第3話 薬売りとサル吉

時は天文十九年(西暦1550年)、尾張国のとある小さな村。


その小さな村に普段は見慣れない者が商売をしていた。


「くすりーくすりはいらんかね。

 どんな怪我でもころりと治る塗り薬。

 どんな病もすっきり治る飲み薬

 薬だよ~」


その薬売りは、年は三十初めの結構いかつい男だった。髪は後ろで束ねていて、まるで僧のような黒い着物を着ている。

その村では見慣れないというのも、旅をしながら行商する旅の薬売りだったからだ。

そんな、男の周りには、村の者は薬に興味ないのか人っ子一人いない。いや一人だけ、年は十代初めと思われる少年が珍しそうに見ている。


「なあおじちゃん…」


「ん? なんだ? 薬を買う気になったか?」


「毒って売ってるか?」


「…」


どうも今日は日が悪いらしい。男は荷物をまとめ始める。


「おいおいじゃん! 聞いてるだろ? 毒って売ってるか?」


「おじちゃんじゃねえ。センって名前があるんだ」


「じゃあセンのおじちゃん! おいらに毒を売ってくれよ!!」


センはジト目で少年を見ると言った。


「いや。毒なんて売れねえから。たとえ持ってても、な」


「なんでだよ!!」


「当たり前だろ!!」


なおも毒を買おうとする少年をほおっておいて、センは今夜の宿を探すことにした。


「はあ。今日も売れねえか。客がきても、あんな餓鬼じゃな…」


「餓鬼じゃねえトーキチだ!」


「はん。お前なんてサル吉で十分だ」


「なんだとウッキー!!」


サル吉少年はまるで猿のような怒り声を上げた。


「しかし…」


センはさっきから、この村の雰囲気を疑問に思っていた。

さびれた村だとは思っていたが、雰囲気があまりに排他的で、よそ者を寄せ付けないような空気を醸し出している。


「なんなんだ一体…」


センは今夜の宿を頼むため、村の中をさまよった。しかし、一人として自分を泊めてくれるものなどなかったのである。


「こりゃ野宿かな…」


センがそう覚悟を決めた時。


「ようセンのおじちゃん」


「む…まだいたのかサル吉」


「…おいらの家に泊めてやろうか?」


「…なに?」


それは思わぬ提案だった。


「…その代わり毒を売れと?」


「そんなこと言わねえよ」


少年はにかっと笑うと自分の家の方を指さした。


「ほら、そっちだよ。おいらの家。かーちゃんと二人暮らしだけど、遠慮するなよ」


「む。そこまで言うなら。お邪魔しようか」


センは背に腹は代えられぬとその提案に乗った。


「本当に毒を売ってくれって言わないな?」


「まだ疑ってるのかよおじちゃん」


そう話しながら、センとサル吉は家に向かった。


「かーちゃん。今帰ったぜ」


「あらおかえり。ん? そちらの方は?」


「薬の行商人のおじちゃんだよ。泊まる家に困ってたから連れてきた」


「あら、これは大変、おもてなしをしないと」


サル吉の母親らしい、人のよさそうなおばさんはそう言って料理を作り始めた。


「いや、奥さんお気になさらず。俺は寝床があるだけで十分ですんで」


「遠慮するなよセンのおじちゃん。かーちゃんの料理はうまいんだぜ」


サル吉はそう言って炉辺に座った。センもそれに倣う。


「しかし、今日は野宿かとはらはらしました。誰も話すらしてくれないもんで」


「そうですか。今、この村はちょっと…」


「ちょっと?」


サル吉の母のその言動に、センはいぶかし気に言った。


「なにかあったんですか?」


「…」


サル吉の母は何も答えない。その代わりにサル吉が口を開く。


「万脚将軍だよ」


「万脚将軍?」


「最近、村の近くに根城を構えた妖怪だよ。そいつが、時々村に来ては人や食料なんかを奪っていくんだ」


「妖怪って…。おまえ」


「嘘じゃないぜ!」


「…」


サル吉の真剣な表情に、センは押し黙った。


「それで、その妖怪が本当だとして。尾張の国の役人はどうしてるんですか?」


「それが…」


センの疑問に、母親が曇った顔をする。


「奴ら、ビビッて何もしないんだ! だからおいらが!!」


「…もしかして。お前、さっき毒を売ってくれって言ったのは」


「そうだよ! 腕っぷしではかなわなくても毒なら奴を倒せるかもって…」


「…ほう」


そのサル吉の言葉にセンは、にやりと笑った。


「ほう、よく考えたじゃないか。まさか、妖怪を毒殺しようなんて。お前、なかなか…」


「ふん…。褒めても何もでないぜ」


「…悪知恵が働くな。いやサル知恵か…」


「…」


サル吉は無言でセンを睨んだ。


「ははは…そう怒るな。よし、そう言うことなら、俺も黙っていないぜ」


「え?」


サル吉がきょとんとしてセンを見る。


「一宿一飯の恩義があるからな。その、妖怪毒殺作戦。俺ものせてもらうぜ」


「え? ほんとか?」


「ああ、任せておけ。すっごい毒で万脚将軍とやらを退治しようぜ」


センはそう言ってサル吉の頭をたたいた。


かくして、薬の行商人センと、村の少年サル吉の『妖怪毒殺作戦』が始まったのである。



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翌日の昼間。村はずれの森の奥。


「おい、サル吉。本当にこっちでいいのか?」


「おう。多分あってるはずだ。いつもこっちの方に、万脚将軍は消えていくからな」


「むう、誰もそいつの根城に行ったことはないのか」


「当たり前だろ。行ったことがあるやつは、おそらく…」


「ことごとく。妖怪の腹の中…か」


センは、村から買い取った食料を沢山背負っていた。それには、無論セン特製の毒がたっぷりと入っている。


(…さて、こいつでどうにかなるか?)


