第二章 八天錬道
第1話 呪術師たちの休日
兵庫県姫路市某所。
その街中を車で走りながら、
「ああ、なんでだろうな…。今日は本当についてない…」
朝起きた時に、ベットの端に小指をぶつけてしまった。
その後、朝メシを食べてるときに、コーヒーを膝にこぼしてしまった。
おまけにその時来ていた服は、今日彼女とデートのためにおろした一張羅だった。
家から出たはいいが、警察のネズミ捕りに引っかかってしばらく拘束されてしまった。
そのおかげでデートの時間に遅れて、彼女は怒って帰ってしまった。
そして、さっき車のところに帰って来た時、車が駐車違反の切符を切られていた。
「なんでだろ。ほんとついてない…」
そう呟きながら、あるビルの前に来たとき、そのショーウィンドウに張られているポスターを見て義直は驚いた。
「え? これって、あの有名なイラストレーターの絵じゃないのか? すげえ! こんなところで見られるなんて!」
それは、義直が好んで集めているイラストレーターの新作イラストだった。
義直はそれを見ただけでさっきまでの不幸続きを忘れてしまうのだった。
「あ! そうだ! 写真写真!!」
義直はスマートフォンを取り出すと、そのカメラアプリを起動しポスターをとろうとする。
…と、その時
パシャ!
グシャ!!!
「え?」
その瞬間、義直は何が起こったのか分からなかった。次の瞬間、その周囲で悲鳴が起こる。
「きゃああああああああ!!!!!!!」
「おい!!! アレ!!!!!!」
周囲に人だかりが集まり始める。その中心には…女性の死体。
「え? 飛び降り自殺? なんで…」
義直は動転した気持ちで、ふとスマートフォンの画面を見た。
その瞬間
「ああああ!!!!!」
義直はスマートフォンを取り落とす。
そのスマートフォンの画面には、こちらを恨めしそうに見る落下中の自殺者の顔が映っていた。
「…ああ、あああ、本当に今日はついてない…」
義直は改めてそう呟いた。
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姫路市の事件から数日後。
兵庫県赤石市・森咲海水浴場。
「ふう…こんなにのんびりするのはいつぶりだろう」
矢凪潤はそう言ってビーチチェアに背を預けた。
今は夏真っ盛り、かの乱道との戦いから一か月が経っていた。
乱道との戦いの直後は、その後始末でいろいろ忙しかったのだが、それが過ぎた時道禅様が、
「ここ最近忙しかったろう? みんなで海でも行ってバカンスしてくるといい」
そう言って自分たちを送り出してくれたのである。
潤は一足先に水着に着替えて、ビーチチェアやパラソルなどを用意して一息ついたところである。
(女の子たちは着替え遅いな…。まあ仕方ないけど…)
そんなことを考えていた時、
「あら。ご苦労様ですわね潤様…」
そう言って声をかけてくる女性がいた。
「あ咲夜さん…どう…も」
潤は咲夜の方を見て絶句した。
「どうしましたか? 潤様?」
潤の目の前にちょっときわどいビキニを身に着けた、美しい女性が立っていたのである。
その胸は…いくつあるのか。まるで、夏のスイカのように…。
「う…」
「なんですの? 潤様? 押し黙って…」
「いや…何でもありません。はははは!!」
潤は咲夜から目をそらして笑った。
それを、咲夜はいたずらっぽい目をして見る。咲夜はなんで潤が押し黙ったのか気づいていたのである。
「それより…。真名さん達はまだなんですかね?」
「ええ。それなら…ほらあそこ」
咲夜はそう言って指をさす。その方向からかわいいワンピース水着を着たかりんが駆けてくる。
「お兄ちゃん! 待った?」
そう言ってかりんは潤に抱き着く。潤は笑いながら。
「いや、そんなに待ってないよ。それより、その水着かわいいね」
「えへへ。美奈津お姉ちゃんに選んでもらったんだ」
そう言ってかりんはえっへんと胸を張る。かりんはいろんな意味でまだまだ少女である。
…そして、
「よ、よう…潤」
そう言って少し頬を赤らめて立ってるのは美奈津である。
彼女は、白いビキニを身に着けていた。こちらは、いろんな意味で年相応と言ったところか。
「な、なあ潤…あたしの水着は…」
「う、うんいいと思うよ。かわいいね」
「えへへ。そうかな…」
そう言って美奈津は照れたように笑った。
…そして、最後
