、そう長くは使いえないだろうが。

…失敗したね? 彼女がアレを解いてから、君は出てくるべきだった」


「チ…、アールゾヴァリダを甘く見るな!!!!!

儀式魔術が完了していないから、本来の一割すらも力を発揮できていないだけだ!!!!

この人造邪神は、本来の力を取り戻せば日本程度なら一瞬で壊滅できる力を持つ!!!!!!

本来は、全世界の知的生命を絶滅させるための超高位神格なんだぞ!!!!

神藤!!! 貴様さえ生贄になっていたら…!!!!」


そういって芳信が苦い顔をする。神藤は薄く笑って言う。


「なるほど…。結局君はフリーデルに足元をすくわれたということか。

無様だな…具現院芳信」


「フン!!! だが、今から貴様を殺せば済む話だ!!!!」


そういって、印を結ぶ芳信。しかし、


「そんな事、させると思いますか?」


芳信の前に立ちふさがったのは矢凪潤である。


「小僧!!!! どけ!!!!!

貴様みたいな小僧ごときが、私の前に立つな!!!!!!」


「そうはいかないんですよ…」


そういって、立ちふさがる潤の周りには、シロウ、かりん、そして美奈津まで一緒にいる。


「クソガキが!!!! 私は不老不死だぞ!!!!!

貴様ごときが私に立ち向かうなど身の程を…」


そこまで芳信が言った時、不意に神藤が話に割り込んでくる。


「そいつの不老不死なら…君の『天魔焼却』で攻略可能だよ?

あくまでも、旧式の呪による延命不死法だからね」


「が!!!!」


その神藤の言葉についに狼狽える芳信。


「貴様!!!!」


「…今までは利用価値があったから黙ってたけどね。

まさか、君のことを疑っていた私が、そのことを調べていないと思っていたのかい?」


「糞が!!!!」


芳信は悪態をつく。

こうなると、潤にとって目の前の具現院芳信は、自分よりは呪術は優れているものの、直接戦闘の経験が乏しい学者に過ぎない。

知識勝負ならまだしも、暴力で叩きのめすだけなら特に問題はない。


「クソ!!!!

だが!!!! このまま貴様らの好きのできると思うな!!!!!

アールゾヴァリダ!!!!!」


その芳信の声に呼応するように魔龍は咆哮を始める。


「我々には効かないと…」


そう真名が言いかけた時、その状況の変化を百鬼丸が感じ取る。


【姫様!!!】


その言葉を聞いて真名は気づく。


「まさか?!!!!! この咆哮は!!!!!」


「ははは!!!! そのまさかだ!!!!

まだ覚醒に至っていない故に、この士馬市一帯のみに過ぎないが…。

憎悪の強化…そして知的生命の狂化は可能なのだよ!!!!」


芳信のその言葉が正しいことを物語るかのように、今まで頭を押さえて呻いていた攻略部隊の者や、赤き血潮の輪の結社レッドリングの者達が、無差別にお互いを攻撃し始める。


「貴様!!!!」


「この様子なら、市街地の方も人間どもが殺し合ってるかもな!!!!」


真名の叫びに、芳信は心底楽しそうに笑う。


「はははははは!!!!

どうだ!!!!! アールゾヴァリダは私の命令しか効かん!!!!!

それに貴様の『天羅荒神』が今の魔龍に効くとして、倒すのにどれだけの時間がかかる?!!

…その間に街は取り返しのつかんことになるぞ!!!!!」


その通りである、天羅荒神が効くとはいえ相手はれっきとした神格、そう簡単には倒されないハズである。


「ははは!!!!!

貴様ら何だったら取引してやってもいいぞ?!!!!

そこの娘!!!! 貴様が今使っている呪を解けば…」


…と、そこまで芳信が言ったその時、


ズドン!!!!!!!


