第4話 災厄の神子 ~魂~
今から十年前。某村落。
その時、男は信じられないものを目前にしていた。
「これは…。一体どういうことだ…」
男は、その光景を見て、やっとそれだけを言葉に出す。
その男の目前には、女が『ぶら下がって』いた。
その女は、男と心を通わせた女であった。心を通わせ、お互いに恋心すら抱いていた女であった。
しかしその女は、男の目前で絶命していた。村の真ん中にある、樹木の枝に首を吊らされて…。
「なんだ…これは」
男がそう呟いて、女に近づこうとしたとき。
「……様!!」
不意に背後から誰かの声がした。男はゆっくりと振り向く。
そこに老人がいた。その老人は、女の身の回りの世話をしていた老人であった。
「…おまえ。これはいったい何があった」
男は老人にそう尋ねる。老人は、
「申し訳ありません。……様が居なかった間に、村に賊が潜入しまして…。彼女をさらって行って、このありさまに…」
そう言って申し訳なさそうに首を垂れる。
それを見た男は、一瞬考えた後、
「……なぜだ」
「え?」
「なぜ嘘をつく…」
そう言って老人を見つめた。
「あ…、ああああ」
男のその言葉に、老人の顔が恐怖にゆがむ。
「嘘を言っても呪で身破れるぞ?」
「…そ、それは」
老人はその言葉に、頭を地面に擦りつけていった。
「あああ!!! 仕方なかったんじゃ!! 賊に…姫を殺せと言われて!!!」
「…おまえ」
男は老人を悲しげな眼で見る。
「それに!!! それに…たかが妖怪娘一人死んだだけで…」
老人は、そう言いかけて、とっさに口を手で塞いだ。
その言葉を聞いて、
男はもう我慢が出来なかった。
「……なんと…醜い…」
その日、この日本から一つの村落が消滅した。そして、一人の男が姿を消した。
その男の名を、
『
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八天錬道の初めての試練を乗り越えて十日余り、その日の夜、潤と真名は獅道さんの運転するワゴン車である場所へと向かっていた。
「真名さん? もう、道摩府を出て三時間にもなりますけど、いったい何を受け取りに行くんですか?」
「ふむ、そうだな。もうそろそろ話してもいいか」
そう言って、真名は潤の方を振り返る。
今、潤達は、道摩府からの依頼で、あるモノを受け取りに向かっていた。
それを無事受け取り、道摩府まで輸送するのが仕事である。
潤は、真名には、
「八天錬道の途中ですけどいいんですか?」
と聞いたが、それには奈尾が答えてくれた。
「八天錬道には、一回の試練ごとに、訓練期間が設けられてるっす。その間、訓練でも、実践でも経験して、次の試練に備えるっす」
奈尾が言うには、そういうことだそうな。
なお、そう言う奈尾も今回の仕事についてきている。車の一番後ろの座席で眠りこけているが。
真名は、潤に言った。
「今回、輸送…というか護送するのは。『災厄の
「災厄の神子?」
「そう…。最も災厄の神子と呼んでいるのは、我々の側だが…。もともと『彼女』がいた組織では『神子』とだけ呼ばれていた」
真名は、少し神妙な顔になると話を続ける。
「今から、二年前、ある地方都市で、強盗殺人事件が起きた。その被害者は家族すべて強盗に惨殺され、今回の『神子』である女性は…、強盗達に激しい暴行を受けた…。だが、話はそれで終わらなかった。その時、何の運命かその女性が異能力に目覚めてしまったのだ…」
「異能力?」
「…そう、その異能力は、きわめて単純…。おもう相手を呪い殺すこと…。現代医療では治療不可能な『不治の病』を撒き散らすというものだった。その呪いで、強盗団は全滅した。…ただ、この能力にはある制限がついていた…」
「制限ですか?」
「その『不治の病』は、人間にしか効かないのだ…」
「!! それって…」
「そう、この呪いを知った、人間の殲滅を望むある妖怪組織が、その女性に目を付けた。そして、その女性は、妖怪組織にさらわれて、この間まで対人間兵器として使用されていたのだ」
「…それを、蘆屋が救出したと…」
「そのとおり。今回の仕事は、その神子を道摩府まで連れて行って、その呪いを完全に封印することだ。元いた妖怪組織の残党が奪取を狙っているという話もあるのでな…」
そう話していると、獅道さんの運転する車が、山奥のある建物の前で停車した。
その建物は、鉄筋コンクリートの廃病院であった。
真名は車から降りるとその廃病院の玄関に向かって歩いていった。
「どうも、よくいらっしゃいました。真名姫様」
そういって、玄関のガラスの扉を開けて出てきたのは、医者のような白衣を着た男であった。
「…それで? 例の女性は?」
真名は、白衣の男にそう聞く。すると、
「はい、こちらに…」
そう言って、白衣の男は後方に手を差し伸べる。すると、目隠しされた女性が、看護婦に連れられてやってきた。
「…この娘が?」
「はい…。意識は封印してあります。意識を開放すると無差別に呪うので…」
「そうか」
それだけ言うと、真名は看護婦に目で促す。すると看護婦は、目隠しされた神子を連れて、真名のもとへと歩いていった。
真名の後ろについてきていた潤が心配そうに言う。
「真名さん…。この娘は、大丈夫なんでしょうか…」
「ああ、安心しろ、能力と記憶を厳重に封印して、普通に生きていけるように治療するのだ」
…と、その時。
『それは、困るな…』
という男の声がどこからか聞こえてきた。
「!!!!?」
その声に、意識を封じられた神子を除く、その場の全員が周りを見渡す。
「誰だ!!」
真名が油断なく構えをとりながら叫ぶ。
「ほほほ…。その娘…こちらに渡してもらいますぞ?」
…と、真名の声に反応するように、森の暗闇の中から、一人の老人が姿を表す。
それは、小柄でしわくちゃな老人で、手には木の杖を突いていた。
「貴様は?」
老人は、真名のその言葉に、笑いながら答える。
「ほほほ…。名を問うならば、そちらがまず名乗るべきでしょうに…。まあいいでしょう。
わたくしの名は、ゼツドウ…。舌の…、童と書いて『舌童』でございます」
真名は老人を睨み付ける。
「舌童? …だと? その舌童とやらが、この娘に何の用だ」
「ほほほ…それは…」
「…それに、さっきの声は貴様ではあるまい?」
「ほほう…」
老人は、真名のその言葉に、珍しいものを見るような目で返すと、自身の後方を見た。…そこには、
「…その娘は、人類殲滅の鍵だ…。おとなしく渡してもらえないか? 真名…」
優し気な目をした男が、いつの間にか立っていたのである。
その男を見て、真名は目を見開いて驚いた。
「道…ら…ん…様? 道蘭さま?!」
そこにいたのは、身長は190はあるだろう男であった。
その髪には一部白髪が混じっていたが、日本人と分かる黒髪で、同じ白髪交じりの口髭を蓄えている。
「道蘭さま? 今までどこに? それに、人類殲滅とはいったい?」
真名は、驚愕の表情で声を絞り出す。その言葉に道蘭は、
「そのままの意味だが?」
そう言って真名の元へと歩いていく。そして、
「どうら…?」
<
ズドン!!
「随分と甘いな、真名…」
その真名の腹に手を触れて、金剛拳を放った。
「がは!!!」
真名は、反吐を吐きながらその場に蹲った。
…と、その時、どこからか打刀を手にした獅道が、道蘭に切りかかっていた。
「ひさしいな…獅道」
そう、まるで親しい友人に再会したかのような声色で、獅道の刃を指で挟んで受け止める道蘭。そして、
ザク!!!
獅道の手からその刀を奪うと、その肩に刃を突き立てて、その場の地面に獅道を縫い止めてしまう。
その時になって、やっと潤は反応できるようになった。
(なんだ? こいつ? 真名さん達がやられてるってことは、敵でいいんだよな!! でも…)
真名達がこれほどあっさりとやられた相手。自分では荷が重いかもしれないと潤は考えた。だから、
(ならばアレだ!)
潤は印を結ぶと、懐から呪の触媒を取り出した。その触媒で発動する呪は…。
<蘆屋流八天法・かさね>
潤は、目の前の道蘭を目標に呪を発動した。
それを一瞥した道蘭は、
「ほう…」
とだけ呟く。
「お前は何者だ!!」
そう叫んで、一気に加速しようとする潤。しかし、
(あれ?)
その身の動きは、呪をかける前とほとんど同じであった。
それを見て道蘭は笑う。
「残念だが。今の私にその呪は通用しない。なぜなら、今私は肉体強化を一切していないからね」
そう言って、潤の目前からかき消えた。
「え?」
潤には何が起こったかわからなかった。
それは、超スピードで横に移動したのではない。ゆっくりと、潤の視界の死角にずれただけであった。
そして、
<
ズドン!!
「あが!!!!」
潤は激しい衝撃を受けてその場に蹲った。
『金剛拳』それは、直接肉体にダメージを与える技ではない。対象の魂に衝撃を与える技である。その一撃を受けると、頭を揺らされた以上のめまいと吐き気が、受けた側を襲う。
潤は、訓練の時に、真名の金剛拳をいくらか受けたことがある。しかし、今回受けた金剛拳は、それのどれよりも重く、強い衝撃を潤に与えた。
「潤!!」
潤が倒れたのを見て、真名が何とか立ち上がる。
「道蘭…様!! 道蘭!!」
真名は、吐き出すようにそう叫ぶと、一瞬で加速して道蘭の背後に回る。
<金剛け…>
ズドン!!
だが、真名の金剛拳は発動しなかった。その前に、道蘭の背から生えたもう一つの霊力の腕『霊装怪腕』が、真名の胴に触れていたのだ。
<
ズドン!!
「くあ!!!」
真名はその衝撃で後方に吹き飛ばされる。
「さて…」
道蘭は、そう呟くと真名たちが乗ってきた車の方を見る。其処には奈尾がいた。
「あら~~、なんか目覚めてみたら。とんでもないことになってるっすね。でも、道蘭さま? おいら、手を出す気はないんで勘弁してもらえないっすかね?」
その言葉に、道蘭はにこりと笑うと…
ズン!!!
その瞬間、奈尾を含めた、その場のすべてのひとに激しい衝撃がかかった。
「うが!! これは?」
それは、不動金縛りの術であった。
道蘭は、その呪を、印も呪の詠唱もなく、その場の全員にかけて見せたのである。
「そんな~~なんでおいらまで…」
地面に這いつくばりながら、そう奈尾が情けない声を上げる。
道蘭は、それを一瞥すると、神子の元へと歩いていった。
「おい舌童…」
「はい…道蘭様」
「この娘を連れていけ。大事な鍵だ、死なぬようにな」
「了解いたしました。道蘭様」
そう言うが早いか、舌童はその外見に似合わないスピードで神子に近づき、その娘を肩に担いでその場を去っていった。
その一部始終を見ていた真名は、地面で呻きながら道蘭に話しかける。
「なんで…? 道蘭さま…。あなたがなぜこんなことを…」
その言葉を聞いた道蘭は、ゆっくりと真名の元へと歩いていき。そして、
「が…!!」
その腹を足で踏みつけた。
「真名…人は、変わるのだよ…」
「!!」
その言葉聞いた瞬間、真名の心は過去に飛んでいた。
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それはいまだ真名が暗い闇の底にいた時代。
「真名…恨みだけで拳を振るうのはよすんだ」
「道蘭様…。道蘭様までそんなことをおっしゃるのですか? 私は…」
「ふう…。私は、お前に、敵を討つのをやめろと言っているんじゃない」
「ならなんなのです? 恨みを捨てて、私に何が残ると…」
「…真名。お前にはたくさん残るものがあるよ。その大切なものを守るためには、その恨みを制御できるほどの精神力が必要なのだ」
「大切なもの…。そんなものなど…」
「今は見えずとも、そのうちにわかる。なあ真名、人は変われるのだ…」
「変われる?」
…そう、あの時道蘭様はそうおっしゃった…。
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「…く、でも…。それは、そんな…意味では…」
真名は、呻きながら道蘭を見る。その目に光るものが流れた。
(涙…)
潤は、その真名の涙を見た瞬間、心の中の何かが爆発していた。
「うおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
次の瞬間、潤の『使鬼の目』が発動した。潤の不動金縛りの術が緩む。
「む?」
道蘭がそう言って、潤の方を向こうとしたとき、潤はすでに加速していた。
「ほう…。不動縛呪を無理やり解いたか…」
そういって、道蘭は潤の方を振り向く。そして、
「ノウマクシッチシッチソシッチシッチキャララヤクエンサンマンマシッリアジャマシッチソワカ」
そう呪文を唱えた。
「道蘭様!! その呪文は!!!」
真名が悲鳴のような叫びをあげる。潤は道蘭の目前まで迫っていた。
潤が道蘭に殴りかかる瞬間、道蘭はつぶやく。
「君は…いい目をしているね…」
(え?)
<
ズバ!!!!!!!
次の瞬間、潤の目前を眩い光が走った。
「潤、避けろ!!!!!!!!!!」
真名のその言葉が、潤が意識の途絶える前に聞いた最後の言葉であった。
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「…潤! 潤!!」
あれからしばらくたって、潤は意識を取り戻した。
もうそこには、あの蘆屋道蘭の姿はなかった。
「うう…真名さん?」
「よかった…。少し頭を打って、気絶していたようだな」
真名は、潤が目覚めたところを見て安堵の表情に変わる。
「…頭? 僕は…」
「大丈夫…お前はしっかり生きてる。なんとか道蘭様の倶利伽羅七星剣を避けれたのだ」
「え?」
潤は、先ほどの瞬間を思い出す。
あの瞬間、道蘭の呪をまともに受けることを覚悟した潤は、とっさにシロウを呼んでいたのだ。そして、そのシロウに、自分の襟首を咥えさせて、無理やり地面に引き倒した。その時に頭を打ったため、気絶してしまったが。なんとか避けれたらしい。
「…道蘭様は。結局、お前に止めを刺さなかった…。その理由はわからんが…あるいは…」
真名は、そう言って思いを巡らせる。潤は頭をさすりながら真名に聞く。
「あの、真名さん。さっきの男…、道蘭? とはいったい…」
「…道蘭…様…それは…」
真名は、一瞬声を詰まらせると、潤の疑問に答えた。
「道蘭様は、かつて蘆屋一族において、『最も次期蘆屋頭領に近い男』と言われた人だ…」
「え?」
「
その才能は、一族随一であり。若くして、父上を超えるかもしれないと言われていた天才。
そして、その心根も優しく、多くの人に慕われた一族の英雄。…それが道蘭様だ。
…私も、彼が蘆屋の次を継ぐものだと思っていた」
「…そ、そんな人がなぜ?」
真名は目を瞑って考える。
「私にもわからん…。彼は、十年前に起こった、ある村落の全滅にかかわった後、我々の目の前から姿を消したのだ」
「村落の全滅?」
「ああ、その村の人々を殺害したのは道蘭様ではないかという話もあった…。だが、彼を知る人々は誰もそれを信じなかった。『彼に限ってありえない話』だと…」
「…それって、真名さんも?」
「…ああ、そうだな」
潤は、次の質問を真名に投げかける。
「彼が使った最後の呪は…」
「あれは…『倶利伽羅七星剣』。道蘭様の生まれつきの異能力と、真言術を掛け合わせて生み出した、道蘭様の完全オリジナルの呪だ」
「倶利伽羅七星剣…」
「その効果は…。その対象の持つ『
「業って…」
「そう、この世に生きるモノは、いかなるものも業を背負っている。生まれたばかりの赤ん坊ですら…。それゆえに、この世に破壊できぬモノのない絶対破壊の呪なのだ」
真名はそれだけ言うと黙ってしまった。潤は少し考えて言う。
「これからどうしましょう」
真名は目を瞑ったまま言う。
「追いかけて神子を取り返すしかない」
「でも…」
相手はあんなに強いのだ。それは容易では…。
「道蘭様は…とりあえず相手をしなければよい。ただ神子を取り返すことだけを最優先に考えるんだ」
真名は目を開くと潤の肩に触れていった。
「お前は、これから神子をさらった、舌童とかいう老人を追って、神子を取り返すんだ」
「え? 僕は…てことは…真名さんはどうするんですか?」
「私は、調べることがあるので別行動をする。どうも引っかかることがあるんでな」
「で…でも」
それは、要するにあの道蘭と一人で対峙する可能性があるということで…。
潤は戸惑った表情で真名を見る。それを見て真名は。
「大丈夫だ、すぐに戻る…それに」
「それに?」
「それに…この近くに、頼もしい助っ人が来ている。そいつらを呼んでやる」
そう言って真名はにやりと笑った。
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潤たちが道蘭と遭遇した場所から数kmの森の中、そこから昔放送されていた特撮ヒーローの主題歌が響いていた。
「じゃすてぃお~~ん! じゃすてぃお~~ん!!」
「もう…うるさいったらねえな…こいつ…」
そこにいた男四人のうちの一人。ソフトモヒカン頭の男『
その男『
「この歌は魂の歌だ!! ハッハ!!」
そう言って拳を天に突き上げた。
「ハイハイ…そうですね…」
武志はあきれ顔でそう答えた。
「それより…さっきの電話は何だったんですか?」
そう言って、武志に聞いたのは、セミロングの髪を後ろで束ねている優男『
「ああ。ついさっき…。真名姫様達が襲われたらしい」
武志がそう言うとさすがの甲太郎も歌をやめる。
「それは本当ですか? それで、我々には何を?」
陽弘がそう武志に聞くと、彼は、
「俺たちに、奪われたブツの追跡の手伝いを頼みたいらしい」
そう言って周りにいる仲間を見渡した。
その時、真っ先に甲太郎が答える。
「正義の味方は、仲間のピンチを見逃さない!! ハッハ!!!」
その言葉に武志は、
「まあ、それに関しては同意だな」
そう言って微笑む。
「真名姫様の手伝いってことは…。あいつと面を合わせるってことだな」
武志のその言葉に陽弘は、
「それは楽しみですね…」
そう言ってにやりと笑った。
森の奥、再び特撮ヒーローの主題歌が響き始める。
「では早速行くとしようか…」
そう最後の一人、深くコートをかぶった男『
闇夜に四人の男の影が走った。
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滋賀県彦根市の南東に広がる山岳地帯、その森の木々を渡りながら疾走する小柄な影があった。
それは、背の低い、手に木の杖を持ったしわくちゃな老人であった。
その老人は、なんと自分より背の高い女性を肩に担いで、空を飛ぶように駆けている、明らかに人ならざる様相であった。
その老人の名を『舌童』と言った。
「ほほ…。ここらで一休みするかのう…」
そう言って、舌童は地上に向かって飛翔して着地し、その場に娘を置いて、近くにあった石に腰かけた。
「やれやれ…。わしももう歳じゃのう…」
そう言うと、腰に下げていた瓢箪から水を飲んだ。
「さて…。あやつらはいったいどこにいったのじゃ…。あやつらがおったら、わしがこんなことをせずとも…」
そう言って舌童はため息をつく。
「はて…」
不意に舌童が、自分が走ってきた方向を見た。
「これは…。誰か追って来たのか…」
舌童はそう呟くとにやりと笑った。
…と、さっそく、舌童の走ってきた方角の、木々が揺れて、何者かが姿を現す。
「追いついた!!」
そこに現れたのは、さっき会いまみえたばかりの蘆屋の姫君とともにいた少年…。
「ほほう…お前は…」
「その女性を返してもらいます!!」
舌童が何かを言う前に、それを遮って少年は答えた。
「少年…。貴様一人か?」
その少年『矢凪潤』は、油断なく構えながら言葉を返す。
「…さて? どうでしょうか…」
それを聞いた、舌童は思わず吹き出して笑った。
「くふほほほ…。何と嘘のつけぬ愚かな少年よ…、貴様名はなんという?」
「…潤です」
「よかろう。潤とやら。わしが相手をしてやろう」
舌童は楽しげにそう言って、その肩に神子を担いだ。
「ソレ…わしに追いついてみるがいい」
そう言うが早いか、舌童は目にもとまらぬ速さで空に飛翔する。
「あ!!」
潤はそれを追いかけて飛翔する。
山奥で、老人と少年のありえない追いかけっこが始まった。
「く…なんて早い…」
「ほほほ…。どうした? 若いくせに、じじいに追いつけぬか?」
「くそ…だったら」
潤は印を結んで呪を唱える。
「カラリンチョウカラリンソワカ…」
<蘆屋流鬼神使役法・鬼神召喚>
「
その瞬間、地面にまばゆく輝く
その中から一匹の巨大な犬が現れる。
「行くぞシロウ!!」
潤はその背にまたがるとシロウに命令した。
「ほほう…」
潤をのせたシロウは一気に加速する。すぐに舌童の背後にまで追いつく。
「この!!」
潤は、老人である舌童に対しても容赦なく金剛杖を振るった。
「ほ!!」
それを寸でのところで回避する舌童。
「カカカカカ!! よいぞよいぞ!!! その容赦のなさ、なかなかに見どころのある少年よ」
そう言うと、舌童は懐から無数の符を取り出して、潤に向かって投擲した。
<符術・
術符が、無数の炎の槍となって潤に向かって飛翔する。
「シロウ!!!」
潤がシロウに命令すると、シロウはその炎の槍の雨をかいくぐって駆けていく。
そして、
「捕らえた!!」
次の瞬間、潤が振りぬいた金剛杖が、舌童の胴体を捕らえた。そして…、
「ほ…」
そんな声を残して、舌童は胴体で真っ二つになる。
潤は、顔をしかめながらそれでもシロウに命令する。
「シロウ!! 神子を!!」
【了解しました】
潤としろうは、空中で見事に神子をキャッチする。
(よし…あとは。この娘を…。安全なところまで連れていくだけだ…)
そう、あっさりと任務が達成された…。そう思ったその時、
「ほほほ…。老い先短い老人に対してひどいことをするのう。少年」
空中で真っ二つになって絶命したはずの舌童が、そう言って笑たのである。
「な?!」
舌童は、その傷口から無数の蛆を湧き出させながら、空中で一つになる。
「う…」
その身の毛もよだつ様に思わず潤は吐きそうになった。
「ほほほ…。わしは死なぬよ…。不死人じゃからのう」
「く…」
とっさに危険を感じた潤が、神子を抱えて逃げようとした。しかし、
「遅いのう。あくびが出るわい…」
いつの間にか、潤のそばを駆けていた老人が、そう言って腕を横に薙いだ。
ズバ!!