「待たせたな…潤」
最後に来たのは真名さんとその使鬼の、静葉さんと百鬼丸さんだった。
「おまたせしました…」
静葉さんは蜘蛛の柄のはいった白いワンピース。
「どうも」
酒瓶を片手に歩いてきた百鬼丸さんは黒のビキニだった。
そして…、
「真名…貴方…」
咲夜さんが、真名の方をジト目で見る。それもそのはず。真名さんが着ている水着は…。
「なんで…貴方はスクール水着ですの?」
「ん? 何かおかしいか?」
真名が不審げにそう言う。
…そう、真名はよく中学生が着ている、競泳用のスクール水着を着ていた。ご丁寧に『まな』と言うワッペン付きで。
その姿は、まさしく海水浴に来た中学生の少女そのものであった。
「あなた…、その水着はどうにかならなかったのですか? いや、まさかワザと?」
「何を言ってるんだ? 咲夜」
真名は真面目な顔で答える。
「昔使っていた水着がまだ着れたんでな…。まあこれでいいだろうと…。わざわざ、新しい水着を買うのももったいないしな」
「…貴方って人は。本当に…」
咲夜はそう言ってこめかみに指をあてた。
…と、ふとかりんが咲夜の所に走ってくる。そのスイカのような胸をじっと見る。
「…な、何ですの? かりんちゃん?」
「お兄ちゃん!」
ふと、かりんが潤に話しかける。
「なに? かりん」
「お兄ちゃん私を変身させて!」
「え?」
「大人になれば私だって!!!!」
そう言ってかりんは咲夜の胸を指さす。
「か、かりんはそのままの方がかわいいよ」
「でも!!」
その会話に真名が割り込んでくる。
「そうだぞかりん。こんな、脂肪の塊なんぞ戦いの邪魔になるだけで役には立たん。かりんはそのままの方がいい」
「…く、言ってくれますわね蘆屋真名…。自分に胸がないからって嫉妬は見苦しくてよ?」
「ほう、いつ私が嫉妬した? 馬鹿も休み休み…」
「フフフ…。貴方が最近、おしゃれを気にし始めたこと知っていますのよ? いちいち感覚がずれてますけど…。誰のせいですかね?」
「…ぬ、何をバカな!!」
と、そんな感じで真名と咲夜が口喧嘩を始める。まあそれはいつもの光景だろうか…。
…と、その時、
「ねえ、君たち。どこから来たの?」
そう、どこからか声をかけられる。
「ん?」
咲夜たちがそちらを見ると、四人の男たちがいた。
「ねえ、よかったら一緒に遊ばない?」
男たちの一人、ロンゲの男がそう言って咲夜に話しかけてくる。
咲夜は、
「もうしわけありませんが。連れがいますの…。あなた方とは…」
「え? 連れ?」
と、男たちはやっと気づいたという感じで潤を見る。そして、
「いいじゃん。そんなガキと遊んでも楽しくないでしょ? 俺たちと遊ぼうよ?」
「そうそう。ねえ…」
ロンゲ男の後ろの男の目線が、咲夜の胸に行く。下心丸出しである。
「いい加減にしませんと…」
「いい加減にしないと?」
咲夜のその言葉に、ロンゲ男はへらへら笑いながら、咲夜の手を取ろうとする。その時、
「もうやめてくれませんか?」
潤がその男の腕をつかんだのである。
「な、何だよてめえ…」
ロンゲ男は潤の腕を振りほどこうとする。しかし、万力に掴まれたように動かない。
「…く、こいつ…」
ロンゲ男はなんとか全身の力を使って振りほどこうとする。しかし、
「もうやめてくれますよね?」
「く、分かったよ。やめるよ!!」
男がそう叫んだとき、潤は手を離した。
男はとっさに尻もちをつく。
「く…。覚えてろよ…」
男たちはそう言って去っていった。
「まあ、何ともテンプレな捨て台詞ですこと」
「大丈夫ですか? 咲夜さん」
「いえ。わたくし一人でも、どうとでも出来ましたが…。でも、礼は言わせてもらいますわ。潤様、本当にありがとうございます」
そういって咲夜は頭を下げる。潤は照れ臭そうに笑った。
「おい。あんな奴らのことはとっとと忘れて遊ぼうぜ。なあ!」
美奈津がそう言ってみんなを見回す。みんなはいっせいに頷いた。
バカンスはまだ始まったばかりである。
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その、潤達を恨めしそうに眺める者たちがいた。さっきの、男達である。
「おい、どうすんだよ」
男たちの一人がロンゲ男『
「どうもこうもしねえよ。次探すぞ…」
「それでいいいのか? なめられたまんまで…」
