第8話 休息

 金髪碧眼の青年がゆっくりとオレたちの前まで来て挨拶をしてきた。


「初めまして、私の名前はルーク=マーティン。ギルド<アレス>の創設者であり、現在ギルドマスターを務めさせてもらっている者です」


 とても物腰が丁寧で、男のオレでも惚れそうになるほどの魅力を感じた。

 ……でもごめん。

 オレは黒髪ロングの清楚系派なんだ。

 ちなみに、猫耳っ子もイケる。


「は、初めまして! オレの名前は保志間 慶といいます! さっきこの世界に異世界転移してきました。途中、魔獣に襲われそうになったところをジェイクに助けてもらい、とりあえず行く当てもなかったのでここに来ました」


 オレは簡潔に、ここに来てからの事を説明した。


「成程、それは災難だったね。ここに来たって事は、ジェイク君がそれがいいと判断した事だろうからおそらく正解だろう。ちなみに私は君がどこから来て、一体何者であるのかはこの際問うつもりはないよ。ただ、最初に一つだけ質問させてほしい。」


『君は見知らぬ誰かを救うために自分を犠牲にすることが出来るかい?』


 唐突な質問だった。

 

 そして、オレにとっては重い質問でもあった。

 最初にジェイクから問われた時からずっと考えていた。

 「今」のオレにできるのだろうか? と。

 

 そう、

 内心思ってなくても、表面上だけでも合わせるのが正解なんだろうと思う。

 周りの人たちは皆器用に生きていた。

 空気を読んで、思ってもいない事を言い、時に自分の評価を上げるために平然と嘘をつく。

 オレは内心、彼らの事を軽蔑し、「他山の石」を念頭に置いて自分に正直に生きてきたが、結局は"馬鹿"を見るのは『オレ』だった。


 知ってる。あぁ、正解は『知ってる』んだよ。


 でもさ........


「オレは見知らぬ誰かの為に自分を犠牲にできるほど器用な人間ではないです。どこまでも自分勝手で、現実問題、自分が気に入った存在しか助けることが出来ないんじゃないかって思う。だだ、もし叶うのであれば........オレは"全部"を救いたいとも思っています」


 やっぱそんな人生に"自由"なんてないと思うんだ。

 誰かの、何かの、奴隷になるんじゃなくて。


 オレはオレの道を行きたい。


 今でもそう思えるんだ。


 

―――しばしの沈黙の後、ルークはゆっくりとこちらをみる。


「うん。合格だ」


「へ?」

 叩き出されるかと思っていたせいで、言葉の意味を理解するのにやや時間を要した。


「いや、オレ結構奇麗ごと言っている自覚あったんですど........全部を救いたいってすごい傲慢だとおもいません?」


「ははっ "君"がそれを言うのか。それに、私が一番知りたかったのは"今"ではなく"未来"の事だったたんです。変わる勇気、ベストを目指す気概があるのであればそれで構わないんです。保志間慶君、どのみち行く当てなんてないのでしょう? で、あるのであれば<アレス>で一緒に頑張りませんか?」


 正直滅茶苦茶うれしかった。

 今まで思った通りの事を真面目に答えると、その度に笑われてたから。

 

「……まさか、こっちから打診する前に試験を吹っ掛けられるとは予想出来てませんでしたよ。ルークさん、右も左もわからない新参者ではありますが、よろしくお願いします!」


「こういうのは初手で聞く方が案外いい結果が得られたりするものさ。君がよき方向に成長する事を私は願っているよ」


 歓迎の証といわんばかりの力強い握手を交わした。


 それまで黙ってこちらを見つめていた周りの連中が騒ぎ始める。


「いや、お前........よくあんな舐めた回答で試験合格したな。」

 少し驚いた表情を見せながら犬耳ほねっこ大好き君こと、レイン先輩が話をかけてきた。


「まぁ、オレが一番驚いてますよ。まさかハッピーエンドしか認めないおじさん属性がここで役に立つとは........」


 そう、保志間 慶はハッピーエンド以外は納得できないおじさんでもあるのだ。

 だってそうでしょ? 負けヒロインなんて作らずにヒロイン皆を幸せにすればいいじゃん?

 法律? うるせーよ! そんなもん愛の力で改憲しろよおらああああ!


