第9話 ラフルス3
人はいた。二、三人程度ではあったが、話を聞けただけ貴重な情報といえるに違いない。
元々、この町の住民は出張していることが多く、皆、家を留守にしがちなので、人の姿を見掛けない確率は高い。ラフルスは別名“始まりの町”と呼ばれている。その由来は―――分からない。最初は諦めていたのだ。徒労に終わらずに済んだ、と。シウは安堵というよりも、気のないため息を吐いた。
「…終わったなぁ、特に何もなく。いい情報もなかったし」
無心にシウは言う。
「…」
「住民もこれ以上はいそうにないし、もう帰還してもいいんじゃないかと思うけど、」
「…」
「…リヒト?」
「…―――」
先の村人の様子。
村人に、魔物の増減の件を尋ねたのだ。心当たりはないか、と。しかし村人は三人とも、不可解な顔をし、首を傾げたり、横に振るだけで、魔物の姿形すら知らないようだった。思い返してみれば、そこに生まれる疑念は確かにある。
「…ラフルスに、」
ぽつり、と小さく呟く。
「名残を、落としていない…?」
怪訝そうに、ぐっと眉を潜めた。長考するリヒトの前で、察しの付かないままなシウは、彼の様子を窺う。暫くして、リヒトが顔を上げ、口を開く。表情は、未だ曇っている。
「…リダウトに戻ろう」
解決したのだろうか、帰還して報告なのだろうか。それにしては、幾分納得のいく収集が付いていない気もする。
「なぁ」
シウが、声を掛ける。
「何だ」
「さっきのやつ。名残、って、なんだよ」
どういう意味があるのか。何故怪しむ素振りをするのか、これからリダウトへ帰るのなら何れ分かるであろう答えを、シウはここで
尋ねた。
「ラフルスの住民の話に関係してるのか?魔物がいないのどうのって」
「…ああ」
「それが、どうしたんだよ」
その問いに口を開きかけたリヒトだが、何故か口をつむぐ。
「…確かではないからな、何とも」
言い淀み、形容しがたいといった風に考えをあぐねているようだった。そしてまた、悩み始める。どこか戸惑いがあるような、凝りを感じるような、そんな歯痒さ。そうして、ややあってリヒトは、視線を泳がす。
「―――とにかく、リダウトに戻るぞ」
振り返り、足早に歩き出す彼に、言葉を判断すると同時に、彼の意図を把握できないままにシウは急いで後に続こうとした。―――その時、何かしらの音が、シウの耳に届いた。踏み出した足を止めて、後ろへ振り向く。しかし、そこには、町の閑散とした風景しかない。
「…?」
―――風?
いや、違う。もっと鋭く、尖ったような…
違和感のあるその音に、妙な引っ掛かりを覚える。その正体がどういったものなのか、こうじゃないかと表せるような思考が浮かび上がらない。なんとも抽象的なものだった。
「おい、早く行くぞ」
何もない景色を見回していると、リヒトがシウを促す。まぁいいか、と、シウは今度こそリヒトの後に着いていった。
*****
リダウトに繋がる道なりを東に添っていく。
草が転々と剥げているだけの識別しづらい目印がある道。先程、シウ達が歩いてきた道だ。しかしどうしたことだろう、心無しか、その時よりも陽が陰ってしまったような薄暗さだ。それだけではなく、草木が先程よりも鬱蒼としているような。
(…あれ?)
道が、ない。
続いていたはずの道筋が、草に覆われて消えている。元々分かりづらかったが、更に、というか、全く分からなくなってしまった。道を間違えたのか?どちらであれ、これでは帰れない。どうしようかと、そうシウが考える前に、迷わず進んでいくリヒト。
―――何故そんなに躊躇なく行けるんだろう。というか、合ってたのか。
とりあえず少しの感心をしながら、シウはリヒトの背中を目印にしていた。
進んでいくにつれ、深淵に足を踏み入れていくような感覚に陥ってしまう程の暗さになっていった。ついに陽光は完全に遮断され、辺りは暗闇に包まれる。―――この森は、こんな姿をしていただろうか?少なくとも、シウが知るフォレスタには当てはまらなかった。だってフォレスタは、あんなにも光に満ちていた清涼な場所ではなかったか。
リヒトは、何の反応も示さず、ただ前を歩いている。彼は今、何を考えているのだろう。
シウが口を開こうとした瞬間、突然リヒトが足を止める。シウも立ち止まった。
「…どうした?」
尋ねて、リヒトの隣に立ち、顔を見る。
前をじっ、と見詰めている。注がれている目線を辿ると、そこは、立ち並ぶ木々のみだった。遠くは暗闇しかない。けれどリヒトは、その一点を凝視している。何かいるわけでも、あるわけでもない。…いや、待て。もしかしてここは―――。
「…嫌な、」
シウが首を傾げていると、
「…予感がする…」
リヒトはぽつりと溢した。シウがそれに反応するより先に、リヒトは勢いよく振り返り駆け出す。
「…え?って、おい!」
どうしたんだよ!
シウは、急いで後を追い掛けた。
―――森が、ざわめいていた。
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