「それは…」
和樹はさっきの潤の怪力を思い出す。あれは相当体を鍛えてるものの腕力だ。
和樹もそれなりに格闘技の心得があるのでわかるのだ。
「…ち、だったら…」
和樹は、遊んでいる潤達の方を見つめる。その視線の先に年端もいかない少女がいた。
「あの男に思い知らせてやる…」
和樹はそう言って邪悪そうににやりと笑った。
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「すまんな…付き合わせて…」
真名はそう言って潤に笑いかけた。
あれから、数時間後、夜も更けたころ、潤と真名は旅館への道を歩いていた。
「いえ? いいですよ」
そう言って潤は笑う。
潤は海水浴場に忘れ物をした真名に付き合っていた。他の者達は旅館でゆっくりしているころだろう。
「それにしても…。今日は楽しかったですね…」
「そうだな。久しぶりの休みだからな」
「ここ一か月は休みなんて言ってられませんでしたしね」
「ああ…」
潤は思い出す。一か月前のあの戦いを。
すると真名が、
「まだまだ私は未熟だ…」
「そうですか?」
「ああ、あの戦いで思い知ったよ。それに…」
「それに?」
真名は不意に立ち止まって潤を見つめた…。
「なあ潤…。ちょっと話は変わるが…」
「え? なんです?」
「私の今日の水着…もうちょっと考えた方がよかったか?」
「え?」
それは突然の質問だった。
「いや…やはり。もうちょっとかわいい水着の方がよかったかと…」
「え?」
それは、潤が初めて見る照れた真名の姿だった。
「私は…。昔から修行ばっかりで、こういったことは、まったく無頓着だったから…」
「そう、ですか」
「うむ…やはり。こんなこと、私が気にするとおかしいかな…」
真名は照れた顔で下を向く。
「え? そんなことないです! それに!」
「それに?」
真名はそう言って潤を見つめる。
潤はついその真名に見とれてしまう。
真名のうるんだ瞳、ピンクの唇。
「ま、真名さんはとてもきれいだと思います!」
言ってしまった。
「え?」
真名は、その言葉を聞いて目をくりくりさせて驚く。
「あ…その…」
潤はしどろもどろになって頭をかく。
「…そうか…」
真名はそう言って本当にうれしそうに、照れた表情で微笑む。
「私は綺麗か…。潤にそう言われると…とても、うれしい…」
「ま…真名さん…」
不意に、お互いの時間がストップする。潤と真名は見つめ合った。
ごくり…
潤は喉を鳴らす。二人の距離が少し縮まっていく。
「!! …あ!」
不意に潤が顔を上げる。
「あの、ちょっと飲み物でも買ってきますね?!」
そう言って潤は、近くのコンビニに走った。
(すいません真名さん…僕は…こともあろうに師匠に邪な想いを抱いてしまいました!)
そう考えながら走る潤を真名は見送った。
「…ふむ。意気地がない…。いや、私も同じ、かな…」
そう言う真名の頬は赤く染まっていた。
…と、その時、
キキキ…。
一台のワンボックスカーが真名の隣に止まった。
その窓が開く。
「ねえ君。今ひとりかい?」
それは、昼間のロンゲの男。
「!」
と、不意に真名は後ろから羽交い絞めにされる。そして、
ガラララ、ピシャ…
真名は車に引き込まれ、その扉が閉まった。
ブロロロロロ…
そのまま車は走り出す。真名の片方の靴を残して。
…と、そこに潤が走って帰ってくる。
「真名さん! お待たせ! …真名さん?」
…と、潤は地面に落ちている真名の靴を見つける。それを見て潤は…
「え? まさか!!」
そこで起こったことに気づくのであった。
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ワンボックスカーの中、ロンゲ男・和樹が下卑た笑いを真名に向ける。
「こんなところで、中学生が一人で歩いてちゃダメだろ?」
もう一人の男が、さらに続ける。
「そうそう、こうやって、悪い大人にさらわれちゃうぞ?」
真名は和樹たちを睨み付ける。それを見た和樹は、
「何か言いたそうだな? 言ってみろよ」
そう言って口を押さえていた手を放す。
「貴様ら…昼間の…」
「その通りだよ、あんたの連れになめた真似されたんでその復讐をと…」
「本人にせずに、私にするというところがどうしようもないな…」
「ははは! なんとでも言えって。これから君は、俺たちのおもちゃになって一晩中かわいがられるんだよ」