 つまりは、ゴリ押し"馬鹿"なのである。


「ちなみに、レイン先輩はなんて答えたんですか?」


「俺か? 俺は確か、『誰かを助けるのに、知っているか否かなんて必要な事なんすか?』って答えたな」


 すまん、濡れた。

 さっきまで子供みたいに肉の奪い合いをしていた存在とは思えない位にかっこいいセリフだった。


「レイン先輩まじぱねっす」


「ほう。お前、結構獣人を見る目があるじゃねーか。気に入った、今度成功確率の高い暗殺術を教えてやるよ」


「本当ですか! やった――― ん? 暗殺術?」


 脳みそが言葉の意味を理解したくないからか、あえて聞こえないふりをしていた。 


「あぁ。俺は暗殺者≪アサシン≫だからな。教えられる事といったら、それくらいだからな」


「待って! 怖いよ! この世界では暗殺者が『何でも助けます』系のギルドに属してるんか!?」


 ルークさんの方を見ると手でグッドサインを出していた。


「『誰かを助ける』事に暗殺者か否かなんて関係ありませんよ!」


「そういう事だ。それに俺は別に無差別に殺しをしているわけじゃないからな。この世の中には"殺す"ことでしか解決できない問題がある。それに、"殺す"ことでしか救われない奴らもいる。お前の『全部を救いたい』って理念とは相反しているようにも感じるが、まぁ、その辺はケースバイケースでいこうぜ」


 それぞれに"過去"があり、その分だけ"考え方"というのもがある。

 自分とは違う考えだから否定する、というのはナンセンスというものだろう。


 「殺すことでしか救われない奴ら」か……果たしてオレにそんな人達を救う事が出来るんだろうか?


「……そうですね。でも、もしオレが救おうとしていた人をレイン先輩が殺そうとしていたら、全力で止めに行ってもいいですかね?」


 かなり生意気なことを言っている自覚はあった。

 だけど、どうしても確認しておきたかった。


「はっ 今日この世界に来たばかりのひよっこが生意気言うじゃねーか? いいぜ、その時は止めてみろ。俺自身もそんな未来を望んでいるだろうしな」


 やっぱり、レイン先輩は好きで殺しなんてしているわけではないんだろうな。

 自分を暗殺者と呼ぶ理由はきっと、"如何なる理由があろうと殺しは正当化するべきものじゃない"って心理が働いているんだろうか?。

 まぁ、どちらにせよ、殺していることに変わりはないか。

 

 オレが周りから"優秀"であると言われる度に「自分はただの非正規雇用である」と言い聞かせているのに近いのかもしれないな。


……いや、全然違うか。


「さて、保志間君。今日はもう疲れたろう? 二階に空き部屋があるから1,2時間眠ってくるといい。夕食の時間になったら呼びに行くよ」


 気が付いた時にはもう午後四時程だった。

 真っ白空間で気絶していた影響でまだ眠気はない。

 ただ、足が小鹿の様にプルプルしていたから横にはなりたかった。


「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて少し休ませてもらいますね」

 

 どうやら、ルークさんがジェイクに指示を出してくれていたらしく、迷わずにはすみそうだ。

 

「おっけ! じゃ、部屋まで案内するぜ。ついてきな!」

 グッドサインを出している姿は頼もしいが、口に肉のソースらしきものが付いている。おそらく、ココさんとレイン先輩の肉をパクって来たんだろう。

 巻き沿いを食らう前にさっさと部屋に避難しよう。


「ジェイク。口の端にソースが付いてるぞ」


「お、マジか。教えてくれてサンキューな」


 ココ先輩達から逃げるように二階に向かった。


~~2F~~


「アアアアアアア........滅茶苦茶背中痛てぇ。足もパンパンだしちょい寝っ転がって休むか」

 