激しい衝撃とともに、潤はシロウの背から滑り落ちて、空中に放り出された。
「ほっと…」
舌童は、潤と一緒に空中に放り出された神子を、空中でキャッチしている。
「さて、これで終いかな…」
すぐに、懐から符を取り出した舌童は、潤に向かって投擲する。
潤はそれを避けることはできなかった。
<符術・
(やられる!!!)
そう潤が思ったとき。
「正義の味方は、ピンチの時に現れる!!! ハッハ!!!」
そう言って、術と潤の間に割って入る者がいた。
次の瞬間、空中で無数の爆発が起こる。
「ほほ?」
そう舌童が呟いたその時、潤は何者かに抱えられていた。それは、
「大丈夫かい? 矢凪潤」
「あ、あなたは…」
それは、ソフトモヒカン頭の男、合田武志であった。
「お~い。甲太郎、無事か?」
武志はそう言って、空中の爆発の煙に向かって話しかける。
「ハッハ! この程度、正義の味方にはかすり傷と同じだ!」
「そりゃよかった」
そう言って武志は笑った。
空中の爆発の煙のなかから、一人のぼさぼさ髪の男がゆっくりと降りてくる。
その身体の一部は、硬そうな甲殻で鎧われている。
それは、斉田甲太郎である。
「むう? こやつらは…」
そう言って舌童が戸惑っていると。
「奇襲失礼…」
そう言って、島津陽弘が背後から、拳の一撃を舌童に加えたのである。
「ぐが!!」
舌童はたまらず、その肩の神子をとりおとす。
それをキャッチしたのは松波影郎であった。
「うん、きれいに決まったな…」
そう言って、武志はにやりと笑った。
「く、おのれ。この小僧ども、何者じゃ」
そう舌童が言うと、武志が答える。
「播磨蘆屋一族、道摩府に所属する…妖怪だ!」
そう言って不敵な笑みを浮かべた。
「ち…。蘆屋の妖怪どもか…。これは…多勢に無勢じゃのう」
「おとなしく、おうちに帰んな、糞爺」
武志がそう言って中指を立てると。
「だが…。そうはいかぬ!! 道蘭様の命令ゆえな!!!」
「まだやるのか?」
武志は、潤を地面におろすと、そう言って身構えた。
「ふ!!!」
それは一瞬のことだった。
目にもとまらぬ速さで、舌童は飛翔すると、影郎に体当たりしたのである。
「ぐふ…」
その一撃で、影郎が吹っ飛ぶ。無論、神子は…。
「カカカ…。これは逃げるのみじゃ!!」
そう言って、神子を空中でキャッチすると、舌童は恐ろしい速さで南西に飛び去ったのである。
「あ! おい!!」
あまりのことに、その場の皆が絶句した。
「く…まて…」
潤はそう言って、舌童の後を追おうとする。しかし、
「ちょっと待った」
それを武志が止めた。
「これは、ちょっと作戦を練らなけりゃだめだぜ…」
「…でも」
「落ち着けって…。自己紹介もまだだし…」
そう言って武志が潤に笑いかける。潤は、
「もしかして、あなたたちが真名さんの言った、助っ人ですか?」
そう言って、武志たちの方に向き直る。
「ああそうだ。とりあえず作戦会議といこうぜ」
武志はそう言って、潤の肩に手を置いた。
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まず潤たちは、お互いの自己紹介から始めた。
ソフトモヒカンの男、合田武志は、
「俺の名は合田武志、武志って呼んでくれ。俺は鬼神族の
そう言って笑った。
武志は、自分の紹介をすますと、後ろで何やら歌を歌ってる、ボサボサ髪も男を指さす。
「そしてこいつが…」
…と、その時、ボサボサ髪の男が、歌をやめて手で武志の言葉を遮る。
「俺の名は…」
「?」
何やら気持ちを込めるその男の言葉に、皆が疑問符を投げかける。
「俺の名は!!!!!!
機 甲 特 捜 ジ ャ ス テ ィ オ ン だ ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! !」
「え?」
潤は、その名に思い当たるふしがあった。そう言えば、何年か前に放送されていた、特撮ヒーローがそんな名前だったような…。
「はいはい、こいつの戯言は聞かなくていいから」
そう言って武志が、ボサボサ髪の男の頭をはたく。
「こいつの名は、斉田甲太郎、甲虫妖の格闘戦士だ。まあ簡単な呪も使えんことはないが…、基本突撃専門だな」
そう言って武志は笑った。
甲太郎は、
「機甲特捜ジャスティオン!! 魂の番組だ!!!! 見てくれよな!!!!!」
そう言ってサムズアップした。
何だこいつ…。潤はついそう考えてしまった。
そして、
「私の名は島津陽弘…。龍神族の陰陽法師です」
次の陽弘は普通に自己紹介する。
最後に、
「……松波影郎。妖樹族…陰陽法師だ」
そう言って、影郎が静かに呟いた。
助っ人四人の自己紹介が終わったあと、潤は自分の自己紹介をしようとした。しかし、
「ああ。お前の紹介はいらねえぜ。俺たちは、お前のことをよく知ってるからな」
そう言って遮った。
「え? それは、どういう…」
「俺らは、実はお前とは、呪術師としての同期でな。かの土御門動乱や、土御門秘宝奪還作戦にも参加して、間近でお前の活躍を見てるんだ」
そういって武志たちは笑った。
「それで…。これから、作戦会議をするが。まずリーダーを決めねばならん」
「え?」
武志の提案に潤はそう疑問を投げた。
「今まで潤は同期でチーム組んで戦ったことないだろ? やっぱこういうときはリーダーが必要なんだ」
「そうですか…」
確かにその通りだ。一応、鬼神と連携して戦ったことはあるが、同期呪術師との連携は初めてである。
潤が納得したところで、武志が言った。
「というわけで、潤。お前がリーダーだ」
「え?」
突然の発言に潤は絶句した。
その武志の提案に、他の三人は、
「異議はねえぜ! ハッハ!」
「異議なしです」
「同じく」
そうはっきりと答えた。
「ちょ、ちょっと待ってください。僕がリーダー?」
「そうだが、何か?」
武志が楽しそうに笑う。
「そんな、僕なんて…」
「大丈夫。俺たちは、お前の実力を知ってる。そのうえで、みんなお前がリーダーにふさわしいって言ってんだ」
「でも…僕なんて…」
そういって潤が逡巡していると、武志が真面目な顔になっていった。
「お前…、自己評価が低いのか? ダメだぜそれじゃあ…」
武志はすぐにニコッと笑って言葉を続けた。
「女にモテない…」
「え?」
一瞬潤は何を言ってるんだ? と考えた。
武志は続ける。
「この世にあるカレーの中でも、最もうまいカレーを作れる職人がいると思いねえ」
「はあ?」
「でも、その職人には欠点があった。そいつは…
『これウンコみたいに見えるけどおいしいんで食べてください』という口癖だった!」
「え???」
「お前はそいつのカレーをどう思う?」
とりあえず潤は武志の質問に答える。
「それは…せっかくのカレーが台無しですね。食べたくなくなるかも…」
「そう、自己評価が低いってのは、すなわちそう言うことだ。
どんなに本人が優秀でも、自信のない発言で周りからの評価を台無しにしちまう。
自信がありすぎるのもダメだが、自信がなさすぎるのもダメだ」
「はあ…」
「お前はうまいカレーを作れるんだから自信もてよ!!」
「あの…」
潤はその時、一つの疑問を感じた。
「武志さん?」
「なんだ?」
「カレー好きなんですか?」
「ああそうだな! はははは!!!」
そう言って武志は豪快に笑った。
「…まあ、冗談はさておいて。さっそくあの爺を止める作戦を考えようぜ! リーダー」
そう言って武志が、潤に呼びかける。潤は決心した。
「わかりました。作戦会議を始めましょう!」
その言葉に、その場の皆が頷いた。
-----------------------------
それから、二十分ほどたった、南西の森。
空を飛翔するように、よぼよぼの爺が駆けていた。
「ふう…。まったく、じじいにこんな疲れる仕事を押し付けおって。あやつら」
そう言ってぶつくさ文句を言っていると。
その背後から、高速で追いついてくる影があった。
「ハッハ!! 正義の味方参上!!!」
「むう! もう追いついてきたのか!」
追いついてきたのは、甲太郎であった。
「くらえ!!! ジャスティオンマシンガンパンチ!!!!!」
甲太郎は、そう言って拳を握り、連続で空を打撃する。
その打撃が空に炸裂するたびに、拳圧が舌童に向かって飛んでいく。
「ぬう!!!」
その拳圧を必死で避ける舌童。
「バカが!!! この神子にまで打撃を当てるつもりか?!」
「心配無用!! 正義の味方は助けるべきものに被害は与えない!!! ハッハ!!!」
それを聞いた舌童は、チッと舌打ちすると言った。
「ならこれでどうじゃ!」
そう言って舌童は、両手で神子抱えて甲太郎の方に向ける。
舌童は、なんと抱えてる神子を、甲太郎の攻撃に対する盾にしたのである。
「む!!!」
甲太郎は、さすがに攻撃をやめる。
…と、その時、
「思った通りの行動ありがとうな! 外道なじじい!!」
それは一瞬のことであった。
下方から、武志が打刀を手に飛翔してきて、舌童の両腕を切り飛ばしたのである。
切り飛ばされた腕とともに、神子が宙にほおり出される。
「なんと!!!」
舌童はすぐに切れた傷口から蛆を無数に飛び出させて、腕をつなごうとする。しかし、
「動くな…」
いつの間にか、舌童の後方に現れていた影郎が、その腕から無数の蔦を放出、舌童は絡めとられてしまった。
そして、
「これでとどめだ…」
最後に陽弘が符を懐から取り出して舌童に向かって投擲する。
「急々如律令」
<蘆屋流符術・
ズドドドドン!!!
無数の雷の帯が舌童を打ち据えて黒こげの肉の塊にしてしまったのである。
「…よっと」
そして、最後に潤が、空中で落下する神子をキャッチする。
「みんな! そいつは不死身だ! まだ生きてる可能性がある!! このまま逃げるぞ!!!」
そう言って潤は、来た方向に向かって駆けた。
他の四人もそれに従って走る。
(まだ遭遇していないが、道蘭さんに会ってしまったらおしまいだ。急いでこの場を離脱しないと…)
潤はそう考えながら、後ろの四人の方をちらりと見る。
武志が親指を立てて笑って見せた。
「く…おのれ。小僧ども…」
確かに、舌童は生きていた。自身とともに黒こげになった蔦をほどいて立ち上がる。
「やってくれるのう!! この餓鬼が!!」
舌童が、そう言って怒りの表情を見せた時、それは起こった。
「む?! 潤!!」
影郎が突然叫ぶ。次の瞬間、潤の脇腹に衝撃が走った。
「くう!!!」
そのまま、神子をほおり出して吹っ飛ばされる潤。
その神子は突如現れた何者かにキャッチされた。
「いつまで遊んでいるんだ舌童…」
その新手は、そう言って冷たい目を舌童に向けた。
「き、貴様は、
舌童はそう言って新手を指さした。
「な!! お前らは…」
倒れた潤を支えながら武志が叫ぶ。
その目前に四人の新しい影がいた。
「相仁、
神子を抱えている、相仁と呼ばれた男は、
「しらんな。この程度の仕事、貴様一人でもこなせるはずだろう? それが何だこのザマは」
そう言って舌童に冷たい目を向ける。
「ケケケ…。まあ、舌童にはこのまま死んでもらってもよかったかな。我としては…。
少々我とキャラがかぶっておるゆえに…」
そう言って笑ったのは、カエル顔の老人・雷轟である。
「やだ…めんどくさい。こいつら相手に戦うことになるなんて想定してないってーの」
そう言って、心底つまらなそうに潤たちを見下ろしたのは、紅一点の阿弥華である。
「いいんじゃね? 俺は楽しみだぜ! 殺し合いなんて!!」
そう言ってケラケラ笑ったのは、新手の最後の一人、狂馬であった。
「こいつら…まさか…」
「く…知ってるんですか? 武志さん」
腹を押さえて呻きながら、潤が武志に聞く。
「『蒼い風』の妖怪か…」
「蒼い風?」
「そうだ。今回の災厄の神子を囲ってた妖怪組織、それが『蒼い風』…」
その武志の言葉に、相仁が答える。
「その通りだ…。貴様らに奪われたものを取り返しに来た…」
そう言って、相仁は神子を見る。
滋賀県彦根市の南の山岳地帯。
そこで、蘆屋の妖怪達と、人類殲滅をもくろむ妖怪達の、
妖怪同士の戦いが始まろうとしていた。
-----------------------------
神子を抱えた男・相仁は、一言、フンと鼻を鳴らすと。
舌童の傍へと駆けていく。
「あ! 待て!!」
武志がそう叫ぶが、待つわけがない。
「おい舌童。早くこの神子を連れて、例の場所に急げ」
「な…。またわしに押し付けるつもりか」
舌童は目を怒らせて相仁に抗議する。
「我々は、この小僧どもの相手をする。お前が神子を連れていくのだ」
相仁はそう言って、神子を舌童に渡す。相仁はさらに続ける。
「舌童。もうすぐ道蘭様の準備が整う、急げよ」
その言葉を聞くと、舌童はチと舌打ちをしていった。
「むう仕方がない。まあ、その小僧どもの始末は貴様に譲ってやるわい」
そう言うが早いか、舌童は空を飛翔するように、南西に向かって駆けて行った。
「あ!!!」
潤達は、すぐにその舌童を追おうとする。しかし、
「おい! てめえら! 俺たちを無視して、舌童のじじいを追えると思ってんのか?!」
狂馬がそう言って潤たちを威嚇した。
「く…これはまずい…」
潤がそう呟くと。それに反応するように、相仁が顔を潤たちの方に向けた。
「蘆屋のものどもよ。よく聞け」
「なんだ?」
武志がそう返す。
相仁は、
「我々は今まで、悪しき人間を選別して、その者だけを殺してきた」
そう言ってから指を潤達に向ける。
「だが! どうだ!! 貴様ら蘆屋の者は、正義面して我々に介入してきた挙句、我らの神子を奪っていった」
相仁は両手を広げて宣言する。
「もはや、我々は手加減をしない!
こうなったからには、我々はたとえ相手が、女だろうが子供だろうが、すべての人間をこの地上から殲滅する!!」
その言葉に武志が怒りの目を向ける。
「このような事態を招いたのは。すべからく、貴様ら蘆屋のせいだと思え!!!」
相仁はそう言って潤たちを指さした。武志は、
「何を勝手なこと言ってやがるこいつ!!」
そう言って腰の打刀に手を添えた。
…だが、
ばっと手を広げて、武志を制する者がいた。
「ここは俺に任せて先にいけ!!」
そう言って武志を制したのは、甲太郎であった。
「な…。何言ってんだ! また正義の味方ごっこでもやるつも…」
…と言いかけて武志は口をつぐんだ。
なぜなら、甲太郎の目が、明らかな怒りに染まっていたからである。
「おまえ…」
「速く行け!」
甲太郎は皆をせかす。
潤は、
「いくらなんでも一人では無理です!」
そう言って止めようとした。しかし、
「正義の味方は絶対に負けない!」
そう言って甲太郎は譲らなかった。
「潤…ここは甲太郎に任せようぜ」
そう言ったのは武志であった。
「でも…」
「大丈夫だよ…。な陽弘…」
そう言って、武志は陽弘の方に顔を向ける。
陽弘は、一回髪をかき上げると、
「仕方ありませんね…。私も残ります」
そう言って甲太郎の隣に歩いていった。
「かまいませんよね? 甲太郎さん?」
陽弘がそう言うと、甲太郎は、
「勝手にしろ」
そう呟いた。
その時、それを見ていた狂馬が叫ぶ。
「何言ってやがる餓鬼ども! お前らを俺たちが逃すとでも思ってんのか?!」
その問いには甲太郎が、
「おおおおお!!!!!」
拳で答えた。
甲太郎が一気に駆ける。
「な!!」
いきなりのことに相仁たち四人は反応が遅れた。
「ジャスティオンマシンガンパンチ!!!!!!」
空を連打する甲太郎の拳から拳圧が無数に飛ぶ。
ズドドドドドドドドド!!!
それらは狙いたがわず、相仁達に殺到した。
「チ」
相仁たちは仕方なく回避行動をとる。それが一瞬のスキになった。
「今だぜ潤!!」
武志がそう言って潤を促す。
「く…わかりました」
潤は後ろ髪を引かれる想いでその場から南西に向かって駆ける。
その場には、陽弘と甲太郎が残った。
「く!! 待ちやがれ餓鬼ども!!」
狂馬が潤たちを追おうとする。しかし、
「そうはいきませんよ」
そう言って陽弘が立ちふさがった。
「てめえ!!」
狂馬は怒りの目で甲太郎たちを睨んだ。
甲太郎は、敵妖怪四人のリーダー格と思われる相仁に向かって駆けていた。
それに対し相仁は、
「チ…正しいことの分からぬ愚か者が…」
そう言って後方に回避移動をした。
「陽弘!!! お前はカエル顔と女をやれ!!! 俺は残り二人をやる!!!」
そう甲太郎が叫ぶ。陽弘は、
「わかりました」
そう言ってカエル顔の爺のところへと走る。
一対二の組み合わせが二つできた。
「てめえ!! 俺らに一人で勝てるつもりか!!」
狂馬が甲太郎に威嚇する。甲太郎は、
「正義の味方は、不利な状況でも恐れず立ち向かう!!」
そう言って拳を握った。
その言葉に相仁がわずかに反応する。
「正義の味方…だと?」
甲太郎は、そんな相仁にかまわず。一気に狂馬に向かって駆けた。
「ち!!! 来るかよ餓鬼が!!!」
甲太郎の拳が一閃する。
しかし、その拳は狂馬には届かなかった。
「はは!!! 馬鹿が!!! てめえごときが俺の速さについてこれるかよ!!!」
狂馬は目にもとまらぬ速さで、その打撃を回避して見せたのである。
狂馬は一瞬で甲太郎の視界外へと消えてしまう。
相仁は静かに言う。
「いいだろう。正義の味方とやら…。我々が相手をしてやる。こっちへ来い…」
そう言って、相仁は背後の森へと消えていく。
「まて!!」
甲太郎はそれを追った。
「おお!!!」
甲太郎は気合の咆哮を上げると。一気に加速する。
そして、見る見るうちに逃げる相仁に追いつく。
「くはは!!! さすがだな!!! 私のスピードでは容易に追いつかれるか!!」
相仁はそう言って笑う。
「はあ!!!」
甲太郎の気合一閃、拳が走る。
「ち!!!」
それは的確に相仁を打撃しようとした。だが、
「背後がお留守だぜ!!!」
突如、甲太郎の背後に狂馬が現れたのである。その両手には、牙のような二振りのナイフ。
「喰らいな!!!」
ナイフが一閃される。そして、
ガキン!!!
それは、突如、甲太郎の体に現れた甲殻に防がれたのである。
「おう?!!」
そんな驚きの声を狂馬は放つ。
すると、相仁を打撃しようとした甲太郎の拳が、一瞬で軌道を変えて狂馬に向かう。
「?!」
…その拳は、空を切った。
その時すでに狂馬は其処にいなかった。
(速い!!!!)
甲太郎は素直にそう思った。
「はははは!!! 当たらねえよ、鈍足の甲虫妖が!! 俺は狗神族だぜ!!!」
甲太郎はなるほど、と思った。そう言えば、蘆屋でも狗神族はすさまじいスピードを誇っていた。
「だったら!!!」
甲太郎は、空を連続で打撃する。
「ジャスティオンマシンガンパンチ!!!」
無数の拳圧が空を飛翔する。それは、大きな面制圧の打撃。
「はは!!! 無駄無駄!!! 当たらないね!!!」
それを狂馬は軽々と避けてしまう。
「くははは!!!! どうした?! 甲虫妖!! てめえのスピードはその程度か!!!」
狂馬は笑いながら、甲太郎の周りを飛びまわる。あまりのスピードに甲太郎の目では追いつけなかった。
「そら!!! どうした?!!! 当ててみろよ甲虫妖!!!!」
狂馬は、甲太郎の周りを飛び回り、一瞬現れては消えるを繰り返す。まるで遊んでいるかのように。
「ちい…。早すぎる…」
甲太郎は舌打ちする。その姿を見て狂馬は、
「はは!!! ソレ!!! 次はこっちから行くぜ!!!」
そう言って甲太郎に向かって、両手のナイフを一閃させた。
ズドン!