芳信のその背後に、巨大なものが落ちてきた。


「え?」


芳信はゆっくりと背後を見る、そこにあったのは。


「…アールゾヴァリダ」


そう、その魔龍の首であった。


キン…。


静かに鞘に双剣を収めるアーク。


「はい…おしまい」


そう、剣士セイバーアークトゥルスが魔龍の首を、一撃で切り飛ばしたのである。


「やっと…僕らしい活躍が出来たよ。

ありがとうね」


そういって芳信に笑いかけた。


「あ…が…」


あまりの事態に芳信は言葉を失った。

真名が芳信の傍へとやってくる。


「終わったな…。いや、終わっていたな。

貴様は…、神藤業平の相棒によって神藤の命を奪えなかった…その時点で、貴様の計画は破綻していたんだ」


「馬鹿な…私の計画…。

新たな時代の神が…」


もはや具現院芳信は真名の言葉が聞こえていなかった。

ただ、その場に座り込んで呆然とするのみであった。



-----------------------------



西暦2022年2月18日 02:00

宮城県の端の山中。


「そうかい…大変だったようだな。ご苦労さん」


蘆屋道禅は真名からの電話にそう答える。

蘆屋道禅は他の部隊より一足早く目標施設を制圧し、すでに撤収を開始していた。


「アールゾヴァリダか…。とんでもない生物兵器だったようだが…未覚醒でよかった。

下手をすれば今日日本の歴史が終わっていたかもしれん…。

ああ…こちらは大丈夫。

…そうだ、咲夜ちゃんに会ったら、すぐに永昌に連絡してやれって言ってくれ。

あっちも、もう終わっているはずだからな」


道禅はそれだけ言うと、電話を切った。


こうして、蘆屋一族・土御門・世界魔法結社アカデミーによる赤き血潮の輪の結社レッドリング討伐は成功のうちに終わりを告げた。

日本の影の世界から巨大な犯罪組織の一つが姿を消したのである。



-----------------------------



「ククク…」


闇の奥、死怨院乱道は押し殺した笑いを浮かべている。

そんな乱道にシルヴィアが言う。


「そんなに笑うことないデショ」


「これが笑わずにいられるか?

我が肉体の一部を使いながら何と無様な…。

所詮、外に出ず…自ら動くこともせず、研究ばかりに没頭してきた頭でっかちの学者風情よ…。

理論は出来ていても、実戦が出来なければどうしようもない」


「まあソウデスね…。耳が痛いデス」


シルヴィアは苦笑いする。

乱道はすぐに笑うのをやめて、


「それで…その魔龍の一部は…」


そうシルヴィアに質問する。


「ええ、この世界魔法結社アカデミーにも保管されマス」


「ならば…。更なる十二月将の強化が出来るな…」


乱道はにやりと笑った。


「やっぱリ…そう来ると思いマシた」


「ククク…だから言ったろ?

『なかなか楽しめそうな事態』だと…」


その乱道の言葉に、シルヴィアは驚いた表情をする。


「こうなること…わかっていたんデスか?」


「我らは本来、星の運行を読み未来を知るのが本業だ…。

この程度の未来視が出来なくてどうする」


そんな物言いの乱道に、シルヴィアはジト目で言う。


「それにシテは…。

この前の戦いデは、見えていなかったものも多いようデスけど?」


そのシルヴィアの皮肉に、不快な顔一つせずに乱道は言う。


「…そうだなシルヴィアよ。

だから面白いのだよ。連中との戦いは…。

この前話してやったろう?」


「蘆屋道仙…デスか?」


「そうだ…奴もまた我が未来を越えてくるような奴であった…。

その領域まで、果たしてこの時代の呪術師がこれるかどうか…」


再び、乱道は押し殺した笑いをあげ始める。


「楽しそうデスね」


「ああ楽しいさ…。

クククク…」


こうして、腐り堕ちた一つの邪悪の実が終わりを迎え…、その実の『邪悪の種』は、死怨院乱道の手によって蒔かれたのである。


…邪悪は闇の中、息をひそめ芽吹く時を待つ。

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