第5話 八天錬道・第二 痛みと笑顔と

先の、舌童達との戦いから数週間が過ぎていた。

潤達は道摩府に帰還し、次の八天錬道の開始を待っているところであった。

その日、真名は道場で一人瞑想を行っていた。そこに、奈尾がやってくる。


「真名姫様…。明日、八天錬道の第二回を行うようっすよ」


「そうか…」


奈尾のその言葉に、真名は目を瞑って答えた。


「まあ…、潤さんも、やっと気持ちの整理が出来たようっすし。いいころ合いじゃないっすか?」


「そう思うか?」


真名は無表情で奈尾に答える。


「なんすか? 今朝見た感じでは、笑顔も見えたし、もう道蘭様の事は引き摺っていないように見えたっすが。ちがうんすか?」


「…そうそう気持ちを切り替えれるタチではないよ、あの子は…。魂を共有して、その過去まで見てしまった相手だしな」


「でも、そんな調子じゃ今度の儀式に集中できないんじゃないっすか?」


「ふむ…」


真名は少し心配げに空を見つめる。

あの戦いののち潤は、周りが心配するほど落ち込んでいた。

過去を知り、操られていた事実を知り、それでもなおその相手をその手で殺したのだ。

潤の性格なら落ち込むであろうことは想像できていた。

何より潤は、あらゆることを自分のせいと感じて、心にため込む癖がある。


(こういった場合、あの操ならどうしたんだろうな)


そう真名は、潤の幼馴染の顔を思い出す。

けっこう、潤が落ち込んでいるのを無視して、遊びに引っ張りまわすような気がしないでもない。


(こういった場合、その方が、潤も余計なことを考えなくていいのかもな)


真名は、自分はまだまだ未熟だと再確認する。

弟子の心のケアもしっかりできていないと感じたからだ。

それはそれとして…。


「奈尾…」


「なんすか?」


「あの時、結局お前は何もしなかったな。一体どこに行ってたんだ?」


「やだなあ。仕事はしっかりしてたっすよ?」


「お前の仕事はなんだ?」


「潤を見てることっす」


「見てるだけか…」


「そうっす」


「…」


真名はあきれ顔を奈尾に向ける。しかし、奈尾はケラケラ笑って、


「やだなあ、真名姫様。八天錬道をしたことのある姫様なら、おいらが見てるだけだって知ってるでしょうに」


そう言って真名の肩をたたいた。


「そうだな…」


そう言って真名はため息をついた。


「さて…」


真名は瞑想を終えて立ち上がる。潤に八天錬道が始まることを伝えねばならない。



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道摩府・鎮守の森。その一角に、街のどこからでも望むことのできる、巨大な樹木が一本立っている。

それは、道摩府の御神木であり象徴でもある『大霊樹だいれいじゅ』である。

そして、この『大霊樹』こそ、かの蘆屋八大天の一人・延寿えんじゅの本体であった。

今、潤達はその根元に立っていた。


「うひゃー! いつ見てもデカいよな?!」


そう叫んで樹を見上げるのは美奈津である。


「でも? 本当にいいのか? あたしが見物しても。

後に試練を受ける可能性があるから、見てはダメって言ってたのに」


その美奈津の問いに真名が答える。


「まあ、な。今回は特別だよ。どうせあらかじめ見ていてもどうしようもない試練だ」


「ふん、そうなんだ?

…潤?」


不意に美奈津が潤に呼びかける。

しかし、それに潤は答えない。何やら呆けて、心ここにあらずといった風だ。


「潤? おい!」


「え?」


何度か美奈津が呼びかけてやっと気づく潤。

それに対して美奈津はあきれ顔で…


「おいおい、緊張してるか? 大丈夫だろうな?」


「え? ああ! 大丈夫だよ!」


そう言って、潤は笑顔でガッツポーズをする、いつもの潤ならやりそうにない行動だが。


「ふ~ん。まあいいか」


美奈津は気にも留めず目の前の巨大な樹に向き直った。


(…潤)


真名はそれをしばらく見つめると言った。


「潤! 呆けている暇はないぞ!! 気を引き締めろ!!」


その強い言葉に潤ははっとした顔で返した。


「わ! 分かりました! すみません!!」


「うむ…」


その言葉を聞いた真名は無表情で樹に近づいていく。


「では…延寿様。よろしくお願いします」


そう言って樹に頭を下げた。

すると、その言葉に答えるように、人影が樹の中からすっと現れる。

その人影は…


「…」


頭のてっぺんに一輪の花を咲かせた状態で眠りこけていた。


「ぐう…」


「…」


真名は、黙ってしばらくそれを見つめた後…


「失礼」


パシ!