それは的確に命中した。
狂馬の顔面に…。
「あれ?」
甲太郎は素っ頓狂な声を上げる。なぜか自分の拳が狂馬に命中したからである。
「くおおおお…」
狂馬は鼻血を出して蹲っている。
甲太郎は、不思議そうに自分の拳を見て。
次に、顔を押さえて蹲る狂馬を見て。
「まあよし…」
そう呟いた。
「何が『まあよし』だ!!! てめえ!!!」
狂馬は鼻血を振りまきながら怒りの声を上げる。
「てめえ!!! どうやって? どうやって俺に拳を当てた?!!!」
そうまくしたてる狂馬に、甲太郎は…
「まあ…偶然…かな?」
そう言って首を傾げた。
「偶然で済むかあほ!!!!」
狂馬はそう言うが早いか、一気に加速して甲太郎の周りを飛び回る。
「く!!! 同じ偶然なんて、もうおこらねえぜ!!!!」
そう言って、今度こそ甲太郎の首めがけてナイフを一閃させた。
ズドン!
再び命中。甲太郎の拳が…。
「があ!!!!」
狂馬は今度こそ、血反吐を吐いて吹っ飛んだ。
「うん…なんか。どうやら俺は、お前に拳を当てられるらしいな…」
そう言って甲太郎がにやりと笑う。
狂馬は吹っ飛んだ先でよろよろと立ち上がると言った。
「てめえ…。この…もう許さねえ!!!!」
三度加速する。そして、
ズドン!
狂馬が攻撃する瞬間、甲太郎は的確に拳を狂馬に命中させていた。
「な…なんでだ…。どうして俺のスピードが見切られる?」
狂馬はそう疑問を口にした。
実は、この異常な現象には明確な理由があった。
圧倒的なスピードで翻弄して攻撃を命中させるのが狂馬の基本戦術なのだが、狂馬は実のところ格闘が苦手であった。
目標に近接して攻撃に入るときに、スムーズにつなげることが出来ず、一瞬停止する瞬間があったのだ。
甲太郎は天性の格闘センスでそれを見抜き、その停止の瞬間にカウンターをたたき込んでいたのである。
「ぐが…畜生…」
狂馬は鼻血を流しながら、甲太郎を睨み付ける。
「こんな…こんなこと…」
「はは!! どうする? 狗神。まだ続けるか?」
そう言って甲太郎が笑う。狂馬は、
「おい!!! 相仁!!! いつまで遊んでんだ!!! 俺を手伝え!!!!」
そう言って相仁に向かって叫ぶ。
いつの間にか、二人の傍に立っていた相仁は、
「無茶を言うな。俺は格闘は一応得意と言えるが…。それは人間の達人レベルで、貴様らの様な超人とは違う」
そう言って頭を横に振った。
その言葉を聞いた狂馬は、チと舌打ちして、
「そう言う手伝いじゃねえよ! 呪で援護しろって言ってんだ!」
そう叫んだ。
「ふむ…それならば…できなくはないな」
相仁はそう言って笑う。
「行くぞ! 相仁!」
狂馬がそう叫ぶと、相仁が甲太郎に向かって駆けた。
「やっと二人で来るかよ!!」
甲太郎は油断なく身構える。次の瞬間、狂馬がかき消えた。
「ソレ!!!」
狂馬のナイフが一閃される。その狂馬に向かって甲太郎のカウンターが飛ぶ。
「どこを向いている?」
相仁が、狂馬の来る方の反対側から突撃してくる。
挟み撃ちになった。
「く!!!」
甲太郎は、拳の打撃を中断して、回避に切り替えた。
狂馬のナイフが空を切る。
次の瞬間、中断されていた拳が一閃される、相仁に向かって。
「!!!」
だが、その拳は受け止められていた。
二対の霊力の腕によって。
「これは!!! 霊装怪腕!!!!」
そう、それは相仁の体から伸びる霊装怪腕であった。
「お前! 土蜘蛛族か?!」
甲太郎が相仁に向かって叫ぶ。
「ふん…その通りだ」
相仁がつまらなそうに返す。
…と、その時。
チクリ
「?!」
拳に何かが刺さった。甲太郎はすぐに拳を戻す。
「なんだ?」
甲太郎がそう思って拳を見た次の瞬間、
「オン」
相仁が両手で印を結んで呪を唱えたのである。
「う???」
それは突然起こった。
「う…か?」
脚がもつれてふらふらする。目の前がぐるぐると回っているように感じられる。
「これは…」
甲太郎はつい膝をついてしまう。
「ふふふ…どうだ? 我が毒呪の味は」
「毒呪だと?」
「そうだ、あらゆるものの平衡感覚を奪い、運動能力を削減する、毒の呪いよ」
「く…」
甲太郎はなんとか立ち上がる…がそれまでだった。そこから一歩も動くことが出来ない。
「ふふふ…狂馬。これでいいか?」
相仁はそう言って狂馬に笑いかける。
「上出来だぜ! 相仁!!」
狂馬は嬉しそうに笑い返した。
「言いざまだな甲虫妖…。もう動けまい?」
そう言って、手のナイフを一閃した。
ガキン!
甲太郎の甲殻にナイフの刃が阻まれる。
「ち…。相変わらずかてえな…。でも…」
今度は、そのナイフを甲殻と甲殻の間に突き刺す。
「ここならどうだ?」
ガキン!
再び阻まれる。
「ち、どうやら。甲殻と甲殻の間にも、頑丈な皮みたいのがあるらしいな」
狂馬はナイフを懐にしまうと、今度はファイティングポーズをとった。
「まあいいや…。どうせてめえは動けない。お前はこれから、俺のサンドバッグだ!!!」
そう言って笑いながら、甲太郎の体に打撃を加え始めた。
「うぐ…く…」
その打撃による衝撃は、少しずつ甲太郎にダメージを与えていく。
「く…あ…」
それでも、甲太郎は身動きをとることが出来なかった。
「ははは!!! どうした? 反撃して見ろ!!!」
狂馬は笑いながら打撃を加えていく。
(くそ…体が…いうことをきかねえ…)
甲太郎は、口から血を流しながら、打撃を受け続けた。
そんなことが十分以上続いた。
「はあ…はあ…」
さすがの狂馬も打撃を加えるのに疲れを見せるようになった。
そのころには甲太郎の甲殻にもひびが入り始めていた。
「ち…マジ頑丈だな…」
「おい、狂馬」
不意に相仁が狂馬に声をかける。
「なんだよ。相仁」
「ここはもういい。お前は、舌童を追っていった連中をたたけ」
「はあ? これからがいいとこなのにか?」
「狂馬…」
相仁が狂馬を睨み付ける。狂馬は慌てていった。
「わかったよ…。行きゃあいいんだろ」
狂馬はそう言うと、一瞬でその場からかき消えた。
「さて…」
相仁は、血を吐いて、それでも立っている甲太郎を見る。
「助かったと思うなよ? これからの方がお前の地獄だ…なぜなら…」
相仁がその手で、甲太郎の腹に触れる。そして、
<
ズドン!
甲太郎の体に激しい衝撃が走った。
「が!!!!!」
甲太郎が先ほどまでより激しく血反吐を吐く。
「ふふん…。わかるよな? 土蜘蛛族の格闘術『金剛拳』にとって、甲殻の物理防御など無意味だ…」
「が…は…」
「私は、お前の超人的な動きについていって当てる能はないが、お前が動かないならそれは関係ない」
「く…」
「これでおしまいだ、正義の味方とやら…」
「せ・・・」
「せ?」
「正義の味方は…、悪に…屈し…ない…」
「…」
相仁は、冷たい目で甲太郎を見つめる。
「悪か…」
「…」
「お前の言う悪とは何だ?」
相仁は静かに甲太郎に問いかける。
「貴様が正義の味方を名乗るのなら…。なぜ我々の元へ来ない?」
「…」
「私は…。私は子供を人間に殺された…」
「!!」
その言葉に甲太郎が反応する。
「家族を人間に殺された…。そして、はるか古代から…我ら土蜘蛛族は、人間からの弾圧を受け続けている」
相仁は目を瞑る。
「人間は妖怪を蔑み弾圧し虐殺してきた…。ならば…」
相仁は甲太郎の髪をつかんで、顔を上げさせる。
「人間を殲滅することこそ妖怪にとって正義ではないのか?!」
「…」
「答えろ!! 正義の味方!!! お前の正義とはなんだ?!」
甲太郎は血にまみれながら考える。
(俺の正義…)
その瞬間、甲太郎の意識は過去に飛んでいた。
-----------------------------
いつから彼はそうしてきたのだろうか?
甲太郎は今日も、人間を殺し食べ物や金を奪っていた。
彼は天涯孤独の身だった。その家族は人間の退魔士に殺され、彼は人間社会に一人ほおり出された。
人間に恨みがあった? 無論ないわけがない。家族を殺されたのだ。
だがそれ以上に人間社会で、孤独な妖怪が生きることは戦いであった。
だが、ある日そいつはやってきた。
正義づらした人間…。
蘆屋の呪術師…。
ついに、甲太郎は追い詰められたのである。
「ぐは!!!!」
街のビルとビルの隙間、
そこで甲殻の鎧を身にまとった甲虫妖は血反吐を吐いた。
呪術師の呪をまともに受けたのである。
彼は壁に背を預けて動けなくなる。
「く…ちくしょう…」
「もう終わりだ妖怪…。観念するのだな」
呪術師は鳥型の使鬼を肩に止まらせてそう言った。
「くあ…こんなところで俺は…」
終わるのか? そう思ったとき…。
ウ~ウ~!
どこからかサイレンの音が響いいてきた。
「む? なんだ?」
呪術師が何事かと周りを見渡す。すると、表通りの方から足音が響いてくる。
「ち…。まずいな…」
呪術師はその言葉を残してその場から姿を消した。
「く…助かったのか? でも…」
身体が動かない。かなりの致命傷を受けていたから。
…と、ふと何者かが、甲太郎に近づいてくる。それは、
「大丈夫だった? 正義の味方さん?」
それは小学生ぐらいの少年だった。
(正義の味方? 何言いてんだこいつ?)
そう疑問を感じたが、もう甲太郎には意識を保つ気力が残っていなかった。
すぐに意識を失う。そして…
次に気が付いた時には、どこかの部屋のベッドに寝かされていた。
「なんだ?」
「あ! 気が付いたの? 正義の味方さん!!」
それは、さっき見た少年だった。うれしそうな笑顔を向けてくる。
「なんだ…お前は…」
「あ! 自己紹介がまだだね? 僕は
「あ? 正義の味方?」
何を言ってるんだと甲太郎は思った。
ふと周りを見回す。其処には特撮ヒーローのポスターがいっぱい貼ってあった。
その一つに目が行く。
(こいつ…もしかして…)
そこには、金属の甲殻に鎧われたヒーローが映っていた。
(俺の、この甲殻に包まれた姿を見て、ヒーローか何かと勘違いしてるのか)
いくらなんでもバカバカしい話だが…。
「俺は…ヒーローなんかじゃ…」
「大丈夫だよ! 秘密にしなきゃいけないんでしょ?」
そう言って少年は笑った。
話の通じない餓鬼だと、甲太郎は思った。
なんとか立ち上がろうとする。しかし、
「ぐ…は…」
あまりの激痛で身動きが取れない。
「ダメだよ動いちゃ!! まだケガが治ってないんだ!」
少年はそう言って甲太郎を押さえる。
甲太郎は素直に従うしかなかった。
(畜生…情けねえ…。これからどうする?)
…と、その時、一つのことを思いついた。
(この餓鬼、俺をヒーローだと勘違いしてやがる。こいつにこのまま俺の世話をさせれば…)
それは、その時の甲太郎にとってはいいアイデアに思えた。
こうして、甲太郎は、この少年の家で傷を癒すことになったのである。
-----------------------------
あれから、何日が経ったのか。今日も甲太郎は少年の部屋で、特撮ヒーロー番組を見させられていた。
少年の見ている番組はいつも一緒だった。録画された『機甲特捜ジャスティオン』。
それを少年は目を輝かせてみているのだ。
(ち…つまんねえ)
甲太郎にとって。それは何ともつまらない話だった。
悪の怪物があらわれて、ヒーローが助けに来て、怪物を倒す。その繰り返し。
「どう? これジャスティオンの変身ペンダントなんだ!」
そう言って嬉しそうにおもちゃのペンダントを見せてくる少年。
「へえ…そうなんだ」
そんな少年に、適当に相槌だけをうつ甲太郎。
「…でも、なんで君はこんなにジャスティオン? が好きなんだい?」
ある日、疑問を感じて少年に聞いてみた。
すると、
「ジャスティオンはね…パパなんだ」
「え?」
その答えは意外なものだった。
そのジャスティオンの俳優は、少年の父親であった。
「でも…。パパ…半年前に…」
どうやら、その父親は半年前に死んだらしい。
この餓鬼はその父親の影をジャスティオンに見ているのだ。
(ち…陰気な話だ)
素直にそう思った。
何が正義の味方だ…。
甲太郎はそう思った。
そんな都合のいい存在が居たら…。
(俺はこんな生活はしてねえよ…)
世の中は悪人だらけだ。正義の味方なんていやしない。
生きるために他者を殺す、それが甲太郎の生きてきた世界。
甲太郎は冷めた目で『機甲特捜ジャスティオン』を眺めた。
-----------------------------
当然の話だが、少年には家族がいた。
それはどうやら母親一人だけのようだったが。
その母親は少年が学校に行っている間、俺を代わりに世話していた。
いつも能天気な『機甲特捜ジャスティオン』を見せられて、いらついていた甲太郎は、ついその母親に言ってしまった。
「なああんた…。なんで俺みたいな、得体のしれない者を家に置いてるんだ? 普通追い出すか警察にでも…」
「私も…初めは警察に通報しようと思いました。でも…。あの子が…。父親を亡くしてから初めて笑ったんです」
「…笑った?」
「そうです。正義の味方は実在したんだって」
「俺がもし、正義の味方じゃなかったらどうすんだ」
「…あと少し。あと少しでいいんです。それまで正義の味方でいてあげていただけませんか?」
何て、辛気臭い話だ…。
結局この母親も俺をダシにして、子供の心を慰めようとしているだけなのだ。
甲太郎のイライラは最高潮に達していた。
-----------------------------
「今こそた~ち~あ~が~れ~、地球のピンチ~だ~。正義をかがや~か~せ~、ともをすくうため~~」
調子外れの歌が響く、それを歌ってるのは甲太郎だった。
「うまいよ! 正義の味方さん!」
「け…。お前がいつも見せるんで覚えちまったぜ…」
あれから、何日が経ったのだろう。甲太郎の傷は大分治ってきていた。
もうすぐ、歩けるくらいになるだろう。
そうすれば、こんな辛気臭い連中ともおさらばだ。
…でも、
(いつ以来だろうな…。こんな平和な生活を送ったのは…)
俺はまた戻るのか…。あの、死と隣り合わせの世界に。
なんで…。
なんで正義の味方はいないんだろうな?
そいつがいれば俺は…。
あんな世界には…。
…ふと、窓の外の木を見る、その枝に鳥が止まっていた。
「!!」
それはあの蘆屋の呪術師の使鬼だった。
-----------------------------
「なあ、てめえ…。何で俺を捕縛しない…」
少年が学校に言って部屋にいないとき。窓の外の使鬼にそう呼びかけた。
「いつでも、俺を捕まえられるだろうに。遊んでるのか?」
使鬼は答えない。
「もう、いいよ…どうでもいい…。勝手にしてくれ…」
俺は疲れた。
甲太郎はそう思った。
そして、その日の夜。
少年は家に帰ってこなかった。
-----------------------------
夜中になっても少年は帰ってこなかった。
母親は心配して、警察に電話していたが。
家出の可能性も考えたが、甲太郎が見てきた範囲ではそんなそぶりは少しもなかった。
「く…世話の焼ける…」
甲太郎はベッドから抜け出すと、街を歩いて母親とともに少年を探した。
でも、一向にその行方は知れなかった。
その時、甲太郎は一つの策を思いついた。
すぐに家にとって帰して、木の枝に止まっている使鬼に呼びかける。
「おい! てめえ!! 呪術師だろう? 失せものとか見つけられるんだろう?」
使鬼は黙ったままだ。
「糞が! てめえ正義面して、子供が危ない目に合ってるかもしれんのに見過ごすのかよ!!」
と、そこまで言ったとき。甲太郎の背後に何者かが立った。
「私に用か?」
それは、自分を追いつめた呪術師。
「おい! この家の餓鬼だ!! この家の餓鬼が行方知れずなんだよ!!」
その甲太郎の言葉に、呪術師は冷たい目で答えた。
「それで?」
「それで…だと? てめえそれだけかよ!」
「…その子供どうにかなったとして。お前に関係あるのか?」
「な!! てめえ!!!」
甲太郎は思わず呪術師を殴った。
「てめえ!! それでも…」
「そんなにその子が心配か?」
呪術師はさっきとはうって変わって優しい声で言った。
「!」
「わかった…。すぐに探そう」
呪術師はそれだけ言うと、少年いる方向を調べ始めた。
そしてそれはすぐにわかった。しかし、
「これは…。嫌な相が出ているな」
「嫌な相?」
「急ごう」
呪術師は、甲太郎を連れて走った。
そして、
そしてそこにそれはいた。
町はずれの森の奥。
不気味な樹木が蠢いていた。
【ケケケ…。やっぱり精気は餓鬼のに限るよな】
それは、樹妖族の妖怪。
その蔦にからめとられているのは。
「餓鬼!!!」
【ケ、なんだてめえは、食事の最中に…】
その妖怪の言葉も聞かず、甲太郎は駆けた。
ズドン!
その拳が妖樹に命中する。
【ケ! 貴様!!】
「おい餓鬼!! しっかりしろ!!」
甲太郎はすぐに蔦を引きはがして少年を助ける。
「おい! 餓鬼…しっかり…」
そこまで言って、甲太郎は言葉を詰まらせた。
甲太郎はその時、知りたくない事実を知ってしまった。
少年は…
もはや生きてるのがおかしいくらいやせ細っていた。
これではもう…。
「く!!! おい餓鬼!!!」
甲太郎は必死に呼びかける。少年の目がかすかに開いた。
「…やっ…ぱり…。きて…くれた…んだね。せい…ぎのみか…たさん」
「!!」
「きて…くれ…るって…しん…じてた」
「何を…。何を言ってんだ!!」
正義の味方なんて!!!
「俺は正義の味方じゃ…」
正義の味方なんていやしない!!
いるならなぜおまえは死にかけてるんだ!!
「ぼく…ちょ…と。つか…れ…ちゃ…た」
「ふざけるな!!!! 正義の味方なんてな!!!!!!! いやし…!!!!!!!!」
とそこまで言って、甲太郎は口をつぐんだ。
今、死にゆく少年に、そんな事実を突きつけて、なんの意味があるというのか。
だから…
「け…。まいったな…」
「…」
「あれだけ違うっていってんのに…。ばれちまったぜ…」
「…」
「俺が…俺が正義の味方だって…」
「…」
「ちくしょう…」
「…」
「ちく…しょう…」
その少年の最後の顔は、
笑顔だった。
甲太郎は地面に膝をついた。
「何が…」
地面を拳で殴った。
「何が正義の味方だよ!!!!」
子供一人救えなかったくせに。
【…ケ。何たお前? お前も妖怪だよな? なんで…】
「…」
【なんで泣いてんだ? たかが餓鬼一人死んだだけで】
「!!」
甲太郎はふらりと立ち上がる。そして、こぶしを握った。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
それは、心の底から響く叫び。深い慟哭。
「正義の味方なんて! 正義の味方なんて!!」
甲太郎は無心に拳を振るう。
「…なんて! …なんて!!」
ひたすらに拳を振るう。
「なんで…! なんで…!」
言葉にならない言葉を叫びながら。
「なんで!!!!!!!!」
なんで俺は正義の味方じゃないんだ…。
「おい!! もういい!!」
その時、背後から呪術師が呼びかけてきた。
「もう終わってる」
気が付くと、目前にはバラバラになった木くずがあるだけだった。
それを見て甲太郎は、その場に座り込んでうなだれた。
そして、
「おい…蘆屋の呪術師…」
「なんだ?」
「俺に…罰を与えてくれ…」
そう言った。
-----------------------------
甲太郎の意識が現在に戻る。
甲太郎はうまく動かない手で腰を探る。そこにあるのは、
かつて凶悪な妖怪であったことを示す『
少年が持っていたジャスティオンの変身ペンダント。
それは、あれだけの攻撃にあって、傷一つなく輝いていて。
そのペンダントに触れた瞬間、甲太郎はこう言った。
「変身…」
次の瞬間、甲太郎の霊力が跳ね上がった。
「な?!!!!」
相仁は信じられないものを見るような目で甲太郎を見る。
その耳に、聞きなれないメロディーが響いてくる。
それは、心を鼓舞するような、激しく熱いメロディ。
『今こそ立ち上がれ 地球のピンチだ』
『正義を輝かせ 友を救うため』
相仁は訳が分からなかった。だから素直にこう言った。
「な!!? なんだこれは!!」
目の前で、甲太郎が変身を遂げる。
全身が甲殻に鎧われ、より凶悪に。
そして、甲殻の一部が金色に輝き始める。
それは…、一人の正義の味方。
「俺は…」
甲太郎が一歩前に足を踏み出す。
「お前の家族が危機に陥っていたなら」
もう一歩足を踏み出す。
「命をかけてだって、それを救っただろう…」
さらに一歩。
「でも…お前が」
さらに一歩。
「人間の子供を、弱者を殺そうっていうなら…」
さらに一歩。
「俺はてめえをぶっ飛ばす!!!!!!!!!!」
甲太郎は拳を天に掲げる。其処に全身で練り上げた霊力を収束していく。
どこからか電子音が響いた。
【Count… Three… two… one… Complete】
「てめえの正義は歪んでいる!! だから俺はお前をこの拳で…」
甲太郎の拳が超高速で走った。
「救う!!!!!!」
<ジャスティオンファイナルストライク>
ズドン!!!!!!