センがそう考えながら森を奥へ奥へと歩いていると。


「む!!」


「どうした? センのおじちゃん」


「どうやら、現れたらしい…」


「え?」


サル吉がきょろきょろと周りを見渡すと、そいつは大地をうねるように姿を現した。


「むう…やはり。大ムカデか…」


それは、樹木よりも巨大で、人などひと飲みにできるであろう巨大な双頭のムカデであった。


【お前ら…こんなところに何しに来た】


大ムカデが口を開いて威嚇する。


【まさか、俺様に食われにわざわざ来たわけではあるまい?】


「そ、それは…」


サル吉はあまりのことに怯えて縮こまっている。


「…あ、どうも。万脚将軍様でよろしかったですよね?」


ふと、センが揉み手をしながらサル吉の前に出てくる。


【その通りだ。我が万脚将軍。かの、蘆屋道満の鬼神を務めたこともある大魔王・万脚将軍である】


万脚将軍はそう言って偉そうに反り返った。


「…へ、へえ。あの有名な蘆屋道満の…。すごいんですね」


【まあ、蘆屋道満は、我の子分のようなものだったのだが…】


「へえ…」


センはニコニコ笑いながら、揉み手をしている。


【それで。貴様、我に何用だ…】


「それがですね。貴方のお噂を聞いて、私もあなたの部下にしてくれないかと、お土産を持参してまいったわけで」


【部下だと?】


「そうですよ。かの尾張の殿様も手を出せない、偉大な万脚将軍様の配下の末席にでも置いてもらえないかと…」


【…ふん、人間の部下などいらぬ】


「いえいえ、そう言わず…。この土産を受け取ってください」


【…食料か…。いいだろう、それだけはもらっておく。その後貴様らをどうするか考えよう】


万脚将軍は、センの持ってきた食料を奪うと奥に引っ張り込もうとする。


「あ!!」


【む?】


その時、サル吉が声を上げた。万脚将軍はそれに反応する。


「おい! それ食べないのかよ?」


サル吉はそう言って食料を指さした。


【何を言っている…。これは後でゆっくりと食べるのだ】


「いや!! 今、すぐ食べた方がいいぜ!! もったいない!!」


サル吉は必死に声を上げる。それを見てセンは、


「おい! サル吉…。そんなに必死に催促すると…」


サル吉にだけ聞こえる小声でサル吉を止めようとする。


「なあ、今すぐ食べた方が…」


「このサル!!」


センがそう叫んだとき。


【なにか…怪しいな】


万脚将軍はそう言って食料をほおり出した。食料は、袋から飛び出て地面に転がる。


「ほら…このバカが」


センはあまりの事態に頭を抱えた。


地面に転がった食料の周りに動物が寄ってくる、そして…


【…】


食料を食べた鳥がその場で動かなくなったのである。


【…毒か…】


「あああ…」


センはその最悪な状況に後退る。


【貴様ら…この我を、毒殺する気だったのか…】


「いや…これは…。あれ?」


センは笑いながら頭をかく。


【人間とは面白いことを考えるモノだ。この我をな…】


「く…畜生…あと少しだったのに!!」


サル吉は悔し気に地団駄を踏む。自分のせいとは気づいていないようだ。


【…面白い。面白いから。貴様らは我の食事にしてやろう】


「やっぱり?」


センはそう言って頭をかいた。


…と、その時。万脚将軍の巨体が一気に伸びあがり、サル吉の頭上に落ちてきた。


「サル!!」


センが叫ぶ。一瞬でサル吉はペシャンコに…


…ならなかった。


「サル! 大丈夫か?」


その時、サル吉はセンの腕に抱かれていた。センが素早い動きで、サル吉を掻っ攫って、万脚将軍の攻撃を避けたのだ。