その人物の禿げ頭を引っ叩いた。


「!!!! 真名さん?!!!」


その、いきなりの行動に驚く潤。

…そう、その人影…、それはあの蘆屋八大天の一人・延寿である。


「ほ?」


その行動でやっと目を開ける延寿。

そして…


「おお! 姫様! 頭が少々痛いのですが、虫でも刺しましたかのう?」


「いえ? 私は何も知りませんが?」


「そうですか?」


そう言って延寿は首をひねる。

潤はジト目で真名を見る。


「…真名さん」


「試練を始めるぞ潤」


「は…はあ」


潤は、真名のその宣言に返事をするしかなかった。

しばらく首をひねっていた延寿だが、潤の存在を認めるとにこりと笑って言った。


「ほほほ…おぬしが矢凪潤であるな? では、さっそくじゃが試練の説明を使用するぞ?」


「はい!」


延寿の言葉に、潤は元気に返事を返す。


「ふむふむ…。元気でよいぞ。

では、此処で始める第二の試練とは…

わしの本体でいう所の、この『大霊樹』の中心からの脱出じゃよ」


「え? それって…」


「わしの本体の中心部には、試練用の霊室が用意されておる。

そこに、これからお前を閉じ込める。

そしたら、どのような方法を使ってもよいので脱出をするのじゃ」


樹木の中心に用意された霊室からの脱出…どのような方法を使ってもよい…

それは、簡単なようにも聞こえるが?


(…おそらく一筋縄ではいかない)


そう、考えて潤は気を引き締めた。

延寿はその潤の顔を見て満足そうに頷くと…


「では、準備が出来次第始めるとしようかの?」


そう言った。



-----------------------------



(…ふうん? 一見すると特に気にしてる様子はないっすがね?)


奈尾はそう考えつつ潤の背中を見つめる。


(でも…、もしまだ気にしていて、それが原因で試練に失敗したら…

その時はその時…、喰らうだけっす)


奈尾はそう考えつつ鼻で笑ったのである。



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潤の準備が整い、さっそく試練が始まった。


「…長いな」


潤は今、樹木にできた穴から入って、その奥へと歩みを進めていた。

それは、どこまで続くかもわからない長い長い通路。

なぜか、その通路の周囲の壁は薄く輝いており、足元を気にしなければならないほど暗くはない。


「どこまで続くんだろう」


周りの景色が変わらないので、まるで数時間も歩いているような錯覚に陥りつつ、ゆっくりと歩を進める。


「あ」


そうするうちに、目的の場所についた。

そこは、樹木の壁で覆われた球状の樹洞じゅどうであった。


「ここが…霊室」


潤がそう言いながら、一歩樹洞に入ると…


「え?」


すっと、背後の自分が今まで通ってきた通路が閉じてしまう。

驚いて、潤は壁を叩いてみる。


「だめだ…通路がなくなってる」


いくら叩いても、樹木の繊維が詰まった壁の、くぐもった音がするだけであった。


「ふう…」


潤は一息ため息をつくと、壁を背にその場に座り込んだ。


「…」


こうして、何もいない、誰もいないところに一人でいると、どうしても思い出してしまう。


『少年よ…』


『「はい…』


『私は、人類殲滅をもくろんだ邪悪な呪術師だ…』


『…』


『だから…

泣くな…

心優しい少年よ…』


自分がこの手で殺してしまった道蘭。

いまだに、どうにかして救う方法があったのではないかと…

他にやりようがあったのではないかと考えてしまう。

それは、ある意味傲慢な考えで…

以前の戦いで母と再会したそれ以前ならともかく、今の潤はそれを理解しているが…どうしても考えてしまうのだ。


「どうしようもないな」


潤は一人そう呟く。


パシ!