その拳は、正確に相仁の顎にヒットした。
「ぐがは…」
相仁は思いっきり吹き飛ばされ。転がり、そして動かなくなった。
「が…バカ…な」
相仁には意識があった。
そこに甲太郎が歩いてくる。
「私の正義が…歪んでいるだと…」
甲太郎は相仁の傍に立って静かに彼を見下ろす。
「私を…救うだと…」
相仁は金色の甲殻に鎧われた甲太郎を見ながら言った。
「お前はいったい何なんだ…」
それに、対し甲太郎は静かに答えたのである。
「俺は、正義の味方だ…」
-----------------------------
甲太郎が相仁を追って駆けて行ったしばらく後、別の場所では陽弘とカエル顔の老人・雷轟の戦いが行われていた。
「急々如律令」
<蘆屋流符術・
ズドドドドン!!!
無数の雷の帯が雷轟に向かって飛翔する。
「うくお!!!!」
それを雷轟は必死の面持ちで避けている。
「ケケ…。はあ…はあ…」
雷轟はすでに肩で息をしていた。
そんな雷轟に陽弘が話しかけてくる。
「いい加減観念したらどうですか? 御老人」
「ケケ…。そうは…いかぬわい…。はあ…はあ…」
「もうかなりお疲れの御様子ですが?」
「く…」
雷轟は悔しげに陽弘を睨み付ける。
「く…やはり…。年には…勝てぬか…。おのれ…」
そう悔し気に呟く雷轟。
その様子に陽弘はため息をついた。
「これでは。私が弱い者いじめをしているみたいじゃないですか。
そもそも、もう一人の女性はどうしたのです?」
そう陽弘は雷轟に聞いた。
雷轟は、チと舌打ちして森の一角を見る。
そこに、言の女性・阿弥華が突っ立って棒付き飴をなめていた。
「こりゃ!!! 阿弥華!!! 少しは手伝わんかい!!!!」
そう言って雷轟が唾を飛ばす。
それに対して阿弥華は、
「や~よ、めんどくさい。ケガするのなんて御免だって~の」
そう言ってそっぽを向いた。
「この!! ならば、先に進んだ餓鬼どもを追いかけるとか、やることは沢山あるじゃろ!!!」
「それこそめんどくさいって~の」
「それじゃ貴様は何しに来たんじゃ?!」
そう言って雷轟が目を怒らせる。その言葉を適当に聞き流しながら阿弥華は、
「道蘭様の命令だから、しかたなくだって~の。ホントめんどくさい…」
そう言って地面にのの字を書き始めた。
「く…役に立たん…」
雷轟はついに落胆して、怒鳴るのをあきらめた。
陽弘はそれを見て、
「大丈夫なんですか? 本当にあなたたち…」
そう言って苦笑いした。
それをバカにされたと思ったのか雷轟は、
「フン…。貴様など我一人で大丈夫じゃ! ケケ!!」
そう言って懐から符を取り出した。
印を結んで起動呪を唱える。
「急々如律令」
<符術・
符が無数の岩の槍となって飛翔する。
それに対して陽弘が、
「急々如律令」
<蘆屋流符術・
ズドドドドン!!!
雷の呪で対抗する。
両者は空中でぶつかり合い。そして、
「ぬお?!!!」
陽弘の雷呪の方が残った。
「避けないと危ないですよ。御老人」
そう陽弘は丁寧に教えてあげる。雷轟は必死になって避けた。
「ケケ…。ちょ…ちょっと待て…」
不意に雷轟が陽弘に話しかけてくる。
「何を待つんですか? 今は戦いの最中ですよ」
「まあまて…。ここは、話し合いで解決しようじゃないか」
「? 話し合い?」
陽弘は訝しみながらも攻撃の手を止めた。
「そうじゃ。話し合いじゃよ。何も戦闘だけが事態の解決方法ではない」
「まあ、そうでしょうけど…。何を話すというんです?」
陽弘のその言葉に、雷轟は笑いながら言う。
「我ら…『蒼き風』は、もともと悪い人間のみを攻撃目標としてきた」
「そうらしいですね」
「それを絶対厳守すると誓おう」
「…」
陽弘は雷轟をジト目で見る。
「それを、『蒼き風』側が厳守するという保証はどこにあります?」
「それは。我なら、首領にも顔が利く故…」
雷轟の言葉を遮って陽弘が言う。
「…あのですね…。そもそも、我々は、妖怪がその勝手な思惑で人間側を攻撃するのをダメだと言ってるんです」
「ぬう…」
「悪人だけ殺す…とか、そう言う問題ではないんですよ」
「…なんとかならんか?」
「その条件では何ともならないですね」
雷轟はそれを聞いて、落胆したように頭を下げた。
「な…ならば」
「なんです? 次は…」
「これで…我だけでも見逃してはもらえんか?」
そう言って、雷轟が懐から出したのは…
「な…!!」
それは巨大な宝石・ルビーであった。
「これは我の秘蔵の品じゃ…」
「な…」
それは何とも見事なルビーであった。これほど巨大なものがあるとは陽弘は知らなかった。
「あなた…。まさか…これで、仲間を売るつもりなんですか?」
その見事な宝石に見とれながらも、陽弘があきれ顔で言う。
「何を言う…。連中は人を殺してきた悪党じゃぞ? もともと仲間意識なんぞないわ」
「それは…」
そういうものか? と陽弘は思った。
雷轟は手に持つ宝石を陽弘の顔に近づける。
「ほれよく見ろ。見事なものじゃろう? これで何とか我を…」
雷轟がそこまで言ったときである…
突如、宝石がまばゆく輝いたのは。
「な!!!」
一瞬のうちに、陽弘の目前が白で塗りつぶされる。
(まさかこれは!!)
そう考えた陽弘の耳に、嬉しそうな雷轟の言葉が飛び込んでくる。
「ケケケ!!! ひっかかりおったわ!!!」
「く!!! 目くらましか!!!!」
そう叫んだ陽弘の体に激しい衝撃が起きる。
「があ!!!!!」
それは、雷轟の『
無数の岩の槍に貫かれて、血反吐を吐いて吹っ飛ぶ陽弘。
「ケケケケ!! それでは止めと…」
「く!!!」
陽弘が一足早く動く。まだまったく目は見えなかったが。
「この!!!」
全身から雷を発して後方に飛翔する。
雷轟の追撃の『
「ケケ!! なかなかしぶといのう小僧!!」
「この卑怯者が!!」
「ケケ!! 何を言っておる。命を懸けた戦いで、卑怯も何もないわい!」
「く…」
そうして後方に逃げていると、やっと目が見えるようになってくる。
「この!!」
陽弘はそれから反撃に転じる。
「急々如律令」
<蘆屋流符術・
ズドドドドン!!!
無数の雷の帯か雷轟に殺到する。
「ケケ!! これは?! もう目が回復しおったか!!」
その攻撃を辛くも避ける雷轟。
「もう許さない!!」
陽弘は怒りに燃えて走った。
「く!!」
陽弘が反撃に転じると、すぐに形勢が逆転する。
「ケケ…はあ…はあ…」
「フン!! どうしました? また息切れですか?」
「く…。これは、まずいのう…」
「御老人相手でも、もう手加減はしません!」
「ケケ…」
雷轟の動きは、次第に緩慢になっていく。そして、
「はあ…はあ…」
「…」
ついにその動きを止めてしまった。
「止めを刺していいですか?」
あえて陽弘は雷轟にそう言った。
「ケケ…まて…」
「待ちません」
「ちょっと話を聞け…」
「聞きません」
「ケケ…」
雷轟はその場に座り込む。そして、
「すまなかった!!!」
思いっきり土下座した。
「…」
陽弘は雷轟を冷たい目で見降ろす。
「謝っても無理なのはわかるが…。すまなかった」
「あなたって人は…」
「どうか、今回だけ…。もう一度だけ話を聞いてくれ」
「…」
「我とて…こんな卑怯な真似はしたくなかったんじゃ」
「…」
「でも…。どうすることも出来なかった」
「それは…なぜです?」
陽弘はとりあえず、質問することにした。
「『蒼き風』に所属するゆえに、その命令は絶対じゃ…。もし違えれば我は…」
「…」
「我は殺されてしまう…」
「…ふう」
陽弘はため息をつく。
「そんな組織止めてしまえばいいでしょうに…」
「それが出来ればやっておるわい…。お前のように、蘆屋に庇護されておる者には分からんじゃろうが」
「…」
「我のように、天涯孤独で脛に傷もつものは、普通の暮らしはできぬのじゃ」
それを聞いて陽弘は頭をかいて言った。
「ならば…うちに…蘆屋に来ればいいでしょう?」
「なに?」
「我々の中には、昔相当の悪だった者もいます。罪を反省する気があるなら、我々はいつでもあなたを庇護します」
「それは…真か?」
「ええ…。無論、その時は貴方にそれなりの使命が与えられる可能性もありますが。それにしても、無茶な使命は与えませんし」
「…我が蘆屋に?」
陽弘は雷轟に手を差し伸べる。
「そうです。もうこんな戦いやめましょう」
「お前…」
陽弘はにこりと微笑む。雷轟は、
「嘘は言っておらんじゃろうな?」
「嘘なんてありませんよ」
「我の様な老人をだまくらかして、金を奪おうとか…」
「しませんよ。それはどこの振り込め詐欺組織ですか?」
「…」
雷轟は差し伸べられた手を見て、ゆっくりと立ち上がる。
そして、陽弘の手に手を伸ばし…
ぺた…
もう片方の手で、符を陽弘の腹に張り付けた。
「え?」
「急々如律令」
<符術・
ズドン!!!
陽弘は思い切り吹き飛んで転がった。
「ケケ…」
「あ…が…」
「ケケケケ!!! またひっかかりおったわ馬鹿め!!!!」
「き…貴様…」
雷轟は楽しそうに笑う。
「ケケケ!!! どうじゃ? 攻撃呪をゼロ距離で腹に食らう気分は…。これではもう、内臓はグチャグチャで動けまいて」
「く…」
「さあ…今度こそ止めといこうかのう」
「貴様…」
「うん?」
「もう、許さない!」
ズドン!!!
激しい電撃が陽弘の周囲に渦巻き、陽弘がふわりと浮き上がる。
「ぬ? なに??」
「このくそ爺!!!」
そう叫ぶ陽弘の腹を見て、雷轟は驚いた。
なぜなら、その腹は銀色の鱗によって鎧われていたからである。
「な!!! 貴様、龍神族か?!」
それでは、雷呪はほとんど効き目がない。
龍神族の鱗には雷呪の威力を削減する能があるのだ。
「ち!! ぬかったわ!!!」
雷轟は急いでその場から離れるように後方に飛ぶ。
「逃がすか!!!」
そう叫んで陽弘が駆けた。
「この!! もう!!!! もう!!!! 絶対に許さないぞ!!!!!!」
陽弘は激怒して雷轟を追いかける。
一瞬でその間合いが縮まった。
「この!!!」
陽弘の拳が一閃される。
「ぐが!!!!!!」
それは的確に雷轟にヒットして、それを吹っ飛ばす。
それでも、陽弘は攻撃の手を緩めない。
ズドンズドンズドン!
陽弘の拳が何度も走る。そのたびに雷轟は大きく揺れて、そして吹っ飛ばされた。
「ケケ!!!!!!」
「おおお!!!」
気合い一閃、陽弘が雷轟を下方に叩き下ろす。
雷轟は地面に激突しゴロゴロと転がった。
「く…お…」
雷轟はなんとか顔を上げる。
目前を見るとそこに陽弘がいた。
「ケケ…」
「ふう…。これでおしまいです」
「ケケ…。何とも…まいったのう…」
陽弘は一歩足を踏み出す。
「我も…ここまでか」
「もう、話は聞きませんよ」
「ケケケ…もうするつもりはないわい」
「ふん、どうだか…」
「さっさと殺すがよい…」
「…」
陽弘はさらに一歩足を踏み出す。するとそこに、何かが落ちていた。
それは、ロケットペンダントであり、そこには…
(子供?)
子供の写真が収められていたのである。
「!!!!」
その時、雷轟が激しく反応する。
「返せ!!!!! それを返せ!!!!!」
「?!」
雷轟は血反吐を吐きながら、必死に這ってロケットペンダントをとろうとする。
「返せ!!!! それは!!!!!」
雷轟は涙を流しながらそれを手に取り。胸にかき抱く…
「その写真は…」
「殺せ!!!!」
「?!」
雷轟は叫ぶ。
「速く殺せ!!!! 我を!!!!!」
「…」
陽弘は、その雷轟の姿を見て、握った拳を収める。
「何をしておる!!!! 我を殺せ!!!!」
「あなたは…」
「どうした? なぜ殺さん!!!! なぜ!!!!!」
陽弘は黙って雷轟を見つめる。
「なぜ殺さぬ!!!! 我の…我の孫のように!!!!!!」
「!!」
その言葉を聞いて陽弘は驚きの顔をした。
「それは…どういうことですか?」
「フン!! そんなことどうでもよかろう!!!」
「どうでもいいわけありません。その写真の子供はまさか…」
「く…」
「あなたのお孫さんですか?」
「だったら…。だったらどうだというんじゃ」
雷轟は憎々しげな眼を陽弘に向ける。
陽弘は、雷轟のもとに歩いていくと膝をついて、雷轟を見つめた。
「話してください…」
「…」
「まさか…貴方のお孫さんは…」
「フン…人間に…殺されたわい…」
「…」
それはとても悲しい話だった。
「我は…相仁と…同じ土蜘蛛族の出身じゃ。我は孫とともに平和に暮らしておった。
しかし、ある日、集落に退魔士が現れおって…」
「その時お孫さんが…」
「そうじゃ…相仁の家族と一緒にな…」
「…」
「我は…だから我は…。敵を討たねばならんのじゃ…。たとえどんな卑怯な手を使ってでも…」
「あなたが卑怯な手を使ったのは…」
「我は…ただの老人じゃ。特に呪を使えたわけでもない。必死で覚えて多少なりとも呪を使えるようにはなったが、お前らの様な若いころからの術者のようにはいかん」
「…」
「どうすればよかったというんじゃ! 我はいったいどうすれなよかったというんじゃ!!」
「それは…」
「若い孫が命を落として、我の様なおいぼれが残ってしまった!!! 我は…我は…」
陽弘は悲しい目をして雷轟を見つめる。
「復讐をやめるわけには…」
「それを貴様たちが言うのか!! 我にはもう、それしか生きる意味がないというに!!」
「…」
「我にはもうそれしかない…。それしかないのじゃ…」
陽弘は一瞬目をつむると、開いて言った。
「そんなことはありません」
「なに?」
「私は…。私の母は…」
陽弘が決意したように次の言葉を放つ。
「人間の退魔士に殺されました…」
「!!」
「それは私の小さい頃でしたが、しっかり覚えています。
当然…私は恨みました。人間を…退魔士を…」
「…」
「大きくなってある程度力をつけた私は。ある日、やっとその退魔士を追い詰めた…
でも…
この手で退魔士を殺した時、その退魔士が一言言ったんですよ。
やっと子供の元へと逝けると…」
「それは…」
「後で知りました…。その退魔士は妖怪に我が子を殺されていました。その怒りのままに退魔士になって、そして…」
「…」
「結局ね…連鎖してしまっていたんですよ…。憎しみが…」
陽弘は自分の手を見て言う。
「家族を殺されたら悲しいです…当然ですよ…。復讐だって考える…でも…。本当にそれでいいんでしょうか?」
「…」
「憎しみが連鎖したら…。もっと悲しみが増えてしまう」
「だから…我に孫の復讐をやめろというのか? そんな残酷なことを貴様は…」
「そうですね…自分勝手で残酷です…でも。思うんですよ…。貴方の孫さんは、こんなふうに地面に這いつくばって苦しんでるあなたを見て、喜ぶのかと…」
「…」
「もうやめましょうよ…」
陽弘はもう一度手を差し伸べる。
「…」
「…」
一息の間、二人の視線が合う。雷轟はその手を…
確かに握った。
「…」
「我は…」
そう言って雷轟はゆっくりと立ち上がる。その足はおぼつかずよろよろとしている。
「お前の…名は?」
「私は陽弘…。島津陽弘です…」
「そうか…島津…。う…」
…と、その時、雷轟が激痛に顔をゆがめてよろける。
「大丈夫…」
それを陽弘が支えようとする。そして…
グサ…
「え?」
雷轟の手にしたナイフが、陽弘の胸に深々と突き刺さった。
「か…は…」
陽弘の口から大量の血があふれてくる。
「なん…で…」
「ケケ…」
陽弘の胸に突き刺さったナイフは心臓にまで達しているように見える。
「ケケケ…」
「あなた…」
「また…ひっかかった…」
陽弘はそのままどさりと背から倒れた。
「ケケケケケケケケケケケケケ!!!!」
「あな…た…は」
「バカじゃないのか?! 三度も騙されるなんて!!」
「げほ…」
陽弘は大量の血を吐き出す。
「ケケケケケ!!!! 面白いもんを見せてやるよ陽弘!!!!」
「?」
その瞬間、雷轟の顔のしわがなくなっていく。
「こ…れは…」
「そう…我…実は、老人じゃないんだよね」
そこに現れたのは、カエル顔の小男。
「孫なんて無論いない。普通の若者よ? 我…」
「な…」
「それに我は土蜘蛛族じゃない。お前と同じ龍神族ね」
「くは…」
陽弘は驚きで目を見開く。
「そうさ。全部ウソ。初めから全部。疲れたふりしてたのも含めて全部」
「…く」
「ケケケケケケ!!! なかなか楽しめたよ陽弘!!!」
「それじゃあ…あの子供の写真は…」
「あれ? あれは、俺が昔殺した男が持ってたやつよ。そう言うガラクタでもいつか役に立つときはあるってね?」
「退魔士は…」
「相仁の話は本当らしいが…まあ、どうでもいいよね。我としては」
「く…ひ、きょう、な」
「ケケケ。初めに言ったろ? 戦いで卑怯だの言う方がおかしいって。聞いてなかったの?」
陽弘はさらに大きな血を口からはく。
「ケケケ。もうそろそろお前もおしまいだな。せめて我が止めを刺してやるよ」
「く…」
陽弘は悔しげな表情をする。
「ケケケケ!!! お前の死んだ母ちゃんによろしくな!!!」
そう言って、雷轟はナイフを振り下ろした。
ザク
そのまま、陽弘は動かなくなる。
「ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ!!!!!!!!」
雷轟の笑い声が森にこだました。
「ケケケケケケケ…」
「はははははは…」
「ケ?」
「楽しんでもらえた様ですね」
不意に背後からそんな声が聞こえてくる。
「な!!!」
びっくりして雷轟は背後に振り向く。其処に。
「どうも…」
陽弘が立っていた。手に何やら輝く球をもって。
「ケ?」
何事かと、雷轟はついさっき自分が殺した陽弘を見る。其処には、
「な?! ヒトガタ?」
一枚の人の形をした紙が落ちていたのである。
「まさか?!!!! さっきの陽弘は偽物?」
「そう、そのまさかです」
陽弘はにこやかに笑いかける。
「いつの間に?」
「それは、私があなたを拳で殴り飛ばして、地面に転がしたときですよ」
「それじゃあ…初めから…」
「そう、初めから私は、あなたの話を嘘だと見抜いていました」
「な…」
「まあ、二度あることは三度あるって、言うじゃないですか。普通気づきますよね?
あの時、二度目で私を殺せなかったのが痛かったですね」
「ケ…」
その時、雷轟は引きつった笑みを浮かべた。
「ま…まて」
陽弘はその手に持った光の玉を、雷轟に近づける。
「話せば…わか…」
ジジ…
その光の玉が触れた瞬間、雷轟はその身を思い切り跳ねさせる。
<龍神族秘術・
それは、龍神族の鱗すら焦がす究極の雷。
「ケケケケケ絵ケケケケ絵ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケエケケケケケけえケケケケケケえっけえケケケケケケケk!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ああ…言い忘れてましたけど」
雷轟はその身をブルブルと震わせながら踊り狂う。
「私の母上はしっかり健在です」
踊り狂う雷轟を陽弘はにこやかに見つめる。
「おそらく今頃、父上とイチャイチャしてる頃ですよ」
そうしてしばらく踊り狂った雷轟は。
「だから、さっきの私の話は…」
ボン!!!!!!!!