そう言って下品な笑い声を上げる男達。それを見た真名は…。
「お前たち…。これが初めてじゃないな…」
「なに?」
その言葉に、男たちの笑いが止まる。
「お前たちの体から、かなり強い穢れが感じられる」
「穢れ? 何言ってんの? お前」
「これは…。死人も出ているレベルの穢れだ」
「…」
和樹が冷たい目を真名に向ける。
「よくわかんねえけど。確かに俺たちはこれが初めてじゃねえな。
こうやってよく女の子と遊んでるのさ。でも人殺しなんてしたことねえぜ?」
「貴様…なるほど…。ここら一帯で起こってる婦女暴行事件の主犯か…」
「だから、遊んでるだけだって…。女の子も最後は泣いて喜ぶんだぜ?」
男たちはそう言って笑う。
「最低だな…」
「そうかい? じゃあ、今から最高に気持ちよくしてあげるぜ!」
そう言って和樹が腰のベルトに手を持って行った。ズボンを脱ぐ。
「それお前ら、しっかり押さえてろよ? 俺がまずヤルからな」
そう言って和樹は、真名の腰をつかんで、その足の間に自分の腰を入れようとする。その時、
「うわ!! 蜘蛛!!!」
男の一人がそう叫ぶ。真名の腰のあたりに一匹の大きな蜘蛛がいたのである。
「な?!」
「まさか、お前たち。私を自由にできると思っていたのか?」
真名は冷たい目でそう男たちに告げる。
「静葉…行くぞ!」
「はいひめさま…」
次の瞬間、車の中に無数の蜘蛛糸が吐き出された。
キキキキ…
車が急停止する。
「うわ! なんだ? なんなんだよ!!」
和樹たちは、こぞって車から這い出てくる。そして、
「お前たち普通の犯罪者は、警察に任せるのが普通だが。ここまでかかわった以上、捨て置くことはできんな」
「な、何なんだてめえ」
「お前たちに語る名はない」
そう言って真名は、車から出て和樹の方に歩いていく。
「…く、この」
和樹は立ち上がると、真名に拳を向けて殴りかかった。
「ふん」
真名は避ける動作すらしなかった。和樹の拳は、真名の横をすり抜ける。
「な? なんで?」
和樹は必死に拳を何度も突き出す。しかし、一発も真名には当たらなかった。
「お前が苦しめた、死なせた女たちの償いをするんだ…」
そう真名が和樹に告げる。和樹は…
「知らねえよ!! 俺は遊んだだけだ。それに、レイプされたぐらいで女が死ぬわけないだろうが!!!」
「お前は、本当に救いようがないな…」
真名は心底冷たい目で和樹を見る。そして、
「ならば、見てみるがいい。お前の周りにいる、女の霊たちを…」
真名は無理やり和樹の頭を押さえて、その目と目を合わせる。一瞬真名の目が光った。
「うお…?」
…と、不意に和樹が隣を見ると、そこに血まみれの女がいた。
「な!!!!!」
和樹はいつの間にか、血まみれの女たちに囲まれていた。それらは、頭が砕けたもの、腕が明後日の方に曲がっているものなどがいた。それは、
「それは、お前にレイプされて、自殺を図って亡くなった者達だ」
「えあ…」
「そっちにいるのは、この間死んだばかりの死人だな…」
それは、この間姫路市で投身自殺した女であったが、それを和樹は知る由もない。
「お前のしたことがどれだけのことか。よく理解しろクズめ…」
真名はそう言って男たちを冷たい目で見降ろす。
「あああああああ!!!!!!」
男たちの悲鳴が上がった。
…と、その時、
「真名さん!!!!」
潤が車に追いついてきた。
「大丈夫ですか? 真名さん!」
「ああ、心配ない、私は大丈夫だ。だが、こいつらは」
そこには、あまりの光景に泡を吹いて気絶した和樹たちがいた。
「警察を呼んでくれ。潤…」
「わかりました」
潤はそう言ってスマートフォンを手にする。
真名は、
「はあ。とんだバカンスになったな…」
そういってため息をついた。
-----------------------------
【それで、真名…決心はついたのか?】
道禅はそう言って、電話の向こうの真名に語り掛ける。
「はい…」
【そうか、ならば。こちらも準備せねばならんな】
「そうですね…」
【潤君は果たして乗り越えられるのか…】
「私は信じています。潤なら」
【そうか…。ならば始めようではないか。新たな『
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