潤は意を決すると、そう頬を叩いて自分を鼓舞した。


「今は、考えない! 試練に集中する!」


そう言って立ち上がって、心の中で呼びかけた。


(かりん!)


【なに? お兄ちゃん?】


その思いに答えて、すぐにかりんが現れる。


「かりん。この壁を燃やしてみてくれ」


【え?!】


その言葉にかりんが絶句する。今いるのは樹木の中心部、周りは樹木の壁…


【そんなことしたら、火に巻かれちゃうよ?】


…まあ当然のことである。


「いや…大丈夫だよ。僕の予想が正しければ」


【むう…、分かったけど。なるべく離れていてね?】


そう言ってかりんは手のひらを壁に向ける。潤はかりんから出来る限り離れてそれを見守った。


【いくよ!】


そう言うが早いか、かりんの掌から火の帯が飛ぶ。それは、確実に壁に命中してそれを焦がした。


「…」


潤はその成り行きを眺めている。そして、それは起こった。


【あ!】


壁が…焦げて炭化していく壁が、そのすぐそばから元の瑞々しい樹木へと戻っていく。


「やっぱり…」


【これって…】


かりんの疑問に潤が答える。


「以前、あの乱道と道満様の戦いの時、道満様はこういってた…

延寿様は、不死無限再生の神位特効を持つと」


【じゃあ…】


「そうだ…。この壁は…、どんな攻撃呪を用いても壊すのは不可能だ。

攻撃呪では…ここから脱出することはできない」


ならばどうする?

潤は考える。

…でも、しばらく考えてもまとまらなかった。


「どうしたもんか」


潤はそう呟いてその場に座る。

そして、真名がしていたように、瞑想を始める。


(こういった場合は、焦ってはだめだ…。まだ時間はあると考えよう)


そう、心の中でつぶやきつつ瞑想を続けた。

そうして、しばらくしたとき。


(そう言えば…今僕が使える呪はどれだけだったかな?)


そう考えて、自分の扱える呪を思い出し始める。


(真名さんは、僕がこの試練にも合格するだろうと考えている…

ならば、僕が使える呪に何かあるはずなんだ)


そうしてしばらくたった後、潤は一つの結論に達した。


「やっぱり、使鬼の目か…」


そう、前の試練の時も使鬼の目が切り札だった。

この八天錬道そのものが…


(もしかして、僕の使鬼の目を鍛え覚醒させるためのモノ?)