凄まじい破裂音とともに爆発四散した。
「真っ赤な嘘です…って、間に合いませんでしたか…
これは失礼…」
そう言って陽弘は髪の毛をかき上げた。
-----------------------------
「ありゃ~。雷轟の奴負けちゃったじゃん」
そう言って、遠くから陽弘を見つめるのは阿弥華であった。
「ああ~。やっぱめんどいって~の。このままフケちゃおうか」
そう言って、阿弥華は髪に手をやる。すると、
ヒラ…
一枚の花弁が落ちてきた。それを阿弥華は手に取って、口に含む。
「じゃ~ね。色男さん」
そう言って、阿弥華は後方に飛翔する。
しかし、その時、足音も、草を踏む音も、空気の乱れすら発生しなかった。
そのまま闇へと消える阿弥華。
その場には、棒付き飴の棒だけが残されたのだった。
-----------------------------
甲太郎が相仁と、陽弘が雷轟とそれぞれ戦いを繰り広げ、その決着を得ていたその時、潤は武志や影郎とともに舌童に迫っていた。
「ち…何が、我々が、小僧どもの相手をするじゃ…。しっかり逃げられておるではないか!!」
舌童は背後に迫る潤たちを見て悪態をついた。
その後方を走る潤は思う。
(これならもうすぐ奴に追いつく…でも)
この人数で果たして舌童を抑えることはできるだろうか?
神子を取り返すには、まず奴の動きを止めなければならないのだ。
相手は不死の妖術師、死を恐れなければたいていのことはできる。
対しこちらは、呪術師ではあるが若手ばかりである。
武志が言う。
「奴の、不死の能力さえ何とかなればいいんだが…」
それに対し影郎が返す。
「…思ったんですが。彼の不死は絶対的なものなのでしょうか?」
「え?」
潤が聞き返すと、影郎が続ける。
「何か弱点のようなモノ…。これを受けると復活できないというものはないのでしょうか?」
「復活できないもの…」
影郎のその言葉を聞いて潤は考える。そして、その思考が一つの呪に到達する。
「もしかしたら…アレなら…」
その潤の言葉に武志が返す。
「アレ? 何か思いついたのか?」
「うん…多分だけど…可能性はある」
武志は少し考えた後言った。
「よし! お前のそのアレってやつにかけてみるか!」
潤達は一斉に頷いた。
「じゃあ、俺たちがあの爺を足止めして…」
そう武志が言ったときである。
後方から超スピードで迫ってくる影があった。
「おい!! 阿弥華遅れるな!!」
「ちょ、わかったて~の。もうめんどくさい…」
「フン…。今度フケようとか考えたら、グーで殴るからな」
「わかったて~の。もう、まさかあの後すぐに狂馬に見つかっちゃうなんて、ついてないって~の」
「雷轟を見捨てた罰だぜ!」
「そう言うあんただって、相仁を置いていったじゃん」
「相仁の方は大丈夫だぜ。あの甲虫妖はもう動けないみたいだったからな。もう止めを刺してる頃かも知れん」
「どうだかね…」
武志がその二人を見て、苦虫を潰したかのような顔をする。
「あちゃ~。あの二人…こっち来ちゃったの?」
「! …ということは、甲太郎さん達は…」
潤がそう心配げな顔で言うと、武志は笑って答える。
「いや…。あいつらなら大丈夫だろうよ。まだ、連中二人ほど足りないようだし」
「そう言えば…」
潤がそう言って後方の狂馬達二人を見る。
武志は言う。
「こりゃ…。奴らを足止めする必要があるな…。潤…」
「はい」
「一人であの爺さんの相手…出来るか?」
「…それは」
難しいかもしれない、でも…
「やってみます!」
「よく言った! よし、お前に全面的に任せるぜ!!
影郎!!!」
そう言って武志が影郎に促す。
「あいつら…足止めするぞ!」
「了解…」
影郎は静かに答えた。
-----------------------------
「お?」
狂馬は、武志たちがこちらに向かってくるのを見た時、少し嬉しそうな顔をした。
そして、相手を値踏みする。
片方は、いかにも強そうな打刀の男・武志。もう片方は、陰気そうなコートの男・影郎。
すぐに狂馬は目標を武志に定めた。
すぐに阿弥華に叫ぶ。
「お前! あの陰気そうなコートの男をやれ!」
「え~~。まじでやんの? めんどくさいって~の」
「いいからやれ!!」
狂馬は阿弥華に威嚇する。阿弥華はしぶしぶ従った。
阿弥華が影郎に向かうのを見た狂馬は、武志に向かって一気に加速する。
「はははははは!!!! 殺し合いをしようぜ!!!!!」
そう叫びながら両手のナイフを構える。
それを見た武志は。
「おいおい…。何とも狂ったやつだな。
そう言って呆れたような顔をする。狂馬はそんな様子にかまわず突っ込んで行った。
武志は打刀の柄を握って迎撃態勢に入る。
ガキン!!
次の瞬間、両者の間に火花が散った。
「あははは!!!! 受け止めたかよ!!!」
狂馬はそう言うと武志に蹴りを見舞う。
「くお!!!」
武志はそう呻いて後方に吹っ飛んだ。
土煙を上げて地面を転がっていく。
「くう…」
そして、数十メートル転がった武志は、大木にぶつかって止まる。
そこに狂馬がカッとんできた。
「はははは!!! いただき!!!!」
ナイフを手に、それを武志の首めがけて一閃する。
ガキン!!!
再び両者の間に火花が散る。
武志はなんとか打刀でナイフを受けていた。
「糞!! 早いったらねえな!」
そう言って悪態をつく武志。
「当たり前だろ!!! 俺様だぜ!!!」
そう言って嬉しそうに笑う狂馬。
そのまま、武志の前からかき消えた。
「ち…」
武志は舌打ちして飛び起きる。
そのまま横に向かって駆けた。
「どこに逃げる気だよ!!! おい!!!!」
狂馬が嬉しそうに追いかけてくる。
武志はそんな狂馬にかまわず走った。
「逃げても無駄だって!!! ははははは!!!!」
森に狂馬の狂った笑い声が響く。
いつの間にか武志は、影郎たちが見えないところまで逃げてきていた。
「ここらで…いいかな」
武志はそう呟くと打刀を構えて止まる。
「はは!! 逃げるのはやめたのか?」
「別に逃げてねえよ」
そう、武志は潤から少しでも狂馬を遠ざけようとしたのである。
それを知ってか知らずか狂馬は嬉しそうに叫ぶ。
「ははは!!! 死ぬ覚悟はできたようだな?! いくぜ!!!」
一瞬で間合いを詰められた。
「く!!!」
ガキン!
三度両者に火花が散る。しかし、今度はそれにとどまらなかった。
狂馬のもう片手のナイフが、武志の脇腹の方に一閃されたのである。
武志はそれを体さばきでかわそうとするが…
「はは!! おせえ!!!」
ザク!
武志の体から血しぶきが飛ぶ。
「くお!」
そのまま狂馬は、再び武志の前からかき消える。
「ち…またかよ…」
武志は、再び狂馬を見失って悪態をついた。
「いいねえ!!! やっぱこうでなきゃな!!! あいつはほんと詰まらなかったぜ!!!」
そう言う声が武志の耳に届く。
「あいつ?」
「ああ!!! あの甲虫妖さ!!」
「甲太郎のことか…」
「ははは!!! あいつは毎回甲殻で受けやがって、硬いったらなかったからな!!」
「まあそうだろうな…。で、その甲虫妖に負けて逃げてきたか?」
そう言って武志は笑う。狂馬はむっとして。
「なわけねえだろ!!! もうアイツは死んでるさ!!!」
そう叫んだ。
「なに?」
武志のその言葉に狂馬は嬉しそうに笑う。
「ははは!!! あいつは相仁の毒呪にやられてたからな!! 俺がやらなくても、今頃相仁にやられてる!!」
「…」
武志はそのまま黙り込む。
「ははは!!! わかったかよ・! だったらお前も一緒のところに送ってやる!!!」
「なんでえ…。お前は決着を見てないのか…」
そう言って武志が笑う。
「何?」
狂馬は訝しんで笑いをやめた。
武志は続ける。
「そりゃ、失敗したなダンナ…。今頃その相仁とやらは、甲太郎にやられてるぜ?」
「なんだと?!」
狂馬は武志の前に現れて武志を睨み付ける。
「そんなわけあるか! もう大体決着はついてた!」
「最後までは見てないんだろ? だったら甲太郎の勝ちだろうさ」
「ははは!!!! 馬鹿じゃねえのかてめえ?!」
「バカじゃないさ…。俺は甲太郎を信じてるからな」
「…そいつは。虫唾が走るぜ!!」
狂馬は心底不快なをすると一気に加速して武志に近接した。
ナイフが一閃される。
ガキン!!
また再び火花が散る。
「てめえ!!! よく受け止めるじゃねえか!!!!!」
狂馬は叫びながら、もう片方のナイフを一閃する。
しかしそれは、今度は武志に命中しなかった。
「何?!」
「はは…。お前…甲太郎に何か言われなかったか?」
そう言って武志が笑う。
「どういう意味だ!」
狂馬は武志の目の前からかき消えながら叫ぶ。
「お前の攻撃は…
速いが読みやすい…」
「!!」
狂馬は、甲太郎との戦いを思い出す。
あの甲太郎はこちらの攻撃を読んでカウンターを入れてきていた。
「てめえ…」
狂馬はまさかこいつもこちらの攻撃を読んでいるのか? …と思った。
そしてそれは正解だった。
「あんた…戦いには向かないんじゃないのか? 殺し合いヒャッハーとか言ってる割には」
「く…」
「ぶっちゃけ…今度俺の前に出てきたら、あんたの胴は真っ二つになるぜ」
「ふざけるな!!! そんなこと!!!」
「ないと思うかい?」
武志はそう言って不敵に笑った。
狂馬は、
「てめえ…」
完全に頭に来ていた。
「はは!! どうした来ないのか?
武志はそう叫ぶ。
狂馬は今度はゆっくりと武志の前に現れた。
「あれ? どうした? 突っ込んでこないのかよ戦闘狂」
「…俺を」
「あん?」
「俺を本気で怒らせるつもりか?」
「は…。怒るとどうなるんだ? タコ踊りでも始めるのか?」
そう言って武志は笑った。
狂馬は憎々し気に武志を睨み付けると言った。
「そうかい。本気で怒らせるつもりか…」
狂馬は静かにそう言うと、
「俺をお怒らせると…」
「?」
「こうなるんだよ…」
そう言って後方に飛翔した。
それを見た武志は驚きの目を向ける。なぜなら…
「な…あいつ…」
その動きはあまりに静かすぎた。
足音はおろか、草を踏む音も、草が揺れることも、空気が揺れることすらなかった。
狂馬は森の闇に完全に消えた。
「気配が…消えた…」
森に完全な静寂が訪れる。
(…なるほど。あいつ、これがあいつの本当の戦い方なのか)
武志はそう考えて打刀を構えた。
その、武志の後方数十メートルのところに、狂馬は静かに移動していた。
(そう…これこそ俺様の本来の戦い方…。
俺は本来直接戦闘するタイプじゃねえ…)
そう静かに考えながら、ゆっくりと武志の周りを音もなく移動する。
(俺の三つある能力…
そのうちの一つは強力なスピードだ…。
そして二つ目は…)
狂馬の移動は、草を揺らすことも、音を出すこともない。
(そう…この完全隠密…。
俺の動きは、周囲に痕跡を残すことはない…
そして…三つ目は…)
狂馬は静かに目をつむるとすぐに開く。
その目は、見た目は先ほどと変わらなかったが、その効果が変わっていた。
(超視覚…
俺は…この闇の中でも、遠くにいても、はっきりと獲物を見ることが出来る…。
この三つの能力を使って、一瞬で相手の首を刈る…、その暗殺こそが俺の本領…)
そう、狂馬は暗殺者だったのだ。
(…ち、今回は遊び過ぎたか…。
でももうそれも終わりだ…。次で奴の首を飛ばして、終わりにする…)
そう狂馬が考えた時、武志の方で動きがあった。
(?!)
武志が、森を縦横無尽に駆けまわり始めたのである。
(クク…なるほど…。一つのところにとどまってたら危ないと考えたか…。
無駄なことを…)
そう、狂馬にとって数十メートルの距離などないに等しい。数百メートルすら彼の間合いである。
どこにいても、獲物の首を狙えるのだ。
(せいぜい…走り回って、心と体力をすり減らせ…)
そう言って静かに笑う。
それから数十分、武志は森を駆けまわった。しかし、
「はあ…はあ…まずいねこれは…何とも…」
武志はそう言って額の汗をぬぐう。
いつ敵が来るのか…。その極限状態は、思ったよりも多くの体力と精神力を削っていた。
武志は、もう走り回るのをやめた。打刀を下段に構える。
そして、首を守るように服の襟を立てた。
それを見た狂馬は、
(…無駄だぜ。そんな服の襟なんぞ、ないも同じだ。俺にはお前の首が見えている…)
そう考えながらほくそ笑む。
そして、
(さて…もうそろそろ行くか…。
お前の命の終わりまでのカウントをしてやる…)
そう考えてから、心の中で数を数え始めた。
(10…9…8…)
狂馬が音もなく森を駆ける。
その動きは、音はおろか、風すら起こさない。
(7…6…5…)
武志は狂馬の動きに全く気付いていない。
狂馬の狂刃が迫る。
(4…3…2…)
狂馬は静かに…。本当に無音で、武志の死角に降り立った。
武志はその動きを完全に見つけることが出来なかった。
(1…)
狂馬のナイフが武志の首へと到達する。
武志は全く動けなかった。
そして、
(0…)
狂馬は小さく笑った。
ガキン!
「!」
と…、ナイフが何か硬いものに当たって止められる。それは…
(服の襟?!)
そう、それは複の襟だった。
次の瞬間、武志の打刀が閃いた。
ズバ! …キン。
そして、武志は静かに打刀を鞘に納める。
狂馬は胴を袈裟懸けに真っ二つにされていた。
「…か…は…。物質…硬化…か」
そう、狂馬は最後の言葉を放つ。
「ああその通り…。俺の切り札さ…」
ドサッと音を立てて狂馬が倒れる。武志はフウと息を吐いて額の冷や汗をぬぐった。
「もう…こんな戦いは、勘弁願いたいね…」
そう言って笑ったのである。
-----------------------------
武志が狂馬と攻防を繰り返していた時、影郎もまた阿弥華と…
「あなた…来ないのですか?」
「めんどくさいって~の」
攻防を繰り返していなかった。
「困りましたね。それじゃ…あのお爺さんを追って行っても…」
「それは困るって~の」
「じゃあどうするんですか?」
影郎は眉をひそめて言う。それに対し阿弥華は、
「あ~めんどくさいけど。ヤルしかないか」
そう言って髪に触れた。すると一枚の花弁が落ちてくる。そして、
「はむ…」
それを口に含んだ。
呪が起動する。
『急々如律令』
<符術・
無数の岩の槍が何処かより現れて飛翔する。
影郎はそれを横に走って回避する。
呪は地面に激突して消滅した。
阿弥華の一連の動作を見ていた影郎は言う。
「?! あなた…もしかして、私と同じ妖樹族ですか?」
「妖樹族はその通りだけど…あんたと一緒にしてほしくないって~の」
そう、阿弥華は不快そうな顔をする。
阿弥華は、
「わかるよ~? あんた、周りから暗いとか…影が薄いとか言われるタチでしょう?
薄暗い日の当たらないような場所にポツンと生えてる、苔の生えまくった醜い木。
…でも、あたしは違うんだって~の。
お花見とかの中心にある、きれいな花をつける木…それがあたしだって~の。
あんたとは、生きてる方向性が違うんだって~の」
そう言って影郎をさげすむように笑った。
「む、影が薄い…」
影郎はそこに反応する。
「あれ~。もしかして怒っちゃった? トーゼンのこと言われて怒っちゃったの?」
そう言って阿弥華はケラケラ笑った。
そして、再び髪に触れる。もう一枚花弁がおちてくる。
「はむ…」
それを口に含む阿弥華。
呪が起動する。
『急々如律令』
<符術・
無数の炎の槍が何処かより現れて影郎に向かって飛翔する。
影郎は再び横に走って回避した。
(これは…。符を使用しない符術?)
専門の陰陽法師である影郎は、使用された呪の特性をある程度は理解できる。
たしかに、先ほど使用された二つの呪は、符を使用する符術の霊力の流れであった。
すぐに、影郎は阿弥華の『花びらを口に含む』動作が肝だと気づいた。
「あなたのその能力…」
「あれ? もう分かっちゃった? そう、これがあたしの能力だって~の」
そう言って阿弥華はケラケラ笑う。
「あたしは、他人の呪をコピーして保存できるって~の。そして、保存した呪を好きな時に起動できるって~の。
なかなか便利でしょ?」
「むう…」
影郎はその能力の厄介さに気づいた。
「あたしは、今まで戦って来た敵術者全員、そして仲間全員の呪を記憶してるって~の。
ぶっちゃけあたし、修行とかめんどくさくて嫌いだって~の。当然やらないて~の。
でも、それでもあたしは、組織でも最強の能力を持ってるって~の」
そう言ってから阿弥華は髪に触れた。三度花弁が落ちてくる。
それを口に含む阿弥華。
「ちなみに、これが狂馬の…」
その瞬間、阿弥華が影郎の前からかき消える。
「!!」
それは、目にもとまらぬ超スピード。
「…超スピードだって~の」
いつの間にか阿弥華は影郎の背後に立っていた。
手にはすでに次の花弁を持っている。そして、
『急々如律令』
<符術・
無数の炎の槍が何処かより現れて影郎に向かって飛翔する。
影郎は今度こそ避けきれなかった。
「く!!!」
影郎が炎に巻かれて転がる。
妖樹族にとっては炎は致命的である。
「あはは!!! 面白いって~の!! もっと転がるって~の!!!」
「く…この…」
影郎は転がりながら符を取り出す。
「急々如律令」
<蘆屋流符術・
投擲された符が炎の塊になって、阿弥華に向かって飛翔する。
「うわ! やばいって~の!!」
阿弥華は慌てて回避した。
「ち…当たりませんでしたか…」
火の消えたコートをはたきながら影郎が立ち上がる。
阿弥華は、
「あ~危なかったって~の。もう、やっぱり戦いなんてめんどくさいって~の」
そう阿弥華はぶつくさと文句を言い始めた。
それを見た影郎は、
「ふう…そんな。いつもめんどくさい、めんどくさいと言っていて。よく組織でやっていけますね」
そう言ってあきれ顔をした。
「そんなこと…あたりまえだって~の」
阿弥華は自慢げに胸を張って言う。
「あたしは超有能だからだって~の。
あたしは修行とか努力とかしなくても強いって~の。
そして何より…」
そう言った後、阿弥華は心底邪悪な顔をして笑った。
「あたしは人間を嬲り殺すのが大好きだって~の。
あれを超える遊びはそうそうないって~の。
特に子供とか弱い奴は、泣き叫んで逃げ回って…とても追いかけるのが楽しいって~の」
それを聞いた影郎はため息をついて言った。
「…なるほど。貴方もそう言うヒトでしたか。まあ、組織的には当然ですよね…」
それに対し阿弥華は、
「あれ? 何? もしかして、あたしのこと『外道』とか思ってる?
どうでもいいじゃん、人間の命なんて」
そう言ってケラケラ笑う。
「…人間に対する認識もそうですが。貴方は、本当に人生(樹生?)遊びしかしないんですね」
そう言ってあきれ顔で阿弥華を見た。
それを聞いた阿弥華は詰まんなそうに口をとがらせて返す。
「なに? あんたもしかして。努力が大切だ~とか言って。他人に努力を押し付けるタイプ?
そうやって、他人に努力を押し付けて、最後には自殺に追い込むタイプ?
あ~やだやだって~の。人が逃げるのを遮って、奈落の底に落とす最低野郎だって~の」
阿弥華はそう言ってから、髪に手を触れる。さらに花弁が落ちてくる。
そして阿弥華は後方に飛翔した。
その動きは、音を出すことも、風を起こすこともない。
…そう、狂馬の『完全隠密』である。
そのまま阿弥華は闇に消える。そして、その声だけが闇に響く。
「あんたみたいなヒトが、他人をダメにするって~の。
『逃げた先には何もない』とか言って努力を押し付けて…
崖っぷちに立つ人の背を押して、崖に突き落とすって~の」
次の瞬間、森に風が走った。
「!!」
阿弥華が影郎の背後に一瞬で現れる。その手には次の花びら。
『急々如律令』
<符術・
再び影郎は炎に巻かれて転がる。
「くお!!!!」
「逃げを否定して、努力押し付けて…。
そいつは、出来るヒトのエゴだって~の。
出来ないヒトのことを全く考えてない、最低最悪の理論だって~の」
影郎は転がってなんとか火を消し止める。
それを見て阿弥華は、
「あたしは絶対逃げを否定しないって~の。
だから、子供や弱い奴らが、泣きながら逃げるのを見るのが大好きだって~の」
そう言ってケラケラ笑った。
「く…」
火を消し止めた影郎はなんとか立ち上がる。
すると阿弥華は再び花びらを口にして、森の闇へと消える。
「あんた結構しぶといって~の。あ~めんどくさい」
そう聞こえた直後、再び風が走った。
「!!」
チク…
影郎の背に何かが突き刺さる。それは…
「今度は相仁の毒呪だって~の」
「く…」
影郎の視界がぐにゃりと歪む。頭がぐるぐると回転するように感じる。
「ははは!!! どうだって~の?