「…え、センのおじちゃん?」


サル吉は訳も分からずきょとんとしている。


【貴様…。この俺の攻撃を避けて、その餓鬼を救うとは…。何者だ…】


センはサル吉をその場におろすと、ゆっくりと万脚将軍に立ち向かった。


「ふう…。ホントは話すつもりはなかったんだが。仕方ねえな…」


「え? どういうこと? センのおじちゃん」


「…なあ、サル。お前には一宿一飯の恩義があるから話すぜ…」


…と、センは印を結んで、短い呪を唱える。するとその手に、白木の杖が現れる。


「え? 今のは…」


【ま、まさか? 呪術か…】


万脚将軍は驚きの声を上げる。その言葉に応じるように、センは口を開いた。


「妖怪・万脚将軍。どこにあるかわからねえ、てめえの耳でよく聞け。

 我は、播磨の国は、道摩府より参った、陰陽法師…。


播磨法師陰陽師衆蘆屋一族が一人。


あし  どう せん だ !」


セン…すなわち、蘆屋道仙はそうきっぱりと言い切った。


【な…、蘆屋…道仙だと…】


「蘆屋…? 蘆屋道満の?」


「ああ…そうだ」


道仙はそうサル吉に告げると、万脚将軍を睨み付けた。


「てめえ。さっきは、言うに事欠いて、蘆屋道満様のことを子分だとか抜かしたな」


【く…。まさか、そんな。こんなところに…】


「てめえは許さんぜ。村に、今までしてきた所業もあるしな」


【おのれ!】


万脚将軍は、そう叫ぶが早いか、一気に胴を伸びあがらせて、道仙をその下敷きにしようとした。


しかし、


「オンアロマヤテングスマンキソワカ」


蘆屋流天狗法あしやりゅうてんぐほう剛力招来ごうりきしょうらい


ズドン!!


その巨体を道仙は片手で受け止めてしまう。


「あわわわ…」


その光景を驚愕の表情で見るサル吉。道仙は、


「喰らいな…」


そう言って手にした白木の杖『金剛杖』を振りぬいた。


ズバ!!!


万脚将軍はその胴体を真っ二つにされてしまう。いろいろ体液を飛び散らせながら、うねり暴れる万脚将軍。


【ぎゃああああああ…痛い…助けて…。許して…】


「許しは、今まで喰らった者たちに請うんだな…」


道仙は、金剛杖に唾を吐きかけると。それを万脚将軍の頭に突き立てた。


【があああああああ…】


凄まじい悲鳴とともに、万脚将軍は絶命した。


「ふう…」


道仙は一息ついてサル吉の方を振り返った。


「あああ…」


サル吉はあまりのことに、小便を漏らして泡を吹いて気絶していた。


「…しかたねえな」


道仙は笑って頭をかいた。



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「ダメだ…」


道仙はサル吉にそう言った。


「そう言わず! 頼むぜ!!」


「ダメだ…」


道仙はそう言って村の外へと歩いていく。


「待ってくれ!! おいらをあんたの弟子にしてくれ、師匠!!」


「ダメだと言ったら、ダメだ」


昨日、気絶から目覚めてから、サル吉は何度もそう、道仙に頼み込んできたのだ。


「もう母ちゃんにも、言っちゃったんだ。おいら旅に出るって!」


「お前は阿呆か!!」


道仙は呆れてものも言えない。


「おいら、師匠に嫌がられてもついていくからな。おいらは師匠みたいな、すげえ呪術師になるんだ!!!」


「俺を、師匠と呼ぶんじゃない…」


道仙は頭を抱えて言った。



時は天文十九年、尾張国のとある小さな村。

後に太閤たいこうと呼ばれる、サル吉少年の旅立ちの朝であった。

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