そう考えれば、真名の言葉も納得がいく。


「だったら! やることは一つだ!」


そう呟いてから潤は目に意識を集中する。

そして、それはすぐに目覚めた。


<使鬼の目>


潤は魔眼を覚醒させると、すぐに樹木に霊糸を接続する。一気に視界が反転した。



-----------------------------



「…」


そこは、無限ともいえる光の中。

そこに、潤は一人で立っていた。


「?」


不意に何かの声が聞こえたような、そんな気がして振り返る。


「!」


そこに彼がいた。


「…なんで」


その彼は、かつてのようにやさし気に微笑んでいる。


「ど…道蘭さん?」


「ふふ…また会ったな少年」


「なんで?」


「ここは、大霊樹に流れる霊道の中心、こういうこともあるさ」


道蘭は説明する。

大霊樹の霊道は天地自然の龍脈ともつながり、果ては死の世界にすら続いているのだという。


「ふふ…これは、延寿様に感謝せねばならんな」


そう言って道蘭は笑う。

でも潤は…


「道蘭さん…」


何かに震えるようにうつむいている。


「少年…、何を怯えている?」


「…それは」


「罪の意識か?」


「…」


「そうだな…。お前と私は本当に似ている。勝手に考えて、勝手に自分を追いつめてしまう」


潤は意を決して道蘭に語る。


「僕は…どうしても考えてしまうんです」


「もっとうまくやれたかもしれない? 救えたかもしれない?」


「そうです…」


「それはとても傲慢な…」


「わかってます」


「…でも、考える」


「…」


道蘭は頷くと、にこりと笑った。


「ならば、その罪の意識を抱えたまま生きていけ」


それは、聞きようによっては、咎人への罵りにも聞こえる言葉。

…でも、


「それは…、その心は、君が皆を深く想っていることのあかしだ。

この世には人を死なせても、罪の意識などなく生きている者は多い」


「でも…」


「…いや、だからこそだ。だからこそ、その罪の意識で潰れない精神力を鍛えろ」


道蘭は優し気に微笑みながら語り掛ける。


「人の死を忘れるな…

その心の痛みを忘れるな…

それを抱えたうえで、今生きる者達のために笑顔を絶やすな…

その痛みの数だけ、君は強くなれるはずだ」


「道蘭さん」


道蘭は不意に掌を潤に向ける。


「潤…と言ったか? これから生きる者達のために、私の力を持っていけ」


「え?」


「我が力…。我が異能力…。それは、人の罪を見る能力」


道蘭の掌に光球が現れ潤へと向かう。


「人は罪を抱きながら生きている。

たとえ、赤子の小さな命であろうともだ。

…ならば、生まれるべきではないか?

いや、それは否だ。

人は、その先祖から子孫への繋がりそのものが生命だ

人は生まれ…生き…死ぬ…。その生きた人の想いは次代に継承されて受け継がれていく。

潤…君は…

私の想いを受け継いでくれ…」


「道蘭さん」


潤は、道蘭から解き放たれた光球をしっかり抱く。


「僕は、後悔しています…」


「…」


「でも…

でも!! 僕は貴方に出会えたことは後悔していない!!!」


「ふ…」


その言葉を聞いて、深く慈しむように道蘭は微笑んだ。


「これから、君はいくつも後悔することがあるだろう

…でも、

大丈夫だ…心配ない…みんながいるから」


その言葉と笑顔を残して道蘭は姿を消した。


「道蘭さん」


自分は罪を犯したという意識…

それは自分の中から消えないだろう

でも、だからこそ、自分は生きて…生き抜いて、失われた人の想いを受け継いでいこう

潤はそう思ったのである。


そして、次の瞬間に更なる光が来た。



-----------------------------



大霊樹の前、真名は目を瞑って潤を待っていた。

潤はこの試練を乗り越える。それは、確信がある。

でも…


(潤…)


それでも、心配してしまうのはどうしてだろう?


…と、不意に延寿が笑って言った。


「ほほほ…、合格のようじゃのう」


「え?」


真名がそう呟くと…

真名の目の前に光が生まれた。

その光の中から現れたのは…


「真名さん…ただいま…です」


「潤…」


真名は心からの笑顔を潤に向けた。

潤は延寿の方に向き直る。


「延寿様…」


「その顔…どうやら確信を得たようじゃの?」


「はい! この呪は…

今回の試練で手に入れた呪は…」


<蘆屋流八天法・霊相転臨れいそうてんりん


「霊相転臨…それは、一度死を迎えて復活する法じゃ」


そう言って延寿は満足そうに笑う。


「この呪を、あらかじめ長い儀式で起動しておけば、一度死を迎えても復活が出来る」


延寿はそう言うと、その頭の華を手で摘む。

すると…


「この延寿の種を持っていけ…。呪はこの種の回数だけ起動できる」


そう言って、五つの種を潤に渡した。

潤はその種を、しばらく見つめた後、こういった。


「これって…他人にも施すことはできるんでしょうか?」


「ほ?」


その言葉を延寿は珍し気に聞く。


「ほほほ! なるほど! そう言う使い方もあるにはあるの?

その場合、自分には使えんぞ?」


「わかりました!」


そう言って潤は延寿の種を懐にしまう。


「やったな! 潤!」


美奈津が、嬉しそうに潤に笑いかける。


「ふう…」


真名は潤を見つめながら、少しだけため息をつく。


(まあ、潤らしい考えではあるか…)


そう言って、そっと苦笑いするのであった。

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