あたしは努力なんてしなくても、此処までの力を持つって~の!!
めんどくさいことなんて、しなくていいって~の!!」
「あなた…」
影郎は膝を付いて呻く。そんな影郎に阿弥華はケラケラ笑いながら、どこからかナイフを取り出して振り下ろした。
ザク!
「!?」
その瞬間地面から無数の蔦が現れ、ナイフから影郎を守る。
阿弥華は、突然のことに驚いてナイフを引くと、すぐに髪に触れた。
「?」
すると不意に、影郎の意識が晴れた。
阿弥華はすぐに後方に飛翔。
森の闇に音もなく姿を消す。
「あ~びっくりしたって~の。あんたが妖樹族だってすっかり忘れてたって~の」
「ふむ…」
影郎はそう呟いて今までの戦いを思い出す。
「なるほど…」
「何が、なるほどだって~の?」
影郎のその呟きに律儀に反応する阿弥華。
「…だから、あなたの呪は軽いのですね」
「軽い?」
「そうです。努力を全くしたことのない、鍛錬が全く足りない弱すぎる呪です」
「な!!」
森に風が走る。
『急々如律令』
<符術・
三度、影郎は炎に巻かれて転がる。
「まだ努力とか言ってるって~の?
努力なんて糞くらえだって~の!!」
そう阿弥華が言うと、影郎が火を消し止めてから言う。
「あなたは、ほんとに何もわかっていませんね」
「何がわかっていないって~の?」
「私は逃げを否定したりしませんよ?」
「はあ?」
それは意外な言葉だった。
「だったら、なんでさっきから努力、努力っていってるて~の?
矛盾してるって~の」
「矛盾なんてしてないですよ?」
そう言って影郎は符を準備する。それを見た阿弥華は、今度もまた闇へと音もなく消える。
「矛盾だって~の」
「いいえ。矛盾ではありません」
阿弥華のその言葉に対し影郎がきっぱり言う。
「なぜなら。努力と逃げは、人生を生きるための大切な二つの手法であり、同時に使用することだって可能だからです」
「な?!」
阿弥華はそれを聞いて驚く。
「そんなこと無理だって~の」
「無理じゃないです」
影郎ははっきりと言い切った。
「人生…どうしてもダメな時はあります。逃げなければ命がないことだってあるでしょう。そう言うときは逃げてもいいんです」
影郎は森の闇に向けて言う。
「でも…大切なのは。逃げた先…。その先の新しい人生でどれだけ努力が出来るかです。
その先の人生で、また逃げたら本当に生きている意味はない。
逃げているだけでは何もない。それは真実であり絶対です。
努力の先にこそ何かがある。それも真実であり絶対です。
そして、それは人生の分岐点において、必要に合わせて使用する選択肢であってそれ以上の意味はない。
どちらがより大切とかそう言うものではないんですよ。
何事にもバランスが必要なんです」
「く…そんなこと…」
森の奥から声が聞こえてくる。それに向かって影郎が叫ぶ。
「あなたは今まで逃げるだけで、努力をほとんどしてこなかった!
だからせっかく他人の呪を手に入れる強力な能力を持ちながら、それはその本人の劣化でしかない!!」
「く!!! 言ってくれるって~の!!!」
その瞬間森に風が走る。
また、阿弥華は炎呪を放とうとした。しかし、
ズボ!
地面から無数の蔦が現れて阿弥華を縛り上げる。
「な?!!!!」
「あなた…。せっかく記憶した呪を、自分でも使えるように鍛錬したりしなかったんですね?」
「く…」
「だから。いちいち花びらを食べないと発動しないし、別の呪の花弁を食べると、その前の呪は無効になる。
闇に消えるとき無音だったのに、超スピードでこっちに来るときに風の音があったり…
私が受けた毒呪が、完全隠密状態になったときに消えてしまったり…」
影郎は冷たい目で阿弥華を見る。
「多少は努力をするべきでしたね。せっかくの強力な能力が台無しだ」
影郎の蔦が阿弥華の首に伸びる。
「がは!!!」
「それと…最後に…」
蔦が阿弥華を締め上げ、血が絞り出される。
「私を…
『影が薄い』と言うな…」
そのまま阿弥華は絶命したのであった。
-----------------------------
闇夜を女性を抱えながら走る老人。
その異様な存在を後方から追いかける者があった。
「あと少し…」
老人を追いかける矢凪潤は、印を結び呪を唱える。
「ナウマクサンマンダボダナンバヤベイソワカ」
<蘆屋流鬼神使役法・
その瞬間、潤の騎乗するシロウの周りに風の渦が生まれた。その渦に包まれ、潤たちはさらに加速する。
前を走る老人・舌童との距離は一気に縮まった。
「ぬ?!」
舌童が一言唸って後方を見る。
「ち…やはり追いつかれたか…」
そう言って懐に手を入れ、符を取り出す舌童。
<符術・
投擲された符が無数の炎の槍に変じる。
「シロウ!!!」
潤がそう叫ぶと、シロウは飛来する炎の槍の雨を縫うように回避しながら駆ける。
「小僧!! 貴様一人か?!」
そう叫んで次の符を取り出す舌童。
「さて?! どうでしょう!」
そう言って突っ込んでいく潤。
それを聞いて舌童はケラケラ笑った。
「本当に愚かな小僧よ!! 貴様一人でわしをどうにか出来ると思ったか?!」
「どうにかして見せます!!」
「その意気やよし! じゃが…まさに無謀の極みよ!!」
舌童が符を掲げるとたちまち竜巻が巻き起こる。
「な?!」
潤が驚いていると、舌童は抱えている神子をその竜巻の中心に入れる。
「ほほほ…。符術・
「風旺封陣?」
「そうじゃ。ここに入れたものは、術者本人にしか取り出せぬ」
「それって…」
「風旺封陣が消えるのはわしが呪を解くか、わしが死んだときじゃ…。
…そう、わしを殺すしか貴様が神子を取り出す方法はない」
「く…」
「どうする? 貴様には不死者であるわしを殺すことなどできまい?!」
潤は少し考えたあと。
「やってみなければわかりません!!」
そう叫んで突撃した。
舌童は笑う。
「ほほほ!! 馬鹿な小僧じゃ!!」
そう言って舌童も潤に向かって駆ける。
両者が空で交差した。
ガキン!!!
その瞬間血しぶきが飛ぶ。舌童から…
その時、舌童の左腕が切り飛ばされていた。
「ほほほ!!! やるな小僧!!! やはり体術では貴様が有利か!!」
そう言って切れた左腕の付け根を、地面に落ちている左腕に向ける。
その両者の間に、無数の蛆の橋が出来て繋がる。
「じゃが…そんな攻撃では、わしを殺すことなど不可能じゃぞ!」
(そんなことはわかってます!!)
潤は心の中で叫ぶ。再び舌童に向かって加速する。
舌童はそれを笑いながら迎撃する。
再び両者が空で交差する。
ガキン!!!
血しぶきが飛んで舌童の首が飛んだ。
「ほほほ!!! 見事じゃ、小僧!!」
そう言って胴のない首が笑う。
(これでもやはり…)
舌童は死ななかった。
舌童は死なない。そして、その死がないと『風旺封陣』は消えない。これはほとんど詰んだ状況に思われた。
しかし、
(今のうちに!!!)
潤は、舌童の不死ゆえの弱点を見逃さなかった。
潤がその時見ていたのは、頭を失ってその場に倒れている胴の方だった。
素早く印を結んで呪を唱える。
「オンキリキリ、オンキリキリ、オンキリウンキャクウン」
<蘆屋流真言術・
「はあ!!!!」
気合一閃。不動明王の霊威が顕現する。
「ぬう?!」
不意に舌童がそう唸って動きが止まる。
「不動縛呪で霊質から縛ったか!! じゃが、それだけではわしは殺せんぞ!!」
「無論それだけじゃありません! シロウ!!」
そう潤が叫ぶとシロウが舌童に向かって駆ける。
潤が、印はそのままに、別の呪を唱える。
「ノウマクサマンダバザラダンカン…」
<蘆屋流鬼神使役法・
「な?」
潤が呪を唱えた瞬間、シロウが五つに分身する。そして、それらは舌童を中心にして、星型を描くようにそれぞれが移動する。
最後に、そのシロウの分身と分身の間に風の流れが生まれた。
「捕縛結界じゃと?!」
そう、潤が仕掛けた呪は、霊体をその場にしばらく留める捕縛結界であった。
不動縛呪に捕縛結界、一見同じ効果ゆえに意味がない組み合わせに見えるが…。
「それじゃ! いくよかりん!!」
そう言って潤は不動縛呪を解く。
そう、潤は印を結んだ状態でないと不動縛呪は使えない。
それは、そのまま同じ印を使用する呪しか、縛呪中に使えないということであり…。
「なるほど…。不動縛呪で一旦動きを止めて、両手を…印を解くことのできる捕縛結界に切り替えたか…。ならば次に来るのは…」
その舌童の予想は当たっていた。
このような手順のかかることをしたのは、別の印を使用する『ある呪』を使用するためであった。
その呪とは…
「ナウマクサラバタタギャーテイビヤクサラバボッケイビヤクサラバタタラタ…」
呪文を唱えるごとに、潤の霊力が高まっていく。
「センダマカロシャダケンギャキギャキサラバビギナンウンタラタカンマン…」
そうして高まった霊威を、今度はかりんの中に送り込んでいく。
「東方・降三世明王、南方・軍荼利明王、西方・大威徳明王、北方・金剛夜叉明王!」
潤はかりんを指さして高らかに唱える。
「中央・大日大聖不動明王!! かの五大明王の聖炎をもてあらゆる凶事・悪心・天魔を調伏する!!!」
その瞬間、かりんの腕に炎が灯った。
「いまだ! かりん!」
【おおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!】
<蘆屋流真言術・
かりんはその手の平を舌童に向ける。
【いけえええええええええええ!!!!!】
その声とともに、紅蓮の炎がかりんの腕からほとばしり出た。
「これは!!!! 五大明王の聖炎か!!!!!!!!」
舌童は一気に炎に包まれる。
「げあああああああ!!!!!!!」
舌童は叫ぶ。今までならあり得ないほどに。
「まさかああ?! 小僧!!! こんな呪を使えたのかああああ?!!!」
舌童の肉体が焼け、蛆も肉も灰に変わっていく。
「おのれえああああ!!!! わしがこんなところでええええ!!!!!」
舌童の断末魔が闇夜に響く。
そして、舌童の肉体は完全に灰になって消えてしまった。
「やった…のか?」
そう潤が呟くと、近くに渦巻いていた『風旺封陣』が解除される。
それの持つ意味は…
「ふう…」
どうやら舌童を倒したらしい。その事実を知って潤は一息ため息をつく。
「そうだ! 神子」
潤はすぐに風旺封陣のあった場所を見る。其処には、神子が眠っていた。
「後は彼女を連れ帰って…」
そう潤が思ったときである。
「ふむ…舌童が逝ったか」
そう言う声とともに、ある男が神子の傍に転移してきたのである。
「!!!!」
潤はそれを見て最悪の状況だと思った。なぜなら、その時現れた男は…
「蘆屋…道蘭…」
…そう、転移して現れたのは蘆屋道蘭だったのである。
(な…なんで今頃…)
それまで全く姿を見なかった道蘭が突然姿を見せた、それは潤にとって寝耳に水であった。
(く! 今はそんなことより!!)
潤は意識を切り替えた。とにかく神子を助けて、この場を去る。
真名が言ったように、道蘭は無視して神子を回収する…それだけを目指そうと、一気に神子に向かって加速した。
「ふむ?」
道蘭は驚いた様子もなく、ゆっくりと顔を潤に向ける。
その動きを見て潤は、
(これならいける!!!)
そう考えた。
道蘭の横をすり抜け、神子を掻っ攫う。
(あとは…一目散に逃げ…)
そう思ったときである。
ゴゴゴゴゴゴ…
突如地面が揺れだしたのである。
「地震?!」
そう呟いて一瞬止まってしまう潤。それが致命的だった。
「それは違う…」
そう潤の背後から声がする。
「!!」
<
ズドン!
「がは!!!」
潤は道蘭の金剛拳を受けて、反吐を吐きながら転がった。
「く…あ…」
頭がくらくらする、吐き気が止まらない。
その間にも地面の揺れは止まらなかった。
(なんだ…? なんだこれは…)
潤は呻きながら考える。すると、
「もう、準備は終わった…。
人類殲滅の切り札が起動する…」
道蘭がそう言って、神子を立ち上がらせる。
潤は倒れながらも道蘭に聞く。
「人類殲滅の切り札?」
「そうだ…。
私が三年の月日をかけて開発した。
「リョウメンスクナ…?」
その間にも地震は止まらず続いている。そして、
ドン!
突如、地面が裂けたのである。
そこからゆっくりと、巨大な木製の腕が現れる。
それは、それだけで10mはあろうかという巨大な腕である。
それが、もう一本、もう一本と…計四本現れる。
そして、
「な!!!」
地面の裂け目から異様な異様な存在がゆっくりと這い出てくる。
それは巨大な木製の骸骨、それも一つの頭骨に二つの顔がある異形の骸骨であった。
その大きさは25m以上あり、腕は四本、脚も四本ある。
「な…、こんなもので何をする気だ?!」
潤はなんとか立ち上がりながら道蘭に叫ぶ。
道蘭は、
「これは…人類を滅ぼす呪を撒き散らす、巨大なヒトガタだよ…」
そう言って、両面宿儺の前で両手を広げた。
潤はかつての、乱道との戦いを思い出していた。
その時、土御門咲夜は、
それは、巨大なヒトガタを仲立ちとすることで、呪を数倍にも強化するものであった。
「まさか、その両面宿儺に神子を…」
「そう…組み込む…。無論それだけではない…」
「え?」
道蘭は、自身の胸に手を触れて言う。
「私を、そのまま呪の制御システムとして鬼鎧に組み込み。神子の呪をさらに強化するのだ」
「な?!!!!」
それは思ってもみない話であった。
「ちょっと…ちょっと待ってください…。それってあなたは…
貴方自身もどうにかなってしまうんじゃ…」
「…それがどうした?」
潤の言葉に、道蘭は無表情で答える。
「私は、人類を滅ぼす鬼神として生まれ変わる…。
それで、この世に巣食う
「そ…そんな…」
あまりのことに潤は言葉を失った。
「…では、さらばだ少年。地獄で会おうではないか…」
そう言って、道蘭は神子を連れて宙にふわりと浮く。
「ま! 待て!!」
潤はそれを追いかけようとするが…。
「動くな少年」
その一言で不動縛呪をかけられ、動けなくなってしまう。
(そ…そんな…このままじゃ…、真名さん!!)
潤は、今こそ真名が現れることを祈った。
しかし、そんな都合よく真名が現れるほど世の中は甘くはなかった。
道蘭と神子は、巨大な鬼鎧・両面宿儺に取り込まれてしまった。
その瞬間、両面宿儺が吠える。
「ガアアアアアアアアアア!!!!!!」
それは、闇夜に、はるか遠くの街にまで響いたのである。
-----------------------------
「ほほほ…」
潤達のいる場所から数kmの森に生えている、一層高い樹木の天辺。
両面宿儺が闇夜に吠える姿を、楽しそうに眺める男がいた。
「とうとう起動してしまったか。鬼鎧・両面宿儺。
なかなか精悍な眺めじゃのう」
そういってその男は笑う。
「あれが、もし街に向かったら。確実に多くの人が死ぬ。
阿鼻叫喚の地獄になるぞ、
なあ? 蘆屋の夜叉姫…」
そう言って、男は木の真下を見下ろす。
その闇の中に真名が立っていた。
「貴様…」
真名は憎々し気に男を睨み付ける。
それを涼しい顔でかわして男は言う。
「しかし、まさかこうも早く、お前に見つかってしまうとはのう…。
蘆屋の夜叉姫よ…」
そう告げる男に対して真名は。
「私はお前の名を聞いた時から…何か引っかかりを覚えていたんだ」
「ほほう…そこからか。さすがは蘆屋の夜叉姫じゃ」
「でも、やっとわかった。貴様は…」
真名は目を細め、怒りのこもった目で男の方を睨む。
「貴様は…元死怨院呪殺道の呪殺道士だな?
『舌童』…」
その瞬間、闇夜に邪悪が笑った。
-----------------------------
「ガアアアアアアア!!!!」
木製の巨人・両面宿儺が吠える。
それを潤は落胆した面もちで見ていた。
「く! 起動してしまった?!」
あと少しで神子を取り返すという所まで来たのに、ここに来て最悪な逆転を食らってしまった。
潤は自分に与えられた使命が失敗したのだと感じた。
…と、その時、どこからか男の声が聞こえてくる。
「おい!! 大丈夫か?! 潤!!」
それは武志であった。
おまけと言っては何だが、隣に影郎もいる。
「何なんだこいつは? 舌童は? 神子はどうした?!」
そう矢継ぎ早に潤に聞いてくる。潤は苦虫を噛み潰したような顔をすると、
「すみません…。舌童は倒しましたが…。神子は…」
「まさか!!」
そう言って武志は目の前の両面宿儺を見上げる。
潤は目をつむると、武志の疑問に答えた。
「蘆屋道蘭とともにあの中です…」
「マジか?!」
「はい…」
潤は急いで武志たちに説明する。
道蘭の『人類殲滅作戦の始動』そして、その切り札である『両面宿儺』とその能力。
武志は潤に言う。
「そうか…道蘭はあの中に…」
「すみません…」
「いや…、仕方ねえさ…道蘭相手じゃな…。
それより、まずこいつをどうするかだ」
そう言って目前の両面宿儺を睨み付ける。
両面宿儺はひとしきり吠え声を上げると、ゆっくりと足を一歩前に動かした。
ドン!!
地面がその巨体の歩行で揺れる。
「糞!!!」
武志は一気に駆けると、両面宿儺の脚に切りつけた。
ガキン!
武志の打刀がはじかれる。
それは、木製とは思えない硬さであった。
「ち!! だったら!」
武志は片手で両面宿儺に触れる。そして、
(物質軟化だ!)
物質硬化と合わせて、もう一つの切り札である『物質軟化』を使用しようとした。しかし、
バジ!!
「がは!!!」
手が電撃とともに思いっきりはじかれる。
「対抗呪かよ?!」
そう言って武志は悪態をついた。
自分に対して呪が使われたことを悟ったらしき両面宿儺は、その眼球のない目で武志を見下ろす。
「お?! ヤベ!!」
武志はそう叫んで後方に飛翔する。しかし、
ブン!!