 背骨がバキバキと音を立てていて、足なんかはパンパンだった。


 軽く部屋の内装を見回してみる。

 壁がやや老朽化の影響を受けてひび割れている箇所があった。ただ、ちゃんと掃除は行き届いているようようだ。。

 部屋には大きめのベッドに洗面器、円卓テーブル、趣味のいい椅子、無駄に大きな鏡、謎の縦長状の長方形の箱が置いてある。

 箱状の何かは天井にギリギリ付く程の高さがあり、何よりこれだけやたら機械的に見えた。


「なんだこの箱? 一人用の喫煙ボックスみたいだな。ちょっと中身見てみるか」


 扉を恐る恐る開けて中を見てみると、いたるところに小さな穴が開いていた。

 もしかしたら、ここから針が出て串刺しにされるんじゃないかと震えている所にあの男、ジェイク=リードがノックもしないで入ってくる。


「きゃああああああ! エッチ!!!」


「落ち着け。誰もお前の裸なんてみたくねーよ。もしかしたら、シャワーの使い方を知らない可能性があるんじゃないかと思って戻ってきただけだ」 


「シャワー? この部屋にシャワーなんてなくね? もしかしてこの拷問器具の事?」


 鉄の処女に対して指をさし確認をとる。


「物騒だな。それはシャワーボックスだ。中に入ると周りにある噴射口から水が出て、身体を洗ってくれる便利な奴だ。ちょっと、扉の内側を触ってみな」


 言われたとおりに触ってみると、突然何もなかった所からタッチパネルの様なモニターが出現した。


「うおッ! なんじゃこりゃ!? カメレオンかよ」


「そこで温度や水の噴射の向きとか変更できるぞ。 通常時は周りの模様に同化していて、触れると現れる仕組みだ。どうやら『誰かに見られているようで落ち着かない』って意見が多かったらしくそうなったらしい」


「成程ねぇ。股間の部分だけ勢いを強くして楽しむことも出来るって事か。」


「……何を考えてるのかは知りたくもないが、やめておいたほういいと思う。勢いが強いとその分全身に飛び散る危険性があるからな。"何"がとは言わないが」


「........確かに」


———その後、ジェイクは再び一階に行き、オレは使い方に戸惑いながらもシャワーを済ませた。


「ふぅ。久しぶりのシャワーは気持ちよかったな。とりあえずはひと段落したし、現状の整理をするか」


 オレは思考を巡らせる。


 まず第一に、ここは俺のいた世界ではないって事は明白だな。

 約千年後の地球って事で間違いはなさそうだけど、何故かはわからないけど他の種族と合併しているという事実がある。

 もしかしたら、人類種が全く別の世界に飛ばされたんじゃないのかって説も考えてはみたけど、時計の構造的に一日が24時間だったことを踏まえるとその線はなさそうだ。

 オレがいた"世界"がどうなったのかは現状わからないが、今人類種なるものが存在しているのであれば、核による絶滅の危機は回避したとみてよさそうだな。


 じゃあ、何故"オレ"は約千年後に飛ばされたのか? そもそも、飛ばされたのはオレ"だけ"なのか?


……うーん。まぁ、"理由"はわからないけど何故"オレ"だったのかであれば予想はつくな。

 おそらく小雪ちゃんからもらった【愚者】の御守りが関係してるんだろうなぁ........


 この世界では大まかに分けて『科学』『魔術/魔法』『アルカナ』なる力の概念があると来た。

 ジェイクの話によると、「魔法や魔術の大半は解明され科学の一部になっている」とのことらしい。ただ、2030年から来たオレからすれば、それらは全く別の概念であると定義した方が安全そうではあるな。

 あくまでこの世界における『科学』ってのは『魔法』という概念を前提として作られているだろうし、何よりオレ自身の油断を生む。

 オレの中の一般的な化学的な常識で今後の生活をした場合、運が悪けりゃそのまま死ぬ危険性すらあり得る。何せこの世界は『魔法』があるのを前提としてできているのだろうからね。


 さて、一番の問題児『アルカナ』について考えていこうか。

 魔力とは別の概念を使って力を発揮するとは言っていたが、これに関してはオレが『アルカナ』を所持しているって時点で一応納得はできる。

 転移時にウムルとかいうローブ野郎が言っていた事を考慮に入れるなら、おそらくこの【愚者】の『アルカナ』が"真実"を知る為のキーアイテムになるんだろうと予想が出来る。

 今となっちゃ小雪ちゃんに直接聞くこともできないしなぁ........

 『アルカナ』についてはオレに直接関係する内容だろうし、後でルークのアニキに聞くとしよう。

 

 さて、ここらへんで一旦、思考をまとめようか。


 オレがこれからやらなくちゃいけない事は大きく分けて三つ。

 まず一つ目が、この世界の実態をつかむこと。

   二つ目が、『アルカナ』についての情報収集。

   三つめが、ウムルの言う"真実"とは何であるかの解明。


 とりあえずは、ここで仕事をこなしながらその過程で、世界を周ったりして情報収集ってのが一番現実的かなぁ。

 



 ある程度の目標が決まったところで丁度18時の鐘の音が鳴った。


「さてと、この世界の晩飯はどんなんかなぁ。ってか金ないけど大丈夫なのか........?」


「まぁ、必要な時はジェイクにでも奢ってもらうか。オレをここに連れてきた"責任"ってのがあるだろうしな」 

 

 ド畜生男はダラダラと階段を下りながら一階へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る