両面宿儺の腕が思い切り振りぬかれる。それは、周囲の樹木とともに武志を吹き飛ばしてしまった。
「武志さん!!」
土煙を上げて武志が数十m転がる。
「…く、こん…ちくしょう…」
武志はなんとか意識を保っていた。しかし、その場でしこたま血を吐いた。
(ち…骨を数本持ってかれた…。この俺が一撃でここまで…)
それは驚異的なパワーであった。
鬼神族は人間だけでなく、他の妖怪と比べても肉体が頑強にできている。その鬼神族でさえ、腕の一振りでこのダメージだとすると…。
「潤! 影郎!! いったん下がれ!! 腕に当たると即死だぞ!!」
そう潤達に大声で忠告した。
「は、はい…」
慌てて潤達は両面宿儺から離れる。
両面宿儺はそれをうつろな目で眺めているだけである。
「ふう…。あの化け物。どうやらまだ完全には覚醒してないようだな…」
武志は、両面宿儺のその動きからそう分析した。
「じゃあ今のうちならなんとか、破壊できませんかね?」
潤がそう言って両面宿儺を見る。それに対し武志が、
「はっきり言って、物理的に破壊するのは無理だな」
「そ、そんな…」
「あの化け物には、その全身に対抗呪がかけられていて、呪はおろか物理攻撃すらはじきやがる」
「なんとかならないんですかね?」
「むう…」
武志はそう言って考え込む。
…と、その時、
「こいつなら…何か手立てを知ってるかもな」
そう言った声が森から聞こえてくる。
「?! お前!」
潤達がそちらの方を見ると、そこにいたのは…。
「甲太郎! 陽弘! それに…」
そう、そこにいたのは、甲太郎、陽弘、そして甲太郎との戦いで生かされた相仁だった。
「無事だったんですね?!」
潤のその言葉に、甲太郎が元気に答える。
「正義の味方は負けない!! ハッハ!!」
「それはいいから…」
武志がジト目で甲太郎を見る。それに、今はそれより…。
「そこにいるのは、『蒼い風』の…」
「…相仁だ」
相仁はそれだけを答える。
武志がちょっと不安げな表情で相仁を見て言う。
「甲太郎お前…そいつを…」
「ああ!! 大丈夫! もう抵抗する気はないってよ!」
そう言って甲太郎が相仁の肩をバシバシたたいた。
相仁は少し咳き込む。
「…そうか。まあ、お前がそう言うならそうなんだろうな…。
で…、そいつに聞けばどうにかなるかもって?」
そう武志が聞くと、甲太郎は頷いた。
「ああ。こいつは今回の計画の中心人物らしいからな」
「…正しくは。道蘭様が考えていた計画を、私が実行に移しただけだがな…」
そう言って、相仁は両面宿儺の方を見た。
「両面宿儺が起動してしまったか…」
「そうです。あれを何とかする方法はないんですか?」
「…ない」
相仁ははっきりと言い切った。
武志は甲太郎をジト目で見る。
「手はないって言ってるが?」
「おう?! まじかよ!!」
甲太郎は慌てて相仁に言う。
「それ本当か? まじで?」
「ああ、あの鬼鎧は海外で研究されていた人型兵器の技術を転用したもので、その使用する『呪い』はおろか、防御用の各種対抗呪も数倍に強化される仕組みになっている。
特に、道蘭様が制御システムとなった現在では、その強化率は数百倍にもなる。要するに、あの鬼鎧に対抗するには、対神呪が必要だということだ」
「対神呪…」
それは、現在いるメンバーでは扱えないレベルの呪である。
「…どこからか、神クラスの仲間を連れてくるにしても…おそらく、もう十分もすれば、鬼鎧は完全起動する。
街に向かっていって、多くの死者が出るだろう」
「マジか…」
武志が絶句する。
「もう…あきらめるしかないんだよ。これは、人間が自分自身で招いた災厄だ…」
そう言って相仁は目を瞑る。しかし、
「お前本当にそう思ってるのか?」
甲太郎は相仁に聞いた。
「…」
相仁は答えられなかった。
それまでの自分なら、はっきり『そうだ』と答えたろう。しかし、現在ではそれもわからなくなっていた。
「あの化け物が街に行けば。子供が沢山死ぬ…、本当にそれでいいのか?」
「そんなこと…」
相仁は唇をかんでうつむく。
「どうすればいいというんだ。もう両面宿儺は起動してしまった。もう、我々にも止められない。
可能性があるとすれば…。両面宿儺の制御システムである道蘭様の魂を取り除くしか…」
「蘆屋道蘭…」
そう潤が呟いた時、陽弘が相仁に向かって言う。
「そう言えば、道蘭様は同じ『蒼い風』に所属していたのですか?」
「いや…。彼は正しくは『蒼い風』のメンバーではない。
彼は舌童とともに三年前に現れた、我々にとっては顧問のような存在だった。
彼は人間をひどく憎んでいた、だから我々もその言葉を重視した」
真名の話だと、蘆屋道蘭は周りに分け隔てなく好意を向ける人だった。
そんな彼がなぜそのような…、人間に恨みを持つようになったのか、潤は気になった。
…と、静かに話を聞いていた影郎が口を開く。
「『使鬼の目』ならどうでしょう?」
「なに?」
その影郎の言葉に相仁が聞き返す。
「『使鬼の目』で道蘭の魂と同調し。そして、道蘭の魂そのものを…」
「そんなこと…。その能力者がいなければ…」
その相仁の言葉に、武志が笑って言う。
「ここにいる潤は『使鬼の目』の能力者だぜ」
「な? それは本当か?
蘆屋にそのような能力者がいることは知っていたが…。まさかそこの少年が…?」
相仁は驚いた表情で潤を見る。そして、
「…確かに。その方法なら、両面宿儺の中にある道蘭の魂を排除できる。が…」
そう言って両面宿儺を見る。
その時、両面宿儺は全身から霊力を噴出させ、今にも走り出しそうな雰囲気を出していた。
「だったら…。急いだ方がいい。もうそろそろ両面宿儺が完全に起動する」
相仁のその言葉に反応するように、両面宿儺が一気に北へ向かって走り出した。
「まずい!!!」
陽弘がそう叫ぶ。
北には彦根市がある。
「おい! 潤行くぞ!!」
「はい!!」
急いで潤たちは両面宿儺を追いかけた。
「それで。その同調ってやつは、走りながらできるのか?」
そう言う武志の問いに、潤は答えを返す。
「無理です。なんとかして、あの両面宿儺を止めてもらわないと…」
「マジか!!」
武志がそう言って舌打ちする。
「ならば!!! 正義の味方の出番だな!!!!」
そう言って甲太郎が両面宿儺に向かって走っていく。
「おい!! 待て!! って話聞いてないなあいつは!!」
武志はあきれ顔で甲太郎を見送る。
「…でも、仕方ねえよな。陽弘! 影郎!」
「はい…」
「わかっている…」
武志の呼びかけに二人が返す。そして、
「潤…後は頼んだ!!」
そういって三人で両面宿儺に向かって駆けて行った。
それを見て相仁が呟く。
「まさか…四人だけで両面宿儺を止める気か? 無謀な…」
「無謀じゃないです!!」
「!!」
潤のその言葉に、相仁が驚きの目を向ける。
「きっと大丈夫です! あの四人なら…」
そう言って、潤はキッと両面宿儺を睨み付ける。
それを見た相仁は、少し考えた後…。
「本当に…君たちは…何なんだろうな…」
そう言って、自身も両面宿儺に向かって走っていく。
「こうなった以上。私は!!」
そう言って相仁は、手から妖縛糸を射出して、両面宿儺の脚を絡めとっていく。
「アリガトな! 相仁!!」
甲太郎が相仁に向かってサムズアップする。
そして、
「いくぜ!!! 変身!!!!」
再び、甲太郎の周りに、あのメロディーが響き始める。
『今こそ立ち上がれ 地球のピンチだ』
『正義を輝かせ 友を救うため』
それを聞きながら武志が叫ぶ。
「おっしゃ!!! 気合が漲ってきたぜ!!!」
そう言うが早いか、武志の全身が膨れ上がり、屈強な巨体の赤鬼に変化する。
「では私も…」
そう言う陽弘も、光とともに巨大な銀鱗の龍神へと変化している。
そして、影郎は…
「ふむ…私は源身になると動きが遅くなるので、このままいきます」
そういって、一人だけ人間体で走った。
五人の妖怪が両面宿儺を囲い込んでいく。
「ガアアアアアアア!!!!」
それをうざいと感じたのか。両面宿儺は手を振り回して暴れまわる。
「こん畜生!!!!!!」
武志が気合一閃、両面宿儺の脚に突撃していく。
「ガアアアアア!!!!」
両面宿儺は体をよろけさせ、その場に倒れた。
「今だ!!!!!」
武志のその言葉に、五人の妖怪が両面宿儺の周囲に殺到する。
武志と甲太郎が腕力で押さえ込み。陽弘が胴体に巻き付いて動きを止める。
影郎と相仁が、それぞれ蔦と妖縛糸を使って脚を縛る。
「潤!!!!!! 少ししか止めておけねえ!!! 後は頼む!!!!!!」
「分かりました!!」
潤は意識を集中する。
『使鬼の目』が起動し、両面宿儺の中にいる蘆屋道蘭の魂につながる。
潤の意識が反転した。
-----------------------------
「ほほほ…。いやあ、なんとも懐かしい名前じゃのう。
死怨院…」
そう言って舌童は笑う。
「しかし、よくわかったのう? 蘆屋の夜叉姫」
「ああ…。昔、死怨院呪殺道のことを調べていた時、聞いたことがあったんでな。
死怨院呪殺道において、それを破門された者は、死怨院の姓を名乗ることとを禁じられ、その名の『乱』の字の一部が削られると…。
『乱』の字の一部が削られて『舌』…そう言うことだろう?
『ランドウ』の名を継承した、死怨院呪殺道でも最も優れた不老不死の呪殺道士…」
その真名の言葉を聞いて、舌童は一層笑いを濃くする。
「その名で呼ばれたのは、いつ以来じゃったか…」
そう呟く舌童を睨み付けながら真名は言う。
「そのことを思い出したとき、すべてがつながった…。
お前…道蘭様を…。道蘭様の精神を支配してるな?」
「ほほほほ!!!」
不意に舌童が笑う。
「ほほほ…。そこまで見抜いたか、蘆屋の夜叉姫…」
「ああ、今回のこと、要するに土御門永昌の時と同じだ。
道蘭様は、何らかの理由で、心の隙を突かれ貴様に操られてしまった! そうだろう?」
その真名の追及に、舌童は笑いながら言う。
「ならばなんとする?」
「なに?」
「あの、動き始めた両面宿儺…。それを止めようとする、『使鬼の目』の少年。
止めなくてよいのか? このままでは、道蘭は死んでしまうぞ?
お前の弟子に止めを刺されて…」
「貴様!!!」
真名はキッと舌童を睨み付ける。
「ならば!!! ならばなぜ?! 貴様の方が彼らを止めない?!
この作戦、失敗したら困るのは貴様の方だろう?!」
その真名の言葉に、深い笑いを顔に張り付かせながら舌童が言う。
「さて? どうしてかのう?」
そう惚ける舌童に向かって真名は叫ぶ。
「…いや、貴様は初めから、この作戦が成功しようが失敗しようがよかったんだ!!!
『使鬼の目』の能力者がいるのを知っていながら、お前はこの作戦を実行した!
…もし成功すれば、多くの死人が出てお前の呪力はさらに高まる!
…もし失敗しても…」
舌童は深い笑みを張り付かせながら、真名の次の言葉を待つ。
「もし、失敗しても…貴様の弱点が…。
貴様の『不死』の唯一の弱点がこの世からなくなる!!!!
違うか?!」
「ほ…」
舌童は一言驚きの声を上げた。
「まさか…。そこまで見抜いたか…蘆屋の夜叉姫」
そう言って舌童がケラケラ笑う。
「…そう、道蘭様の完全オリジナル攻撃呪『
それが貴様の不死の唯一の弱点であり、道蘭様を操って自分の支配下に置いた理由。
そうだな?!」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!」
その真名の言葉を聞いて、舌童は爆笑する。
「ハハハハハハ!!!!!
ならば!!!! ならば尚更、弟子を止めなくてよいのか?!
このままでは、わしを殺す唯一の手段が失われるぞ!!!!!」
「貴様!!!」
真名がそう言って睨むと、舌童はその視線を軽く流して笑った。
舌童が木の天辺から真名の前に降りてくる。
「そう!!! その通りじゃ、蘆屋の夜叉姫!!!
どう転んでも、すべてはわしの思惑通りじゃ!!!!
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!!」
闇夜の森に、邪悪の嘲笑がこだました。
-----------------------------
落ちていく…
落ちていく…
潤が道蘭と意識を繋げた時、そこには深い闇が広がっていた。
潤は恐る恐る、でも確実に、其処を底に向かって落ちて行った。
…ふと闇の中に光が見えてくる。潤はそれに近づくとゆっくりと触れた。
意識が解放される。
そこは…
(どこかの村落?)
潤が立っていたのは山の谷に家がまばらにある小さな村であった。
(ここはまさか…)
ふと、空から雨が降ってくる。そして、
「大変だ!!!! 道が!!! 街に続く道が土砂で埋まっちまった!!」
そう言って駆けてくる男がいた。
男は山の中腹にある神社の階段を昇っていく。
潤の目前が暗転する。
次に見えたのは神社の境内…。
そこに彼がいた…。
(蘆屋道蘭!!)
そう、それは、若いころの蘆屋道蘭であった。
「…そうですか。どうやら、我々は『あの地震』で村に閉じ込められてしまったようですね」
「これからどうしますか? 道蘭様…」
「私ひとりならどうにでもなる。街に行って救助を呼んできたいところですが…」
「姫は…」
「そうです。
何せ彼女は…。
この地とその下流の街の、霊力の流れと人を守護する土地神の役を担っていますから」
「そうですね。この間も、何者かが村に侵入して、姫をさらって行こうとしたばかりですから」
…と、そこにまた誰かが駆けてくる。
「大変だ!! 何者かが村の周囲の守護結界を破りやがった!!」
「案の定、来ましたか…」
道蘭はそう言って険しい顔をする。
…と、そこに、神社の扉を開いて女性が現れる。
「道蘭…。来たのか?」
「はい…どうやら外敵の侵入のようです」
「対応を頼んでよいか?」
「ええ、それは。しかし…」
「私なら大丈夫じゃ。長老たちもおる」
道蘭は少し考えたあと、女性に背を向けた。
「では椿姫…行ってまいります」
「ああ頼んだぞ…道蘭」
その言葉をきっかけにしたのか、潤の目の前が一気に暗転する。
そして、次に見えたのは、森の中で何者かと戦う道蘭であった。
「ははは!!! いいのかい?! 俺にかまっていて!」
「何? どういう意味だ」
道蘭がその何者かに聞き返す。
「姫をほっといていいのか? って聞いてるんだよ!!」
「なに?! まさか!!」
道蘭はそういって村の方を見る。
その瞬間、再び潤の目の前が暗転した。
次に見えたのは、神社の境内。其処に集まる村人たちと…
それに対峙するように立つ、ある男…。
(? なんだ…これは。少し目が見えづらい?)
そう、それは、今まではっきりと見えていた映像とは違った。
うっすらと霞のかかった映像だった。
村人と対峙している男は言う。
「ほほほ…。いいかげんその娘を渡したらどうじゃ?」
「そんなことできるわけあるまい!!」
椿姫をかばうように立つ老人が、男に叫ぶ。
「ほほ…ならば死ぬつもりか?」
男は笑いながら、老人に近づこうとする。
椿姫が叫ぶ。
「じい! 逃げるのじゃ! もうこれ以上は!」
「そうはいきません姫!! あなたは我々を…この地方の人間を守ってきました。
今こそ我らがあなたを守る番です!」
その言葉を、嘲笑の表情を作りながら男が眺めている。
「おい…それは。そっちの後ろにいる者共も一緒の考えなのか?」
その言葉に、村人たちは一瞬戸惑う。
「そ…それは…」
「お前たち!!」
老人の叱咤が村人たちに飛ぶ。
男は今度こそ嘲笑した。
「ほほほほ。そうじゃろう? 誰でも命は惜しい。それ、お前たちに命が助かる方法を教えてやるぞ?」
「え?」
村人たちは戸惑った顔で男を見る。
「そこの姫を殺せ…」
その言葉の瞬間、潤の視界が暗転した。
そして…
「これは…。一体どういうことだ…」
道蘭が呆然とした表情で立っている。その目の前に『ある』のは…。
道蘭の目前には、椿姫が『ぶら下がって』いた。
椿姫は、道蘭の目前で絶命していた。村の真ん中にある、樹木の枝に首を吊らされて…。
「なんだ…これは」
道蘭がそう呟いて、椿姫に近づこうとしたとき。
「道蘭様!!」
不意に背後から誰かの声がした。道蘭はゆっくりと振り向く。
そこに老人がいた。その老人は、さっき椿姫をかばっていた老人だった。
「…おまえ。これはいったい何があった」
道蘭は老人にそう尋ねる。老人は、
「申し訳ありません。道蘭様が居なかった間に、村に賊が潜入しまして…。彼女をさらって行って、このありさまに…」
そう言って申し訳なさそうに首を垂れる。
それを見た道蘭は、一瞬考えた後、
「……なぜだ」
「え?」
「なぜ嘘をつく…」
そう言って老人を見つめた。
「あ…、ああああ」
道蘭のその言葉に、老人の顔が恐怖にゆがむ。
「嘘を言っても呪で身破れるぞ?」
「…そ、それは」
老人はその言葉に、頭を地面に擦りつけていった。
「あああ!!! 仕方なかったんじゃ!! 賊に…姫を殺せと言われて!!!」
「…おまえ」
道蘭は老人を悲しげな眼で見る。
「それに!!! それに…たかが妖怪娘一人死んだだけで…」
老人は、そう言いかけて、とっさに口を手で塞いだ。
その言葉を聞いて、
道蘭はもう我慢が出来なかった。
「……なんと…醜い…」
…と、その時、潤の目前に黒い染みが生まれる。
それは、どんどん広がって、目の前の映像を隠してしまう。
潤は再び闇の中にいた。
(あれが…。道蘭さんの過去…)
不意に、遠くに光が灯る。
潤はそれに向かって落ちていく。
(あれは…)
光に触れようとしたとき、それははじけるように消えた。
はじける瞬間、わずかな映像を残して。
「道蘭…。私は今幸せなのじゃ。多くの人の命を見守り、その行く末を見る…
それは無論悲しいこともあるが…。
人々が笑顔でいると、私もうれしくなる…。なあ道蘭…。
私は信じているのじゃ。いつか、人間と妖怪がともに幸せに生きられる世が来ると…」
そう椿姫が道蘭に語り掛ける。それを見る道蘭の目はどこまでも優しくて…。
(道蘭さん…)
その瞬間、目の前が大きな輝きに包まれる。そして、潤は…。
「道蘭さん…」
輝きの中心に立つ道蘭の目前に立っていた。
道蘭は潤の姿を認めると、薄く笑って言った。
「ここまでたどり着いたか少年…。『使鬼の目』を持つものよ…」
「…知っていたんですね。そのこと」
「ああ…知っていたさ。君なら…君ならここまでたどり着くと…」
「…」
道蘭のその言葉に、潤は一瞬考えると…。
「あなたは…。僕がここまで来ることを分かっていたんですか?
それならなぜ…真っ先に僕を殺さなかったんですか?
そうすれば、僕はここまでたどり着くことはなかった」
「…」
道蘭は黙して語らない。潤はさらに聞く。
「…それに、僕には…。
あなたの過去を見た今の僕には信じられません。
貴方が人類殲滅を考えるなんて…」
「…そうか。私の過去を見たか。
…なればこそ、私は人類殲滅を考えたのだ。
彼女の…椿の復讐のために…」
「…本当にそうでしょうか?」
「なに?」
潤の目を道蘭は眺める。そして、
「それよりも…
いいのか? こんなところで私と問答をしていて。
君の仲間たちも、このまま長時間、私をとどめておくことはできまい」
「それは…」
「君がここまで来たなら。私はもう観念しよう。
…私は今ここから一歩も動けぬ」
「…」
潤は、道蘭の言葉に拳を握る。
「さあどうした?
殺すなら、ひと思いに殺すがいい…。
それで、この両面宿儺は停止する。
そうすれば私も…」
「く…」
潤は握った拳を、道蘭に向ける。そして…。
「道蘭さん!!! すみません!!!」
そう言って道蘭に向かって駆けたのである。
そして…
-----------------------------
「糞!!! まだか?! 潤!!!」
武志がそう言って叫ぶ。
武志たちが両面宿儺を抑え込むのも限界に来ていた。
このままでは、三分もたてば皆弾き飛ばされて、両面宿儺は立ち上がってしまうであろう。
「潤!!! 早く!!!」
そう武志が叫んだとき。不意に、両面宿儺が抵抗をやめた。
その瞳の輝きが消えてなくなる。
「まさか!!! やったのか?! 潤!!!」
そう言って武志たちは潤の方を見る。
潤はゆっくりと立ち上がってきた。
「潤!」
武志たちが、両面宿儺から離れて、潤のもとに駆けてくる。
潤は…、それを、目をつむったまま出迎えた。
「潤!! 道蘭は?!」
「道蘭さんは…。
…もう、両面宿儺が動くことはありません」
「それじゃあ!!!」
「それどころか。神子の方も…。もう呪いを振りまくことはないでしょう」
「え?」
それは思ってもみないことであった。一体、潤は、道蘭の魂との接触で何をしたのか。
「…みなさん。僕には…」
潤は険しい顔で皆を見回す。
「僕にはやらなければならないことがあります」
そう言ってから、潤は決意のこもった表情で空を見上げた。
-----------------------------
両面宿儺が動きを止めたことを、舌童達も気づいていた。
「ほう…。これはこれは。どうやら、道蘭はあっさり逝ってしまったようじゃの…」
「…」
「あの、両面宿儺の制御システムになったが最後、道蘭は死でしかそこから解放されない。
お前の弟子によって、道蘭は殺されたということじゃ」
「貴様…」
真名が舌童を睨み付ける。舌童はその視線を軽く受け流し、にやりと笑う。
「これで…。わしの弱点はこの世からなくなった。
わしは完全な不死じゃ」
「貴様だけは…。
貴様だけは許さん!!」
真名がそう叫んで構えをとる。舌童は笑いを濃くして真名を見る。
「許さなければどうする?
わしは絶対に死なぬぞ?
貴様の弟子の『天魔焼却』ですらわしには効かんかったのじゃ」
真名は怒りの表情で舌童を睨んで言う。
「殺すだけが、貴様の息の根を止める方法じゃない!!
貴様は永遠に…封印してやる!!!」
かくして、森の闇の中。
真名と舌童の一騎打ちが始まったのである。
-----------------------------
真名は一気に駆けると、拳を一閃する。
<
ズドン!
「かは!!」
舌童はその拳をまともに受けて転がる。
「死ぬことはなくても痛みは消えまい?!!!」
真名はそう叫んで、さらに一撃加えようとする。
しかし、
「かははは!!!! 確かにそうじゃのう!!!! じゃが今はそれが逆に心地よいわ!!!!」
そう言って真名を嘲笑した。
「貴様はわしを封印すると言ったな?!
じゃが、まだ二十其処らしか生きておらぬ小娘が、そうそうわしを封印できるか?!!!
愚かな蘆屋の夜叉姫よ!!!!」
舌童は印を結んで呪を唱える。
「ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ」
<秘術・
「その呪は!!!!」
真名はその呪に見覚えがあった。かの、乱月が使用した『死怨霊呪』である。
その効果は…
【おおおおおおお!!!!!!】
周囲から死者の怨嗟の声が響き始める。それは、今まで舌童が殺害してきた死者の苦しみの声であり…。
「ほほほ!!! 貴様に死怨鳴呪が効かぬということは知っておるさ!!!
じゃがこの呪なら…」
舌童の霊力が一気に跳ね上がる。
…と、不意に舌童の体から血しぶきが飛ぶ。全身のいたるところから、血が噴き出していた。
「貴様?! それは!」
「ほほ…。師である乱道様から受けた封印呪じゃよ。
死怨院呪殺道の技を使うとこうなるのじゃ」
「そんな状態で…呪の集中が…」
「出来るさ…。わしはそのために不死の力を得たと言っても過言ではない。
それに、今のわしは、痛みが心地よいと言ったであろう?」
何という集中力、舌童は全身が切り裂かれるような痛みでも、普通に呪を集中できるのだ。
真名はその時、目の前の舌童が一筋縄ではいかない者だと悟った。
真名は再び拳を一閃させる。しかし、
「ほほ!! あくびが出るわい!!」
舌童は老人とは思えない素早い動きで、真名の拳を避けた。
そして、返す拳で真名を打つ。
「がは!!!」
真名は、その一閃を避けることが出来ず、数十mも吹き飛んだ。
舌童のその一撃は、真名が天狗法を使用して初めて出せるレベルの一撃であった。
しかし舌童は、その一撃を、天狗法などの身体強化呪なしに出して見せたのである。
(く…なんて奴だ…)
あらかじめ天狗法や護身法を使用していなかったら、その一撃で胴体を貫かれていたであろう。
真名は血反吐を吐いて、その場で呻いた。
「何じゃ? 蘆屋の夜叉姫。わしはまだ準備運動じゃぞ?」
それは、まさに人類の限界ギリギリまで鍛えぬいた超人であった。
「正直、貴様の弟子どもとの戦いは、退屈じゃったわい。
わしが本気を出せば、一撃で殺せたからのう」
「ち…。遊んでいたのか?」
「そうじゃ。
わしとしては、どっちに転んでも楽しい結果になったのでな。
楽しく遊ばせてもらったわい」
真名はなんとか立ち上がる。そして、舌童を睨み付けた。
(ち…。私の目測が甘かったな…。
下手をすれば潤たちが死んでいた…)
そう考えながら真名は唇をかむ。
目の前にいる舌童は、その純粋な実力では、かの乱月に匹敵すると思われた。
そんな、超人相手では、潤達はひとたまりもなかったろう。
「ほほほ…。貴様も、夜叉姫などと呼ばれておるくせに弱いのう?
かの乱月を殺せたのは偶然の産物かの?」
真名は乱月との戦いを思い出す。
かの乱月戦は、真名が代理を立てて、そのうえで陣を敷いてやっと互角に持ち込めた相手だ。
それも、切り札である『大口』まで使って。
(だが、今回は…)
今回は、あらかじめ陣を敷くなどの準備をする暇がなかった。
これはあまりに不利な状況であった。
「だが…」
負けるわけにはいかない。そう真名は考えて拳を握った。
「さて…。もう一度こちらから行くぞ?
小娘…」
舌童はもう、真名を蘆屋の夜叉姫とは呼ばなかった。
それほどに、真名のことを下に見ていた。
「少しは楽しませるのじゃ」
舌童が一瞬でかき消える。
「!!」
舌童は、その一瞬後には真名の背後に立っていた。
(は!! はや…)
真名はなんとか身を庇う。
ズドン!
思い切り殴り飛ばされて、また数十m吹き飛ばされる。
「くあ!!!」
身を庇ってもまだ、真名はかなりのダメージを食らっていた。
それは、あまりに出鱈目なスピードとパワーであった。
「く…糞…」
真名はその場に転がり呻く。
そこにもう一撃来た。
「ほら。今度は蹴りじゃ」
さらに真名は吹き飛ばされる。
それを見て舌童は嘲笑した。
「どうした小娘…手も足も出ないではないか。
何ともつまらぬ…。貴様も弟子と同じか?」
そういって、今度はゆっくりと真名に向かって歩いていく。
「く…」
真名は呻きながら、地面をひっかく。
それを見て舌童は、
「立ち上がれぬか?
ならば、わしが立ち上がらせてやろうか?」
そう言って、真名の首をつかんで持ち上げる。
「く…」
「ほほほ…。何と無様な子娘よ…。
ほれ…」
その真名をまた別の場所にほおり投げる。
真名は、三度数十m吹っ飛んで地面に転がった。
「ふむ…。このまま殺すのもよいが…。
楽しい遊びはないかのう?」
そう言って、舌童は真名の元へと歩いていく。
そして、真名の元へとたどり着いた舌童は、今度は真名を蹴り飛ばした。
「くあ!!!!」
さらに吹き飛ばされる真名。
それを見て舌童はつまらなそうにため息をついた。
「ふう…。少しは楽しめるかもと思ったのじゃがのう…」
そう言って、地面を見る。すると、
「?」
その足元に光るものが落ちていた。
「これは…」
何だろうと、触れようとした、その時…
「妖縛糸…」
真名がその指を細かく動かす。
舌童の足元の光るものが動いた。
「ぬ?」
舌童がよく地面を見てみると。そこら中に光るものが見えた。それは、
「まさか?! 呪物か!!!!」
そう舌童が叫んだ瞬間、
「オン!」
真名が倒れたまま印を結んで起動呪を唱えたのである。
<
次の瞬間、陣が起動して特殊地形効果が表れる。
地面に転がる呪物が輝き、その周囲に無数の妖縛糸が現れる。
それは空を走って、舌童に絡みついていく。
「くあ!!!」
糸に絡みつかれた舌童はまったく身動きが取れなくなった。
「まさか!!! 地面を転がりながら、布陣のための呪物をばらまいておったか?!」
「く…、そういうことだ…」
真名は口から流れる血を拭いつつ立ち上がる。
「…く、じゃがこんなもの」
舌童はそう言って糸を引きちぎろうとする。
「無駄だ…。これは対魔王向けの縛陣だ、もうしばらく…。少なくとも十分は身動きが取れない。
その間に、貴様を永久封印するための、特別製の封印陣を造ってやる。
ありがたく思え…」
「く!!! 小娘と思ってぬかったわ!!」
舌童は悔し気に真名を睨み付ける。
(とりあえず急いだ方がいいな…)
真名は、懐からいくつかの呪物を取り出して、封印陣を敷こうとした。
そのとき、
「待ってください!」
真名の耳に聞きなれた声が聞こえてくる。
「おまえ…。潤」
それは潤であった。
潤は真剣な表情で、真名を見る。
「そいつを…。舌童を開放してください」
そう、潤は思いがけないことを言った。
「な? 何を言って」
真名が戸惑って聞き返すと。
「僕に…舌童と戦わせてください」
「な?!」
真名は、正気か? …と思った。
潤は真剣な表情で真名に語りかける。
「僕は…そいつと戦わなくてはならない…」
「潤…」
その目を真名はしっかりと見つめ返す。
その瞳の奥にある、ある感情を読み取って、真名は言葉を返した。
「…それは。大丈夫なのか?」
「はい!!」
潤ははっきりと答えた。
真名はその言葉を聞いてため息をつく。
「わかった。お前に任せる」
真名はそう言って真名は小さく笑った。
真名がすぐに封陣を解く。
「く…小娘…。どういうつもりじゃ?
こんな小僧…わしの相手では…」
「どうだろうな…」
真名はそれだけを言うと、潤の背後に下がった。
舌童はそれを見てケラケラ笑った。
「バカな小僧だとは思っていたが…。
自ら命を捨てるほどのバカだとは思わなんだわ…」
「僕は…」
潤は、舌童のその言葉を静かに聞いている。
「僕は…貴方を倒します」
「…どうやって?」
舌童が笑みを濃くする。
潤はその邪悪な笑みを眺めながら回想していた。
それは、潤が道蘭を殺そうと拳を向けたその直後…。
-----------------------------
「やっぱり…違う…」
「どうした少年…。なぜ、拳を止める」
「違います」
「何が違う…。どちらにしろ、私を殺さないとこの両面宿儺は止まらんぞ?」
潤は拳をおろして道蘭を見た。
「あなた…、死にたがってる…」
「…何を言っている?」
潤の言葉に道蘭は目を細める。
「あなた…もしかして…」
「…」
「僕をここまで導いたんじゃないですか?」
道蘭は黙って聞いている。
「自分を殺させるために…」
「少年…」
道蘭は一瞬目を閉じると、はっきりと言った。
「少年…。だとしても…拳を止めるな…。
そうしなければ、私を殺さなければ、多くの人々が死ぬ」
「道蘭さん…」
「それに…私は、多くの人をこの手にかけたれっきとした悪人だ。
ためらう必要などない…」
「でも…」
それでも渋る潤に、道蘭は叫んだ。
「少年!!! 私を殺せ!!!!!」
潤はその言葉に戸惑い…躊躇い…そして…決断した。
潤は拳を握って道蘭を睨む。そして、その拳を一閃した。
それは、確かに…、
確実に道蘭を貫いたのである。
-----------------------------
潤は舌童と対峙していた。
舌童はケラケラ笑いながら言う。
「いったいどういうつもりじゃ?
小娘に、封陣まで解かせて…。
本気でわしに勝てるつもりなのか?」
潤は舌童を睨みながら呟く。
「僕は…」
潤は、そう一言言ったあと悲痛な表情に変わって俯く。
「僕は…道蘭さんを殺しました」
「ほほほ…そうじゃろうの…。
そうしなければ、両面宿儺は止まらぬ」
「この手で…」
そう言って潤は自分の手を見る。
その様子を見て舌童は、
「何じゃ?
それはつらかったのう…。
とでも言ってほしいのか?
ほほほ…」
そう言って嘲笑する。
舌童は、ひとしきり笑った後、潤に向かって走る。
「ほほ!! その様子じゃと…」
舌童が拳を一閃する。
ズドン!
「くあ!!」
潤はそれをまともに受けて吹き飛んだ。
「…どうやら。真実を知ったようじゃの」
潤は数十m転がって止まる。
「く…う」
「ほほほ…。それどうした? 立ち上がらぬか?」
その声にこたえるように、潤はゆっくり立ち上がる。
その潤に向かって再び舌童が駆ける。拳を一閃。
「がは!!!!!」
潤はその拳を受けて、再び吹き飛ぶ。
(潤…)
真名はその姿をだまって見守っている。
闇夜の森に舌童の嘲笑が響く。
「ほほほほ…。なるほどのう…。
まさかとは思うたが、罪の意識からくる自傷か?
そう言うつまらんことは、よそでやった方がよいぞ?」
「く…う…」
潤がゆっくりと立ち上がる。
そして…、
「あなたは…。あなたは!!!!!!!!」
思い切り叫んで舌童に向かって走った。
「ほほほ!!!
これは…、怒りと憎しみが手に取るようじゃわ!!」
そう言って舌童は印を結んで呪を唱える。
「ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ」
<秘術・
その瞬間、舌童の霊力が一気に跳ね上がる。
「ハハハハハ!!!! 本当に愚かな小僧よ!!!
そんな怒りに満ちた心では、わしに力を与えるだけじゃとなぜわからぬ?!」
そう言って、一瞬で潤の前から消える。
潤の拳が空振りする。
「ハハハハ!!!」
舌童が笑いながら、潤の背後に現れる。
潤はとっさに振り向いて、拳を一閃する。しかし、
「遅いわ!!」
もうそこに舌童はいなかった。
「ハハハハハハ!!!
そんな腕でよくわしを倒すなどと言ったのう?!
本当にバカじゃないのか?!」
潤は一生懸命拳を振るう。しかし一発も当たらない。
「あなたは!!!!!」
その間にも潤は叫ぶ。
それを聞き流しつつ舌童は、潤に蹴りを見舞う。
「ぐは!!!」
潤は思い切り吹き飛んで転がる。
「ほほほ…何とも。なんとも、つまらぬ戦いよ。
この様な事、なぜ師匠である小娘はほおっておくのじゃ?」
そう言って舌童は真名の方を見る。
真名は黙って潤を見つめている。
…と、そこに武志、甲太郎、陽弘、影郎、そして相仁がやってくる。
そして、武志が真名に呟く。
「潤は…大丈夫だ…」
「ああ…」
真名はそう武志に答える。
…ふと、それに答えるように潤が立ち上がる。
そして、
「僕は!!! あなたを絶対に許さない!!!!!!」
そう言って舌童に向かって駆けた。
舌童は嘲笑しながら、再び潤の前から消えようとする。しかし、
潤はある呪物を手に印を結んで呪を唱える。
<蘆屋流八天法・かさね>
潤が一気に加速する。
「ぬお?!!!!!」
いきなりのことに舌童は驚愕する。
さっきまで自分の動きについてこれなかった潤が、自分のスピードに追い付いてきたからである。
「ほほう!!! 秘術で無理やりわしの動きについてきたか!!!!!」
「あなたは!!!!!!」
そう叫びながら潤が拳を放つ。
その拳は舌童に確実に命中したが…。
「効かんわ馬鹿め!!!!」
舌童はその拳を受けてもなお、ひるんだ様子すらない。
「あなたは!!!! 道蘭さんを操った!!!!!!」
潤のその叫びに、舌童が嘲笑を浴びせる。
「ハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!
そのとおりじゃ!!!! わしは道蘭を操って、その手で多くの人間を殺させたわ!!!!!」
「道蘭さんは!!!!! そんなこと我慢できる人じゃなかった!!!!」
「そうじゃ!!!! 道蘭はわしに操られながらも、心の中で泣いておったわ!!!!!
その絶望がわしにとっては、なんとも甘味であった!!!!!!!!」
潤が再び拳を一閃する。
舌童はその攻撃を避けもしない。
「ハハハハ!!!!
無駄じゃ無駄じゃ!!! スピードは追いつけても、攻撃力と防御力の差は決定的じゃ!!!!
わしには貴様の攻撃はきかぬわ!!!!!」
しかし、潤は構わず拳を振るう。
「あなたは!!!!!! 道蘭さんの、大切な人を死なせた!!!!!!」
「ハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!
そうじゃ!!! あの村人どもに唆したのはわしじゃ!!!!
椿姫を殺せとな!!!!!!!」
「あなたって人は!!!!!」
「ハハハハハ!!!
あの娘の死にざまを見た時の道蘭の絶望に満ちた顔、なんとも面白かったぞ!!!!!!!」
舌童は潤の拳を受けながら嘲笑する。
「あなたは!!!!!!!」
潤は一瞬拳を止めてから叫ぶ。
「あなたは!!!!!
村人たちを操って、椿姫を殺させた!!!!!!!!!」
「ほほ!!!!!!!
なんと?! そこまで知ったか小僧!!!!!!
さすがは『使鬼の目』よ!!!!!!」
「あの時、村人たちは椿姫を殺すのに抵抗した!!!!!!」
「そうじゃ!!!!!
あやつら、弱くて命が惜しいくせに、最後まで抵抗しおった!!!!
じゃから、奴らの恐怖心を利用して、操ってやったわ!!!!!!!!!
…あの時の最後の言葉…」
潤はその言葉に、道蘭の魂と接触したときに見た道蘭の過去を思い出す。
『それに!!! それに…たかが妖怪娘一人死んだだけで…』
あの時、老人が言った言葉あれは…。
「ハハハハハハハハハ!!!!!!!!
あの時の言葉を聞いた道蘭の顔は見ものじゃったよ!!!!!!
あの、慈愛とか糞つまらんモノに満ちた顔が、憎しみに歪んだんじゃからな!!!!!!!!!!!!!」
「全部!!!!! 全部あなたが!!!!!!!」
「そうじゃ!!!! 全部わしの策略じゃよ!!!!!
それがどうした?!!!!!!
わしに手も足も出ん愚かな小僧が!!!!!!!!
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!」
闇夜の森に邪悪の嘲笑がこだまする。
その言葉に潤は目を瞑った。
「人の…」
「人の…なんじゃ?!!!! 愚かな小僧!!!!」
「人の心を!!!!!!!!
魂を馬鹿にするな!!!!!!!!!!!!!!!!」
その瞬間、潤の『使鬼の目』が覚醒した。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ…は?!!!!!!!!!!!」
舌童の嘲笑が不意に止む。
その耳に…ある言葉が響いてきたからである。
【ノウマクシッチシッチソシッチシッチキャララヤクエンサンマンマシッリアジャマシッチソワカ】
「!!!!!!!!!!!!!
馬鹿なその呪文は!!!!!!!!!」
舌童はその時、潤の背後から現れる、ある霊体を見ていた。
「き!!!!!!!!! 貴様は!!!!!!!!!!」
その霊体とは…。
【忘れ物を届けに来たよ…。舌童…】
蘆屋道蘭であった。
「まさか!!!!!!!!!!!!!
小僧、貴様!!!!!!!!!!!!!!!!
『使鬼の目』で…!!!!!!!!!!」
道蘭の手に光剣が宿る。
<
閃光が走った。
「『使鬼の目』で、
死霊を連れてきおったか?!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
その光剣が舌童を刺し貫いた。
その瞬間、何もかもが光に包まれる。
-----------------------------
「道蘭さん…」
「少年…礼を言うぞ…。
これで思い残すことなく逝ける…」
「…」
光の中、潤は道蘭を見つめる。
「あの女性…『神子』のことも心配はいらない。
私がすべての穢れを…異能力を呑み込んで逝くからな」
「ええ…、彼女はもう普通に暮らせるんですね」
「ああ…」
潤は一瞬ためらってから言う。
「結局…全部、あなたの…」
「…ああ、なんとかうまくいった」
道蘭は舌童に操られながらも、その最後のほんのわずかの抵抗として、人類殲滅作戦を歪めていたのだ。
作戦を歪め、自身の死ぬ場所を用意し、『使鬼の目』の能力者を導いた。
「あなたは…。
結局、全部背負って逝くんですね…」
「私は…、多くの人をこの手で殺した」
「それは!! あなたのせいでは!!!」
「そうだとしても…私は…、私を許すことはできないんだよ」
「そんなこと…」
潤はその思いが痛いほどわかっていた。
自分も同じような状況になったら、同じ選択をするだろうから。
「少年よ…」
「はい…」
「私は、人類殲滅をもくろんだ邪悪な呪術師だ…」
「…」
「だから…
泣くな…
心優しい少年よ…」
そう言って…微笑みを残して、道蘭は消えていった。
潤はそれを泣きながら見送るしかなかったのである。
-----------------------------
「…ほ…ほほ」
「舌童…」
真名達は、腹に倶利伽羅七星剣を受けて、崩れゆく舌童を見つめている。
「なんという…
なんということだ…」
「舌童…これで終わりだ」
真名のその言葉に舌童は、
「なんという…不愉快…。
なんという…心残りよ…」
下半身を完全に崩れさせて舌童が呟く。
「わしがこんなところで…終わるとは」
「今まで好き放題してきたツケが回ってきたのだ」
真名の言葉に舌童が返す。
「ふふ…。好き放題か…。そうでもないがな…」
「?」
その言葉を疑問に思った真名だが、舌童は首まで崩れさせながら別の言葉をつぶやく。
「…本当に惜しいのう。
乱道さまの十二天将が見れないとは…」
「!!!!!」
その呟きに、その場のみんなが反応した。
「貴様!!!! それはどういう?!」
真名が叫ぶ。しかし、
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!
地獄で待っておるぞ!!!!!
蘆屋の夜叉姫!!!!!
小僧!!!!!!!!!」
舌童はその言葉を残して消えてなくなったのである。
「…舌童」
真名はそう呟いて闇夜の空を見上げた。
-----------------------------
何処かの闇の中、そこに一人の男がいた。
その名は死怨院乱道。今は人工の胴体を獲得して、自身の呪の研究に没頭している。
そこに、女がやってくる。
「乱道サン…」
「なんだ…シルヴィア…」
「舌童サンが…」
シルヴィアは簡単に、舌童が死んだことを告げた。
「ほほう…あの不死人がな…。
…まあ、惜しくはないな。もともと破門した者だ。
ここまで導いてくれたことには、多少は感謝するが…」
そう、あの土御門秘宝奪還作戦の最後に、シルヴィアとともに乱道の前に現れた男は舌童だったのである。
「乱道サン…一つ聞いていいデスか?」
「なんだ?」
「なぜ、舌童サンを破門したんデスか?」
「それはな…。
あやつ、こともあろうに妖怪娘に恋をした上に、私の前で愛を語りおったのだ…」
「え?」
それは驚きの事実であった。
「まさか…あの舌童サンにそんな過去ガ…」
「ああ…、もっとも、現在あんな性格になっておったころを見ると。
その妖怪娘も、もはやこの世には生きてはおるまい」
「…」
「まあ、よい…。そんなことより。もうすぐだ。
もうすぐ私の十二天将が完成する
…そうだな。かの安倍晴明が使役したもう一つの式神どもの名をもらって…。
『
フハハハハハハハハ…」
死怨院乱道はそう言って闇の底で笑ったのである。
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